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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-28.天には嘆きを、地には種火を
158/434

28-(6) 嘆きの端

「──話だと、この辺りの筈なんだが……」

 時を前後して。ジーク達四人は、人里から離れた獣道の中を往っていた。

 伸び放題な茂みを掻き分け、ガサガサと足音を立てながら深い緑の中を進んでゆく。

「いきなり“落ちる”ことがないようにね? 場所が場所だから」

「分かってるよ」

 声色は、明らかに強張っている。

 後ろをついて来るそんなリュカらの声に背中で応えつつ、ジークは布包みに包んだままの

六華を転ばずの杖よろしく使いながら時折草むらを突き、歩を進めてゆく。


 事の発端は、灯継の町ヴルクスを経った後に立ち寄った小村の茶屋だった。

『え? また出たのか……』

『ああ……。今月だけでもう二十人越えだってよ』

 少し休憩しよう。そういう事になり何となく立ち寄っただけだったが、ふとその休憩中に

居合わせた他の二人連れが何やらひそひそと話しているのを耳にしたのである。

『なんだかなぁ。反対を押し切って慰霊碑まで建てたってのにさ……』

『仕方ねぇよ。地元が“自殺スポット”扱いされちゃあ、気分よくいろって方が無理な注文

だろうし』

『……』

 羊羹をもきゅと口の中で咀嚼しながら、ジークは肩越しにその地元の人間らしき若者二人

のやり取りに眼を遣り始めていた。その間も彼らは、ジークやその視線に倣った仲間達の挙

動に気付くことはなく陰気な様子でひそひそ話を続ける。

『嘆きのはし、か……』

 二人組の、話を降られた側の若者がそうごちる。

 ジーク達は、それぞれに眉間に皺を寄せて黙り込んでいた。

 ──セカイは、マナの雲海「霊海」に覆われている。

 自分達がこうして暮らしている各大陸群も、そんな霊海の中に浮かべられた陸地という名

の破片に過ぎないと言ってもいい。

 故に、大陸には必ず“端”がある。即ちそこは大陸と霊海の境目だ。

 故に、その境目はしばしば人々が身を投げる場所となりうる。即ち自殺スポットである。

 ある者は、様々な理由からこのセカイに絶望して。

 ある者は、瘴気に中てられた身──迫害される自身の存在理由を見出せずに。

 彼らは身を投げる。霊海という恐ろしく濃いマナの中に身を投げれば、それは即ち自分と

いう存在が生命そのものに還る──形の上では死と同義となるからだ。

 瘴気に中てられた者であってもそうでなくても、其処は等しい消滅を可能にしてくれる。

 故に人々は名付けた。誰が言い出したかは、もう誰も知る術はない。

 “嘆きの端”。セカイ各地に点在する、霊海へと身を投げる自殺スポットの総称。

 だが彼ら二人組の言うように、死者の魂を慰めようとする動きもない訳ではないのだが、

一方ではその地元住民には“風評被害”と取られる場合も少なくなく、往々にしてセカイは

そうして身を投げる絶望者達を止める事ができないでいるのが現状だった。

『…………』

 ジークがおもむろに立ち上がったのは、ちょうどそんな時分だった。

 何を? 怪訝をみせた仲間達が止め始めるよりも前に、彼はこの二人組の席へと近付いて

いくと言ったのだ。

『あんたら。その話、よければ詳しく聞かせてくれないか?』


 不意に四方八方からの緑が途切れ、視界が開けた。

 同時に肌に伝うのは少し寒いくらいの風。

 視界の先には、今自分達のいる大地の“端”が見えていた。当然、その更に向こう側には

