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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-30.淀む闇に掃う力(て)を
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30-(0) 名誉の負傷

 結果からすれば、今回の社交デビューは「失敗」になるのだろうか。

 当然の成り行きながら、晩餐会は闖入者──“結社”の刺客らの登場とその撃退の後、自

然と閉会扱いになった。

 気分は底なしに沈んでいくようだった。それでも晩餐ほんもとが済んだ、その後の事件であった

ことはせめてもの救いだったのかもしれない。

 会場の混乱や逃げた刺客達の追跡をルシアンと守備隊らに任せ、アルス達はミアが搬送さ

れた街の病院へと急ぎ同行した。ややあって、連絡を受けたダンやシフォンらも合流する。

『──はい。怪我自体はそう深いものではなく、命に別状はありません。ただ、刃に塗られ

ていたと思われる毒物が少々特殊なもののようでして……。今、大至急解毒剤を取り寄せて

いる所です』

 ベッドの中で魘されるように眠るミア。

 彼女を囲んだアルス達に──今にも飛び付かん勢いで娘の無事を問うダンに、当直の医師

はそう答えていた。

 曰く、現状は毒を中和剤や治癒魔導で抑制するのが精一杯であるらしい。

 根本的な治療には、薬物に対応した解毒剤が不可欠なのだそうだ。

 一旦身体に入った毒はそう簡単には消え去りはしない。蝕む大元を除かねば……いずれ彼

女の身体が持たなくなる筈だ、と。

 長い夜だった。一小刻スィクロ細刻セークロがとても長く感じた。

 すっかり辺りは暗くなっている。ミアの病室には灯りも点けられず、ただ暗闇の曇天から

除く月の明かりだけが時折差し込む。運ばれてきた当初より魘された様子は和らいでいるか

に見えるが、それでも彼女は点滴と心拍を測る機材に繋がれたまま未だ目を覚まさない。

「……」

 アルスはおずっと傍らに目を遣った。

 そこには、じっと娘を見守っているダンの姿がある。

 反対側、アルスの背後で浮かぶエトナの淡緑の光はその横顔を静かに照らしており、ただ

でさえ強面な表情がより威圧的な印象を与えるかのようだ。

「その……ダンさん。すみません、僕の所為で」

 慌しかった搬送当初から時間も経ち、夜も更け、団員の殆どが一旦ホームに戻ってもの寂

しくなった病室内で、アルスはそうか細い言葉を紡いでいた。

「何言ってんだ。責めるべきはお前じゃねぇ。結社れんちゅうだろうが」

「で、でも……」

 しかしダンは眠る娘を見つめたまま、視線を向けてくることは無い。

 アルスは思わず喉を詰まらせていた。

 返って来た言葉こそ赦しだったかもしれない。

 だが彼が全身でみせるその姿は、アルスの胸奥を抉り回すには充分で……。

「……こいつはな、自分の意思でついて行くと言ったんだ」

 それでもダンは敢えて語っていた。

「お前を護るっていう俺達の役目、それと個人的に気に掛けていたっていうのもある。まぁ

こっちは日頃こいつを見てて何となく感じてた事なんだが……」

 クランの副団長として、父親として。

「もっと上手くやれた。ドジったとみることなら幾らでも出来る。自分がぶっ倒れちゃあ元

も子もねぇもんなあ」

 何よりも、一人の戦士として。

「だけどなアルス。いくらお前でも、護ろうとしたこいつの意思を踏み躙るのは許さねぇ。

お前の言う“ごめん”は見当違いなんだよ。お前が謝る事は、こいつの意思を否定すること

にもなるんだ。……分かるよな?」

「……」

 無言のまま、アルスは重々しく頷いていた。

 不思議と責められているという感じは薄かった。窘められている──そんな感触の方が厳

密だなと思った。

 言い方こそ少々乱暴だが、彼は彼なりに自分と娘、双方を慮って語っている。

 何となくぼやっとだが、アルスはある種の確信に近い形でそう思えた。

 誰か他人を責めるのではない。むしろ──。

「……アルス、お前はそろそろ帰った方がいい。明日から学院だろ?」

「えっ? ですけど、ミアさんは」

「大丈夫だ。今夜は俺が看てる。お前はいつも通り学生をやってろ」

「で、でも……っ」

 暫く雲間からの月明かりと静寂に身を委ね、やがてダンは口を開いた。

 後ろめたさもあって、アルスは半ば反射的に食い下がろうとしたが……ふと視線を下げた

次の瞬間、その意志はあっけなく砕け散ることになる。

「分かってる。でもお前は“平常”を装わなきゃ駄目だろうが……」

 ごくりと息を呑み、アルスは深く眉根を顰める。 

 きゅっと唇を結び、エトナは悔しさで顔を歪める。

お前かんじんがブレるな。皆が余計に不安がる」

 二人が遣る視線の先で、ダンは己の拳を強く強く握り締めていた。

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