25-(7) 東の國が明ける日
「うぅん……」
あの玉座での攻防から、数日が経過していた。
正直まだ人々が戦いの傷から立ち直ったとは言い難い。王宮も城下も、あの時の傷跡を大
きく残したままになっている。
だがヒトは進む。否応なしに、或いは自らの意思で以って。
「……やっぱり違和感があるなあ。すぐには慣れないというか……」
「だねぇ。アルスが着てるってより、アルスが着られてるもん」
突貫工事で建てられた執務用の仮初舎。その中の一室にアルス達はいた。
王宮の侍従らに手伝って貰い、身に着けたのはヤクラン──女傑族の民族衣装だ。加えて
裾や袖口、肩に引っ掛けた布地を中心に美麗な刺繍がふんだんに施されており、衣装全体に
強い「ハレの日」を印象付けさせている。
これが礼装用のヤクラン──正式にはハガル・ヤクランと云うらしい。
とはいえ今回は国葬。葬儀の場だ。刺繍とはいえ、色合いは喪に服す白黒中心だったが。
「ひ、否定はしないけど。だ、大丈夫。まだ背は伸びる……よ? きっと。多分」
「本当かなぁ? もう小柄ってのがアルスのアイデンティティの一つになってるじゃん?」
村でも、母が祝い事の折などに着ていた為、初めて見るものではない。
それでも、いざ自分が着付けて貰うとなるとまた話は別だった。
傍らで淡い緑の光を纏って漂い、クスクスと笑っている相棒に少なからずむくれっ面をして
みせながら、アルスはこの第二の故郷の民族衣装を、時折軽く翻しては試すがめつ。改め
て自分が皇子なのだなと実感させられていた。
「──……」
「あ、兄さん」
「もうっジーク、何処行ってたの? 早くしないと式始まっちゃうよ?」
すると、背後でトンと足音が聞こえ、アルス達は振り向く。
そこには未だいつもの着古した上着と、腰に差した六華をという普段着姿の兄・ジークが
立っていた。
「……。ああ」
一斉にこの控え室の皆から向けられる視線に、彼は静かに眉根を寄せたものの、特に文句
を言う訳でもなく、そのままのそりと中に入って鏡台の一つの前に立った。
「ジーク様」「お召し物を」
「……いいって。自分で着替える」
無愛想に、寄ってくる侍従らを制止して一人でもそもそと。六華を腰から抜き、鏡台の縁
にそっと立て掛ける。
一見すれば、普段のぶっきらぼうな兄に見えた。
だがその実の弟には、少なからずその様子がいつもと違う、妙な違和感を覚えるもので
あったと言えた。
(どうしたんだろ、兄さん。やっぱり、疲れてるのかな……?)
母だって、自分だって少なからずなのだ。
この戦いに身を投じる前から覚悟していたこととはいえ、いざ自分が貴族──の中にあっ
て更に皇族で──あると公になるというのは中々に気苦労が多いと、この数日間たんまりと
味わらされているのだから。
愚痴を零しこそしていないが、おそらく兄も同じように“疲れ”を感じているのだろう。
さっさと着替えを済ませる兄を見遣りながら、アルスぼんやりとそんなことを思った。
「──ジーク様、アルス様。そろそろ会場へとお願い致します。殿下も既に支度を整えてお
られます」
「あ、はーい」
「ん……。分かった」
当初アズサ皇に“国葬”を宛がうことには、反対・慎重意見が相次いだ。
それは当然の反応だったのだろう。何せ彼女は──実質には“結社”の悪魔的教唆があっ
たからこそなのだが──この国で長く続いた内乱の片方、そして今では「賊軍」の総大将で
あったのだから。
それでも、珍しく国葬──皇国が責任を持って彼女弔うと粘り強く説得に奔走したのは、
他ならぬ新女皇シノその人であった。
『伯母様は私の手できちんと弔いたいのです。せめてもの贖い……とでも言いましょうか。
何よりそれ以前に、私は一人の魔導医として人間として、生命そのものにまで敵だ味方だと
言って差別をつけたくない……。どうか、お願いします』
曰く、そう生命に貴賎・敵味方は無いのだと。
長らく亡命先で一介の村医として命を見つめてきた者の、清らかだが重い言の葉だった。
何より形式上はまだ「女皇代行」でこそあったが、実質はこの国の最高権力者となった身
