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4-(0) 蒼鳥と毒蛇

 その夜も、大人達の酒場は静かな盛況をみせていた。

 適度に薄暗い店内。その中を点々と淡い茜の照明が照らしている。今日一日の、或いはそ

れ以上の労をねぎらいながら、客達は思い思いに飲み交わし、語らっている。

「お待ちどう」

 そんな客の中に、イセルナとバラクはいた。

 カウンター席の一角に隣り合って座り、バーテンダーから新しく酒を入れて貰っていた。

 静かにグラスを掲げて、互いにカチンと。小気味良い音で今夜何度目かの乾杯を。

 一口、そしてちびちびとグラスを傾けながら、先にバラクが口を開く。

「この前は、すまなかったな。まさか魔人殺しの依頼だったなんてよ」

「気にしないで。あの時あの依頼書を抜き取ったのは、他ならぬ私なんだから」

 今夜はバラクの誘い、奢りだった。

 そういう事か。イセルナはふっと微笑を浮かべながら言い、グラス越しの酒に目を落とし

ていた。

「レギオンだって完璧じゃないわ。審査を抜けてしまう虚偽報告もないわけじゃないし」

「……だが結局、依頼は蹴ったんだろう? 無駄な手間を掛けさせたのは変わらんさ」

「ううん。これでよかったのかもしれない。もし私達じゃなくて、金次第で彼らを殺しかね

ない連中があの依頼を受けていたと思うと……ね。私達はただ魔獣を殺すんじゃない。人を

守る為に、殺さなくてはいけない立場なのよ」

「……ああ。そうだな」

 考え込むように眉間に皺を寄せるバラク。だがその横顔を見て、イセルナは何故か面白そ

うに上品に微笑んでいる。

「前々から思っていた事だけど。貴方って結構義理堅いのね、顔に似合わず」

「顔は余計だ」

 眉間に皺を寄せてぼそっと呟く彼に、イセルナは益々可笑しそうに笑っていた。

 カランとグラスの中の氷が少しずつ溶け、音を立てる。バラクは数拍心外なという表情を

していたが、

「……ただでさえ、俺達冒険者は世間の連中からは“定職を持たない荒くれ者”って見方を

される。実際に魔獣討伐やら兵力供与、便利屋、欲望丸出しのトレジャーハント──個人差

はあると言い張ってみても、そう見られるのは仕方ない部分はあるだろうな」

 次の瞬間には眉間の皺はそのままに真面目な物思いに変わってゆく。

「でもよ。だからこそ俺達は“仁義”を通さないといけねぇって思うんだ。もしそうじゃな

きゃ、金や欲ばっかりに忠実になってりゃ、正真正銘俺達は荒くれ者だからよ」

「……ええ」

「大体、最近の若い連中はそういう事を考えてなさ過ぎる。冒険者の看板を持ってるだけで

万能感を持ったり、仁義もへったくれもなく一攫千金を狙ってみたり……堕ちたもんだぜ」

 酒が回ってきているのか、バラクは普段よりも少々饒舌なように思えた。

 だがその紡がれている言葉が偽りだとは、イセルナには思えなかった。自身も数度グラス

に口をつけて静かに相槌を打ちつつ、同じく昨今の世相を憂う。

 元々、レギオンは魔獣の脅威から人々を守る為の組織だった。

 しかし時代と共に、瘴気の浄化技術が進むにつれ、それだけでは組織を維持できなくなり

今では「便利屋畑」という新しいフィールドへの進出にも積極的になっている。

 それはある意味仕方のない事なのだろう。魔獣の脅威が(少なくとも浄化設備の整った都

市部を中心に)緩やかな減少にあるのなら歓迎すべきことだとも思う。

 だが……それは魔獣の絶滅とイコールではない。

 そもそもに、究極的に言えばこの世にマナが満ちている限り、ヒトが文明を営む限り魔獣

の出現はなくならない。

 加えて、飛行艇の発達した今日では“開拓派”の者達が日々未だ全容の掴めない世界の開

拓に勤しんでいる。既存の都市の防衛以上に、新しい大陸、都市が歳月を追うごとに増えて

いっている。

「実の所、恐ろしいのは魔獣じゃなく、ヒトの欲望なのかもしれんな。……実際“保守派”

の連中は開拓派を『世界を徒に掻き乱す』などと批判を繰り返している」

「そうね。……かといって、もう止められないのだろうけど」

 彼の言葉は、一理を突いている。

 革新へと邁進する者と、古き慣習に寄り掛かる者。

 この職業柄、そんな彼らの対立も自分達は少なからず見てきている。

「もどかしいがな。しかしよ、イセルナ。お前も気をつけておくに越した事はないぞ」

 イセルナのそんな思いを含めた呟きにバラクは同意を示していた。だが続いて付け加えら

れたその助言に、彼女はそっと顔を上げて彼を見返す。

「お前も知ってるだろう? 開拓だ保守だと、世の中はどうもきな臭い。この前だって西方

で例の連中の仕業らしきテロがあったばかりだろう?」

「ええ。新聞にも載っていたわね」

「……気を付けておけよ。ただでさえ、お前の所は訳ありな奴らが少なくないんだ」

「分かってるわ。……忠告、ありがとう」

 イセルナはフッと微笑んで応えていた。バラクはふんと鼻を鳴らしてグラスをあおる。

 そんな彼を横目で見ながら、イセルナは氷とグラス、そしてカウンターテーブルに映り込

む自身の姿をぼんやりと眺めていた。

 豊かさの裏で、諍いの絶えないこの時勢。

 その過激さの象徴としてしばしば挙げられる彼ら。イセルナはカランと残り少なくなって

きたグラスと傾けると、小さな声で一人呟く。

「……結社“楽園エデンの眼”」

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