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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-31.ただ想いは大流(うず)に呑まれ
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31-(2) 武人の粋

「坊さん……何で……」

 月夜の下で、四人八つ分の紅い眼がこちらを見下ろしていた。

 つい数刻前まで此処は平凡ないち小村でしかなかった。しかし彼ら“結社”の侵入により

今やこの場はその住人達すらも傀儡へと変え、ジークら四人を包囲している。

「ん? なになに? クロムっち、もしかして知り合いなの?」

「……。数日前、一度だけ顔を合わせたことがある」

「はあ!? 何でその時に殺っとかないのさ?」

「無茶を言うな。あの時はレノヴィンの顔までは覚えていなかったからな」

「に、二度手間だ……。だからあれほど端末くらい持っておけって言ってるのに……」

 包帯女が小首を傾げて訊ね、僧侶風の男・クロムはじっとジークを見つめながら答えた。

 その内容に今度は端末を弄っている少年がむすっとしたが、そんな三人を遮り宥めるよう

に快活な笑い声が辺りにこだまする。

「なぁに、此処で仕留めればよいだけの事よ。……それに、もしその場でクロムが始末して

おったらなら、我はさぞ不満であったろう」

 どうやら場の“結社”達のリーダー格は、この鎧に身を包んだ竜族ドラグネスの男であるようだった。

ガチャリと鎧を鳴らし、取り出してみせたのは手斧・手槍の二刀流。されどその重量感は

遠目から見ても相当なものだと分かる。

「我が名は“竜将”ヴァハロ! 結社・楽園エデンの眼に属する者なり!」

 眼下に操り人形と化した村人らを、ジークらを見据え、この男ヴァハロは口上した。

「ジーク・レノヴィン、我が好敵手ジーヴァと相見えたというその力……見せて貰おう!」

 ジーヴァ──あの白髪の男か。

 そうジークが脳裏に記憶を引き出していた、次の瞬間だった。

 ヴァハロは言うや否や地面を蹴って跳躍すると、驚異的な身体能力で一気にジークの頭上

から手斧を振り下ろしてきたのである。

「ぐぅ……ッ!?」

 殆ど本能的な動きだった。

 ジークはその姿を感覚の中で捉えてすぐ、二刀を交差させるように構え、直後の一撃を全

身で受け止める。

 だが──それはあまりにも重過ぎた。

 物理的なものだけではない。ジークの全身が一瞬にして泣き叫ぶように悲鳴を上げた。

 こちらは二本で間一髪受け止められたというのに、相手は手斧一本。なのに自分は既に奴

の攻撃で今にも沈みかけている。

(な、なんて……パワーだよ……ッ!?)

