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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-30.淀む闇に掃う力(て)を
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30-(4) 忌避地(ダンジョン)にて

 今日という日ほど、公正な手続きという名の動きの悪さをじれったく感じることはなかっ

たのではないかと思った。

 関係各所への根回し──もとい懇願は、思いの外長い時間を要した。

 彼らにもそれぞれ立場があるのは分かっている。加えて忌避地ダンジョンへ赴こうとしているのが、

本国より預かっている一国の皇子ともなれば余計に神経を使うのだろう。

 それでも、アルスは粘り強く戸惑う学園の理事らに説得を続けた。とはいえ、最終的には

ブレアの(半分脅しに近い)後押しと、以前に「助力を惜しまない」と約束してくれていた

ミレーユの一存が彼らを頷かせる事になったのだが。

 そしてそのまま、アルス達は彼女を経由して街の執政館──アウルベ伯に連絡を取った。

 最初はやはり、彼も皇子自らがダンジョンに潜ることに不安を表明していた。

 だが……あの場に居合わせ、犠牲者を出してしまったことに同じく負い目を共有していた

のだろう。やがて彼は現地警備兵らの同行を条件に許可を出してくれた。

『思ったより手間取っちまったな……。アルス、お前達は先に戻って待機しててくれ。残り

の細々したとこは俺も加勢して片付けてくるからよ』

 そう言われてブレアと分かれたのは、昼下がり頃だったろうか。

 一応残りの講義に出席はしてみたものの、やはりろくに内容は入って来なかった。どうや

らまた相棒エトナの記憶力や学友らのノートを頼ることになりそうだった。

『……なぁ、やっぱり俺達もついて行った方がいいんじゃないか?』

忌避地ダンジョンなら冒険者おれたちの方が慣れてるし、わざわざアルスが打って出なくても……』

 その合間、昼休みにはリンファから連絡を受けたダンと数名の団員達が顔を出しに来た。

 やはりというべきか、彼らは一様に不安そうだった。事情は分かっているとはいえ、これ

以上自分に何かあったらという思いはひしひしと感じ取れた。

『我が侭だってことは、分かっているつもりです。でもミアさんがああなったのは僕の所為

だから……。僕自身で何とかしたいんです』

『……私はアルス様の意向に従うまでさ。元より御身は何が何でも護るつもりだよ』

『まぁ、リンさんがいりゃあ心強いけど……』『うん……。でもなぁ……』

 戸惑いつつ顔を見合わせている団員なかま達。

 だがダンだけは、そんな中にあってじっと決意を固めたアルスの表情かおを見つめて

いた。

『……本当なら、父親おれが行くべき所なんだろうが』

 表向きブレアからの実技試験ということもあり、皆を連れて行こうとすればまた話をつけ

るのにややこしくなるという面もあった。

 だがそれ以上に、ただでさえ心が搔き乱れている筈の皆を徒に巻き込みたくないという思

いが強かった。……それが手前勝手な感情だと、気付いてはいても。

『任せて、いいんだな?』

『はい。絶対に解毒剤の材料を揃えてきますから……。ミアさんの看病、お願いします』

『……すまん』

 互いに気を遣っている。分かっていても、その歯痒い軋みはどうしようもなくて。

 そっと片手を差し出し、アルスはダンとしっかりと握手を交わした。

 ──気のせいか、この時の彼の大きな掌の感触は、歴戦の戦士というよりも一人の父親と

しての迷いを伝えてきたように思う。


「らぁッ!!」

 薄暗い洞窟に、何度目とも分からぬ閃光が瞬き、消えた。

 ジュワっと焼き切れるような異臭が嗅覚を刺激する。地面にべたりと叩き付けられ、やが

て半液体の身体を維持できずに消滅したのは、不定形の魔獣──ブルーゲルだ。

 手甲型の魔導具・迅雷手甲ヴォティックスを装着したフィデロは、そのさまを見て本能的に逃げてゆく

他のゲルらを一瞥、勝気に鼻の下を擦る。

「盟約の下、我に示せ──風紡の刃ウィンドスラッシュ

 頭上からは、キィキィと鳴きながら蝙蝠型の魔獣が数体。

 だがその群れを、風繰りの杖ゲイルスタッフを握ったルイスは一撃の下に沈めた。

 落ち着いて天魔導の詠唱。サッと白い魔法陣を纏った手をかざしてみせると、蝙蝠達は次

の瞬間風の刃に切り裂かれて四散し、亡骸の山に加わる。

 キースの案内でやって来た忌避地ダンジョンは、街から暫く歩いた森の中に口を開けるとある洞窟だった。

 入り口には『忌避地のため立ち入り厳禁』の立て札と規制テープ、そして警備の兵が五人

ほど。話は既にルシアンから通っているらしく、彼らは内二人を引き続き入り口の警備に残

すとそのままアルス達に同行してきた。

 洞窟内は総じて薄暗かったが、あちこちが苔生しており、マナを浴びて淡く光っている。

 あくまで付き添いという態のブレアが殿を務め、先頭に立つリンファ、そしてフィデロと

ルイスが時折姿を見せる魔獣達を率先して追い払う。

(一応僕の実技試験って形なんだけど……いいのかなぁ? 任せっきりで)

(いいんじゃない? 実際、目的は解毒剤の材料なんだし。早く摘んじゃおうよ)

(うん……)

