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4-(2) 差し出された手

 それは、ジークさんがブルートバードの一員になって一年が経とうとしていた頃でした。

 あの日も私達は、ギルドが仲介する魔獣退治の依頼を受け、準備を整えると早速現場へと

赴いたのですが……。

「──こいつは、ひでぇな」

 既に、その現場である村は廃墟と化していました。いえ魔獣によって滅んでいたのです。

「……遅かったみたいね」

 ダンさん、そしてイセルナさん達団員の皆は、村の入口からそんな光景を見つめて暫くの

間その場に立ち尽くしていました。

 知識としては、知っています。むしろこれが魔獣による本当の被害なのです。

 でも、やり切れなかった。何度見ても、こればかりは慣れる事ができなかった。

「……大丈夫、レナ?」

「うん……。ありがとう」

 静かに打ちひしがれていた私を、ミアちゃんはそっと慰めてくれました。

 私も零れそうな涙を堪えて、大切な親友の気遣いに感謝していました。

「ブルート、魔獣の気配は?」

「弱いがあるな。群れとしては去ったようだが、まだ点々と居残っている可能性がある」

「じゃあ、俺達のやるべき事は」

「……ええ」

 その中にあっても、イセルナさん達は冷静でした。

 悲劇な末路が目の前に広がっていても目を背ける事なく、ややあって私達団員に指示を飛

ばしてくれます。

「皆、生存者を探しましょう。ハロルド達は結界を、シフォン達は散開して先遣調査を」

「他の面子は俺とイセルナ、リンにそれぞれ分かれろ。村の中を分割して捜索するぞ」

「ブルートの言っていたようにまだ魔獣が居残っているかもしれない。くれぐれも単独行動

は取るな。必ず四・五人以上のグループで動いてくれ」

『了解!』

 経験を積んだリーダー達がいるからこそ、私達は迅速に動くことができました。

 様子見で最初にシフォンさん達の遊撃隊が先陣を切り、その後続をイセルナさん達が担当

していきます。

「じゃあ私達は結界を張るとしようか。封印より浄化の結界だね」

 そしてお父さんや私の所属する支援隊が、そんな皆の動き出す姿を横目に一斉に詠唱を始

めていきます。

『盟約の下、我に示せ──聖浄の鳥籠セイクリッドフィールド

 普段は魔獣の動きを抑える為に展開している結界。

 でも今回は、むしろ村内の瘴気を薄める為に張り巡らせてゆくものでした。

 皆で放った金色の魔力の糸が瞬く間に村内を覆い、ドーム状になります。どんよりとした

空模様がその輝きで少し眩しいものにも見えてきます。

 これで、私達が瘴気にやられてしまう──ミイラ取りがミイラになる危険性は大きく減り

ます。術式を維持する支援隊の皆さんを横目で見ながら、私はその事に一安心して。

(……あ)

