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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-28.天には嘆きを、地には種火を
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28-(0) ある僧の苦悶

 ヒトは、魂で出来ている。

 それは彼の者の生命──存在の根幹を成す、いわば核のようなものだ。

 ヒトは、肉体で出来ている。

 それは彼の者の魂が収まり現世の物質への干渉を可能にする、いわば器のようなものだ。

 ヒトは、精神で出来ている。

 それは彼の者の魂と器双方を結び、繋ぎ止め、表層の自我を成す溶液のようなものだ。

 そしてこれら三つの根源要素が一つになって初めて、ヒトは「生まれる」ことができる。

 セカイ中に張り巡らされた魔流ストリーム。無限なる生命の大流とも言えるそれらに乗り、魂は精神

を纏いながら成長し……やがて母となる者の奥底へと流れ着くのである。

 古くより人々はストリームと共に在った。

 ストリームがヒトを生み、またヒトはストリームを護ることでセカイは維持されてきた。


 ──だが、それでは“ヒトの生まれる意味”とは何なのだろう?

 結論からすれば万人に通ずる意味はない。強いて言えばセカイの歯車になること、そして

時が来ればその身を朽ちさせることであろう。

 しかし、それではヒトという生き物は納得できない。いや……怖いのだ。

 ヒトにおける最大の不幸とは「知ることができる」点にあると、私は思っている。

 我々は知っている。自分達はセカイにとって単なる部品に過ぎないことを。

 我々は知っている。どれだけ自分達がセカイに貢献しようともかの者は無関心であると。

 ゆえに宗教の誕生とは、そんなヒトの持つに至った宿命からすれば必然のことであったの

かもしれない。

 彼らは求めたのだ。意味を──自分達が存在していいのか、その承認を。

 実際、我々が抱える根本的問いを背負い切れない者にとって、信仰とは少なからず彼らの

慰みとなってきたと言える。

 考える必要が軽減されるのだ。予め「解答」を教義の側が用意してくれているのだから。

 だが……それらは、結局は慰め以上の本質を持ちえないのだ。

 これも「知ることができる」が故の不幸、なのかもしれない。

 信仰に関わる者、或いは魔導や世界の成り立ちを学び修めた者であれば「知っている」者

はそう少なくはない筈だ。

 

 “生命は──巡り回るりんねする”。

 

 一般的に死と云われる現象は、あくまで肉体から魂(と精神)が剥離して戻らなくなって

しまった結果を表現するに過ぎない。それは器の喪失であり、生命自体の死とは違うのだ。

 一般的に死した後の、肉体うつわを失った魂は「霊」などと呼ばれる。

 そして、それら核と衣だけになった生命は──途中で瘴気に中てられる、導き手からこぼ

れてしまうなどのアクシデントがない限り──速やかにストリームが捕捉する。

 導かれるながれつく先は、冥界アビス。死を司る深淵のセカイである。

 此処で魂と為った彼らは“執行者しにがみ”や“審判者えんま”達によって連行され、裁きを受け、次の

生へ向けての準備を始めることになる。

 ……輪廻するのだ。死とは、繰り返される生の一部分に過ぎないのだ。

 即ち“死ねばもう何も考えることもない”という俗説は当然ながら、誤りなのである。

 実際は──セカイの摂理しくみが「一度限りの生」を許さない。

 確かに精神は、肉体うつわを失うと水が蒸発するように徐々に喪われていく。それは転生の過程

においても避けては通れないものであり、殆どは来世の自分が前世の記憶をそっくり受け継ぐ

ことはない。

 それでも……魂が覚えている。

 たとえおぼろげに為ってしまっても、繰り返される生の中で積み重ねてきた無数の記憶、

犯してきた罪業、それらは“魂跡ログ”として我々の核には遺っているのである。

 閻魔達も、何も個別の存在について一々吟味はしない。

 ただ彼の者のログを検め、規定に応じてその魂を次の生へ“出荷”させる──それだけの

いち役人でしかない。


 我々は、囚われているのだ。このセカイ──ストリームという名の檻の中に。

 今世が苦しい。だから来世に“救い”を求める。それが古来多くの宗教の教えだった。

 しかし……救いは無い。

 ただ私達はセカイの部品として、魂が使い物にならなくなるまで繰り返し生かされる。

 そして傷だらけになった自分という存在が消滅してしまっても、セカイは同時併行的に無

数の他の魂を始源の地──霊界エデンから生み出し続けている。

 救いは、無い。存在しない。許されない。

 そんなセカイの絶対的事実に気付いてしまった時、私はどれだけ咽び泣いたことか。

 安寧と永遠を願った来世は、同じ繰り返されるものでしかなく。

 その虚しい願いを託した筈の「神」達も、実はただ“己の信仰そんざいのかて”を守ることばかりに拘泥

している。失うことを恐れて閉じ篭っている。

 神とて、万能ではないのだ。

 あくまで創世の時代より在った存在。ただそれだけでしかないのだ。

 故に彼らとて“救い”はない。ましてや全ての者──妥協して「信者」達に限っても──

にその力は届かない。しばしば振るわれるのは、ただ彼の神が己の信仰を失わぬように策を

打った結果であり、或いはそんな理由すらない単なる暴力でしかないのである。

 

 救いは、無い。

 一人の信仰者として、敬虔に修練を積んできたこれまでの生とは、何だったのか。

 いやそれ以前、前世の自分達とは、何だったのだろうか。

 加えて今は、不死の咎人と成り果てて。私は……何の為に生まれてきたのだろう?

 救いは無い。

 セカイという檻がそれを拒んでいる。

 だから……そうであるのなら、私は──。

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