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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-27.新たな日々は出会いを連れて
149/434

27-(3) セカイの眼差しは

 レノヴィン兄弟──ジーク・アルス両皇子の帰還・出奔は、何もマスコミや巷の“燃料”

に資するだけのことではない。

 世界各国の諸勢力も、また彼らの動向に視線を強く遣り始めていた。

 巷で大きく騒がれているから? いや……為政者としての立場では、違う。

 かの兄弟が、切っても切れない関係性に為ったからだ。

 今や彼らを語ることは、コインの裏表のように“結社”について語ることに等しい。

 これまで世界各地で暗躍してきた、結社“楽園エデンの眼”。

 各国はその存在こそ把握していたが、これまでその神出鬼没さと無尽蔵にも思える戦力に

大なり小なり手を焼いてきた。そんな彼らが、此度のトナン皇国の一件で初めて大きく世に

姿を晒したのである。

 それはセカイにとって大きな不安要素ではあったが、同時に絶好の機会だとも言えた。

 長年──そもそも彼らが、いつ頃から暗躍を始めたかさえ定かではないのだが──自分達

を悩ませてきた存在。

 その尻尾を、間接的にはであるが、かの兄弟を追う事で掴みうる状態になったのだ。


『──以上が現在のサンフェルノ村の状況で御座います』

『うむ。ご苦労』

 場所はアトス連邦朝王都・クリスヴェイル。その王宮内ちゅうすう

 国王アトモスファイ・ハウゼンの御前で、官吏の一人がそう報告を読み上げていた。

 その内容は、先日監視団を遣った同国内の小村・サンフェルノの状況報告。

 本来は小さないち地方の村に過ぎなかったかの地は、今やスメラギ一家亡命の地として世

の人々から注目を集める場所となっている。

「……陛下。配慮を下さり、改めて御礼申し上げます」

『構わぬ。私とて、此度の件は“贖罪”のつもりなのだ。確かにお主の吐露には驚かされた

が、それ以上に身に詰まされたからな』

 玉座に腰を下ろしているハウゼン王の御前、その眼下の左右には王都近隣の諸侯らが頭を

垂れて礼の姿勢を取ったまま控えている。地理的にスケジュール的に直参できない者らも、

通信──中空に多数展開されたディスプレイ越しに出席としている。

「……。あの折は、無礼を」

『構わぬと言っておろう? むしろお主の心根を見れて実は安堵もしたからの。それに……

かの国の皇子が我が国に“留学”しておるのだ。こちらから配慮の一つもなければシノ皇に

礼を欠くというものだ』

 エイルフィード伯セドも、そんな通信でも出席者の一人だった。

 王にサンフェルノへの心遣いを頼んだのは、他ならぬ彼だった。それでも実際に人員を動

かす命を出してくれた王には、重ね重ね心からの感謝ばかりが募る。

『ただ、分かっておるとは思うが……その分、お主の責任はより重くなるぞ? いいな?』

「はい。元よりその所存で御座います」

『……ならよい。今後も“対トナン特命大使”としての任、つつがなく果たすように』

「謹んで。然と承ります」

 その一方でハウゼン王は、セドにそんな言葉も紡いでいた。

 勿論、それは額面通りの要求に見合うだけの責任を果たせという旨もあったのだろうが、

何よりも他の諸侯とのパワーバランスを考慮してのことだったのだろう。

 相変わらず賢明なお方だ。そう思う一方で、セドはこんなパワーゲームに割くエネルギー

を領民に向けることができたら、どんなに今以上に人々を支えられるだろうかとも思った。

 暫くの各種報告が続いた後、この日の御前会議は終了した。

 退出していく王の間の諸侯らの姿をちらと見遣ってから回線を切り、セドは腰掛けていた

執務室の椅子にぐっと背を預けると、一度大きく伸びをする。

「お疲れ様でした。セド様」

「おう。ま、時期が時期だからな。ちゃんとアフターケアもしとかねぇと」

 その様子を見て、側近である執事長アラドルンが、事前に淹れたとみえる紅茶を差し出し

てきた。ソーサーごと持ち上げ、セドは「ん……」と息を漏らしながらごくりと一服。再び

深い安堵の息をつく。

「一先ず、サンフェルノへのフォローは整いましたな」

「ああ。まぁどのみち村の皆さんには騒々しい目に遭わせちまうんだがよ」

 アラドルンが二杯目を注いでくるのを見ながら、セドはそう呟いて苦笑していた。

 この対応も、元より予定に折込済みではあった。しかし──こうして徐々に“巻き込む”

