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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-26.変わるセカイで僕らは
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26-(0) 空の旅と仲間達

▼第Ⅲ部『鋼の希求心ストロング・シーカー』編 開始

 知識の上での空と、実際に目の当たりにする空とではこうも違うものなのか。

 窓の外から覗く果てしないマナの雲海──霊海の白濁色の拡がりを眺めながら、アルスは

心底そうしみじみと思った。

 アルスは今、仲間達と共に飛行艇に乗り込み、梟響の街アウルベルツへの帰路の只中にある。

 セカイは……広い。

 こんな大空をぼうっと眺めていると、つい先日までトナン皇国だいにのこきょうで巻き起こっていたあの

一連の内乱がまるで嘘であったかのように、酷く矮小なものであったかのようにさえ感じられ

てしまう。

 勿論、そんな事を口に出す訳にはいかなかった。

 自分たち兄弟の為、何より母の為に力を尽くしてくれた皆に対しそんな言葉を吐くのは紛

れもない背信行為の筈だと改めて思い、アルスはきゅっと密かに唇を結んでいた。

「どうした? やっぱ初めての飛行艇は緊張するか?」

「大丈夫だよ~。今は共同軍の船団の中なんだし、結社やつらも逃げちゃった後だし。撃ち落され

やしないって」

 するとそんな自分の様子を別な風に捉えたのか、傍らの仲間達がそれとなくこちらに声を

掛けてくれる。

 隣席にはダンとミアのマーフィ父娘おやこと、頭上には少々窮屈そうに中空に浮かんでいる相棒エトナ

加えてすぐ前の席にはイセルナとリンファが座っており、彼女達もちらりと椅子の背もたれ

越しにこちらに見遣ってくるのが分かる。

「ううん、そうじゃないんだけど……。大丈夫……だよ?」

 だからこそアルスはそう苦笑を向けて言葉を濁し、彼らの気遣いをありがたく思いつつも

申し訳なく思う。

 ──皇国トナンの内乱は、一先ずの終息を迎えた。

 しかしこれで全てが解決するとは、自分を含めたこの場の皆の誰一人として本気で思って

はいないだろう。

 大変なのは間違いなくこれからなのだ。自分達も、母さん達も。

 本来なら、公にされた己の身分──トナン皇国第二皇子という責務を優先し、何より医者

ではあっても政治は素人同然な母の傍に残るべきだったのではないか? もうアカデミーの

いち学生として学問の日々を送るのは難しいのではないか? そう自分は実際に、こうして

出立するギリギリまでずっと悩んでいた。

『──私の事は大丈夫だから。アルス、貴方は向こうで勉強を頑張ってらっしゃい。皆を守

れる魔導師になる……。昔からの夢なんでしょう? 私も応援してあげるから。ねっ?』

 だが、そんな自分の背中を押してくれたのは、他ならぬ母だった。

 戸惑う自分に母はそう微笑み掛けてくれ、臣下達を通じて必要な手続きもしてくれた。

 皇子であることは、もう既に世の人々が知る所ではある。

 しかし形式上、これからの自分は「留学」という形で引き続きアウルベルツに戻り、従来

の学院生活を送れる──何より(自分の下宿先兼護衛役という態だが)ブルートバードの皆

ともまた、一緒に居てもいいことになったのだ。

(ありがとう、母さん……)

 改めて心の中で、今や遠くの地に収まってしまった母──次代のトナン皇に礼を重ねる。

 傍には居られなくなるけど、それでもいざという時には協力は惜しまないつもりだ。

 どのみち自分の身分が知れ渡った以上、全くの以前通りにも……いかないだろうから。

「──あ、はい。そうです。こ、今後ともよ、宜しくお願いいたしまっ……ま、ます」

 その一番の例は、自分に“侍従”達がついたことだろう。

 要は皇子としての自分をサポートしてくれるスタッフ、或いは目付け役といった所。

 そしてそんなスタッフの一人が今、艦内の共同軍の面々へあくせくと挨拶回りをしている

のが聞こえてくる。

「……初っ端から飛ばしてるなあ、ミフネ女史は。大丈夫かねぇ?」

「ど、どうでしょう……。意気込んでくれているんだとは、思うんですけど……」

 隣席のダンと共に、アルスはついっと椅子の陰からその方向を覗き込んでいた。

 視線を向けた先にいたのは、一人の黒髪・黒瞳──女傑族アマゾネスの女性。

 癖っ毛気味の後ろ髪をアップにしてピンで留め、しきりにずれ落ちそうな四角い縁の眼鏡

のブリッジを支えながら、傍目からもガチガチに緊張しつつも面々への挨拶回り──という

よりは頭を下げてばかりに見えるが──を続けている。

 彼女の名は、イヨ・ミフネ。

 この度アルスの侍従衆のツートップ、その片割れに抜擢された人物である。

 元々はリンファと同期に宮仕えを始めた文官で、シノが幼い頃よく通い詰めていた王宮の

図書資料室に所属する司書だった女性だ。

 一度はアズサ皇のクーデターにより遠く実家に避難していたが、今回シノの実質上の女皇

就任に伴い再度出仕。そして久々に友人であるリンファと話し込んでいる際にはたと彼女と

出くわし、リンファ共々侍従衆に抜擢されてしまい──そして現在に至る。

「イヨ、あまり初めから気を張らなくていいぞ。大体の挨拶回りならこの前の壮行会で済ま

せたじゃないか」

「それはそうだけど……。で、でも皆さん全員にはまだでしょう? こ、ここは侍従衆の責

任者として改めて──」

「それが気を張り過ぎだと言っているんだよ。そう畏まらなくても大丈夫だ。焦る気持ちは

分からないでもないが、少しずつ慣れてゆけばいい」

「そ、そうですよ。折角今はゆっくりできる時なんですから。イヨさんもリラックスして空

の旅を楽しんでいて下さい」

「は、はい……。アルス様がそう仰るのなら……」

 そんな友の姿に苦笑するリンファ、そして何よりアルス自身の声によって、ようやくイヨ

もその忙しない動きを収めたようだった。

 もう一度傍を通りがかる面々に会釈をし、イヨは中央通路を挟んでリンファと向かい合う

自分の座席に戻り、ようやくホッと息をついて眼鏡のブリッジを触っていた。

 ヤクランではないが、その服装は白い簡易の礼装姿。

 席上の棚には、旅鞄の一つに詰め込まれた本や書類が、沢山の付箋を噛んだままで覗いて

いるのを見ることができる。中にはこれからの侍従任務しごとに関するものも少なからず含まれて

いるのかもしれない。

「ふふっ、これからはもっと賑やかになるわねぇ……」

 そうして視線を遣っていると、ふとそうイセルナが誰にともなく呟き微笑んでいた。

 アルスはすぐ前の相手ということもあり、穏やかな苦笑いを返すだけであっても応えてお

くことにする。

 何よりも──彼女は“頭に包帯を巻いていた”のだ。

 そしてそれは、内戦の折の怪我ではない。兄達が突然飛び出していってしまったあの日、

彼女が己の身を挺して彼らを「試した」痕跡だった。

(兄さん……。今、何処にいるの……?)

 家族なかま達と一緒にまた居られる、居てもいい。その心遣いは嬉しかった。

 だけどそれと同時に、新たな出会いと別離もまたこの身辺に──これからの受難を連想さ

せて止まぬが如く混在している。

「……」

 それでも、優しさと不安を綯い交ぜにしたかの皇子アルスの心を載せたまま。

 船団は一路戻るべき場所──梟響の街アウルベルツへの航路を取ってゆく。 

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