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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-3.ルーキー達の学び舎
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3-(4) 従者二人

 酒場『蒼染の鳥』に深夜の来訪者がやって来たのは、その日も夜更けになろうかとしてい

た頃合だった。

「すみませんね。今夜はそろそろ閉めようかと思っているのですが」

 街の常連は既に帰ってしまい、店内に残っていたのは数名の団員と、ちびちびと飲み合っ

ているジークとシフォン、ダンの三人だけだった。

 カウンター内でも一人後片付けをしていたハロルドは、不意に開いた扉の音を耳にして、

そう断りを入れようと振り返る。

「そうか。夜分すまぬな」

「ま、でも大丈夫だ。俺達は客ってわけじゃないからさ」

 戸口に立っていたのは、長髪にバンダナをしたヒューネスと刈り込み頭のトロルの男性。

キースとゲドだった。

 その姿を認め、小ジョッキを口元に運ぼうとしてたジークが驚いたようにその手を止めて

目を見開いている。

「あんたら……」

 ジークの姿を見つけて、彼らもフッと表情を緩めた。

 だがそれも一瞬の事であり、すぐに口元には真剣な気色が宿り直す。

「どうも昼間はお騒がせ申した」

「改めて、詫びに来ましたって訳でね」

「……? ジーク、知り合いかい?」

「あぁ。ほら、昼間学院でアルスに喧嘩吹っかけてきた女がいたって話をしたろ? そいつ

の護衛役らしいんだ」

「そうだったのか。わざわざ足労を掛けてさせてすまねぇな」

 誰だと頭に疑問符に浮かべるシフォンとダンに、ジークは説明する。

 するとダンは酒が入った赤みを帯びた顔のままで、そうこの来訪者二人に笑いかけた。

「いやいや。それで……あの少年、確かアルスといったか。彼は今何処に?」

「あいつなら部屋だよ。ハロルドさん」

「ええ。内線で呼んでみましょうか」

 言ってハロルドはカウンター内の導話を取り、レノヴィン兄弟の部屋への内線番号を打っ

た。受話筒を耳元に当て、暫し皆に背を向けて応答を待つ。

「アルス君ですか? 私です。今酒場に、昼間に貴方とやり合った方の従者の方達が来てい

るのですが……。えぇ、はい、ではお願いしますね」

 そして導話の向こうのアルスと二、三やり取りを交わして、彼は皆に振り返った。

「少しお待ち頂けますか? すぐにこっちに来ますので」

「まぁ、立ちっ放しもなんだろう? 座れよ」

「……うっす」「うむ。では失礼致す」

 ジークら三人の座るテーブルへとダンに促され、ゲドとキースは近付いて来て空いた席に

腰掛けた。他の数名の団員らも、傍観者的に様子見の体勢を取っている。

「ま、軽く自己紹介をさせて貰おうかね。俺はキース・マクレガー。昼間のやり取りでも分

かってたかと思うが、お嬢──シンシア・エイルフィードの護衛もとい目付け役を任されて

いる者だ」

「同じくゲド・ホーキンスだ。キースと共に伯爵殿よりシンシア様の従者を任されておる。

ちなみに、これでも私達もお主らとは同業者だ」

 先ずはと、二人はそう改めてジーク達に名乗った。

 キースは言ってゲドに目で合図を送り、彼は懐から自身のレギオンカードを取り出して見

せて続けた。

「エイルフィード伯……。確かここよりも少し西の“爵位持ち”の家柄だね。魔導師として

業績を挙げて、数代前に爵位を得た家柄だった筈だけど」

「ふぅん……」

 爵位とは、何かしらの功績を残してきた「名士」たる者やその一族に与えられる特権的階

級の称号である。原則、一度与えられると以後は世襲となって受け継がれるが、その称号に

そぐわぬ言動などが重ねれば、最悪本籍国の政府より没収されてしまう事も珍しくない。

「爵位持ちねぇ。通りでタカビーだった筈だよ。でも、それよりも俺は……」

 シフォンがそう記憶を辿って口にするのを聞き、ジークは頭の後ろで手を組み合点がいき

つつもスッと目を細めていた。

「何であんたらがこの場所を知ってるのかが気になるんだがな。少なくとも、俺は話した覚

えはないんだが?」

 それは遠回しな牽制。だが対するキースは動揺した様子はなく、

「ま、そういう諸々を調べたりするのが俺の仕事だからな。俺はホーさんみたく生粋の戦士

ってわけでもないんでね」

 そう気安い感じを保ったまま、片眉を僅かに上げて言ってみせる。

(……なるほど。密偵か)