 衝撃の大きさを物語る地面の亀裂がジークの足元を中心に広がっていた。ヴァハロの一撃

は更にその余波ですら一緒に居た筈のサフレらを押し除け、体勢を崩させている。

 真下から受け止めるのは、無理だと思った。

 ジークは軋む身体に無茶を打ち、何とかこの男の一撃を流そうとする。金属同士の火花を

散らしながら、二刀の位置をぎりぎりっと後方へ。

 刹那、相手のパワーに押される形でジークの身体は猛スピードで吹き飛ばされていた。

 つい先程まで立っていた地面を手斧が深く穿ち、破壊する。轟音と土煙が舞う。そのさま

を急速に遠くなる視覚に映しながら、ジークは遥か後方の宿の壁に射出された弾丸よろしく

めり込んでいく。

「ガぁッ……!!」

 この間、実際の時間にしてほんの数細刻セークロ。ジークの目が刹那焦点を失い、喉奥から勢いよく

血が吐き出される。

 サフレ達は、一瞬何が起こったのか分からなかった。

 ただヴァハロが飛び降りて来た次の瞬間には、ジークは弾き飛ばされ、宿屋の壁に大穴を

開けて倒れ込んでいた。

「ジーク!!」

 仲間達の顔から血の気が引く。急いで駆け寄ろうとする。

 だがその時には既に、住人らが飢えたゾンビのように三人を囲み、襲い掛かっていた。

 いくら操られているとはいえ、元は一般市民だ。サフレは苦虫を噛み潰したような表情で

槍の石突を先端に持ち替え、次々に振り下ろされてくる鍬や鉈を受け止めてはいなし、彼ら

の腹を突いては押しのけてマルタやリュカを庇う。

「……なに単騎特攻してんの、あの脳筋」

「ははは。まぁいいじゃん。あたし達の中じゃダントツに強いんだし」

 高みの屋根に残った三人の使徒は、そんな様子をまるで他人事のように眺めていた。

 包帯女がにこにこと、場にそぐわぬ朗らかさで笑う。そんな彼女に少年は端末を弄りなが

らヴァハロの背中へと半眼を送り、クロムはじっと眼下の戦況に黙している。

「ぅ、あ……」

 自身を弾丸にして壁をぶち抜き、ジークはぐったりと瓦礫の中で仰向けになっていた。

 先程からずっと身体の至る所で真っ赤な警報が鳴り続けている。これ以上気を抜けばすぐ

にでも意識がブラックアウトしてしまいそうだ。崩れた壁の向こうから差し込む月明かりと

血だらけの手の感触を頼りに、ジークは懐の短刀を一本──金菫を抜く。

(む……? 魔導の気配)

 次の瞬間、ヴァハロには瓦礫の中から金色の光が広がるのが見えた。

 手斧手槍を握ったまま、ゆっくりと近付いていた足を止める。よく目を凝らしてみれば、

ジークは何故か自身の腹に短刀を差して深呼吸をしているらしい。揺らめくその柄先の糸房

は赤い霧を吐き出しているようにも見える。

「……ふむ。やはり妙な得物よの。それも護皇六華の一つか」

 ヴァハロが興味深そうに言ったが、ジークは答えなかった。急ごしらえに治癒を済ませ、

抜き取った金菫を再び鞘に収める。

 だがそれでもダメージは完全には消えていない。だいぶ楽にはなったが、痛みなのかまさ

か恐れなのか、まだ身体は震えている。

(端っから出し惜しみの効く相手じゃねぇ……。全力でぶつかるしか……)

 その震える脚を、ジークは無理やり掌で押さえ込んだ。

 吹き飛ばされた衝撃で転がった愛刀らを拾い上げ、ゆっくりと再び腰を落として構える。

 一度縮込ませた身体。そのバネを利用して、ジークは強く地面を蹴った。

 同時に両手の紅梅・蒼桜にマナを込めて能力ちからを解放、赤と青の軌跡がぐんっと仁王立ち

していたヴァハロへと迫る。

 だがそんなジークの必死の攻撃にも、彼は悠々と落ち着き払っていた。

 初撃をひょいと持ち上げた手斧の刃で受け止め、ジークの身体ごといなしてみせると、即

座に飛んでくるのはもう片手に握る手槍。ぐらついた姿勢ながらもジークは蒼桜の刃でその

一撃をいなさせ火花を散らして後退、再び両脚を踏ん張って彼に斬り掛かっていく。

 ──そのさまは、まるでヴァハロを軸とした舞のようだった。

 赤と青の軌跡が何度も宙に弧を描く。縦に横に、或いは抉るように斜め奥行きを伴って。

 しかし対するヴァハロは、最初立った場所から殆ど動いていなかった。

 重い手斧はジークからの攻撃を悉く受け止め、右へ左へと押し遣る。そのぐらついた隙を

今度は手槍の切っ先が狙う。

「つぅ……ッ!」

 自若なこの竜族ドラグネスの男。

 一見するとパワー任せの重戦士にも見えるが、それは浅はかな考えだとジークは思い知ら

されていた。

 彼は、力の硬軟を自在に使い分けていた。

 強撃を与えるのは手斧。だがその大振りだけでは速度重視の相手には対応し切れない。故

に斧を振るった軌道、それらが描く隙間を縫うように手槍が入り込む。一見モーションが大

きいようで、緻密に誘導されたその武器捌き。

(こいつ……とんでもなく、出来る)

