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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-27.新たな日々は出会いを連れて
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27-(2) きっと同じ空の下

『リュ、リュカ先生ってことは──』

『……ジークかっ!?』

 最初に、そして激しく驚いていたのは、画面の向こうの村人達だった。

 だがそれは仕方のないことでもあったのだろう。ジーク達はアズサ皇の国葬の場から突然

飛び出して行ってして以来、未だ公に姿を現したことはないのだから。

『お、おい! 誰かクラウスさん呼んで来い! リュカ先生達が連絡して来たぞって!』

『わわっ、わ、分かった!』

『で、でも来るのか……? マスコミが集って来てからは一層家に篭もってるぞ?』

『実の娘だぞ? 飛び出して来ない親があるかよ。ほら、早く!』

 勿論、興奮気味なアルスとエトナ、ブルートバードの面々やイヨら侍従衆達も驚愕に打た

れたことには変わらなかった。

 映像の向こうでドタバタと何人かの村の若者が慌てて駆け出していくのを横目に、アルス

は仲間達の視線を集めながら、侍従からコンソールに繋がる受話筒を受け取る。

 ちらと彼らを見て、頷く合図に首肯を返す。音声の拾得も準備ができたらしい。

「えっと……。今ちょうど、村の皆に通信を繋いで貰っていた所なんです。だから一通りの

面子は皆この場に揃ってますよ」

『あら。そうなの?』

「そうですよぉ! 心配……したんですよ? 一体今、何処にいるんですか? 父さんの事

は分かりますけど“結社”にあんな挑発をしたら先生達がどんな目に遭うか……」

 アルスは受話筒越しに叫んでいた。今度は、心配の念が感極まって涙が滲んでくる。

『……心配させてごめんなさいね。こっちは大丈夫だから。ちょっと待ってて? 今こっち

も映像モードに切り替えるわ』

 数拍言葉を詰まらせてからの、リュカの返答。

 その声色は彼女自身、それまで平静の中に閉じ込めていた生の感情が僅かに漏れかけたも

のであるかのようにも思えた。

 だがそれも束の間。彼女の物音は遠くなり、代わりに数度、端末画面を操作する指先の音

だけがアルス達側の映像機に拾われる。

『──……』

 映っていた。確かに、ジーク達四人の姿がこちらの映像器に映し出されていた。

 再び、一同の重なったざわめき。

 一方でリンファは驚きから神妙へ、すぐさま表情を引き締めると、侍従衆の部下達に映像

のメインを村人達から彼らへ切り替えるように指示を出す。

『これで、全員映ってるかしら?』

「は、はい。バッチリです」

 最初に映ったのは、アングルを調整しているリュカのアップ。それからスッと身を退いて

映る、仏頂面なジークに神妙な面持ちのサフレ、そして不安そうな様子のマルタと残り三人

の姿も含めた向こうの一行全員の姿。

 アルスは勿論、面々は半ば無意識に画面の向こうに映り込む風景に目を凝らしていた。

 だが、一見すると彼らのいる場所は何の変哲もない部屋の中であるらしかった。質素な造

りではあるが、おそらくは何処かの宿の中なのだろう。

「先生さん、ジーク。お前さん達は今何処に……?」

 誰もが気になって仕方なかった問いを、代表してダンがぶつけていた。

 しかし、用心かこちらを巻き込むまいとする気遣いか、四人はすぐに返事をしなかった。

 最初こそリュカが映像の向こうで中央に立っていたが、ややあって互いに視線を交わし合

った末に発言者を変える。

 リュカと立ち位置を入れ替えるように、おずっと眉間に皺を寄せたままのジークが画面の

中央に映り込んでいた。