延々と霊海──マナの雲海が粛々と広がっている。

「着いたみたいですね。嘆きの端」

「……ああ」

 ジーク達は自分達が通って来た獣道を一瞥して顧み、再びゆっくりと歩き出した。

 先刻までほどではないが、辺りは人の手は殆どと言っていいほど入っていない。地面は石

畳などの舗装も一切無い土だし、周りにあるのは草木──自然物ばかりだ。


『寄り道をしている場合か?』

 最初、ジークが例の二人組から話を聞いてこの嘆きの端へ行ってみようと言った時、先ず

慎重な意見を述べたのはサフレだった。

『まぁ手を合わせるくらい、あってもいいとは思うけど……』

『あまり僕は勧めないな。誰にも会わなければいいが、地元の住民などと顔を合わせてしま

えば余計なトラブルにもなりかねない。……避けられている場所だということは、いくら君

でも知らない訳ではないだろう?』

 確かに何時までに何処に行かなければならない、というスケジュールのある旅ではない。

 だがこの戦友にして一国の皇子である彼の提案の意味に、仲間達はすぐには気付けなかっ

たのである。

『……。ずっと考えてたんだよ』

 ジークは茶屋を出た後、渋る仲間達にそうごちていた。

 視線は遣らず、ただ空を──遠く霊海の中に点在する大陸を見上げながら背中で語る。

結社れんちゅうは、オートマタ兵や下っ端連中を除けば魔人メアだ。……分かんねぇんだよ。一体、

あいつらと他のメアと、何処で掛け違いがあったのか』

『? 何を……?』

『それって、ステラちゃんの事……ですか?』

『……ああ』

 マルタがおずと問い返し、ジークが肯定した事で、ようやくサフレ達は彼の意図する所を

把握できていた。ジークは皆に背を預けたまま、訥々と続ける。

『俺達は知ってる。ステラみたいに、望まないままメアに為っちまって二進も三進もいかな

くなった奴だって沢山いる筈だ。あいつの場合は、たまたま俺達が見つけたからこそ居場所

もできて、シフォンの一件があってからは随分と明るくなってる。……だからこそ、余計に

分かんなくなるんだよ。少なくとも“魔人メアだから悪人”じゃねぇ』

『……』

『そうだな。だが──』

『分かってる。“結社”が数え切れないくらいの犠牲者を出してるテロ集団だって事実は、

どうやったって変わらねぇよ。今更許しはしねぇさ。でも、だからって……』

 仲間達は眉間に皺を寄せて、不安そうに眉根を伏せて押し黙っていた。互いに顔を見合わ

せて、どう彼に応えたらいいか思案をする。

 やがて代表して答えたのは、サフレだった。

『……分かった。君の希望通り、その嘆きの端に行ってみよう。ある意味メアにとっても関

係の深い場所だからな。もしかたら“結社”のエージェント達の“理由”について、何か取

っ掛かりが見えるかもしれない』

『ああ』

『だが、混同するなよ? 魔人ヒトは皆一様じゃない。良いメアもいれば、悪いメアもいるという

だけだ。……“敵”に情を掛けていたら、死ぬぞ』

『……。分かってる』


(……あら? 先客がいるみたいね)

 最初に気付いたのは、リュカだった。

 その言葉に、ジーク達思わず視線の向こうへと目を凝らす。

「……」

 そこに居たのは、一人の男性だった。

 刈り上げた短い髪に浅黒い肌。無駄なく引き締まった筋肉質の身体。

 ボロボロに着古した僧服らしき上着と首に下げている黒い数珠からして、どうやら修験者

の類であるらしい。

(あれは……鉱人族ミネル・レイスか)

(ミネル? それって確か──)

(鉱物系の亜人ね。彼らの主な住処は山岳地帯の筈だけど……)

(何か、やっているみたいですね)

