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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-30.淀む闇に掃う力(て)を
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30-(5) 抗う者達の夜

 どれだけ胸奥がもどかしくても、夜は着実に更けてゆく。

 この小村に宿を取って今夜で二泊目。既に物資の補充も昼の間に終えている。

 明日の朝一には此処を発とうと思っていた。……顔が割れる事によってどんな悪影響があ

るか、及ぼすことになるのか、もう自分には予測し切る事も御する事も難しくなっている。

「……」

 平屋建てな質素な宿のベッドで、ジークはじっと薄闇の中を横になっていた。

 周囲はやたらに静かだった。時折遠くから夜行性の動物のものらしき声が聞こえてはいる

が、元より山村育ちのジークにとっては気にならないに等しい。

 だからこそ──思考はむしろ一層に冴えてくる。頭の中を憂いばかりが満たしていく。

 アルスが狙われた。自分ではなく、あいつが。

 確かに、自分達兄弟を標的とするのならばあちらの方が所在ははっきりとしている。だが

あいつの周りには沢山の仲間がいる。そう思って……油断していたのかもしれない。

 心配は勿論だが、悔しかった。

 アズサ皇の葬儀があったあの日、あんな芝居を打ってまで自分は“結社”を引き付けよう

とした。にも拘わらず、奴らはあっさりとアルスを狙った。……まるでそんな自分の思惑を

嘲笑うかのように。

 全く迷惑を掛けないとまでは、流石に思っていない。

 だが出来ることなら、この旅は自分と奴らとの戦いにしたかった。

 皇国トナンでの戦い──“結社”の者達にその闇を弄ばれたアズサ皇の凄惨な末路。

 彼女の政治姿勢を褒める気はないが、今でもあんな終わり方は避けられたのではないのか

と、折につけてもう一人の自分が責め立てている。

 力が──足りない。

 正直を言えば、虚しいサイクルなのかもしれないと思う。敵に合わせて己を鍛え上げ、何

度となく激突する。その繰り返しの果てに、はたして自分は何を得るのだろう?

 仕掛けてきた奴らが悪い、もう今更後には退けない……理由なら幾らでも、何度でも自分

を宥める意味でも繰り返してきた。折れたら負けだと思った。


『──君達は、何故このセカイに生まれたと思っている?』


 何日か前、嘆きの端で出会ったあの僧侶が漏らした言葉が、ふと脳裏に蘇ってきた。

 あの時はぼんやりとだが“それを探す為に生まれてきた”のだと、直感的に思い、答えた

と記憶している。しかし……その返答は、果たしてホンモノだっただろうか。

 人は誰しも望んで生まれてきた訳ではない。

 両親に望まれはしたかもしれない──そう信じたいが、少なくとも自分達兄弟は今という

現実の中、それ以上に「腫れ物」扱いされているのではないか? ただ多くの人々を搔き回

す為に生きているようなものではないのか?

 違う……。そんな事は、望んでいない。

 ジークは眉間に深く皺を寄せ、強く唇を噛んだ。

 あの日誓った筈だ。──この剣は、誰かを守る為に振るうのだと。

 なのに、ただ存在するだけで誰かを傷付け、ひいては殺めさせるのだとすれば……自分は

“要らない子”に他ならない。

 勿論、こんなことを口にしてしまえば近しい仲間達は烈火の如く怒るのだろう。諭そうと

するだろう。だが……これらは一面否定しがたい事実だ。実際にアウルベルツは二度の襲撃

の憂き目に遭っている。傷付いた者らは、きっといる。


『──だが、混同するなよ? 魔人ヒトは皆一様じゃない。良いメアもいれば、悪いメアもいる

というだけだ。……“敵”に情を掛けていたら、死ぬぞ』


 もぞりと、被っていた毛布を手繰り寄せ、ジークはふるふると首を横に振った。

 戦いの後に戦友ともとなった仲間が一人、今自分の背後のベッドで眠っている。

 彼はああ言っていたが、自分もいつかは全ての者を「敵」と「味方」に線引きして割り切

れることが出来るのだろうか──?

(……ん?)

 ジークの思考が途切れさせられたのは、ちょうどそんな時だった。

 遠め部屋の外から聞こえてくる足音。一応忍び足であるようだったが、如何せん建物が古

い所為でギシギシと床板の軋む音はしっかりと此方に届いている。

(起きているか、ジーク)

(ああ。聞き間違い……じゃあねぇみたいだな)