 何度目かの手槍を何とかしのぎ、ジークは確信を持って、弾かれた身体を彼の間合い寸前

に押し留めていた。

「ふむ……。妙だな、こんなものか? お主、ジーヴァとやり合ったのだろう? 我の一撃

目すら耐え切れぬとは思えんが……」

「……何かすげー勘違いしてる気がするんだが。確かに皇国トナンで俺はあの白髪達と戦ったさ。

でも実際に連中の攻撃を捌いてくれてたのは、剣聖リオだっての」

「むう? そうなのか。七星の……。道理で“軽い”筈だ」

 おそらくヴァハロ自身に悪意はなかったのだろう。

 だが彼が発した言葉に、一人勝手に納得したようなその舐め切った態度に、ジークは無意

識の内に苛立ちの気色を漏らす。

 確かにあの時も、奴らに歯が立ったという感触は無い。だが、それでも──。

「……お主には雑念が多過ぎる。いや、背負ってくるものが雑多過ぎるというべきか……。

我も悩みを抱くヒトは嫌いではない。それだけ己が生と向き合っているのだからな」

 しかしヴァハロは、至極真面目な様子で続けていた。

 深く、ジークの眉間に皺が寄る。この男は左手の手槍を心持ち弄びながら言った。

「だがそれを戦いの場に持ち込まぬ方がよいぞ? 戦いとは即ち“死合い”──互いの心技

体と生命を賭けたぶつかり合いだ。そこに雑念を持ち出すなど無粋。何よりも得物の切れが

鈍る。みすみす死にに向かうようなものだ」

 寄った眉根がじりっと上がっていた。

 一方でヴァハロは言いながらも「まぁ我の場合、そう簡単に死ねない身に為っておるが」

と、冗談のつもりらしくそんなフレーズを付け加える。……全くもって、笑えない。

 だが……当たっている。実際、この夜も今までの旅路を思い返していた。

 まさかとは思うがこの男、剣を交えただけでそんな事まで嗅ぎ取れるとでもいうのか。

「……事の正邪を武人が問わずともよい。理屈を捏ねて遊ぶは学者や役人の仕事ぞ。我らは

ただ一念に得物へと持てる力を込めるのみだ」

 しかし、そんな詮索はすぐにふつと沸いた感情が押し流していた。激情が、握り締めた二

刀に更なる握力を込めさせる。

「……じゃあ、てめぇは一体何の為に戦ってる? 人殺しの結社テロそしきに所属してまで何で戦う?」

「無論、求道だ。死力を尽くし、より強きものを乗り越えて更なる高みを登る──武の道に

それ以外の何がある? それに“結社”には我が主君もおるからな。忠節もまた一つだ」

 やはりか──。ジークは歯を噛み締めた。

 こいつは、戦闘狂だ。戦いが引き摺り込む人々の苦しみや嘆き、憎悪の連鎖というものを

まるで意に介していない。

「ふざけるなっ! 戦いは娯楽なんかじゃねぇッ!!」

 気付いた時には叫んでいた。

「娯楽なんかじゃ、ねぇ……」

 脳裏にフラッシュバックするのは、幼い日々。

 世界を知らず、村の皆の温もりに甘えていた日々。そして……自分の所為で失った生命。

 戦いとは、必要に迫られて取った剣だった。

 取らねば奪われてしまうから、奪ってきたのだ。必要なんだと、自分に言い聞かせて。

「……お前らだ。お前らみたいな奴がいるから、お前らみたいな他人の命をゴミ屑みたいに

扱うような奴らがいるから、争いがなくならないんだッ!!」

 ジークは地面を蹴っていた。赤と青、二刀の輝きが強さを増す。

 叫びと共に刃を振り下ろしていた。するとその一撃を、ヴァハロは初めて手斧と手槍の両

方で受け止める。

 マナを纏った力同士の衝突が辺りをざわめかせた。

 その構図は一見すると、ヴァハロが最初ジークに浴びせた一撃とよく似ている。

「……言った筈だがな。武人が説く正邪など意味は無い。それは単に勝ち残った者の言葉に

過ぎんのだぞ?」

 しかし根本的に違っていたのは、そのヴァハロ本人が涼しい様子でジークの怒りと斬撃を

受けて止めていた事で……。

 程なくして、手斧と手槍がジークと二刀を弾き飛ばす。

「だが──嫌いではないな。これは、良い一撃だ」

 それでも彼は得物を手繰り寄せ、握り直しながら笑っていた。

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