対象が増えてゆくのは、歯痒い。

 それがたとえ親友あいつの帰る場所を守ることでもあるとしても、だ。

「やっぱ、ジーク達は西ヴァルドーに行くんだろうなあ」

「そうですね。コーダス殿の生存を確認した当人がそう話しているくらいですので」

 今度はスプーンで掻き混ぜてやりながら嘆息を。アラドルンもまた、静かに首肯する。

 サンフェルノへ遣った当家の人員・間者らの報告によると、つい今朝方ブルートバードと

村の通信の最中に彼らが連絡を寄越してきたらしい。

 そこで語られたのは“南回りに西方へ向かう”という彼らの今後の行動指針で。

 出奔から一週間弱。ようやく訪れた消息の報にセドは安堵したが、同時に警戒の眼を一層

周囲に遣らざるをえなくなった──また面倒な事になりそうだとも思った。

「御前会議じゃまだ上がらなかったが、おそらくは他の諸侯れんちゅうも大なり小なり知ってるん

だろうな」

「はい。監視団は何も当家の者ばかりではありませんから」

「だよなぁ……。でもまぁ、一応報せておくか。後でサウルさんに導話を繋ぐ。あっちは実

の息子まで一緒だからな。心配もひとしおの筈だ」

「了解致しました」

 二杯目をごきゅと喉に通し、セドは心持ち中空を見上げていた。

 彼らも全く想定しない訳ではないだろうが、今頃世界の主だった勢力は出奔の皇子の肉声

とその行き先を傍受してあたふたとしていることだろう。

「……。あの通信が、彼らに不利に働かないことを祈るばかりですね」

「そうだな。ま、そうは問屋が卸さねぇってのが政治の駆け引きくそったれゲームなんだろうけどさ」

 歯痒い。親友あいぼうの子らはただ、父の姿を追っているだけなのに。

 もどかしい。ただそれだけなのに、世の貴族連中や或いは巷のゴシップはある事ない事を

書き立て騒ぐのだろう。……それが“有名税”だとしても、やはり理不尽だと自分は思う。

「……。しゃーないんだけどな。俺達はできることを、国内ちかばからあいつらの害になりそうな

奴らを千切って投げてするしか」

「サヴィアン侯、ですか」

 セドは、目を瞬かせて逡巡しながらも言ったアラドルンに苦笑を漏らした。

 確かにあの狸ジジイのことだ。このまま“叱られて”引き下がったままのタマじゃない。

 今頃は虎視眈々と意趣返しの機会を窺っているのだろう。そういえば、先の会議でも自分

のことを仇敵のように睨んでいたような、いなかったような……。

「まだまだ終わりゃあしない、か……」

 全く、無駄なパワーゲームばっかりしやがって──。

 ぐびっと飲み干した紅茶のカップを置いて、セドは大きく嘆息をつきながら眉を顰める。


 そしてそんなセドの憂慮は、実際に“正解”であったと言える。

 時を前後し、東方の諸侯連合体・レスズ都市連合も密かに動きをみせていた。

「──やはりアトスは影響力を行使してきましたな」

「これで我ら以外にも、皇子アルスは自分の掌の上に在るとアピールされているだろう」

「口惜しいですな。皇国トナンは我ら都市連合の版図であるというのに……」

 動き、というと厳密には違うかもしれない。

 ただ少なくとも、邸宅の一室で諸侯らによる密談が交わされていたのは事実だった。

 面々は皆、各地の名士──爵位を有した者達だ。何も彼らに限らないが、この場に集まっ

た顔ぶれは概して“成金”と称される部類になるのだろう。

 彼らの武器は武力ではなく、財貨だった。

 そして何より、己が利権を確保すべく平然と立ち回ることのできる狡猾さだった。

 彼らは内心焦っていた。互いに腹の底を探り合っていた。

 目下の懸念は、皇国トナン擾乱における北方の盟主・アトス連邦朝の台頭。

 内乱それ自体はアズサ皇の死という形で終結をみたが、その後もかの国はアルス皇子を領

内に引き続き“留学”させている。

 ──つまり、これは彼らの眼には“人質”と映っていたのである。

 元々アトス領内にスメラギ一家が亡命していた経緯もある。だがその事実が把握・公表さ

れても尚、皇子の片割れを囲うことは間違いなく皇国──シノ皇に対するアドバンテージと

なる筈だ。

「しかしどうすればいい? 相手はあのアトスだ。顕界ミドガルド第二位の領有地を誇る強国……。

悔しいが、都市連合われわれではまともにぶつかっても敵わぬぞ?」

 彼ら権謀を巡らせんとする東方諸侯らにとって、強く不満だったのは“不公平”だった。

 皇国トナンは、我らが版図。

 しかし指揮官を務めたフォンテイン候がいながら、結果はこのざまである。

 気付けば自分達は、すっかり得られるパイを少なくさせられているのではないか……?