 ふと、散開してゆく皆の中にジークさんの佇む姿を見ていました。

 それまでの印象の通り、何処か近寄りにくいぶっきらぼうな不機嫌面。腰に差した三刀は

十六歳の男の子には少し大きく映ってしまいます。

 ジークさんは、俯き加減でじっと村の中を見渡していました。

 瘴気により、魔獣により、朽ちた木々や家々。そして人だったであろう亡骸が点々と。

 思わず私は吐き気を催しそうになります。

「…………」

 でも、そんな光景を確かに目に焼き付けている筈のに、ジークさんは不機嫌面をピクリと

もさせていませんでした。

 怖い人。感情を押し殺したような──外から見えないように閉じ込めてしまったような、

そんな暗い表情かお。それでも私はただ恐れと若干の好奇心で、そんな彼の横顔を遠巻きに見遣

る事しかできなくて。

「お~い、ジーク。何ぼやっとしてんだ?」

「置いてくぞ~?」

「……あぁ。今行く」

 やがて他の団員さん達に呼ばれて、上着を翻して背を向ける後ろ姿をぼうっと見つめる事

しかできなくて。

 それから暫くは、皆で生存者の捜索を続けました。

 時折、村の中に残っていた魔獣と出くわしたりもしましたが、そこは傭兵畑の冒険者達。

群れを成している訳でもないという事もあり、皆ですぐに退治してくれます。

「皆、ちょっと来てくれ!」

 シフォンさん達が私達にそう伝令を飛ばしてきたのは、ちょうどそんな最中でした。

 何事かと集まってゆく私達。

 するとシフォンさん達は何故か茂みに隠れていました。私達がやって来たのを確認すると

シフォンさんは「あれを見て」と真剣な面持ちで視線を移して促してきます。

「あれは……」

 その先に建っていたのは、一軒の家。瘴気や魔獣の被害を受けたのは他と同じらしく、そ

の外壁は所々が朽ち始めていました。

 そして何よりも私達の目に付いたのは、その周りに集っている魔獣達の姿。

 それはまるで、あの家に魔獣達が引き寄せられているかのような……。

「群れ、って感じじゃないわね」

「そうだね。さっきから観察しているけど、個々にやって来ているみたいだ」

 イセルナさん達は慎重に対応を話し合っているようでした。

 数はそう多くはありませんが、生存者探しにシフトしている今、散開している兵力を考え

ればできれば避けたい戦いだったのでしょう。

「だが、あそこだけ魔獣が集中してるのは妙だ」

「だよなぁ。もしかして誰かいるんじゃ──」

 でもダンさんがそう一抹の可能性を口にした次の瞬間、その様子見は破られていました。

 ガサリッと茂みを飛び出し魔獣達へと駆けていった人物。

「!? おいよせ、ジーク!」

 それは二刀を抜き放ったジークさんでした。

 ダンさんが思わず振り向いて制止しようとしましたが、ジークさんは聞いてすらいなかっ

たようでした。ただ駆け出した勢いと抜刀の速さを以って、虚を衝かれた形の魔獣達を斬り

伏せ始めたのです。

「チッ……あのバカ。仕方ねぇ、俺達も加勢するぞ!」

 小さく舌打ちをして、ダンさんはリンファさんと共に先頭に立ち、数拍遅れる形で皆と魔

獣の群れの中へ斬り込んでいきました。

 続いてシフォンさんの遊撃隊の皆の矢や銃弾、お父さんの支援隊の皆の魔導が援護射撃と

して魔獣に降り注ぎます。

 奇襲という形でした。結果的に、その場にいた魔獣達は追い払うことができました。

 ややあってその騒音を聞きつけてくれたのか、散開して捜索に当たっていた他の面々が合

流してきます。

「まったく。何勝手に特攻掛けてんだよ」

 一先ずは安堵。でもダンさんは強面の顔をしかめてジークさんを責めていました。

「……誰かいるかもって言ったのは、副団長だろ」

「む……。それはそうだが、あくまで推測だっての」

 それでもジークさんは悪びれる様子はありませんでした。

 むしろ咎められた事にすら若干の不服を漏らし、二刀をぶらんと両手に下げて言います。

「大体、お前はいつも独断で無茶をだな」

「……待て。ダン」

 言い合いになりそうな二人。でもそれを止めたのは、イセルナさんの肩に止まったブルー

トさんだったのです。

 シフォンさん、そしてお父さんも彼の制止の意味に感付いたのでしょうか。魔導の心得の

ある面々の何人かが、ふとその視線を目の前の家の全景に移していました。

「中から気配がする。誰かいるぞ」

「何っ!?」

「……ならば、確かめてみる価値はあるようだな」

 リンファさんがそう結論付け、皆は頷き合いました。

 もしかしたらまだ中に魔獣も潜んでいるかもしれない。今度は遊撃隊や支援隊のメンバー

