32-(0) 蒼鳥達の決断
その日、アウルベルツ近隣は勿論、世界中のマスコミがにわかに色めき立った。
各社に送付された書面。そこには領主アウルベ伯とクラン・ブルートバードの連名により
記者会見を開く──『皆さんに大事なお知らせ』があるとの旨が綴られていたからだ。
十中八九、先日の件だと誰もが直感した。
アルス皇子歓迎の晩餐会、そこに現れた“結社”の刺客達。
逃走した犯人らは程なくして遺体で見つかっており、捜査当局も結社内による“処刑”が
行われたらしいとの見解を示したばかりだ。
そんなタイミングからして、今回の会見はほぼ間違いなく一連の事件に区切りを付けよう
とするものなのだろう……。そう推測を並べると、彼らはセッティングされた会見の場へと
馳せ参じる。
「──お揃いでしょうか。では、これより会見を始めさせて頂きます」
場所はアウツベルツの執政館だった。
その一室に白布を被せたテーブルや椅子がずらりと設えられ、司会役の役人が既に大挙し
て集まった記者達を見渡しながらそう切り出す。
正面の席には、アウルベ伯とブルートバードから正・副団長のイセルナとダン──そして
記者達が静かに驚いたことにアルス皇子本人やリンファら侍従衆までもがいた。
控えめにざわついていた場。
だが次の瞬間、その面々がはたと席から立ち上がったのを認めて、記者達は押し黙る。
「……先ずはこの場を借りて皆さんにお詫び申し上げます。先日の晩餐会にて襲撃者の侵入
を許したこと。これはひとえに我々の不手際と言わざるを得ません。誠に……誠に申し訳あ
りませんでした」
代表して晩餐会を主催したアウルベ伯が謝罪の言葉を述べ、イセルナやダンが彼の頭を垂
れる所作に倣っていた。
だが、記者達が戸惑ったのは、それ故ではない。
「僕からもお詫びを申し上げます。今回、僕の所為で多くの方々に迷惑をお掛けしました。
本当に……すみません」
アルス当人だったのだ。
皇子自身が彼らと共に──映像機や写姿器を通し民衆に、自ら頭を垂れて謝罪したことに
驚いていたのだ。
確かに、結社の狙いは彼だ。
しかしそれを負い目に安易に謝ることは、果たして彼らにとりプラスになるのか。少なく
とも皇族としての面子は、結社という暴力の前で崩された格好になるのではないのか。
だが……記者達はややあって理解出来た気がした。
皇国内乱の一件の頃から各々に取材を続けてきた故に、彼らにはぼんやりとではあるもの
の、確信していたものがあったからだ。
それは謙虚さだ。或いは少々歪なまでの自己評価の低さとでも言うべきか。
──皇子は、優し過ぎるのである。それも「貴族」にあらざるほどの。
彼にとって格式や面子を重んじるといった貴族的な性質は皆無と言っていいほどであり、
代わりに備えているのは儚くも繊細な“皆と同じ視線”なのだと。
アウルベルツに帰還したことで“結社”から狙われる──様々なリスクをもたらす、その
弁明以上に、彼という人柄が今回の件で強く自責の念を抱いたのだろうとは想像するに難く
なかったのである。……尤も、周囲で彼を支える者達は、そんな優しさも計算に入れた上で
今回の記者会見を用意した──噴出するであろう自分達への非難をかわしたいと目論んだの
かもしれないが。
会見の最初の内は、皇子同席の中の謝罪・弁明の場となっていた。
『今後とも再発防止に努めます』という常套句を多用した、しかし記者達にも政治的立場に
ある者達にも慣れきった言の葉。
だからこそ、記者達は一度忘れかけてしまっていたのである。
「イセルナ団長」
ややあって、代表して謝罪の弁を述べ終えたアウルベ伯からイセルナへとマイクが手渡さ
れていた。きゅっと握り直し感度を確かめ、彼女は一度深呼吸をしてから、語り出す。
「……今回は皆さんへの謝罪に加え、あるお知らせを用意してきました。今後の私達クラン
の方針に関してです」
記者達はにわかにざわめいた。
来た。送られてきた書面にあった、核心に触れられようとしている……。
「今日まで、私はブルートバードの代表として冒険者を続けてきました。でもそれ以上に、
私は自分の下に集ってくれた団員達を“家族”だと思って接してきたつもりです。そしてそ
の思いは、ジークやアルス君──両皇子とて変わることはないと思っています」
記者達は少し怪訝な表情をみせた。
公から私へ。はたと語られる言葉の毛色が変わり始めている。
だがイセルナは終始真面目に語っているのは明らかで、面々も──特にアルスやエトナは
申し訳ないとでも言いたげに苦笑を零し──ここ一番と言わんばかりに唇を結ぶ。
「お二人の在籍は、全くの偶然でした。ジーク皇子がまだ自身の出自を知らない頃、私達と
出会い、のちにアルス皇子もまた兄を頼ってこの街のアカデミーに入学を果たした……その
辺りの事情は皆さんも多かれ少なかれ取材などで知りえている事とは思われますが」
「今まで俺達はあくまで“仲間”の為に戦ってきたつもりだ。なのにこうも話がデカくやや
こしくなってるのは、実はその相手が“結社”だったからに他ならない。そこん所をあんた
達には理解しておいて貰いたいんだ」
イセルナの後を引き継ぎ、ダンが言葉を続ける。
記者達の怪訝はまた一層濃くなった。
開き直りか? いや、それにしては彼らから感じ取れる雰囲気には違和感がある……。
「ですが、敵が──仲間を付け狙う者達が強大であることは、事実です」
再びイセルナが断言した。記者達も誰からともなく頷く。
立場はどうあれ、かの“結社”は長らく世界最大級の不穏分子であることに相違はない。
「だからこそ、私達はもっと強く大きくならなければならない。大切な人達を守り抜く為に
も、人々の安心と安全の為にも。そう私達は今回の一件で意見の一致をみました」
再びイセルナは語る途中で、そっと静かに深く息をついた。
ピンと、前兆のような緊迫感が場を包んでいくのが分かる。
「……皆さんに大切なお知らせがあるというのは他でもありません。私達クラン・ブルート
バードは、今回の件を経て大規模に新たな団員を募ろうと思います」
「ジークとアルス、レノヴィン兄弟を護る剣に盾になってくれる同志を広く募集する。日程
などは調整中だが近い内に選考会を開く予定だ。あんた達マスコミには、この情報を出来る
だけたくさんの冒険者達に発信して欲しい」
拒む理由などなかった。記者達はざわめく。──間違いなく、それは話題性抜群のトップ
ニュースに化ける発言だった。
皇国内乱の終息に関わり、皇子警護の任に就いている冒険者クランの発表。大規模な戦力
増強の報せ。
映像機が一斉にイセルナとダンに向けられ、写姿器のストロボが激しく焚かれた。
眩しさがにわかに会場に満ちていく。騒然となり始めた場を、執政館のスタッフらが慌て
て宥め始めている。
「皆さん静粛に! それでは質疑応答を始めます。時間はたっぷり設けてありますので順に
挙手をお願いします!」
司会役が大きめの声量で言い、会見は次の段階に移った。
その日、会場でひっきりなしに記者達からの質問が相次いだことは言うまでもない。