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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-26.変わるセカイで僕らは
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26-(5) 皇子の旅路

『──このように、現在アルス皇子は下宿先であるクラン・ブルートバードにて帰宅後最初

の夜を迎えています。今後は新しい動静が入り次第、追ってお知らせします。以上、現地か

らの報告でした』

 天井から下がっているディスプレイに、そう語る女性レポーターの姿が映っている。

 画面の向こうに捉えられていたのはアウツベルツの街並み。そして夜闇の中でぽつぽつと

照明を点している、遠巻きからのホームの様子だった。

 それまで何となくこの設けられた映像器を眺めていた人々は、彼女のレポートが一区切り

ついたのを見計らって誰からともなく視線を落とし──食事を再開し始める。

「……。アルス達、無事に着いたみたいだな」

 地理は東方西域某所。処はとある小さな宿場町の中にある大衆食堂。

 湯匙れんげで掬った炒飯をもきゅもきゅと頬張りながら、ジークは気持ち控えめな声量でそう

静かに安堵の言葉を漏らしていた。

「そうみたいね。これからが大変でしょうけど」

「凄い数の人ですよねぇ。皆さん大丈夫かなぁ……?」

「これも有名税という奴だろう。僕達も他人事じゃないさ。……気を付けろよ?」

「だからさりげなく俺に──いやまぁ、そうなんだけどよ……」

 まさか噂の皇子、その片割れがこんな庶民臭さ全開な場所で夕食を摂っているとは誰も念

頭に置いていなかったのだろう。店内はそこそこの客入りだったが、誰一人としてジーク達

の存在に気付いている者はいなかった。

 先皇アズサの国葬の場より出奔してから一週間弱。

 ジーク達は時に人気のない、時にむしろ逆にこうして人ごみに紛れつつを繰り返し、ゆっ

くりとした旅を続けていた。

 それはひとえに、アルスら仲間達がまた“結社”に牙を向けられはしないかとジーク達が

内心気が気でなかったから。

 だからこそ、いざという時にはまだ駆けつけられるよう、急く気持ちを抑えつつも敢えて

鈍足な旅としていたのである。

「これで……当面は大丈夫だろ。良くも悪くもあいつの周りには人が大勢いる」

 各々に頼んだ東方風の定食メニューを口に運びながら、四人はようやく一先ずの安堵を交

わしていた。

 炒飯の残りを掻き込み、茶をぐいっと一気飲み。

 ジークはもう一度映像器に一瞥を寄越してからそう呟き、ふぅと深く呼吸を整える。

「じゃあ、いよいよ?」

「ああ。……っと、その前に会計済ませちて出ようぜ? 話すには人が多過ぎんだろ」

 食事を摂り終えてから、ジーク達は四人分の会計を済ませて気持ち足早に店を後にした。

 小さな地方の宿場町。その深まり始めた夜。

 ぽつぽつと魔導による照明柱は建っているが、それでもサァッと疎らになった人気も相ま

って周囲は何処となく物寂しい。

 だがそれが今は好都合でもあった。今宵の宿とした簡易宿(食事などのサービスはなく、

ただ寝床が提供されているだけの、しかし安上がりな宿)へ戻る道すがら、ジークはぽつり

と今後の動きについて語り出す。

「とりあえず……西に行こうと思う」

「西──ということは、ヴァルドーか?」

「ああ。西方あそこは特に開拓が盛んだし、保守派連中との喧嘩も多いって聞いてる。だから、

もしかしたら……」

「その中に“結社”に繋がる情報があるかもしれない、ってことね?」

 リュカの言葉にジークは肩越しに頷いていた。

 その片方の肩には、長い布包みと化した──安易に人目につかぬよう隠した──六華。

「実際に連中と当たれればもっといい。……ぶっ倒して、父さんの居所を聞き出す」

 仲間達に背を向けたままだったが、ジークの声色は酷く真剣だった。

 戦鬼ヴェルセークと呼ばれていた、奴らの一人である鎧騎士。その中身が亡くなったとばかり思っていた

父だと垣間見えた時の衝撃。

 何よりも……温厚そのものだと記憶していたその横顔が、一面の憎悪に支配されてしまっ

ていたさまは心苦しかった。尤もそれ故に、素人なジークでも父が彼らに“操られている”