にも拘わらず皆に深々と頭を下げて懇願した、その愚直なまでの真摯さが彼らの心を打った
のだろう。
『……』
故に話し合いの結果、アズサ皇の国葬は彼女の希望通り執り行い、且つその場で新女皇と
その息子達の御披露目が実施される運びとなった。
場所は、皇都トナン郊外にある、国営の大規模墓苑。
時は、アズサ皇が実際に息を引き取った昼下がり。
華美な式典になってしまうことにシノは難色を示していたが、既にセカイの注目は彼女の
ささやかな願いを超えて今強く集まっている。
会場となった墓苑にはシノやジーク、アルスら母子に暫定の家臣団。加えて急遽都合をつ
けて参列に来た各国の代表に、遠巻きながらマスコミ各社と多くの者が一堂に会していた。
しめやかに執り行なわれる葬儀。じっと埋葬されてゆく叔母に手を合わせ、せめてもの
冥福をと真剣に祈っているシノやアルス達。
そんな面々の様子を、マスコミの写姿器や映像機のレンズが遠巻きに遠慮しつつ、しかし
我先にと群がって捉えている。
(ったく……マスコミどもが。てんでシノさんの心情を分かってやがらねぇ)
これが世間様というもの。仕方ないこと、ではある。
だがそうした周囲の者達の野次馬的な毛色を見ているようで、ダンは正直いい気持ちでは
なかった。
ダン達ブルートバードの面々、或いは七星らや傘下の傭兵・冒険者らは、そこから更に後
方の一般席に陣取っていた。
実際には戦を集結させた功労者達であろうものだが、あくまで自分達はシノに、共同軍に
雇われて戦った──表向きにはそういう態に過ぎず、概してそう見られてしまうものだ。
不満ではないというと嘘になるだろう。
だが、これが自分達“荒くれ者”が世間から受ける平素の扱いなのだと、静かに己に言い
聞かせる。そんな割り切り方は何もダンだけではない。周りの同業者らとて同様の筈だ。
(にしても……さっきからイセルナの姿が見えねぇな。先生さんも……あとサフレ達もか)
いやいや、今はそんな事を気に病んでいる場合じゃない。
ダンはふるふると小さく首を振り、そう別な思考──先刻からの小さな怪訝に思考をシフ
トさせていた。
娘やその友人達──レナやステラは傍におり、ハロルドやシフォンと共に歴代皇の墓石の
前で祈りを捧げるシノらを眺めている。だが、その中で我らが団長の姿がざっと見渡してみる
に確認できないでいたのだ。更にリュカやサフレ、ステラも同じく。
(……ま、いっか)
だがそれでもこの時、ダンはあまり深く考えることはしなかった。
どうせこの人ごみなのだ。何処かで同じようにシノさんやジーク達を見守っていることだ
ろうと、自分の思案に勘付いたらしく静かに見上げてくるミアに苦笑を返しながら、とりあ
えずのそんな結論を付けておくことにする。
「──それでは、シノ・スメラギ女皇代行よりご挨拶を頂きます」
そうしている間にも、国葬という名のイベントは粛々と進められていった。
因みに「代行」という呼称は、シノ自身の、アズサのせめて喪が解けるまではやれ次の皇
だと騒がせたくないという想いと、まだ新政権の立ち上げも途上な段階であるという暫定家
臣団の思惑とが合致したが故のものである。
スピーチ、という名の御披露目の始まりだった。
進行役の女性官吏がそうマイク越しに言うと、シノは彼女を一瞥して頷き、別の官吏が差
し出してきたマイクを受け取ってゆっくりと語り始める。
「……本日はお忙しい中、伯母アズサの葬列に加わって頂きありがとうございます。紹介に
預かりましたシノブ・レノヴィン──改め、シノ・スメラギです」
その第一声。神妙に語る彼女の表情に、ストロボが何度も焚かれ、照らし出される。
不安そうに下がった眉。そんな新たな皇を、サジやリンファ、彼女をよく知り信頼も深い
側近達が左右の傍らで支えるように見守っている。
「先ずは皆さんに今一度謝罪をしたく思います。……此度は我が国の内乱が多くの皆様にご
迷惑を掛け、何よりこの国の人々を苦しめてきたことを、ここに深くお詫び申し上げます」