 改めて、ジーク達は遠巻きにこの僧侶風な鉱人族ミネル・レイスの男性を見遣る。

 彼は独り、嘆きの端の一角に片膝をついてじっと手をかざしていた。

 そこにあったのは……小振りな石の塊。加えてそれには磨かれたような光沢があり、遠目

から見ても人工的に切り出した石材である事が分かる。おそらく、あれが茶屋で若者達が話

していた慰霊碑なのだろう。

 しかし、その石碑は──割られていた。

 明らかに力ずくで叩き割られた痕跡だった。

 そのヒビは深く、石碑の上から三分の二ほどの深さにまで達している。

 おそらく、自殺スポットと化した事を快く思わない誰かによる意趣返し──鬱憤晴らしの

類なのだろう。

 そんな傷付いた石碑を、僧侶風の男はそっと撫でていた。

 その横顔は眉間に皺を寄せた神妙なものであり、そして何よりも沈痛の色だった。

「──」

 異変が起きたのは、ちょうどその時。

 はたと彼がそのかざす腕に力を込めた次の瞬間、その手が一瞬にして岩のように硬質化し

たのである。

 加えてその影響なのか、向かい合う石碑のヒビもまた、身体の傷を塞ぐが如く程なくして

繋ぎ合い直され、その元々の姿を取り戻していた。

(何だ……? 石碑が勝手に……)

鉱人族ミネル・レイスの硬質化能力だな。応用すれば、ああやって他の鉱物にも影響を与えられるのか……)

 だが、そう長く傍観していられるほど相手も鈍感ではなかったらしい。

「……?」

 その修復作業──らしき行為を終えて一度深呼吸をした後、彼はゆっくりとこちらに顔を

向けてきたのである。

 ジーク達は思わず表情を強張らせていた。

 何処か憂いを帯びた彼の表情。その気色は自分達を射抜く視線・体勢になっていても変わ

らずに宿されている。

「……何の用かな。冷やかしなら、すぐに引き返す事を勧める。いくら彼らが“死んだ”と

しても、魂までは消えていない。彼らは我々の行いも全て見ているのだからな」

「あ、いや……冷やかしじゃねぇよ。近くの村でここの話を聞いてさ、手を合わせにと思っ

たんだ。今は別の場所に住んでるけど、俺達、メアの知り合いがいるからさ……」

「……そうか」

 少し言葉に詰まりながらもジークが語ると、男性は承知したと言わんばかりにそっと先程

まで立っていた場所から後退ってきた。では済ませろ、という意図らしい。

 ジーク達はおずおずとしながらもこのまま帰る訳にはいかず、四人揃ってこの修復を済ま

せたばかりの石碑の前に屈んで暫し手を合わせていた。

『……』

 茶屋で、あの二人組は『今月だけで二十人』と言っていた。

 少なくともそれだけの人数が──いや、過去にはきっともっと沢山の人間がここから身を

投げたに違いない。そう考えると、手を合わせる腕にも瞑る目頭にも、自然と要らぬ力が篭

もってしまう。

(……これじゃあまるで、生きてること事自体が罰ゲームじゃねぇか。生きてても辛いから

身を投げたのに、それをネチネチ詰られたんじゃ“救い”なんて何処にもねぇよ……)