のだと判断できた訳なのだが。

「だったら、これからは一層“情報”が武器になるわね。持って来て正解だったわ」

 暫くの間があって、今度はリュカが場を取り成すように少し明るめの声色で言った。

 その手には、携行端末が一つ。

 ただでさえ庶民にはまだまだ高級な品の一つであり、精々財友館や役所などの設置タイプ

を間借りする程度。

 そんな端末の最新モデルを、リュカは手にしていた。

 実はトナンを経つ前、元レジスタンス達から一つ、払い下げて貰っていたのである。

 ジークが“結社”追討に出奔する、その心積もりを打ち明けられた時から、この旅が長く

決して平坦なものにはならないとの確信がリュカにはあったからだ。

「ですね。端末が手元にあればイセルナさん達ともすぐ連絡が取れますし、肝心の“結社”

の情報も導信網マギネットで検索が掛けられますから……」

 魔流ストリームを利用して互いの声をやり取りする、導話。

 更にその技術を応用し、離れた土地同士でも大量の情報をやり取りできるのが、この近年

整備の進められている広域通信網──“導信網マギネット”である。

 そんな彼女の意図を汲み取ってか、サフレやマルタが相槌を打っていた。

 実際、端末越しとはいえ仲間達と繋がっていられるのは、この先孤立無援になりがちな旅

において何かと励みになるだろうと思える。

「……だからって、あんまり向こうに関わり過ぎるなよ? “無関係”じゃなくなったら、

俺やサフレが何の為にクランから離れたのか分からなくなっちまう」

 だがジーク一人だけは、あまりその活用に積極的ではないようだった。

 情報が武器であることは、分からない訳ではない。だが繋がっていることは即ち、手繰り

寄せられるリスクも負っているということだと、彼は諌めているかのようだった。

『…………』

 夜風に、彼の髪や上着が靡いている。

 リュカ達三人は、互いに顔を見合わせて少なからず哀しげな表情を漏らしていた。

 そこまで自分を独りにしなくたって、いいのに……。そんな共通した思い。アナクロで不

器用で、だけど歪なほど優しい彼への憂慮。

「別にジークにも使えとは言っていないわ。あくまで貴方をサポートする為のものよ」

「……。そっか」

 一体彼は、何を思っていたのだろう?

 とりあえずは多くの人々に──それが如何善悪な影響を及ぼすのかはともかく──囲まれ

ている弟に安堵したのか、それとも尽きぬ不安を、じっと己の中で押し殺していたのか。

 暫くリュカ達は、多くを語り掛けなかった。きっと彼自身、頼まずとも既に己の深い所で

悶々と考え込んでいるだろうと思えた。

 四人はゆっくりと、宿への復路を行く。

 両手を上着のポケットに突っ込んだままのジークの後ろ姿を、リュカ達は半歩遅らせて見

守りながら、そしてそっとついてゆく。

「ジーク。もう一つ訊くけど、ヴァルドーには如何ルートを取る気? 最短距離なら直通の

飛行艇の便を調べるけど……?」

「……いや、別に急がねぇよ。先ずはぐるりと南方に回る。ちょっとでもアルス達から離れ

るんだ。ヴァルドーにはまたそこから大回りしていきゃあいい。何も連中の手がかりは西方

だけに限った話じゃねぇだろ」

「それは、そうだけど……」

 再びリュカ達は互いに顔を見合わせていた。

 やはり彼は、当人なりにプランを考えてはいたようだ。だがそれも、やはり己を──。

「アルスは、母さん達は、これからが大変なんだ」

 はたとゆっくりとした足取りが更に鈍足になり、止まりかけて。

「巻き込めるかよ……。父さん救出や連中とのドンパチは──俺の我が侭なんだからさ」

 ジークは気持ち肩越しに眼を向けながら、まるで自分に言い聞かせるかのように呟く。

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