それが合図だったのだろう。
シノが言い、先頭に立って深々頭を下げたのを機に、以下ジークやアルス、何より臣下達
一同がそれに倣ってみせたのだ。
出席者の面々には、予想の内ではあったとはいえ、正直面を食らった様子であった。
共同軍が参戦してくる以前ならばいざ知らず、今や彼女達はれっきとした「官軍」であろ
うものなのに。
「内乱は、何とか終わらせることができました。しかし今日この日に至るまで
に、どれだけの犠牲を伴ったことか……。もしかしたら、私達はもっと彼らを失わずに済む
結末を引き寄せられたのではないかと、今も考えてしまいます」
それでも、あくまでシノは“痛み”に寄り添おうとした。寄り添っていた。
「だから私達は、アズサ皇を含めた全ての犠牲者を等しく弔い、前に進もうと思うのです」
それは彼女が単に皇位を欲しさではなく、誠心誠意に故郷の人々を憂い続けていたことを
示すもので。
「……生命に、敵味方などありません。それは私が魔導医だったからという経歴もあります
が、何より一人の人間としての当然の倫理だと思っています」
彼女は、言の葉に含めたのだ。
批判はされるだろう。だがそれでも、アズサ皇ら「敵軍」だった者らもこうして自分達が
弔うと決めた。これだけは──譲れないと。
「私は、伯母様の為政を全て否定してしまおうとは思いません。でも私は“強い国”である
以上に皆さんが“幸せである国”であって欲しい、したいと願っています。皇とは人々の幸
福を支え、その哀しみに寄り添う楯であるべきだと思うのです。……正直言って、私は政治
に関しては殆ど素人です。それでも私は、皆さんの笑顔の為に力を尽くしたい……」
そして彼女は、再び深く頭を下げた。今度は謝罪ではなく、懇願として。
「この国は、きっとこれからが大変です。それでも……私のような者でよければ、伯母様亡
きの後を継ぐことを、どうかお許し下さい──」
『…………』
宣言ではなく、懇願。こんな皇がいるなんて。
場の面々は一様に驚き、しんと静まり返りつつもこの新女皇を見つめていた。それでも尚
彼女はまだ、じっと深く頭を下げたままの格好で墓石の前に立っている。
──そんな沈黙が、どれだけ続いた頃だったのか。
やがて水面に波紋をもたらすように、何処からともなくパチパチと拍手の音が出席者の耳
に届き始めた。
だが少なくとも、それは女皇代行や共同軍の面々からではない。出席していた他国の関係
者や機材を放り出した記者であったのだ。
つられた。そう言えば身も蓋も無いのだろう。
だが、そこには確かに賛同と激励の拍手の群れが重なり合っていた。
どんどん大きくなる拍手、時折交じる「陛下!」の声。そこでようやくシノは──少なか
らず面食らったように目を丸くして──頭を上げ、会場の人々をぼうっと見渡し出す。
「……。ありがとう、ございます……っ」
ぶわっと彼女の涙腺が大きく緩んだ。ボロボロと涙が頬を伝い、口元に添えた手が昂る胸
中を反映するように震えている。
息子達が、臣下達が静かに頷き、微笑んでいた。
そして暫くの間、皆は彼女の涙が一通り治まるのをじっと待ってくれる。
「陛下。宜しい……でしょうか?」
「……ええ。もう大丈夫よ、ありがとう」
官吏から差し出されたハンカチを受け取って涙を拭い、感涙から微笑みへ。
それはとても優しく穏やかな表情──かつてのアカネ皇を思わせる笑顔であったと、後に
昔を知る者らは語ったという。
「……。では次に、私の息子達を紹介致します。さぁジーク、アルス。皆さんにご挨拶を」
そして今度は、彼女がマイクを手渡す番となった。
穏やかな笑みで白黒調のハガル・ヤクランを纏った二人の息子に向けるそれ。
アルスとエトナ、そしてジークは互いの顔を見遣った。
「……アルス。お前先にやれ」
「え? う、うん。分かった……」
先にそのマイクを受け取ったのは、兄に先を促されたアルスの方だった。再びマスコミら
の写姿器や映像機のストロボやレンズが一斉に向けられてくる。
エトナに「ほらほら。落ち着いて」と励まされながら、ごくりと息を呑んで深呼吸。
