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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-31.ただ想いは大流(うず)に呑まれ
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31-(4) 腹の底にエモノあり

 その男は蟲人族インセクト・レイスだった。

 帽子と前髪に隠れかけてはいるが、目元には複眼を連想させるように小粒の器官が点在し

ており、上半身を包むマントの下からは三対のふくらみ──六本腕を確認できる。共にこの

昆虫系亜人の特徴だ。

 村の外周をぐるりと囲むのは、従えられた大規模な傭兵達ぐんぜい

 にも拘わらず、彼は一見すると場にそぐわないにこやかな表情を浮かべている。

「……セロディアス・ギラファード」

「えっ」

 そんな沈黙がたっぷりと十数秒は続いただろうか。武器こそ手に垂らしていたが油断なく

彼を見遣るヴァハロが口にしたその名に、ジークは短く声を漏らして目を丸くした。

「あんたが“万装”のセロか……」

 七星連合レギオンの顔たる七人・七星。その内の一人が今ここにいる。

 まだ身体中がダメージによる悲鳴を上げていたが、ジークは剣を杖代わりに地面に刺して

踏ん張り、この新たな第三者らを窺う。

 この男セロは帽子の頭をちょいっと掌で包みながら、変わらず飄々とした様子で言った。

「随分と好き勝手に暴れてくれたじゃないか。南方こっちは僕らの縄張りだと知ってのことかい?」

 心持ちセロ傘下の傭兵達が包囲網を狭めて来た気がした。

 ヴァハロに向けられたものは勿論、操り人形にされた村人らを昏倒させた切り込み部隊は

サフレやクロム達の上っている家屋を取り囲み、セロの合図一つで一斉射撃を行える体勢を

整えている。

(これは助けが来た、という事でいいのか……?)

 ジークは肩で息を整えながら、この状況を何とか把握しようとしていた。

 “万装”率いる軍勢が村を取り囲んだ。少なくともヴァハロらを止める目的があるものと

考えていい。

 だが……自分達はどうなのだろう?