「それは勿論。皇子が抑えられている以上、我々はアトスよりも強力にトナンに影響を与え

るポジションに立つ必要がありまする」

 故に、密談。

 せっかく兵を出し、長年微妙な距離感が続いていた皇国かのくにに踏み込めたのだ。

 にも拘わらずその“対価”が自分達には不十分だと、彼らは感じていた。

 更にそれらは、何もアトス側のアドバンテージだけの話ではない。

 新たに皇と為ったシノ・スメラギだ。彼女は(遠回しながら)開拓路線に否定的であるよ

うに映る。これから暫くは国内の復興に手を取られるであろうが、さてはてその後の統治は

どんな方向に往くのか──言い換えれば、どれだけ自分達にとって利益になるのか。

『……』

 猜疑心。だが事実の断片を集める限り、自分達が“不利”の側にあることに疑いはない。

 このままでは、全て持っていかれてしまう。トナン皇国という北方とのボーダーの一つが

彼らの色に塗り替えられてしまう。……それだけは何としてでも阻止したかった。

「……皇子が駄目なら女皇、ですな」

 そして出席していた諸侯の一人が言った。お洒落を気取り生やした顎鬚をしごきながら、

彼はちらちらっと他の面子に目配せを遣っている。

「ええ。ですが、いきなりシノ皇にパイプを持つのは難しいでしょうな」

「全くもって。こうした心算は、間違いなく他の勢力とて同じでしょう」

 方向転換により逆転を図る。だがそれもまた、一朝一夕にはいかぬことは明白で。

 だが、諸侯らの思考回路はそこではたと一致したらしい。

 彼らは互いに頷き合うと、誰からともなく身を寄せて目を細め、

『──先ずはフォンティン候を押さえましょうぞ』

 そう確かめ合うように呟きを交わす。


「──陛下。傍受、成功しました」

「おう。繋げ」

 一方でもう片方の皇子・ジークに名指しされた国々もまた、それぞれに今後の対応に頭を

悩ませていた。

 一つは最終的な行き先とされた西方。その盟主たるヴァルドー王国。

 その中枢、グランヴァール城の玉座に着いていた男性は、ようやく返ってきた技師らの合

図にニッと口角を吊り上げていた。

 ファルケン・デュセムバッハ・ヴァルドー。現在のヴァルドー国王である。

 歳は三十代半ばといった所か。刈り揃えるも彼方此方からつんと尖って伸びかけた茶髪と

額に巻いた紺色の鉢巻。眼は王の風格に相応しい鋭さであり、強い意思を感じさせる。

 自ら、肘掛け横のサイドテーブルに置かれたボトルを引ったくり、杯に並々と注ぎながら

彼はそう短く指示を出す。

『──今は、灯継の町ヴルクスって町にいる。まぁ飯食ったら此処も発つつもりだが』

『──俺達は、これから西方に向かおうと思ってる』

『──厳密にはぐるりと南から遠回りするつもりなんだがな。……西方あっちは開拓が盛んで保守

派連中とのいざこざも特に多い。だからその中に結社やつらの情報が混ざっているんじゃねぇかと

踏んでるんだ』

 断続的に不快なノイズが交じっていた。

 それでもファルケン王ら、王の間に参じた面々は確かに、配下達に傍受させたジーク達の

通信からかの皇子がこれからどう動くつもりでいるのかを耳にする。

「……雑音が鬱陶しいな。もっとクリアにできねぇのか」

「こ、この辺りが限界なんです。こちらは外部から使われているストリームに干渉していま