 ジークはその言葉の端を捉え、そう結論付けると納得していた。

 だが同時に、下手な事は喋れないなと警戒心を密かに維持しておくことも忘れなかった。

「すみません。お待たせしました」

 そうしていると、アルスがやって来た。

 アルスはジーク達がテーブルに集まっているのを認めると、若干警戒の気色を見せるエト

ナを伴って近づき、残りの空いた席に着く。

 ゲドとキースは改めて二人に自己紹介をし、揃って昼間の非礼を詫びていた。

「いいんです、気になさらないで下さい。もう済んだ事ですし……。こちらこそ、わざわざ

ご丁寧にありがとうございます」

 だがアルスは笑って許していた。

 それが彼の飾らぬ本心でもあった。応戦した自分にも非はある。何より彼女から感じた必

死さを、アルスは自分の“正当性”で踏み躙りたいとは思えなかった。

「……まぁアルスがこう言ってるから私も目くじらは立てないけどさ? そういう事ならせ

めて本人も連れてきて欲しかったな~」

「うむ……。その点は、私達も済まないと思っている」

「俺達も引っ張り出そうとはしたんだがな。お嬢の奴、屋敷に帰った後、部屋に籠っちまっ

た切り不貞腐れて出て来なかったもんだから……」

「不貞腐れて、というよりは何か考え込んでいたように、私には見えたが……」

 その代わりにエトナが遠回しに難癖をつけていたが、ゲドとキースは苦笑を隠せずにそう

弁明して困り顔を見せていた。

 とはいえ、シンシアのそういう所は今に始まった事ではないのかもしれない。

 アルスには、何処か彼ら二人が“親愛の情”を以って彼女に接しているように思えた。

「……まぁ、結果的にはこれでよかったのかもしれないんだがな。あんたらに改めて侘びを

入れるのもそうだが、それ以上に今夜はちと話しておこうと思う事があってさ……」

 そして、ふとそうキースが切り出した言葉に、アルス達一同は小さな怪訝を浮かべた。

 周りの団員らの眼を気にして、少し身を乗り出す従者二人組。

 アルス達も同じようにその動きに合わせると、少し声量を落としてゲドが言った。

「他でもない。シンシア様の事だ。先程話したように、シンシア様は魔導によって立身出世

を果たしたエイルフィード家の直系、現当主の一人娘だ」

「そういう訳で、その例に漏れずお嬢も成人の儀を終えた後、領内近くのアカデミーを受験

して魔導師を目指そうとしたんだが……これにスベッちまってな」

「しかも一度ではない。二度だ。それでシンシア様はわざわざ領内を離れ、この街で三度目

の正直を目指したわけだ」

「……ふーん。でもよ、アカデミーの試験ってそもそも難しいんだろ? 浪人なんて別に珍

しい訳でもねぇだろうに」

「そうだね。それに十五からきっちりではなく、ある程度経験を積んでから受験してくる者

も少なくないと聞くよ? 大抵は冒険者上がりだそうだけど」

 二人は大事そうに、重苦しそうに言ったが、ジーク達の反応は淡白だった。

 事実アカデミーの競争率は高い。それを踏まえた“庶民”の感覚としては当然だった。

「そこはまぁ……爵位持ちの家柄故というか、プライドというかさ。魔導の名士なのに何度

も落っこちてちゃあ格好がつかないんだよ。だから領内を飛び出した訳で」

「シンシア様が本家を出ると言い出した時は、伯爵殿も大層心配されていたがな」

「……でも、三度目の正直は叶った」

「そう。だけどその代わりと言っちゃあ何だが、主席の座は得られなかった。他ならぬお前

さんによってな」

「……はい」

 二人の話に従い、神妙な表情になっていくアルス。

 そんな彼の表情の変化を確かに目に映しながらも、キースはそう続けた。

「悔しかったんだろうよ。元々気の強い性格で、且つ今まで二度も落ちてきたっていう負い

目が付いて回ってる。プライドが許さなかったんだろうな」

「面倒臭ぇ女だな……。どのみち逆恨みじゃねぇか」

「そうだよ! アルスだって一生懸命勉強したんだから!」

「お、落ち着いて二人とも。お二人に言ってもしょうがないよ……」

 途端に撥ね返す、呆れ顔のジークと我が事のように憤るエトナ。

 だがそんな二人を咄嗟に宥めていたのは、他ならぬアルス自身で……。

「いや、君達の言う通りだ。どれだけ自身が努力しようとも、試験といったものは相対的な

評価である事に変わりはない。シンシア様を責めるに拒む理由などなかろう」

「……ま、でもそういうお嬢個人のややこしい私情があったんだって事は、補足させて貰い

