31-(5) 功名の末路
「──奴らが殺されてた?」
すっかり更けた夜の病院の廊下で、ダンは訪れたハロルドからそんな報告を受けていた。
「ああ。つい半刻前、捜索隊が二人の遺体を見つけた。……写真を見せて貰ったが、酷いも
のだったよ。一人は全身を消し炭にされて焼死、もう一人は腰から上をもぎ取られて肉塊に
成り下がって滅茶苦茶だ。あれじゃあろくな手掛かりも残っていないだろうね」
「……。そうか」
眼鏡の反射でハロルドの眼の色は窺えない。だが写真で惨状を見たからか、流石に表情は
不快や吐き気の類で芳しくはないようだ。
何とも呆気ない、そして理不尽な最期だとダンは思った。
娘を毒に蝕んだ張本人が見つかれば、すぐにでもこの手でぶちのめすつもりでいた。なの
にその当人は既にヒトの形すら成していないという。……内心の憤りを、何処にぶつければ
いいのか。
それでも、ダンは拳をギシギシッと握りながら耐えた。平静を装った。
幸い少し前に例の物が投与された。状態も落ち着いてきている。近い内にあの子は目を
覚ますだろう。
「捜索隊は解散したよ。シフォン達もホームに帰ってきた。今頃、皆に状況を説明している
と思う。残念だけど、あとはもう当局の管轄になってしまうだろうから」
「ああ……」
廊下にそっと月明かりが差しては、また夜空の雲に隠され姿を消す。
暫く二人はその場で黙り込んでいた。ダンは廊下の壁に背を預けて片手をぶらりと下げ、
ハロルドは眼鏡のブリッジを押えながら、この副団長の様子を窺っているかのようだ。
「……無力だな」
たっぷりの間。先に口を開いたのは、ダンだった。
ふぅと息を吐き、薄闇の天井を見上げる。
結社の報復行動自体は予想していた筈だ。なのに、こちらに──実の娘に被害を残し、
更には護るべきあの少年にも多大な負荷を与えてしまった。
情けない。結局皇国でもこの街でも、自分達が発揮出来る力とはこんなものかと思った。
「……やっぱ、口封じなんだろうな」
「十中八九そうだろう。アルス君抹殺に失敗した罰、もとい証拠隠滅といった所か」
ハロルドがそっとブリッジに触れていた指先を離し、改めてダンを見据えていた。
やはりそうなるよな……。
テロ組織のやりそうな事ではあるが、ケースがケースだけにげんなりする感情は拭えない。
ダンは再度ゆっくり息を吐き、何とか気持ちを新たに持ち直そうとする。
「結局、連中については謎だらけなままだな……。少しでも情報があれば、ジーク達の助け
にもなるかと思ったんだが」
「そうでもないさ」
だが次の瞬間、ハロルドの気色が変わった気がした。
ダンは眉根を上げて彼を見遣る。見た目こそしんと立っているままだったが、こちらへ投
げ掛けてくる視線は知性を研ぎ澄ましたそれに変わっていた。
「ジーク君の父親探しには直接関係ないかもしれないが、今回の対峙でいくつか分かった事
ならある」
「……本当か?」
ああ。ハロルドは頷き、一度眼鏡のブリッジを触る。そしてすぐに顔を起こし直すと、彼
はピッとその右手の指を三本、立ててみせる。
「大きく分けると三つだ。一つは言わずもがな“結社”が狙いを定めたのはジーク君だけで
はなく、アルス君──レノヴィン兄弟に向いているらしいということ。勿論、その周囲で警
護する私達も少なからず障害として認識されている筈だ」
ダンは黙し、深く頷いていた。
それは自分も薄々勘付いていたことでもある。アズサ皇の国葬の際、ジークがマスコミ越
しに発した宣戦布告。あれは連中の矛先を自身に向ける為のものだった筈だ。
だがしかし、連中はその意図通りに挑発には乗らなかった。弟もろとも、奴らは自分達を
“敵”と見なしてきている。今回の一件はその発露だと考えて差し支えないだろう。
「二つ目。これは僕もあの場にいたから間違いない。執政館に現れた奴らは確かにこう言っ
たんだ。『トナン皇国第二皇子アルス・レノヴィン、及びその同調者達よ。教主様が大命の
下、貴様らを処刑する。摂理への反逆、その命で以って贖って貰おう』……ってね」
