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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-28.天には嘆きを、地には種火を
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28-(5) 社交界への誘い

「──日程が決まった?」

 その報告が上がって来たのは、アルスが学院への復学を果たし数日が経ったある日の夕食

時のことだった。

 何時ものように──かつてのように団員達みんなとホームの酒場で食卓を囲んでいる最中、はた

とイヨの携行端末に通信が入り、暫しの退席の後戻ってきた彼女によってもたらされたもの

だった。

 もきゅっとハムを挟んだパンを急いで咀嚼して飲み込み、アルスは問い返す。

「はい。先程アウルベ伯サイドより連絡が入りまして。会場のセッティングや出席予定者へ

の通知準備などが整ったとの事です。後はアルス様のスケジュールを中心にタイムテーブル

を組むつもりだと」

 少々あたふたとしつつ、イヨは眼鏡のブリッジを押さえながら言った。

 席に戻ってきた同僚ともの手にするその端末を、リンファも酒を一口飲んでから受け取り、

交わされた内容を確認している。

「僕の、ですか……? 伯爵はいつ頃を予定しているんでしょう?」

「は、はい。えぇと……今度の聖女の休日。週末ですね」

「何だ。それなら大丈夫じゃん。学院も継日(=導者の継日:第十二曜日)と休日はいつも

休みの日だし、ちょうどいいんじゃない?」

「うん……」

 喉を潤し直すよう、コクンコクンと牛乳を飲み干し、アルスは頷いていた。

 エトナは偶然と思っているようだが、おそらくは伯爵側が自分が学院生であることを考慮

した上で組んでくれたのだろうと思った。

 気を遣わせちゃってるのかな……。一々気にし過ぎかもしれないが、アルスは内心どうし

ても相手への遠慮ばかりが胸の奥を駆けてゆく。

「……大丈夫です。僕達ならその日でオッケーだと伝えておいてくれますか?」

「畏まりました。では早速返信致します」

 揉み消しては沸き、揉み消しては沸くそんな不安を再びそっと押し込め、アルスはそう半

ば無意識に笑顔を取り繕って告げていた。イヨもしっかりと首肯してその意思を受け取り、

早速端末の画面をタッチして返事の文面をタイプし始める。

「……決まっちゃったね。アルスの社交デビュー」

「うん……。でも避けては通れない道だし、いい加減慣れていかないといけないしさ……」

 団員達まわりも、少なからずざわめいていた。

 そんな中で、アルスは相棒エトナからの改めての声に苦笑を返すに留まる。

 以前リンファも言っていた事だが、アウルベ伯側としては一国の皇子の留学に自分の領地

を選んでくれた、その歓待をしないことは内外に対しても礼を欠く事になるという。

 個人的な本音を言えば、もう“歓迎”なら今日までこれでもかという程受けてきているの

で今更感はあった。だがここでそんな感慨を口にする必要性もないだろう。

 何よりも、自分は決めたのだ。

 父さんを連れ戻しに飛び出して行った兄の、新政権の確立に試行錯誤している母の、その

力に助けに少しでもなるのだと。

 それは、共同軍と一緒に皇国トナンの内戦の中へ飛び込む際に何度も自分に言い聞かせたことで

はないか。

「う~ん……。そうなると、私達もアルス君の警護に出る必要があるわねぇ」

 そんな考えを巡らせ、不安な自分を宥めていると、アルスの耳にフッとイセルナの声と唇

に指先を当てる仕草を見聞きすることができた。

 ダンやハロルド、シフォン──クランの残りの中核メンバー達も、それぞれの席に着いた

まま深く頷いてみせ、早速当日の人員の割振りを話し合い始める。

「つっても、全員が全員で押しかける訳にもいかねぇんだよな?」

「だね。社交会っていう性質上、僕らみたいな“荒くれ者”はあまり場に上げたくないだろ

うし……最低限の護衛プラスクランとしての挨拶、くらいでいいんじゃないかな」

「ふーむ。まぁ別に警備は俺達だけでやるもんじゃないだろうしな。そうなると……誰が付

いて行くよ?」

「順当に考えれば、先ずイセルナとリンファだね。イセルナは私達の代表だし、リンファは

アルス君の側役として付いて行く……と」

「そうね」「ああ。そのつもりだよ」

「…………」

 そうしたやり取りを、アルスはぼうっと眺めていた。

 話題は他ならぬ自分の事だ。なのに、何処か他人事のように思えてしまうのはまだ自分に

皇子としての自覚が足りないからか。それとも……仲間達の中で、自分達兄弟だけが変わっ

てしまったと感じているからか。

(……いやいや、何を考えてるんだ。僕も兄さんも知らなかっただけで、皇子だっていう血

筋自体は元々からあったことじゃないか)

