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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-29.輝くものらに陰在りて
164/434

29-(5) 闖入者あり

(ふぅ……)

 晩餐会はこれといって滞りなく優雅に進み、夜が更けてゆく。そして食事があらかた片付

いた頃には、大広間は舞踏晩餐会ダンスパーティーへと移行しつつあった。

 白布のテーブルの上に置かれた皿は大半が空っぽ。

 給仕らによって静々と片付けられていくそれらを眺めながら、アルスはそっとテーブルの

下で満腹になった腹を撫でていた。

 正直を言えば、自分はクランの皆と食べるアラカルトな料理の方が好みだ。元より彼らの

ような大食ではないが、それでも庶民の味は──長年同じくそうだった自分を再認識できて

ホッとする。

 勿論、今夜晩餐会に出されたメニューも申し分ない一品ばかりだった。

 皇国トナン──東方出の主賓という事もあって米料理も多く、伯爵サイドが今日の為に色々と

配慮してくれた片鱗を見た気がする(実際は米食でもパン食でもイケるのだが)。

 それに、思ったよりも量があった。

 貴族風このての料理というのは高級感と分量が反比例しがちなのだが、少なくとも今回のそれらは

違っていた。

 単に伯爵サイドが張り切っていたのか、それともこの満腹度にすらも彼らの配慮があった

のか……。流石にそこまでは邪推かもしれなかったが。

(大丈夫? アルスの小食じゃあ結構キツかったんじゃない?)

(正直ちょっと、ね……。だけど、主賓の僕が残す訳にはいかないじゃない)

 顕現を消したままのエトナが、そう気配だけで語り掛けてくる。

 そんな相棒に穏やかな苦笑いを浮かべると、アルスは広間に流れるクラシカルなBGMに

自身の小声を潜ませて言う。

「……」

 ぼんやりと、縦に長い大広間を見渡すように視線を移した。

 先ず正面の長テーブルにはずらりと出席の諸侯達。

 例の如く彼らは席を立つ余裕ができると次々に自分の下にやって来ては挨拶──という名

の胡麻すり・値踏みを繰り返したが、傍らに控えてくれているイヨや、数歩離れて油断なく

警戒の眼を遣ってくれているリンファのおかげで今は皆大人しく引き下がってくれている。

 時折めいめいの談笑の中からこちらに話を振って来る事もあったが、政治的・貴族的知識

な面での応答はイヨが代返してくれた。

 一方で仲間達は部屋の隅、壁際に設けられた談話スペースに陣取っている。

 点々と配置された丸いサイドテーブル、肘掛のついた椅子が少々。

 クランの皆だけではなく、他にも出席者らに随行した面々或いは諸侯の一部が社交的談話

に華を咲かせているようだった。メインの食事も済んだ事で、ゆったりとした時間が彼らを

後押ししているのだろう。

「……あれ? 今イセルナさんと話してるのって、もしかしてリカルドさん?」

(ホントだ。何であいつが来てんの?)

「はい。どうやら教団の名代として出席申請があったようでして……」

「ハロルドはやり難いなとぼやいていたな」

「あはは……」

 その人の輪の中には、以前ホームにやって来たあの黒法衣の一団の姿もある。

 イヨの補足とリンファの含みある呟き。アルスは表向きは苦笑しながらも、思う。

 そう……この華やかさは“飾り”でしかない。

 今まさに、この場は権力ちから有る者らが密かに火花を散らす場でもあるのだ。

 予めそういった認識と覚悟を以って臨んではいる。仲間達もそんな“悪意”から自分を守

るべく敢えてその渦の間近で留まり、防壁に為ろうとさえしてくれている。

(僕は、弱いな……)