を囲むように円形の布陣を採りながら、家の中に入って行きます。

 中は外以上に損傷の度合いが進んでいました。

 お父さんが改めて浄化用の術式を展開し、念には念を入れ、私達は半ば廃墟になりつつあ

る室内を一つずつ検めていきました。

「ッ!? 今音が……」

 そんな時でした。二階の方から突然僅かですが物音が聞こえてきたのです。

 静まり返っていた分、即座に反応した私達。

 何か……いる。

 そしてイセルナさんの無言の頷きの下、私達はその音のした方向──二階のとある一室の

前へと集まり、彼女の手合図を以って一気に突入を図ったのでした。

「──ひっ!?」

 でも、そこに居たのは魔獣ではなくて。

「……女、の子?」

「もしかして、生存者か?」

 血や埃で汚れた大きなタオルに包まり、酷く怯えていた一人の女の子でした。

 魔獣ではない。その事に驚き、いいえそれ以上に安堵し、皆はゆっくりと彼女に近付いて

いきます。

 だけど……それでも彼女は。

「こ、来ないでっ!!」

 タオルで覆った身体を震わせて、叫びました。

 そこから覗いたのは、ウィザードである事を示す白系の銀色の髪。

 そして何よりも……恐怖で昂ぶった感情により血のように真っ赤に染まった瞳。

「……まさか」

「君、魔人メアなのか……?」

 それが意味する事態。

 私を含め、皆は次の瞬間には近付きかけた足を止め、目を見開いて驚きの表情を浮かべて

いました。

「殺さ、ないで……。私を、殺さないで……」

 魔獣にか、それとも漂う瘴気にか。

 瘴気に中てられ魔人となってしまったその子は憔悴し、何より怯え切っていました。

 無理もなかったのです。魔人は、魔獣化の亜種。魔獣と同じく人にとって忌むべき存在。

クリシェンヌ教の教えですらそう示されていた“常識”だったのですから。

「ま……待ってくれ。俺達は君を殺しに来た訳じゃないんだ」

「この村を助けに来た冒険者だよ。ほら、ここにレギオンカードも……」

「ひぐっ!?」

「このバカ! 怖がらせてどうするんだよ。ざっくり言えば俺達は魔獣を狩る側だろ?」

「……や、やっぱり、私を殺しに……」

「え? いや違う。違うって!」

「だぁ~! お前らゴチャゴチャやってんじゃねぇ、嬢ちゃんがビビってるだろうが!」

 怯える女の子と、宥めようとして逆に墓穴を掘っている皆。

 そんな皆をダンさんは叱っていたけれど、むしろその絶叫の強面の方が迫力があり過ぎて

いましたね。

「……」

 だけど、そんな中で別な行動を取る人がいました。……ジークさんです。

 皆がそれぞれに狼狽え、イセルナさん達が呆れ顔をしている中、ジークさんはおもむろに

一歩を踏み出し、震えている彼女の前に屈み込んだのです。

「な、何……? 殺される、の……?」

 ジークさんは暫くじっと彼女を見ていました。

 相変わらずのちょっと怖い、感情を押し込めたような眼。彼女もそんなジークさんの顔を

見て、何をされるのかと心持ち後退ろうとさえしていました。

「……お前。名前は?」

「えっ?」

「名前だよ。魔人になって忘れでもしたか?」

 でも、ジークさんは気にする事もないかのように訊ねていました。

 驚いたのは私達だけではありませんでした。彼女もまた、思っていた仕打ちが来ずに少々

面食らったようでした。

「……ステラ。ステラ・マーシェル」

 そして数細刻セークロの間、躊躇いを見せた後、その子ステラちゃんは答えました。

 少しだけ「おぉ」と状況の進歩に驚いた皆。でもジークさんは続けます。

「歳、いくつだ?」

「こ、今年で十三……」

「……そっか」

 短く、一見してそっけない感じで呟くと、ジークさんはのそりと立ち上がっていました。

 イセルナさんやダンさん、お父さん達は勿論、団員の皆が、そして私もその後ろ姿をじっ

と見守っていて……。

 そして暫くその場に立ったままガシガシと数度髪を掻いて、ジークさんは振り向いて私達

に言ったのでした。

「……団長。こいつ、俺達で保護できねぇかな」

「保護?」「え? こいつをか……?」

 当然の事ながらダンさんを始め皆は驚き、ざわついていました。

「……できなくはないわ。守備隊当局やギルドに報告を通しておけば、クランの保護預かり

扱いにできる筈よ。でも……どうして?」

 その中でもイセルナさんは冷静でした。

 一瞬間、記憶を呼び起こしてそう可能である旨を答えると、ジークさんに問い直します。

「……田舎に、同い年の弟がいるんだ。ほっとけねぇよ」

 ジークさんは、そう確かに視線を逸らし気味に言いました。

(──ッ!?)