 アルスはふるふると首を振った。嫌な思考だ。自分でもそう思った。

 その理屈ならリンファさんも元近衛隊士という過去を隠していたのだし、イセルナさんも

彼女から凡その事情を聞いてたのに、ギリギリまで“普通”を維持してくれたではないか。

 なのにそんな思考自体、自分から皆との間に「壁」を作ってしまうもののようで……。

「──それじゃあ、決まりね」

「ああ。俺とシフォンは留守番。イセルナとリン、あとハロルドも情報収集要員として同行

する。必要なら団員みんなを何人か引っ張っていってもいい」

「そうだな。まぁ、人数によっては一度伯爵側むこうに打診しておいた方がよさそうではあるが……」

 やがて、酒場の席を囲んだままの話し合いは結論を見たようだった。

 団長としての挨拶周りをイセルナが、アルスの警護関係をリンファが、そして今後に備え

て出席者達──近隣諸侯らの同行を探る役割をハロルドがそれぞれ担当することになった。

「ああ。そっち方面は侍従衆おまえらに任せるよ。俺達はただアルスを護る、それだけに専念

すりゃあいい」

 イセルナ達を含め、団員達はピンと張った緊張を緩めたような気がした。

 話はまとまった。後は備えをしながら当日を待つだけ。そんなある意味上手なオンオフの

切り替えが面々の間で伝播したかのようだった。

「……待って」

 そんな時だった。それまで状況を見守っていたミアが、ふと小さく挙手をしたのは。

「ボクも、出席する」

「あん? 何だよミア。お前、社交会に興味があるのか?」

「そうじゃ……ないけど」

 真っ先に怪訝の表情かおをしたのは、父でもあるダンだった。

 色気づいたか? そんなニュアンスの軽い問いを投げ寄越すものの、どうにも彼女の様子

がおかしい。

「……歓迎会には、シンシア・エイルフィードも出るんでしょ?」

「ん? ああ。セドさんの娘っこさんか?」

「そうですね……。打金の街エイルヴァロは此処からは離れていますし、ちょうど同じく街に留学している

となれば、セオドア伯の名代として出席する可能性は高いと思います」

 脈絡もなく出てきた名前のように思えた。

 しかし返信を終えていたイヨが、少し思案顔をしつつもそう肯定する事で、団員達は所々

で「あぁ……」と納得をしたような、苦笑いのような表情をし始める。

「? ミアさん、シンシアさんと何か──」

「だ、だったら私も行きたいな~。ねぇいいでしょ、お父さん?」

「……やれやれ。大人しくしているのなら構わないよ。尤も、アルス君がオッケーすればの

話だけど」

 今度はレナが、何故か慌てたように自分もと割り込んで来た。

 アルスは益々その変化に対し頭に疑問符を浮かべるばかりだったが、次の瞬間ミアとレナ

からじぃっと注がれる懇願の眼差しに、

「う……。い、いいですよ? 少しでも知っている人がいれば僕も心強いです、し……」

「! やった」「……ありがと」

「い、いいえ……。とんでもない」

 思わずコクコクと承諾の首肯を返してしまう。

 二人は嬉しそうに見えた。

 彼女達も年頃の女の子なのだ。多分、煌びやかな社交界というものに対し憧れがあるのだ

ろう。アルスは何となくハッキリとしないもやもやを抱えつつも、そう結論付けておくこと

にする。

(……私は、流石に無理かな。魔人メアだってバレたら大騒ぎになるだろうし……)

(そう、かな……。ごめんね? いっぱいお土産持って帰るから)

(それはそんなに気にしなくてもいいんだけど……。それより、やっぱりさっきのってミア

へのフォローで声を上げたんだ?)

(うん。ミアちゃんも気が気がでないんだよ。あのシンシアさんって人、間違いなくアルス

君に気がある感じだったもん。ね?)

(……二人には、隠せないな)

(おお。図星かー)

(そりゃあ分かるよ~。何年友達だと思ってるの? 恋する乙女は無敵なんだもん。ね?)

(こ、恋する、乙女……)

 そんな一方で、レナ・ミア・ステラの三人娘は申し合わせたようにテーブルに顔を寄せる

と、そうひそひそと話し始めていた。

 本音は、心配だったのだ。

 ミアの想い人アルスが、シンシアという本物の貴族の女の子によって取られはしまいかと。

 そう恋する当人とその友人達が一瞬にして気持ちを一つにしたのである。

「……。ホント、罪な優男オトコだよねぇ。アルスはさ」

「??」

 唯一、精霊の高い五感で以ってそんな女子ズのやり取りを把握していたエトナが呟く。

 勿論、心根こそ優しいが学問以外の知識には疎いアルスにそんな機微が分かる筈もなく。

 ただ……この時の“選択”が後に大きく影響するなど、誰一人知る由もなく。

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