『……今は、灯継の町ヴルクスって町にいる。まぁ飯食ったら此処も発つつもりだが』

 その一言に、すぐに端末の使い手らが検索を始めているのが分かった。

 あまり機械に強くないとはいえ、これで足がつくとは分かっていたのだろう。ジークの声

は心持ち早めに紡がれているように思えた。

『その、なんだ。アルス、そっちは大丈夫か? マスコミどもに嫌な目に遭わされてないだ

ろうな?』

「大丈夫だよ。兄さんこそ何ともなかった? 結社やつらから仕返し受けてない?」

『平気だよ。今の所は、だが……。それと、団長の怪我は大丈夫か? あの時金菫を使った

し、大事にはなってないとは思うんだが……』

「ええ、おかげさまでね。この包帯も念の為にって巻かれた程度のものだし」

 とんとんと、頭の包帯を指先で軽く叩いてイセルナは微笑んでいた。

 だが、ジークは相変わらず口元を真横に結んだ表情を崩さないままだった。

 それは単に彼女と戦う羽目になった、負傷させた申し訳なさだけではないのだろう。画面

越しからも、その複雑に胸中で渦巻く感情は──長く苦楽を共にしてきた仲間が故に──想

像に難くない。

 そんなやり取りの中で、サンフェルノ側の映像に動きがあった。

 映像機をセットした村の集会場に、クラウスが姿を見せたのである。

 村の若者達に連れてこられる道中で大まかな話は聞いていたのだろう。この寡黙なドラグ

ネスの壮年男性は普段着の着流しを揺らし、じっと『お父さん……』と思わず小さく呟いて

いた、画面の向こうのリュカ達を暫しの間見つめていた。

「……役者が、ようやく揃ったようだね」

 そんな沈黙を、眼鏡の奥から傍観していたハロルドが破る。

 話したいことは、間違いなく山ほどあった。

 だが、だからこそ、誰もがどう彼に語りかければいいのか纏めあぐねていたと言える。

 それ故か、自然と皆の視線や首肯のポーズは実の弟であるアルスに集まっていた。

 一番心配していたのは、きっと君だから──。

 大よそは、そんな想いで仲間達は一致したのだろう。アルス自身もまた、コクリと彼らに

頷いてみせると、何処となく視線を逸らしがちな画面の向こうの兄に向き直る。

「……兄さん」

 アルスがそっと呼び掛け、ジークはびくっと微かに身を震わせてこちらに再び視線を向ける。

 数拍の間。だがそれだけでも、この兄弟は語り合っているかのように仲間達には思えた。

『……悪ぃ。お前にばっかり皇子ふたんを背負わせちまって』

「ううん……。どのみち僕らには避けられないことだもの。僕も父さんが生きてるって知っ

たら、兄さんみたいに戦える力があったなら、きっと同じ事をしたと思う」

 静かな謝罪と許容のやり取りだった。

 一言二言。先ず二人はそんな言葉を交わし、また少しばかり黙る。

『……俺達は、これから西方に向かおうと思ってる』

 そして次にジークが発した言葉に──今後の動静の手がかりになる発言に、場の面々は思

わず目を見開いていた。

「それって、つまりヴァルドー王国に行くつもりってこと?」

『ああ。まぁ、厳密にはぐるりと南から遠回りするつもりなんだがな。……西方あっちは開拓が

盛んで保守派連中とのいざこざも特に多い。だからその中に結社やつらの情報が混ざっているんじゃ

ねぇかと踏んでるんだ』

『それで。イセルナさん、皆さん。分かっているかとは思いますが……』

「ええ。可能な限り内密にしておくわ。安心して」

 サフレの言葉にそうイセルナは頷いていたが、正直な所それは何処まで守られるのだろう

とは思っていた。

 勿論、不用意に外部に漏らすつもりは──最悪“結社”の耳に届き、彼らを危うくするの

ならば尚の事──ない。だが今こうして通信をしている、掛かってきているという事実を、

各国(の間者)が無知でいるとも思えない。

(……こっちも、あっちも、いよいよ動き始めるわね……)