やがてアルスは大勢の参列者を前に、自己紹介を始めた。
「ご、ご紹介に預かりました。アルス・レノヴィンです。……あ、スメラギか」
えいやと口走ってハッとなる。そんな姿に少なくない人々が微笑ましく笑ってしまう。
「えと……。アルス・スメラギです。兄さんの弟です。こちらは持ち霊のエトゥルリーナ。
普段はエトナと呼ばれています。僕はこの一件があって自分の正体を知るまで、とある街の
魔導学司校で学生をしていま……あ、しています」
引き続いて、アルスはそう相棒を紹介する。当のエトナも何処か誇らしげにちょいっと衣
装の裾を摘まんでみせると、淑やかめいて皆にコクリと一礼を。
持ち霊にアカデミー。即ち魔導師の卵。人々はにわかにざわめいた。これは大事な新情報
だと、慌ててメモを走らせる記者達の姿も少なくない。
「僕らからも、お詫びとお礼を申し上げます。この度はこの国の争いに終止符を打って下さ
り本当にありがとうございました。僕ら兄弟は国外育ちですが、間違いなくこの国が第二の
故郷だと思っています」
言って、着ているというよりは着られている白黒のヤクランを一瞥。
アルスはじわじわと自分の中で湧き起こってくる、トナンの民である自覚にはにかんでい
るように見える。
「母も僕達兄弟も、ずっと今までは一般人として暮らしてきました。だから皇族としての務
めに至らない点も出てくるかもしれません。ですが、頑張ってそういったものもこれから少
しずつ学んで、身に付けてゆこうと思っています。……皆さん、どうか母を皇国を、宜しく
お願いします」
そして結びにそんな言葉を、母と同じように懇願を。
ペコリとアルスが相棒と共に頭を下げると、今度こそは躊躇いなく人々から惜しみない拍
手が響いた。
こんな感じで、大丈夫かな?
そう言わんばかりにややあってアルス達は顔を上げ、ほっこりと苦笑した。
次いでアルスは「はい。兄さん」と、その手にしたマイクをそっと兄に差し出す。
「……」
数拍の間を置いて、ジークは無言のままそれを受け取っていた。
そして振り向いたのは、参列者の人の波。
ジークはじっと目を細めたまま、やがて口を開いて語り出す。
「……ジーク・レノヴィンだ。さっき言ってたようにアルスの兄になる。まぁ俺の方はこの
みてくれの通り、成人の儀を済ませた後はずっと冒険者をやってた。だからこいつみたいに
学はねぇし、できることと言えば剣を振り回すことくらいだ」
先のアルス程ではなかったが、再びストロボが焚かれ、レンズが向けられていた。
それはおそらく、こんな場・身分が明らかになっても尚、相変わらずのぶっきらぼうを通
す彼に対し、一抹の様子見の判断が人々に過ぎったからだろう。
母や弟、それとリンファはもう慣れっこの光景だったが、流石に同席していた臣下らは渋
い顔をしていた。
「……俺からも礼を言わせてくれ。ありがとよ。このゴタゴタは、俺一人じゃどうにもなら
なかった。元々の理由だった六華も、取り戻すことができなかったろうしな」
しかし彼がチャキッと、腰に下げていた刀に指先を走らせて言うと、そんな皆の反応が明
らかに変わっていた。
護皇六華。トナン皇国の王器……。
実物を初めて見る者が殆どであったこともあり、向けられた視線は一斉に、彼自身からこ
の三太刀・三差しへと移っている。だがジークは別段そんな人々の移り気には特に咎めるつ
もりもないらしく、数拍ぼうっと目の前に集まったその彼らを眺めている。
「でも……まだ取り戻せてないものが、ある」
すると次の瞬間、ジークはそう確かに言ったのだ。
参列者は勿論、シノ達傍らの面々も何の事だと首を傾げていた。
変わらず柔和とは決して言えない、真剣な面持ちで眉を顰めている彼に、皆は無言の催促
をしてくる。
「……俺はあの時、確かに見た。王の間で暴れる“結社”の中に、父さんがいた」
「えっ?」「と、父──」
一番驚きざわついたのは、他ならぬシノやアルス、エトナ。実の家族。そしてリンファや
セド、サウルといったかつての戦友達であった。