 皇国トナンの一件で七星らに借りはあるが、彼らも冒険者──傭兵だ。基本的に自分達の利害に

関わらない限りは、頼まれてもいない干渉はしないのがこの業界の不文律だ。

 ただ真っ先に村人らを封じた所をみると、すぐさま縄張りが故の“喧嘩両成敗”を行う気

はないのだろうとも思った。連中の戦力を減らす為か、自分達を助ける為か。少なくとも今

の状態で断定するのは早計だろう。

 それに、どうにもこの男からは──。

「悪い事は言わない。すぐにここから立ち去れ」

 表情は相変わらずのまま、しかし声色はぴしゃりと宣告するようにセロは言った。

 そんな彼の視線の先──ヴァハロら“結社”の面々は、細めながらもその眼光を静かに鋭

く研ぎ澄ます。

「……見逃すと? 我らはお主らにとっては上玉の首であろうと思うが?」

「だろうね。でも僕は安全マージン外の仕事は願い下げな主義でね。他の連中はともかく、

数をぶつけても損害ばかりになるような化け物と嬉々として戦う趣味は持ってないさ。そも

そも、今回の仕事はお前達の討伐じゃないしね」

 セロは何を言っているんだと、あたかも自分達以外が異常であるかのような口ぶりで肩を

竦めていた。しかしその間も傘下の傭兵達は微動だにせず、変わらぬ臨戦態勢だ。

「まぁ戦いたいってなら受けて立つよ? その代わり、朝のニュースには“結社との交戦に

より村一つが壊滅”なんて字幕が踊るだろうねぇ」

「……ッ!?」

 今度はジーク達が眉を顰める番だった。サラリと、セロはそう言ってのける。

 それはつまり、ヴァハロ達の抵抗に遭えばこの場を血の海にしても構わないという意思に

他ならないではないか。

 しかもよく見てみれば、驚くジークにセロはちらりと目を遣り、微かに口角を吊り上げて

いる。明らかにこちらの動揺も見抜き、想定していた発言だと物語っている。

 ──やはりそうか。ジークは先程から胸奥を焼くような違和感にようやく確信を持った。

 これは、既視感デジャヴだ。

 目的達成のためなら如何なる手段も躊躇しない、徹底的なまでの冷淡さ。その本性を覆い

隠すが為の、演技でしかない上辺だけの笑み。

 “結社”の面子にいたあの気障男の持つ雰囲気と、この男は似た性質を持っている……。

 理屈ではなく直感がそうジークに警告し、じりじりと脳内の音量を引き上げていた。

「舐められたもんだね。そんな脅しが僕らに通じるとでも──」

 最初に反発の意思をみせたのはヘイトだった。

 元より村人達あやつりにんぎょうは捨て駒のつもりなのだろう。彼はセロの言葉を鼻で笑い、眼下で倒れた

ままの彼らを再び操ろうとする。

 だが……端末を操るその手を掴んだ者がいた。他ならぬ、すぐ傍にいたクロムである。

「……止めろ。任務外の殺生を看過する訳にはいかない」

「ばっ、何言ってんだお前!? 離せよっ、この……ッ!」

 同じく屋根の上にいたサフレ達の唖然を余所に、ヘイトはこの思わぬ邪魔に感情を露わに

していた。

 用意していた傀儡てごま魔人メアの圧倒的力。

 それらで抹殺対象ジークたちをいたぶり、倒す筈だった計画が、気付けばはたと逆流するように崩され

ていて。今はむしろ、嬲られつつあるのは彼のプライドの方で。

「でもさー。この数を相手にするのはしんどいかもよ?」

 そんな仲間二人をさして気にする様子もなく言うと、アヴリルは手で庇を作りながらぐる

りと眼下を見渡していた。

 先程からこちらをセロ配下の傭兵らがじっと取り囲み、狙っている。

 蟲達をけしかければ何とかなるかもしれない。だがあっちの坊や達はその動きを見逃さな

いだろう。……心持ちはあくまでもマイペースだが、仕掛けるのが得策とは思えない。

「……ふむ。そうだな、退くか」

「なっ!?」

 同じ事を──ここで七星の大軍とぶつかるデメリットを考えていたのだろうか、彼女の言

葉にヴァハロもまた賛成の意を示した。

 短く声を漏らしたのはヘイトだ。尚もクロムの大きな手に端末ごと腕を掴まれたまま、彼

は表情を歪めて叫ぶ。

「何言ってんだよ、お前がもう一・二発入れればレノヴィンを殺れるじゃねーか! ここま

で来て逃げるってのかよ!」

「落ち着け。今の兵力で七星とぶつかる気か? 武人とは引き際も潔くあるものだ。お前も

皇国トナンでの反抗のさまは聞き及んでおるだろう?」

 だがそれでも、ヴァハロは屋根の上のヘイトに一瞥を寄越しながら言うだけだった。

 竜将の一声。ジークを寸前まで追い詰めた武力は、同時に彼ら四人の中でも強い発言力も

兼ねているらしい。ギリッと歯を食い縛って悔しがり、ヘイトはようやくクロムから自身の

腕を引き剥がすと舌打ちをした。

 そんな様子を、セロは鍔広帽子に片手をやったままじっと微笑みを作って窺っている。

「……命拾いしたのう。ジーク・レノヴィン」

 最後の最後まで得物はそのままに、ヴァハロはゆっくりと踵を返しながら未だ呼吸の荒い

ジークに向かって言い残す。

「次に会う時はもっと強くなってくるがよい。それまでにその迷い、しかと向き合い己が刃

を研ぎ澄ます力とせよ。さもなくば……遅かれ早かれ、死ぬぞ?」

 黙したまま、ジークの両の瞳が大きく揺らいでいた。

 ヴァハロは肩越しにそんな若き剣士の反応を見るとフッと笑って鎧を鳴らし、どす黒い靄