 キースに指示を貰いながら、アルスはその戦線の後ろでちみちみと無数に生える薬草を籠

の中に収めていた。

 先にミレーユに許可を貰った事もあり、友二人へのそれも割合すんなりと通ったらしい。

 止めても無駄だったのだろうが……それでもアルスは彼らまで巻き込んでしまい、正直言

って申し訳なく思っていた。

 頼もしさ半分、でも後ろめたさも半分。

 誰かを守ろうと動く、その行動自体も誰かに護られている。……これでいいのだろうか。

「あ、それは違いますよ。食うと美味いんですけど薬用じゃあないです」

「うーん……似てるけど別のですね。ほら、こうやって葉の付け根に跳ねっ気が付いてるで

しょう? 今回採ってるのはこっちの方です」

「あぁぁ!? 違う違う、それ毒薬の方だから! つーか全然形違うから!」

 その間も、案内役のキースは皆の間を忙しなく動き回っていた。

 話では、今回使う薬草は複数種あるらしい。

 一つでも自分達素人には中々見分けがつかないというのに更に複雑となれば、いくら生え

ている分は多くとも“当たり”を見つけることはそう容易ではない。

 沸いてくる周囲の魔獣をあらかた追い払うと、アルス達はいつしか総出での採取体勢に移

行していた。

 リンファや警備兵らは変わらず周囲に気を配ってくれていたものの、洞窟内には薬草をプ

チプチと摘んではキースに確かめて貰い、また摘み……という音だけが妙に反響してゆく。

「──んんっ……」

 此処に来てから一体どれだけの時間が経ったのだろう。

 一心不乱に材料を摘み続けて暫く、アルスがぐぐっと何度目かの伸びをした頃には、持っ

てきた籠には随分とたくさんの薬草が蓄えられていた。

 土で汚れた手を近くの湧き水で洗い、軽くハンカチで拭う。

「随分沢山集まったねぇ」

「つーか、解毒剤一個にこんなに使うのか?」

「一度で成功するとは限らないさ。予備用の材料もあった方がいいだろう? それに煮詰め

て作ると思うから、かなりしなっとする筈だし」

「ああ。実際はここから必要な部位を抜き取るからな。一言調合するって言っても、結構地

味な作業なんだよ。まぁ……これだけ量があれば充分だろう。暫く休んでてくれ。念の為に

もう一度中身を検める」

 キースのその言葉を合図に、アルス達は思い思いに腰を下ろし始めた。

 指先が泥まみれになっていたり、大きく息を吐き直して一先ずの安堵としたり。

 緩く広い円陣。汗を引かせる面々の姿。その中でキースは、皆が摘んだ野草の一つ一つを

念入りに再チェックしてはもう一度籠の中に戻している。

「……これで、ミアも元気になるよね?」

「うん。そうだといいんだけど」

「大丈夫ですよ。キース殿を信じましょう」

「……なぁ。確かエトナって樹木の精霊なんだよな? お前は薬草の知識とかねぇの?」

「無い訳じゃないけど……。そういうのって精霊族わたしたちにとっても後付けのものなんだよ。地元

ならともかく、此処は私の棲んでた所じゃないしね」

「草花の声は聞けるんだけどね、エトナは」

「まぁそう都合よくはいかないって事かな? 精霊の力は個体によってかなりの差がある。

こうして僕らと会話が成立しているだけでもかなり珍しい方だよ」

「ん~……。そりゃあ、そうかもしれねぇけど……」

 暫しの雑談。

 壁に背を預けていたフィデロが、何気なく場所を移してトスンと体重を掛け直す。

「──ォ、オォォォ……」

 異変が起きたのは、ちょうどその時だった。

 突如として、地の底から響いてきた獣の声。アルス達は誰からともなく、弾かれたように

して一斉に立ち上がって周囲を見渡す。

「フィデロ。お前何をした」

「な、何って……。俺は別に──」

 だがその正体はすぐに姿を見せた。

 フィデロが顔を引き攣らせて呟きかけた直後、そのすぐ背後からぎゅんと、地面から飛び

出すように巨大な影が現れたのである。

「ひゃあああ!?」

「……こいつは、地蛇アースワームか」

 洞窟内を揺るがす咆哮。思わず悲鳴を上げて皆の下に転がり込むフィデロ。

 そんな彼をむんずと受け止めながら、それまで皆を心持ち遠巻きで眺めていたブレアは、

眉間に皺を寄せてこの巨体の正体を見定める。

 それはくすんだ土色の肌を持った、巨大な蛇の魔獣だった。

 サッとブレアが魔導で灯りを焚き、苔の反射光だけだった周囲を照らし出す。

 するとそこ──ちょうど先程フィデロが立とうとしていた一角には、多数の穴ぼこが開い

ている。一つ一つが巨大な暗がり。十中八九、アースワームの巣穴なのだろう。

「し、しかし教官殿。確かアースワームは大きくても五リロ(=約五メートル)程の筈ですが……」

「……認めたくは無いが、こいつは“変異種”なんだろう。たまにいるんだよなぁ……馬鹿

みたいに育っちまうのがさ……」

 驚く面々の中にあって、リンファは真っ先にブレアの隣に立ち、アルスを守るようにして

腰の太刀に手を掛け始めていた。

『…………』

 彼の、魔獣学の教員が語る推測は否応無しに説得力があった。

 急速に背を伝う嫌な汗。アルス達はおずおずと、この肥大化した大蛇の魔獣を見上げる。

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