すので。あまり精度を上げ過ぎると向こうに勘付かれる危険が──」

「んなこったぁ知ってんだよ。そうじゃなくて、勝手に諦めんなって言ってんだ。責任なら

俺が持つ、ギリギリまで上げろ。ちゃんと記録データに耐えうるくらいにはしとけ」

「は、はい……っ」

 ぐいっと杯の赤葡萄酒ワインを空け、ファルケン王は静かに親指の先を唇に当てて思案顔に

なっていた。

 先のトナンでの一件では、アトスとレスズに後れを取った。

 十中八九向こうも想定内として動いたのだろうが、こちらは既に領内の保守派──反開拓

勢力への対処で手一杯な状況にある。

 何よりそんな彼らを“結社”が秘密裏に支援しているとの情報もあった。

 懐側の種火を放っておいて「対岸の火事」を消しに行くなど、得策ではなかった。

『──まぁ、その……。あれだ……。これからは、まめに連絡するようにするからよ』

 先程よりも拾われる音声の精度がクリアになった状態で、そうジーク・レノヴィンが語る

声が聞こえた。よほど嬉しかったのか、弟たるアルス皇子は飛び掛らんほどの勢いでそんな

兄の言葉に食い付いている。

「……。ふむ」

 ぽつりと、ファルケン王は小さく呟いていた。

 同時、場の諸侯や官吏達が一斉に視線を向けてくるのがはっきりと分かる。

「面白ぇじゃねぇか」

 ファルケン王は言って、すっくと玉座から立ち上がった。

 浮かべる表情は、自信に満ちた不敵なる笑み。

 杯を持った手はそのままに、彼は再びボトルからワインを注ぐと一気に飲み干す。

「来るなら来いよ、ジーク・レノヴィン。お前はきっと……このクソったれな世界を変える

起爆剤クスリになる」


 そしてもう一つは、このヴァルドーへと向かうルートとして言及された南方。その盟主で

あるサムトリア共和国だった。

「──うぅん……」

 所は、首都サムトリアン・クーフ。

 その大統領府内執務室にて、彼女は深く眉間に皺を寄せて頭を悩ませていた。

 ロゼッタ・ウィンストン。通称ロゼ大統領。

 このセカイでは珍しい、王侯貴族の特権を削いだ上での政治形態を持つ国、その代表格の

為政者──しかもまだ若き女性国主──である。

 元々は“統務院議員”をしていたが、数年前にこの故郷サムトリアの国政に進出。少々生

真面目でこそあるが、実直な人柄が人気を集め、遂には国のリーダーにまで上り詰めた。

 だがそれは……一方では政権の脆弱さと表裏一体でもある。

 議員時代もそう派閥を抱えていた訳でもない。むしろそんな腐敗の元凶すら嫌った。

 しかしだからこそ、圧倒的にそのチカラの基盤は不安定だと言わざるを得なかった。

 今回皇国トナンの内乱平定に加わらなかったのも、ひとえにそうした内政上の懸案が重く圧し

掛かっていたからだった。

 人々を守る為に兵を出し、他国の人々を傷付け、更にその出費を領民への税として上乗せ

するような真似は──彼女にとって、その信条が許さなかった。

「だ、大丈夫ですか? 大統領」

「……。え、えぇ、大丈夫。貴方達も仕事に戻って?」

 報告書を上げてきた官吏達も、流石にそんな自分達のリーダー見るに見かねたのか、そう

心配そうな声色で訊ねてくるほどだった。それでもロゼ大統領は苦笑いを返すだけでそう言

い包めると、彼らをそれぞれの持ち場へと返してしまう。