「狂化霊装って、奴らは言ってたっけ……。それに包まれた鎧野郎の中身は、間違いなく父
さんだった。砕けた面の隙間から、俺は確かに見たんだ」
ジークは淡々と、しかしどっしりと固い意思で以って語っていた。
その突然告げられた話にシノは目を丸くして口元を押さえ、アルス達は戸惑いの表情でお
互いを見合わせている。
「だから俺は……取り戻しに行く。ずっと昔に、魔獣に喰われて死んだとばかり思っていた
父さんが生きているんだって分かったんだ。……きっとあれは、結社が父さんを操った姿だ。
俺の知ってる父さんは、もっと馬鹿馬鹿しいくらい笑顔の人だったから……」
白黒のハガル・ヤクランが風に靡いて揺れていた。
今度こそしっかりと腰に差した六華を携え、ジークは一度そっと目を瞑って深呼吸をし、
カッと目を見開き、マイクを離して、叫ぶ。
「──リュカ姉ッ!!」
次の瞬間だった。
はたと辺り一帯の空が翳ったかと思い皆が視線を持ち上げると、そこに巨体があった。
竜。大きく翼を白亜の竜──竜化態のリュカが中空へと飛来してきたのだ。
「あれは……。リュカさん?」
「それに、背中に乗っているのは……サフレ君とマルタちゃんか」
「おぃおぃおぃっ、こんなの聞いてねぇぞ!? 一体どうなってやがる!?」
その背中には、サフレとマルタが。皆がワァッと混乱に陥る中、彼らを乗せたリュカは皆
を踏み潰さないように注意深く墓石の前──ジークのすぐ傍らに降り立つと、フゥ~と深く
息をつきながらその蒼い眼で面々を見渡しているようだった。
「ジーク、貴方……」
「どういうつもりだ? コーダスが生きているというのは、本当なのか!?」
ブルートバードの仲間達も、母や弟やその臣下たる者らも突然の事に慌てていた。
人々の悲鳴や忙しない駆け足、或いはこの場でもストロボを焚こうとする光や一部始終を
収めようとするレンズの視線がが五感に飛び込んでくる。
だが……そんな中にあっても、ジークは淡々としていた。ちらと慌てふためく参列者達を
一瞥すると、彼は不意に手にしていたマイクをひょいと隣のアルスに投げて寄越す。
「わわっ! に、兄さん……?」
「……アルス。リンさん、王宮の皆も」
そしてそのまま踵を返しつつ、肩越しに。
「──母さんのこと、宜しく頼む」
ジークはそんな言葉を残して白竜の背中に飛び乗り、そのまま一気に上空へと飛翔して
行ってしまう。
あっという間に、ジーク達の姿は遠くなった。
辛うじて最後までその詳細を捉えることができたのは、彼らに向けられた映像機のレンズ
だけだった。
するとジークはサフレとマルタをそれぞれに一瞥を寄越した後、竜の背の上に立ち六華の
一本を抜き放つと、ビシリと剣先をこちら側に突き付けて叫んでみせたのである。
「見てるか“楽園の眼”? 俺は……お前達を許さねぇ。この手で父さんを取り戻して、
てめぇらも全員ぶっ潰す! 首を洗って待ってやがれッ!」
それでも映像機の射程にも限界が来ていた。
時間の経過、飛翔の高さと共にジーク達の姿は遠く小さくなり、翻された竜の翼が一瞬視
界を隠すと、次の瞬間にはその姿は遠く遠く点のように空の中へと消えてしまう。
シノがアルスが、仲間達が、場にいた全ての人々が只々空を仰ぎ立ち尽くす。
そしてこれらの映像や写真を後に見ることとなる世界中の人々は大いに驚き、ただ唖然と
佇むしかなかった。
皇国を戦火に包んだ災いは去った。
だがこれで、全てが安寧とする訳では決して無いだろう。
セカイは、消して消しても立ち込める暗雲の中に揉まれている。
それはヒトという存在が故のものなのか、はたまた別な原因であるのかは判じ切れない。
しかし、人々に悪意と呼ばれるものどもは、確かに存在しているのだ。
──空に昇ってゆく届かぬ者らのように。善も悪も、求めればそれは等しく遥かに遠い。
それでもまた一つ、希求する者達は旅立ったのだった。
思いがけず残され、信頼と共に託された仲間達。
そんな彼らの唖然とした驚愕を、遠くセカイの一角に映して。
《皇国再燃 編:了》