と共に空間転移を始める。屋根の上のヘイト達残り三人も同じくだ。

 セロと大軍、分断されたジーク達が見つめる中、彼ら四人はやがて跡形も無く消えた。

「──ぁ、ぐっ……」

 不意にジークは身体から力が抜けるのを感じ、思わずその場に膝をついていた。連中が姿

を消し、ようやく緊張から解放された所為だろう。どさりと斜めから仰向けに倒れ込んだ身

体の痛みダメージは再び激しく、悲鳴を上げてはのたうち回る。

「ジーク!」

 すぐにリュカの飛行魔導と共に、上空からサフレ達が駆けつけて来た。

 視界から覗き込んでくる、仲間達三人の顔。ぼうっと、ジークは荒い呼吸と格闘しながら

ゆっくり視線を彼らのいた家屋に向ける。

 あちこちに操られていた村人達がぐったりと気絶していた。洗脳が解けたのだろうか。傭

兵達も得物の柄で軽く突付いてみたりと、念を入れて用心しているようだ。

「おい、大丈夫か?」「し、しっかりして下さい!」

「ごめんなさい。こんなになるまで……」

「……いいんだよ」

 お前らが無事なら、それで。

 そこまで意識には浮かんでいたのに、ジークは口には出せなかった。

 心配してくれているのに、自分はどうでもいいなんて言い草は……流石に配慮に欠ける。

何よりあの男にボロボロにされた身体では、長く言葉を紡げない。

「随分と手酷くやられたねぇ。おい、救護班──」

「それには、及ばねぇよ」

 次いでゆっくりと歩み寄ってくるセロの言葉と部下に遣ろうとした視線を、ジークは咄嗟

に搾り出した声で遮っていた。

 力が入り切らない手で腰から金菫を抜き、発動させる。

 二度目の金色の輝きと共に自らその刃を腹に刺し、柄先の糸房から吐き出される血色の塵

と共に応急処置的な回復を自身に施す。

 セロは「ほう……これが六華か」と言わんばかりにそっと視線を戻すと、暫しそのさまを

眺めていた。やがて金色が収まりジークが再び金霞を鞘に戻す頃には、配下の傭兵らもじり

じりっと、今度はジーク達四人を囲む格好になっている。

「……。一応礼は言っとくよ。助かった」

「何、気にすることはない。これも仕事の内だ」

 正直上から目線で癪だったが、ジークは形ばかりながら礼を述べておいた。それでもこう

した態度すら想定内だったのだろうか、セロは何が面白いのかフッと今度は分かり易く口角

を上げて笑ってみせる。

「ヨゼフ翁に頼まれちゃったからねえ……。縄張りなんだからお前がやれって」

「……ヨゼフ?」

「ライネルト事務総長の事だな。所属組織のトップぐらい覚えておけ」

 ぽつんと浮かんだ疑問符にサフレが応えてくれたが、当のジークは既に別のことに思考が

移りつつあった。

 相手は七星の一人。トナン内乱の際、助力してくれた七星の残りメンバーの一人──。

「なぁ、一つ訊いていいか?」

「何だい?」

「……どうしてあんたは皇国トナンの時、来なかった? 後で聞いたことだが、あの時は七星全員

が召集されたんだろ?」

「ああ……。なんだ、そっちか」

 ジークはそう疑問をぶつけたが、対する当のセロはさして悪びれる様子もなかった。

 油断ならない微笑みと細目や小粒器官から注がれる眼差しが、仰向けのまま未だ動けない

ジークを観ている。

「必要性を感じなかったからね。皇国トナンは“剣聖”の故郷だし、東方は“海皇”の縄張りだ。

真面目君な“青龍公”も加われば、国一つ落とすのに僕らが出る幕はない」

 実際に“仏”や“獅子王”も加わったのはちょっと予想外だったけどね。

 言いながら、セロはしれっと笑っていた。

 サフレ達はその態度に唖然とし、ジークは深く眉根を寄せて彼を睨み始めている。

「むしろ君達は感謝すべき所だよ? 七星の内五人もが力を貸した。そもそも全員召集と言

われても大抵皆自分のクラン運営を優先するんだ。こっちはレギオンに名前を貸してやって

いるんだから。……君達は、たまたま運が良かっただけなんだよ?」

 明らかにこちらを哂っている本性が透けて見える。だがジーク達は彼の言葉に有効な反論

の術を持ちえなかった。

 少なくとも彼の語っている七星──この業界の者らの優先順位の感覚は事実なのだ。

 元よりクランとは、競合他者に対しコンスタントに依頼を競り取る為の集まりである。基

本理念はあくまで自分達の利益の為……である。

 身内の剣聖リオはともかく、あの時の残り四人の七星も、何もボランティアで国一つを落とした

のではない。それはジーク達もはっきりと知っている所だ。間違いなく、彼らの助力なく

してあの逆転劇は成し得なかった。

 四人が黙り込む。セロがフッとまた静かに笑う。

 彼はくいと帽子の唾を持ち上げ、ゆっくりと踵を返し始めた。

「さて……これからが本題だ。君達を保護させて貰う。僕らについてきたまえ」

「保護?」

「……一体、俺達を何処に連れて行こうってんだよ?」

 仲間達が顔を見合わせている。ジークもようやく身体の痛みが引き始め、のそりと身体を

起こし始める。

 セロは肩越しにそんな皇子一行を見遣ると、妙な含みを持たせながら言った。

「“風都エギルフィア”──この顕界ちじょうで最も世界樹ユグドラシィルに近い街さ」

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