 そしてその瞬間、私の中で大きな変化が起きていました。

 いつもぶっきらぼう。ちょっと怖い感じの人。

 でも……本当は。彼は、とても優しい人なんじゃないかって。

 同い年の肉親がいる故の情だったのかもしれません。

 でもこの時の私には、そんな単純な理由には思えなかった。そもそもいくら冒険者とはい

え、魔人を前にこんな“一人のヒトとして”その相手を扱うなど難しい筈なのです……。

「……そう」

 その言葉に、イセルナさんは数細刻セークロ目を丸くしていましたが、すぐにフッと表情を穏やか

に緩めていました。何だか良いものを見たような、穏やかな眼でした。

「分かったわ。じゃあ連れて帰りましょうか」

「お、おい。そんな簡単に決めていいのかよ?」

「まぁ、確かに捨て置くわけにもいかないけどね……」

 だからこそ、彼女の比較的あっさりとした返事に、ダンさんやシフォンさん以下、皆は驚

きを隠せませんでした。

 それでもイセルナさんは私達クランの団長。リーダーなのです。

 戸惑いこそありましたが、最終的には皆、イセルナさんの決定を──ジークさんのステラ

ちゃんを自分達の仲間に加える事に同意することとなりました。

「……殺さ、ないの?」

「ああ。別にお前を殺せなんて依頼、受けてないしな」

 ステラちゃんはまだタオルの中にいました。

 それでも自分を殺しに来たわけではないと分かった分、怯えはなりを潜めていたように見

えました。

「……嫌なら別にいいぞ。上手く逃げ暮らせばいい」

「えっ、あの」

 半身を返してジークさんは少しだけ、突き放すように試しているようでした。

 だけど、ステラちゃんはちょっと戸惑っても拒む事はなくて。

「そんな事、ないです」

「……そっか」

 代わりにそっと、ジークさんはその手をステラちゃんに差し出していて。

 少しの躊躇い。でもやがてステラちゃんは、次の瞬間にはほうっと頬を赤く染めてその手

を取りました。

 成立だな? そう言いたげな上から目線。でもそこに宿っているのは威圧では決してなく

て、きっと魔人であろうが誰であろうが一人のヒトの身を案ずる事のできる、不器用だけど

芯の通った優しさの筈で。

(……よかった)

 無闇に争わなくてもいい。殺さなくてもいい。

 私も、そして皆も、そうホッと安堵の息をついていたのでした──。


(そうだよね……。ジークさんも、クランの皆も、世間が思っているような荒くれ者なんか

じゃない。誰かを守りたいって、そう思って力を振るっているだけなんだよね……?)

 レナは歩を進め、宿舎の廊下を歩いていた。

 今だったら、分かるような気がする。

 ジークも父も何故このような仕事を選んだのか。

 救いたかったのだ。本当の意味での力が欲しかったのだ。たとえそれを粗暴と揶揄されて

も実際に人を守る盾になれるのなら、守れなかった過去の自分への贖罪となるのなら、構わ

なかったのだろう。

 少し前に、ミアからアルスが語ったというジークの過去も聞いた。

 過去の苦しみを背負っていた。だからこそ、優しくなろうと強くあろうとしている。

 でも……もう貴方は強いんですよ? レナは心の中で思った。

 ステラちゃんという、もしかしたら他の冒険者や軍隊に討たれていたかもしれない少女を

救ってくれた。襲い掛かった苦しみに絶望しても身動きを止める事なく、進み続けている。

 レナの眼にはもうそれだけで充分過ぎるほど「強さ」だと思えた。

「……」

 そうしていて、ほうっとレナは自分が身体の中から火照っているのを感じていた。

 そっと胸を手を当てると、ドキドキと鼓動が早まっているのが分かる。

 しかし、分かっていもレナにはその意味を口に出す勇気はなかった。

 それは単に彼女自身の遠慮がちな性格だけではない。この気持ちを本人に告げれば……狼

狽える友がいると分かっていたから。

 そして立つ、ステラの部屋の前。

 一旦静かに息を整えてから、レナは朝食を載せたトレイを片手に、何時ものようにドアを

ノックする。

「ステラちゃん、私~。ご飯持って来たよ~?」

「うん、ありがとう。入って」

 ジークさんは面倒を見させて済まないと言う。

 だけど、そんな事は気にしない。

 だって……ステラちゃんは貴方が助けた、貴方を理解する切欠をくれた子だから。

「は~い。お邪魔しま~す」

 まだ籠りがちだけど、少なくとも自分達クランの面々には心を開いてくれた友に。

 レナは今日も甲斐甲斐しく世話を焼く。

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