一本、立てた指を折ってハロルドは続ける。
そんな口上があったのか。ダンは頷きつつも眉根を顰めていた。
確かにその発言があったのなら、既に奴らはジークもアルスも双方を標的にしていること
は間違いない。
「仰々しい口上だな。それが?」
「分からないかい? 奴らは“教主様が大命の下”私達を襲ったんだ」
「……教主?」
最初、ダンはすぐにピンとは来なかった。
だがハロルドが微かにしたり顔を浮かべて再度口にすると、ダンはそれまで耳にした事の
なかったフレーズを記憶に焼き付けることになる。
「ああ。今まで“結社”について、私達はあまりにも知らなさ過ぎた。今回の当事者達抹殺
もきっと、これを含めた口封じなのだろう。いいかい、ダン? 敵の姿がここに来て見えた
と言っていいんだ。あの刺客は、ボロを出していたんだよ」
「じゃあ、その教主っていう奴が」
「おそらくは。肩書きなんだろうけど、奴らの親玉クラスと仮定していいと思う」
更に言ってから、ハロルドはもう一本立てた指を折った。
「そして三つ目だ。今まで僕らの戦ってきた“結社”達を──その力量の違いを思い出して
欲しい。最初は黒衣のオートマタ兵、これは奴らの雑兵だろう。テロ組織の性質上、あれほ
ど使い勝手のいい駒はないだろうからね。次は今回襲ってきた連中やシフォンを攫ったあの
僧服の男だ。魔人ではないが、結社の軍門にある者達だ。今までの戦ってきた感触からして
もおそらく中級クラス──平の構成員を率いる中間管理職といった所だろう」
「中級……。だったらサンフェルノや皇国での奴らは──」
「間違いなく上級クラスだろう。もしかしたら件の教主に近い存在なのかもしれない。実力
は私達が実際に肌身に味わってきた通りだ。構成は全て魔人。今後とも間違いなく最大の強敵
となる層だと思われる」
そこまで語られて、ダンもやっと彼の言いたい事が分かりつつあった。
一介のテロ組織だと思っていた。だがとんでもない。奴らは──。
「整理するよ? つまり結社・楽園の眼はその全メンバーがピラミッド構造を形成している
可能性が高い。オートマタ兵や平の構成員から始まり、中級クラス、そしてメア達で固めた
上級クラスへと。更にその頂点に教主と呼ばれる者がいる……」
ダンの頭の中で、これまで曖昧模糊としていた“結社”のイメージが急速に形を成してい
くのが分かった。
相手は──強大だ。
秘匿された全景。その内部には厳然たる階級が力量の差と共に整えられている。
ハロルドの語り曰く、その頂点に位置するのが“教主”。
自分の娘を、ジークやアルス達を、こんなにも苦しめておきながら高みの見物をしている
張本人……。
「ダン、ミアちゃんが回復したら私達は急がないといけないよ。敵は相当な組織力を持って
いる。ただのゴロツキの集まりなんかじゃないんだ」
「ああ……。道理で統務院が何十年も潰せない筈だよ……」
ハロルドと共に、ダンは苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。
漫然と護るだけでは、護れない。
自分達に必要なことは、同様に組織力の強化。そして何より個々のレベルアップ。
「この話、まだイセルナ達には?」
「まだだよ。口封じされていた事は、先ず父親に伝えるべきだろうと思ってね」
「……ありがとよ」
ポツリと、ダンは言った。
全く……このご意見番は恐ろしく知恵が回る。感情を表に出さない分、もしかしなくても
団長より、敵に回せば厄介ではないだろうかとさえ思う。
「それだけ聞けりゃあ充分だ。お前は先にホームに戻って皆にこの事を伝えておいてくれ。
俺もミアが目を覚ましたらすぐに戻る」
「分かった。その時は連絡を宜しく」
ハロルドとそんなやり取りを交わし、ややあってダンは彼と別れた。
軽く片手を上げて踵を返し、カツンカツンと夜闇の廊下の奥へと消えてゆくこの仲間の背
中を、ダンは暫しの間見送る。
「……」
離れた物陰に隠れてじっと聞き耳を立てた後、立ち去ってゆくリカルドの影に、ついぞ気
付くこともなく。