 半分は彼らからの信頼に応えたくて。半分はこれから渦巻くであろう権謀の群れに。

 イセルナは、そして似たような思考であるらしいダン達は、眉間に皺を寄せて神妙な表情

で以って佇むしかなくて。

『……気持ちは分からんでもない』

 そして、クラウスが口を開いたのは、ちょうどそんな時だった。

『分かっていて、敢えて闘おうというのだな? お前達は“結社”に──セカイの保守派の

少なからぬ者らにとっててきになった。もう引き返せぬ所まで来ている』

 誰も、そのことはできれば口にしたくなかった。

 しかし彼は敢えて言う。

 それは娘や弟子の行く末を案じてか、或いは彼の──竜族全体の厭世的な気質に因るもの

なのか。……おそらくは、彼の中でも両者が入り混じっているのだろう。

師匠せんせい……』

『ごめんなさい、お父さん。でも私──』

『分かっている。お前はお前の信じる道を往けばいい。ジークの力になってやれ。……それ

に、新聞で読んだ。お前はトナン王宮で封身を解いたんだろう? その覚悟は……俺も受け

取る。村のことは任せておけ』

『うん……』

 封身の解除──竜族本来の姿を晒したこと。

 知っていたのか。そう言わんばかりに、画面越しにリュカはきゅっと唇を結んでいた。

 言葉は少なかったが、父娘おやこの意思はそれで通じ合っていた。

 若き娘の竜はヒトと共に歩むことを選んだ。共に闘うことを選んだ。

 老いた父の竜はそれを隠居の庵から見守り、静かに祈ることを選んだ。

 ──違った選択であっても、そこに誰が責め立る資格を持てようか。

『まぁ、その……。あれだ……』

 どうにも間が持たない。再びジークは気まずく思ったのだろう。

『これからは、まめに連絡するようにするからよ』

「本当にっ!?」

『おっ!? お、おう……』

 だからこそ、妙な沈黙を破るべく口にしたその一言だったが、それに他ならぬアルスが普

段の大人しさが何処に行ったのかと言わんばかりの勢いで食い付いてきた。

「本当だねっ? 約束だよ?」

『あ、ああ……。や、約束する。つーか、端末を使えるのリュカ姉だし……』

 映像器に張り付きアップになる弟に、思わずたじろぐジーク。

 それでも兄は、これからは消息を知らせてくれる──。アルスは満面の笑みになった表情

にも内心にも、深く大きな安堵を滾らせていた。

 それは場の皆も同じで、少なからぬ者がホッと胸を撫で下ろしたようにし、互いの顔を見

合わせもしている。

「うん。うんっ……!」

 アルスは何度も嬉しそうに頷いていた。その傍らでエトナやイヨ達が微笑ましい視線を彼

に向けている。

「あ、あの……ジーク様。既に報道でご存知かと思いますが、陛下よりアルス様のお世話を

任されました、侍従長のイヨ・ミフネと申します」

『ああ、知ってる。ホームの前で取材に答えてたよな? アルスのこと、宜しく頼むよ』

「は、はいっ。勿論でございますっ」

 そして兄皇子が相手なら言わずにはいられないと、イヨが改めて画面越しに恭しく自己紹

介をしていた。ジークも彼女のことは既に把握しているようで、もう一度、画面の向こうに

映る侍従衆らの顔を一人一人確認するように眺めている。

 また緊張してガチガチになる彼女に苦笑いを返しながら、隣のリンファがそんな久々の彼

を見上げた。彼の肩には、長い布包み──間違いなく六華だろう。

「こちらは万全を期する覚悟です。ジーク様も、決して無茶はなさらぬよう。いざとなれば

私達も協力を惜しまぬつもりでいます。ゆめゆめお忘れなさらないで下さい」

『……ああ』

「そっ……それと、用心の為に、今後連絡の際には回線IDは通信毎に換えるように致しま

しょう。後でこちらから幾つか候補のデータを送信します。できるだけ偏らぬように使い分

けて下さい」

『分かりました。ご配慮、感謝致します』

 そこまで至って、ようやく面々はぎこちなかった久々の会話を弾ませることができるよう

になっていた。仲間同士、友人同士。それぞれが画面越しに思い思いの報告と談笑を重ね、

交わしてゆく光景が拡がってゆく。

『……アルス』

「? 何?」

 そんな中で、兄は弟に静かな声色で言った。わいわいと、仲間達の声が少しばかり意識の

遠くの方で聞こえるような気がする。

『絶対、父さんを助け出してくるからな』

「…………。うんっ」

 きっとそれは、決意の言葉。

 アルスは今度こそ、そんな兄達に激励の笑顔を返していた。

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