 ジークが静かに奥歯を噛み締めつつ目を開けた時、既に仲間達は祈りを終えていた。

 その間、自分の内心を垣間見たのだろうか。彼らは皆、何処となく心配そうにこちらを見

遣っては声を掛けあぐねている。

「……君達は」

 そんな時だった。

「君達は、何故このセカイに生まれたと思っている?」

 それまで背後に佇んでいた僧侶風の男性が、ふと静かにそんな事を訊いてきたのは。

「あ?」

「……珍しいですね。その手の問答は宗教家あなたたちが説いて回る専売特許じゃないですか」

 ジークは思わずキョトンとし、サフレはそんな応答をしながらむしろ彼が何故そんな質問

をしてきたか、その真意を探ろうとしていた。

 男性は小さく──ほんの僅かにだが笑った。片方の口角を微かに吊り上げ、自嘲気味に。

「君達は、七十三号論文事件を知っているか?」

「ええ……。ライルフェルド博士の論文を発端とする──あの“真理の敗北”ですね」

「そうだ。あれは、ヒトの本質を露呈させた一件ではないかと私は考えている」

 次の問い掛けに応えたのは、魔導師であるリュカだった。

 彼はうむと頷き、深く静かに嘆息をつきながら語る。

「ヒトはきっと過去にも未来にも認めようとはしないのだろう。本質的にヒトは勿論、この

世の生けとし生ける者は全てこのセカイを回す為のパーツに過ぎないという事実には」

 ジーク達はちらと互いの顔を見合わせ、そして遠く霊海のマナの雲を眺める彼の横顔を少

なからぬ怪訝で見つめた。

「私個人は、もう信仰に“意味”はないのではないかと思い始めているんだ。……人々は既

に答えを持っている。魔獣や魔人いむべきものらを排除し続け、自分達のテリトリーを只管に死守する──

それが生きるということなのだろう」

「そ、そんなこと」

「ん~……? よく分かんねぇよ。俺は今で精一杯だし。大体、意味って元からあるもんな

のか? 色々やってる内に作るもんじゃねぇのかよ? まぁそれだとバラバラなものになっ

て、坊さんみたいな人間には“答え”にはならないのかもしれねぇけど……」

 ガシガシと、ジークは小難しい話に思わず髪を掻き毟っていた。

 だがそんな彼の、彼自身何の気ない言葉に、当の僧侶風の男性は「ほう?」と小さく関心

を示すかのように心持ち目を開いているようだった。

「……そうだな。要らぬ話だった。すまなかった。では、この辺りで失礼する。人を待たせ

ているのでな」

「ん? ああ……分かった。またな」

 しかし彼はそれ以上何かを返すこともなく、早々に話を切り上げた。

 古びた僧服を翻し、彼はそのままジーク達の下から、慰霊碑の傍から立ち去ってゆく。

(……? あれ? 何で俺、さっき“また”なんて……)


「──ふむ。来たな」

「三小刻スィクロの遅刻だね。まぁ許容圏内かな?」

「クロムっち~、何処行ってたの?」

 待ち人は、ジーク達の佇む嘆きの端、その目と鼻の先にある森の中にいた。

 人数は三人。鎧に身を包んだ竜族ドラグネスの男性と、携行端末を弄りながら意地悪く笑っている

少年。そして身体のあちこちに包帯を巻いた、一見病弱そうな女性だった。

「……。野暮用だ」

 そんな待ち合わせの相手らに対し、クロム──先の僧侶風の男性はそう短く答えた。

 一見すると全く接点の見えない四人。

 だが、彼らはある共通点を以ってこの場に集まっていたのである。

「ふぅん? まぁいいや。それよりも見つかったよ。例の反逆者クン達」

「……レノヴィン兄弟か」

「そそ。どうやら南方方面にルートを取っているみたい。任務に向かう途中だけど、前の勅

命もあるから、挨拶代わりにサクッと殺ろうかなって」

 トントンと端末を叩きながら、少年は言った。

 他人を殺める。そう発言しながら、彼の表情は全くと言っていいほど曇っていない。

 それ故か、それとも別の理由か。クロムはそんな彼にあまり良い表情を見せずに言う。

「……導信網マギネットで調べたのか。あまり感心はしないな。私達の目的と手段とが混同されて

しまっているではないか」

「相変わらず頭固いなぁ……。過程なんてどうでもいいんだって。世の中、結果が全てなん

だからさ。取れる手を自分でセーブして何も為せないなら……居場所、失うよ?」

 少年とクロムは、互いに静かな火花を散らし始めようとしていた。

「まぁまぁ、二人とも。そうやって仲良く喧嘩してたら見失っちゃうよ~? さっさと片付

けるんじゃなかったの~?」

 だがその険悪な雰囲気が降りようとしても、包帯だらけの女性は至極マイペースな声色で

以ってあははと笑う。

「……」「ふん……」

 クロムと少年はそれぞれに黙り込んでいた。少年は明らかに不機嫌そうに、クロムはそう

した感情すら微塵も見せずに。

「然様。我々には果たすべき大命があるのだからな」

 すると鎧姿の男が言い、バサリと彼は纏ったマントを翻して残りの三人を促していた。

「討つべき名は、トナン皇国第一皇子ジーク・レノヴィン。摂理に仇なす反逆者なり!」

 その四人──クロムを含めた四人全員の瞳が、血の色のような紅に染まって。

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