 なのに、自分は全然皆に報いられていない──。

 笑顔の裏でまた再三と、アルスは粗い棘が刺さるかのような胸奥の痛みを覚える。

「随分と大人しいじゃありませんの。今夜は貴方の為の宴だというのに」

 はたと声が降ってきたのは、ちょうどそんな最中だった。

 振り向くアルス達に近付いて来たのは、淡翠のドレスに身を包んだシンシアの姿。

 更に彼女の背後、そこから少し離れた位置には、申し訳程度の礼装に身を包んだお馴染み

の護衛役コンビ(及びカルヴィン)の姿も確認できる。

「それはそうなんですけど……。中々慣れなくって……」

 自身の内心を知る由も無い彼女に、アルスはそう苦笑いで応えていた。

 するとシンシアは「ふむ……」と片手を腰に遣り、静かに片眉を上げると暫し黙る。

「……だ、だったら」

「? はい」

「わ、私と踊ってくれませんこと?」

「……。はい?」

 そしておずっと、何故か視線をあらぬ方向に逸らしながら差し出された手。

 だがアルスは最初の内、頭に大きな疑問符を浮かべていた。パチクリと目を瞬き、地味に

震えている彼女の腕を一瞥してからその横顔を見上げる。

「いいんですか? 僕、皆さんみたいに上手くないんですけど……」

「あ、当たり前ですわ。上手い下手じゃありませんの。す、少しでも貴方がこういう場に慣

れられるならと思って──」

「そうですか……。お気遣いありがとうございます」

 素直過ぎる微笑みで、彼女の頬に一層朱が差したように見えた。

 ふるふると全身を小刻みに振るわせながら、恥ずかしさで言葉にならない言葉を必死に噛

み殺しているかのように。

 だがアルスは、まるでそんな事には気付いていない。

 大丈夫ですよね? そう確認するように彼は傍らのイヨらに顔を向け、彼女達から首肯を

受け取っている。同じく上座でゆったりと飲んでいたルシアンも「これは良い余興になる」

と近場のスタッフらを呼び、何やら指示を飛ばし出す。

「どうやら、皇子が踊られるようですな」

「相手は……エイルフィード伯の御息女か」

「やはり“灼雷”と皇子は繋がっている、か……」

 それまで和やかに舞っていた者達、眺めていた者達が身を引き、にわかに広間がざわめき

始めていた。

 一斉に向けられるのは、諸侯やその他出席者達の視線。

 アルスは緊張で身体を強張らせるが、そんな彼の手をシンシアはついっと引くと大広間の

中央、ダンスホールな部分のど真ん中まで誘いドレスの裾を摘んで一礼をする。

 あくまで表向きは、名士たる者同士の礼節を。

 つい先刻まで紅く頬を染めていたとは思えぬそんな彼女の貴族然とした所作に、アルスは

思わず目を瞬いて棒立ちになる。

 アウルベ伯の合図で、それまで流れていたBGMが変わった。

 クラシカル、しかし曲調はより豪華さを伴うものへと。

 曲が始まるとシンシアはすぐにこなれた様子でステップを踏んでいた。一方でアルスは彼

女に片手を握られ、くいくいっと翻弄されているようにも見える。

 それでもこのままではいけないと思ったのだろう。アルスは徐々に彼女のステップ──歩

に同調させるように足を身体を運び始めていた。

 記憶を引き出すように、周囲へ五感を研ぎ澄ませるように。

 そして二人の踊りは、やがて社交の場に遜色ないそれへと変化を遂げてゆく。

「……中々動けますのね? さっきは上手くないと言っていたのに」

「そう、ですか? まぁ一応合間を縫って侍従さん達に教わってましたから……。ダンスも

ですけど、貴族の礼儀作法とか、色々……」

「そうですの……。ならもっと自信を持っていいと思いますわ。まだ硬さはありますけど、

これなら充分に及第点ですわよ?」

 右から左へ、右から左へ。時に相手と繋いだ手を持ち上げ、くるりと回って位置替えを。

 徐々にノって来る中、二人は小声気味にそんなやり取りを交わしていた。

 あの気の強い彼女シンシアが珍しく他人じぶんを褒めている……。

 いつの間にか沸き立っていた周囲の歓声の中で、アルスは正直そんな驚きを抱くと共に、