(……ジーク皇子が、南方こっちに来る)

 デスクの上に所狭しと積まれた書類に目を通し、もう片方の手で大統領のサインを走らせ

ながら、ロゼ大統領は内心不安と嘆息を禁じ得なかった。

 あくまで私的な感情ではあるが、今更トナンへ参戦しなかったことを悔やむ気はない。

 心配なのはむしろ、皇子かれの方だ。

 流石に“疫病神”とまでは口が裂けても言葉にできないが、間違いなく彼の接近はこの国

は勿論、周辺各国・諸侯らにネガティブな影響をもたらすだろう。

 故アズサ皇の国葬の折には“結社”への宣戦布告も叫んでいたのも記憶している。

 その為のヴァルドー行きは、確かに効率的ではあるかもしれない。だが正直、その旅路の

中にこの国が含まれてしまうことは……御免被りたかった。

保守同盟リストンを狙って? いえ……考え過ぎかしら)

 少なくとも自分が把握している限り、この国に“結社”の表立った暗躍はみられない。

 それでもやって来るのは、単に通りがかるだけなのか、それとも別筋から何かしら情報を

得ているのか。……考えれば考えるほど、頭の痛い話である。

 既に、他の国々も動き出している筈だ。

 名指しされた西のヴァルドーは勿論、先の内乱に深く干渉した北のアトス・東のレスズ、

同じ保守派という括りではリストンも何かしらアクションを取るかもしれない。

 更にまだ速報段階だが、手元にはクリシェンヌ教団も動き出しているとの報告もある。

「せめて皇子には、此方にいる間はトラブルを起こさないでいて欲しいのだけど……」

 大きくため息と共に出てしまった本音。彼女は思わずハッと口元を手で覆った。

 厄介な……。そういう気持ちがない訳ではない。

 だが、そう……領民だ。何より領民がこうした局面においては、彼らがいの一番に被害を

受けるのだ。私はそれを憂慮している。それも……憂慮している。

「──大丈夫ですわ。大統領」

 すると、そんな彼女に掛けられる妖艶な声色があった。

 ロゼ大統領がデスクから視線を向けると、そこには執務室の隣、硝子の間仕切りの向こう

で寛ぐ一人の女性が、のんびりと丸テーブルの上に手をかざしている。

「星々(ストリーム)の導きは……まだ、貴女に警句を発してはいませんもの」

 白系の長い銀髪を藍色のリボンで緩く巻いた、眞法族ウィザードの女性だった。

 年格好は大統領より五、六歳ほど上だろうか。

 しかし全身にフィットした黒ローブを纏う、そんな彼女の雰囲気は実年齢よりもずっと麗

しくも妖しげだ。彼女はテーブルの上に並べた占札タロットを一枚手に取り、ちらりとロゼ大統領の

方を見遣ってくる。

「抗うのではなく、乗りこなすことが賢明ですわよ。政治も人生も、ね」

「……。悠長な」

 一瞬だけロゼ大統領は眉を顰めたが、すぐに元の生真面目な冷静さに戻っていた。

 そしてややあって止まっていた手は動き出し、国主の実務は再開される。

「ですが貴女の星詠みは信用することにしています。その魔導の力、これからも存分にこの

国の運営に活かさせて貰いますよ? ──“黒姫”ロミリア」

 ぼそりと、そう改めて言い聞かせるように、この黒ローブの女の名を呼びながら。

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