たくってさ。俺達もお嬢の思いが分からないわけじゃねぇが、それがあんたらにとっては理

不尽なものだって事もよーく分かってるつもりだ。そもそも俺達がちゃんとお嬢を見てて、

防げなかったのも一因なんだ」

 それでも従者二人は謝罪を止めなかった。

「改めて……すまなかった」

「改めて……申し訳ない」

 ただ主の名誉の為、義理を通す為、二人は自身の恥も顧みずに深々と頭を下げる。

 ジーク達は少々呆気に取られていた。

 シンシアという人物をよく知らない事もある。会った限りでは高飛車にしか映らなかった

という事もある。

「……いいんです。どうぞ頭を上げて下さい。そのお話のおかげで僕も納得ができました。

こちらこそ、ありがとうございます」

 しかしその中でただ一人、アルスだけはフッと微笑んでいた。

 既に、元より必要以上に彼女を責めるつもりはなかった。むしろあの時自分が感じた彼女

の必死さの理由が分かったような気がして、スッキリとした思いだった。

 許してくれるか半々だったのだろう。その言葉を受けて、ゲドとキースはゆっくりと顔を

上げてから互いの顔を見合わせる。

「……ま、そういう事だ。アルス本人がこう言ってるんだ。もう謝り合いはこの辺にしとこ

うじゃねぇか」

「そだね。私も何か毒気を抜かれた気分だよ……」

 アルスがそう言うのなら。ジーク達場の面々はやがて同じ思いになっていた。

 まだ若干驚いている従者二人組に向かい合い、彼らはからっと済んだ事と言わんばかりに

それぞれに笑っている。

「……すまねぇ」

「恩に、着る」

 キースとゲドは最後にもう一度軽く頭を下げ、苦笑していた。

 雪融け。だがそう表現すべき雰囲気が醸成されたと思われた次の瞬間、突然ドンッと大き

な酒瓶がテーブルの中央に置かれた。

「ははっ! じゃあ陰気臭い話はこれで終いだ。折角だから飲んで行けよ? 俺が奢るぜ」

 ダンが満面の笑みで豪快に笑っていた。

 ゲドとキースは思わず面を食らっていたが、すぐに表情を綻ばせてその申し出を受ける事

にする。

「おーい、ハロルド。もっとつまみを頼まぁ!」

「はいはい……。少し待っててくれ」

「というか、ダンはただ飲む口実が欲しいだけだよね?」

「全く……。副団長、二人を酔い潰すのだけは勘弁して下さいよ?」

「がはは! 分かってるって」

 そうしてにわかにテーブルが騒がしくなっていった。

 置かれてゆく酒瓶と肴。ダンに催促されるように飲み始めるゲトとキース。そんな猫耳の

副団長を、シフォンとジークはそれぞれに生暖かく見守──監視している。

「……ふふっ」

 アルスはそっとその場を離れるようにして座り直し、そんな彼らの様子を眺めていた。

「何笑ってるの?」

 ふよふよと、エトナが浮かんだまま少しふくれっ面で声を掛けてくる。

 アルスはそんな相棒を微笑ましく見上げながら、静かに口を開いた。

「うん……。やっぱりね、皆が笑ってるのが一番だなって思って」

「そりゃあ、ね……。でもやっぱり、アルスは甘い気がするんだけどなぁ……」

 まだ少々ぶつぶつと。エトナは漂いながら複雑な感情の間を行ったり来たりしている。

 テーブルの端にそっと肘を乗せ、アルスは穏やかに思った。

 ようやく胸の奥の突っかかりが取れたような気がする。彼女はどう思っているかは流石に

察し得ないが、これでやっと今日という一日が終えられるような気がする。

 しかし……と、同時に思う。

 まさか自分が主席の成績を取ってしまったことで、このような苦悩を抱えさせる人を出し

てしまうなんて。

 あの向けられた対抗心が客観的には理不尽である事は重々承知しつつも、アルスは何だか

申し訳ない気持ちになっていた。

(……主席、か)

 僕はただもっと本格的に魔導を学びたかっただけなのに。

 しかしそんな平穏を望む学院生活はどうにも危うくなっているらしい。

 なまじ主席となってしまい、次席たる彼女と入学早々私闘を演じてしまった。……今後、

波風が立たないとは到底思えない。

(どうなるんだろう? これから……)

 密かな嘆息と、同時に少しばかりの期待感と。

 徐々に打ち解けつつあるジーク達の様子を眺めながら、アルスはぼんやりとそんな物思い

に耽ったのだった。

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