フッと頬を赤らめてはにかんでいた。

 もっと自信を持っていい──。その言葉が、ストンと胸に染み入った気がした。

 踏ん反り返るつもりは、毛頭ない。

 だがそれでも、この優し過ぎる皇子にとって“赦される”ことは、今も癒えぬ火傷に清水

を注がれるが如き感触であったのである。

「ぐぬぬ……」

「ミ、ミアちゃん落ち着いて? どーどー……」

 アウルベ伯や諸侯、そして仲間達(特に眉間に皺を寄せるミア)。会場にいる皆が二人を

それぞれの思いで見つめている。

 かくして晩餐会の夜長は穏やかだった。優雅に過ぎてゆくべきだった。

 ──その筈だった。

『ッ!?』

 しかし異変は次の瞬間、アルス達を巻き込み訪れた。

 突如として走ったのは……深い藍色の光。

 庭先や物置、或いは各種控え室。それまで屋敷中に紛れて隠されていた小箱達は一斉に爆

ぜて魔法陣を伴う光を放ち始めると、加速度的に地面を駆け抜け集結、大広間全体をぐるり

と丸く囲む更に巨大な魔法陣を描き出す。

「な、何ですの!?」

「これは……。皆さん、此処から離れて! 早くッ!!」

 その中央に居たのは期せずして──いや狙われていたかの如きアルス、そしてシンシア。

 戸惑いの声を上げる彼女の横で、アルスは眉根を寄せて会場の皆に叫んだ。

 藍色──界魔導の印と、四方八方に広がってゆく構築式。これは、間違いなく……。

 そして突然の魔導は完成した。

 床一面に魔法陣が届いた次の瞬間、はたと周囲の風景がスイッチを切り替えたように全く

別のものに変わったのだ。

 そこは淀んだ灰色の空間と、浮かんではゆっくりと消えてゆくルーンの羅列。

 アルスとシンシアは勿論、そこには逃げ遅れた出席者の一部が取り残されていた。

 彼らは一挙にパニックに陥って騒ぎ駆け回り、同じく取り残された屋敷のスタッフらが何

とかその収集を始めようとしている。

「アルス様!」「お嬢!」

 そして逆に逃げずに駆けつけて来たのは、リンファやイセルナ達、及び護衛コンビといっ

た近しい仲間達だった。加えて顕現を解いていたエトナやカルヴィンも慌てて姿を現し、互

いに自身の相棒の傍で警戒の眼を遣る。

「大丈夫ですかい? 二人とも」

「お怪我はありませんか?」

「ええ。私達なら心配要りませんわ」

 安否を訊ねられながら、二人は彼らにぐるりと囲まれ護られる。

 だがアルスの思考は、既にこの時その先へと駆け出していた。

「それよりも気を付けて下さい。この空間結界これは、多分──」

『然様。全てはお主が故だ、レノヴィンの片割れよ』

 言い掛けた言葉。それを遮るのははたと聞こえてきた姿なき老人の声。

 瞬間、アルス達の正面、そこから距離を置いた位置に三人の人影が転移してきた。

 一人は黒い軽防具を纏い、如何にも粗野といった印象を与える斧戦士。

 一人はだぼついた衣を纏い、ダウナーな雰囲気を漂わせる剣士風の青年。

 一人はこの発言の主と思われる、全身を灰色のローブで覆い隠した老年の魔導師。

 仲間達は、一斉に得物を抜き放ち臨戦態勢を取っていた。

 そして同時に次々と空間転移されて現れるのは、黒衣と鉤爪の戦闘用オートマタ。

「……やはり、結社きさまらか」

 仕掛けてくる相手を想像して予測、いざ現れた者達を見て確信。

 面々の先頭に立つリンファがイセルナが、それぞれに得物を強く握り締め直していた。

 他の仲間達もそれに倣う。或いは先手を打てるように詠唱の準備をしようとする。

「トナン皇国第二皇子アルス・レノヴィン、及びその同調者達よ」

 ぽつっと、再びこの老魔導師は口を開いた。

 だがその小声も一拍のこと。彼ら“結社”の闖入者達はザラリと隊伍を組むと、不敵な笑

いと共にアルス達へと宣言する。

「教主様が大命の下、貴様らを処刑まっさつする。摂理への反逆なんじらがつみ、その命で以って贖って貰おう!」

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