 その物音に気付いたのだろう。同じく背後からサフレの小声がした。

 ごそっと、相手に起きたことを悟られぬようジークはベッドの中で向きを変えると、壁に

掛けてあった六華の包みを握りながら彼に応える。

 時刻は、深夜の三大刻ディクロを回ろうとしている頃だった。

 普通に考えて宿の人間──ではない。

 ジークとサフレは互いに頷き、そっとベッドから抜け出る。

『……』

 程なくして、カチャリと静かに部屋のドアが開けられた。大方宿のマスターキーが持ち出

されたのだろう。

 二人は気配を探る。一人どころではない。三人四人……間違いなく徒党。

 雲間から覗く月明かりが彼らを一瞬照らした。キラリと、手に握られているのは短剣。

 その刃がゆっくり持ち上げられ、そのまま勢いよく二人の寝ていたベッドへと──。

「そこまでだ!」

 次の瞬間ジークは部屋の死角から地面を蹴り抜刀、切っ先をその襲撃者の喉元へとピタリ

と突きつけた。

 グサリと短剣が突き刺さった空のベッド。俯き加減で固まったままの人影。

『──オァァァッ!!』

「ッ……!?」

 しかし、その正体はジークが予想していたものとは少々違っていた。

 魔獣などとは間違える筈もない。彼らはこの村の住人達だった。

 だが明らかにその様子はおかしかった。そもそも喉元に剣を向けられたにも拘わらず、全

く怖気づく様子がなかったのだ。

 次の瞬間、彼らはまるで飢えた獣のように目を血走らせ、思わず刃を引いてしまっていた

ジークへと一斉に掛かってくる。

「くっ……! おい、どうなってんだ!? 結社れんちゅうのオートマタどもじゃねぇのかよ? おい

サフレ、そっちは大丈夫なのかっ?」

「ああ平気だ。マルタもリュカさんも保護した。一旦外に出るぞ!」

「お、おう!」

 隣室には、一足早くベランダ伝いに飛び込んでいたサフレが対応していた。

 ジークへのそれと同じく、マルタとリュカを庇った彼に血走った村人達が棍棒や鉈といっ

た得物を装備して襲い掛かっている。

 サフレは普段とは逆に持ち替えた手槍でそれらを防ぎながら、彼女らと共に窓際へと下が

りつつ、叫ぶ。

 四人は村人達の襲撃を掻い潜り、急いでベランダから外へと飛び出した。

 その足音に、宿の中からは勿論、村の四方八方から武器を持ち殺気立った村人達が沸いて

くる。弱い月明かりの中、ジーク達はあっという間に全方位を囲まれる格好となった。

「次から次にわらわらと……。これってやっぱ村の連中全員、だよな?」

「だろうな。数は多くても力量はそう大したことはないだろうが……」

「うぅ……血走ってます、まるでゾンビです。生体反応バイタルはありますから、本当に死んでる訳

ではないですけど」

「……やはり洗脳系の魔導みたいね。完全に操り人形になっているわ。ジーク、サフレ君。

向こうは躊躇いも何も感じない筈だから、気絶でもさせないと止められないわよ」

「ちっ……」「やはり、ですか。厄介だな……」

 リュカとマルタを内側に抱え込むようにして、ジークとサフレは二刀と手槍を構えた。

 サフレの呟くように、確かにまともにぶつかれば突破は出来るかもしれない。

 だが相手はあくまで村人──無関係な一般市民だ。ここで下手に傷つける訳には、いかな

かった。

「おい、こんな真似せずに出て来やがれッ! 楽園エデンの眼、てめぇらの仕業だって事はもう

分かってんだよ!」

 ジークが眉間に皺を寄せ、夜闇へと叫んでいた。

 それは目の前の窮地というよりも、間違いなく市民を巻き込んで刺客とするようなやり方

に憤っているが故のそれだった。

「──なんだ。もうバレてたのか」

 数拍の間。だが闇の中から叫びに応じる者達は確かにいた。

 雲がおもむろに流れ、遮られていた月明かりがにわかに強くなる。

 その静かな明かりに照らされたのは、ジーク達の頭上、村の家屋の上に立つ四人の人影。

「つまんないなぁ。折角これから君達の殺戮ショーを録画しようと思ったのに」

 一人は、携行端末を掌で転がす、狡猾な印象の少年だった。

 その言葉からして、おそらく村人に洗脳を施したのは彼なのだろう。

「ま、いいじゃん。要は潰せばいいんだし」

「人形達も用意してきたからな。尤も、我がいる以上その必要はないだろうが」

 一人は、身体中に包帯を巻いた、一見するだけでは病弱そうな女性だった。

 一人は鎧に身を包んだ、いかにも武人といった感じの竜族ドラグネスの男性だった。

 ばさついた髪先を指で弄り、或いはガチャリと鎧を鳴らし、彼らは余裕綽々である。

「生憎、そう簡単にくたばるつもりはない。この旅が始まった時から、いずれこの瞬間が来

る筈だと警戒していたからな」

「寝込みを襲おうとしたようだけど……私は魔導師だし、マルタちゃんはオートマタ。どん

なに巧妙にやったつもりでも、ストリームの変化に敏感な私達の眼はごまかせないわよ」

 サフレがサッと槍先を彼らに向け、リュカがすぐに詠唱に移れるように身構える。その後

ろではマルタが魔導具の竪琴ハープを取り出し、恐る恐るながらも戦闘態勢に加わろうとしている。

「……」

 だが、ジークだけは様子が違っていた。

 二刀を構えた手が、心持ち脱力して下がっている。両の瞳がまるで驚愕したかのように大

きく見開かれ、静かに揺れ動いている。

「ジーク?」

 その様に、ややあって仲間達も気付いた。

 声を掛けても反応が薄い。そのまま三人は彼の視線を追い──同じく固まる。

「……。まさか、君がレノヴィンの片割れだったとはな」

 四人目。その僧侶風の男性には、皆見覚えがあった。

 間違いない。しっかり記憶に焼き付いている。

 彼はつい先日嘆きの端で出会った、あの不思議な印象の修行僧・クロムだったのだから。

「坊さん……何で……」

 短く言葉を。だがその溝は、知らぬ間に深くなっていて。

 じっと“結社”達の中に佇む彼に、ジークは震えるような戸惑いを漏らす。


 セカイは再び夜を迎えていた。どれだけの困難を、その自らの内に抱えようとも。

 兄はついに仇との対面を果たし、弟は大切な仲間の為に困難と退治する。

 赤髪と妖精族の少女一行はその頃雲上──飛行艇から北方入りを果たし、未だ目覚めない

少女をクランの仲間達は代わる代わるに見守り続ける。

 試練の夜が……始まろうとしていた。

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