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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-25.凶宴(うたげ)の先に在るもの
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25-(2) 解の出ない問い

「こちら北区画十七班。区内住民の救出行動、完了致しました」

「ん……。では隊伍を既定に戻して点呼を。突入に備えて待機しておけ」

 時間の経過と共に、救出活動いらいないようは順調に完遂へと向かっていた。

 城下内を分担させていた部下達が報告を上げてくる度、再び集まってくる彼らと一時沸い

ては襲い掛かって来た傀儡兵らの数が大きく反比例するのが分かる。

(……此方は、落ち着いたようだな)

 本隊に収まってゆく部下達を一瞥しつつ、セイオンはすっかり制圧の済んだ辺り一帯を静

かに見渡していた。

 一先ず、自分達の“仕事”は終わった。

 だが結末を見るに、必ずしも今在るこの光景は事前に共同軍が描いた「極力穏当な終結」

というシナリオとは言えない──むしろ程遠くなっているであろうと思う。

 犠牲は、避けられなかった。アズサ皇と“結社”達がそれを拒んだ。

 今目の前に在るのは、皆によって破壊された黒衣のオートマタらの残骸だけではない。

 皇国兵も共同軍も、そしてレジスタンスも。当初はあそこまで敵味方に分かれ、剣戟を交

わらせていた筈の両者も、今や強い脱力感と哀しさの中に立ち尽くし、或いは場に座り込ん

で文字通りに項垂れてしまっている。

 女皇の拒絶さえ……いや“結社”の脅迫さえなければ、これほどまでに無為な血は流れず

に済んだのだろうか。それとも、どだい戦とはこういうものだと割り切るべきなのか。

「──…………」

 そんな中に、彼はいた。

 サジ・キサラギ。反皇勢力レジスタンスのリーダーとして、この国の内乱に終止符を打つべく共同軍と

手を結んだ人物。

 しかし今の彼からは、そんな戦に明け暮れる将という面影は随分と色褪せてしまっている

ようにみえた。

 自身もあちこちに傷を負い、えものを投げ出してまで、彼はただじっと意識を失いぐったりと

している一人の女性をその胸の中に抱きかかえて蹲っていた。

 ユイ・キサラギ。サジの実の娘であり、皇国軍のいち将校でもある人物。

 だが今はかたきとの一騎打ちの末に破れ、受けたダメージの大きさが故に戦闘不能となって

“落ち”ていた。

 印導の槍スティグマランスに貫かれた右脇腹を中心に、消毒・治癒魔導に包帯と既に手当ては施されていた

が、それでも痛々しい印象は拭いようがない。

 そんな手負いのままで眠る娘に、サジはじっと寄り添い、跪いていたのだった。

『結局てめぇらは……母さんを、自分達の“言い訳”に使ってきただけじゃねぇか!!』

『伯母様、皆さん、お願いです。もう戦わないで下さい。この争いを……止めて下さい!』

『……救いたいんです。僕や兄さんには始めての土地でも、母さんにとってはずっと忘れる

ことのできなかった故郷なんです。ずっと自分を責めて、ずっと心配し続けてきた故郷なん

です。もう……知らなかったからと言って済ませたくない。だから……せめて僕は、母さん

もトナンの人達も、皆がこの苦しみから救い出せるよう、持てる全てを注ぎたい──』

 サジの脳裏に次々と、繰り返すように過ぎるのは、己が忠節を捧げた筈の者達の姿。

 主君の長子は二度目の再会の折、憤って自分に剣を向けてきた。

 曰く母の名を語って争い続けることが許せないと。自分達が掲げる忠節も、結局は争いの

一つに過ぎないのだと。

 主君もまた、願っていた。

 皇が誰であるかよりも、その国に暮らす人々が幸せでいられるなら、私は一人の母のまま

でも良かったと。玉座の主や取り巻きよりも、その下で生きる多くの領民達の幸せを……我

が主は願っていたのだ。

 加えて共同軍との作戦会議の折、弟君は導話越しに語られていた。

 どの御方も……同じだった。

 皇族という自分おのれのみぶんよりも、只々かの地に生きる人々の為に──。

 なのに自分達は、忠節を語って内乱の片割れとなって……加えて実の娘までをも敵に回す

選択を突き進んで……。いざ当人から剣を向けられるその時まで、己に“正義”があると、

正しいのだと信じ、疑うことを忘れてしまっていた。

 もう遅いのかもしれない。

 だが今なら……強く思うことができる。

 今こうして、手負いの眠りに就いているこの娘を腕の中に抱いていること。

 それ自体がまさに、これまでの聖戦せいぎに自惚れていた日々に下された罰なのではないのかと──。

「……私は」

 サジは弱々しく、途切れ気味に口を開いていた。

「私達は、間違っていたのでしょうか……」

 悔恨。或いは自罰的な感情。

 誰にともなく漏らされた言葉のようだったが、それでもそこに込められた嘆きを汲み取る

と、ちょうどすぐ傍にいたセイオンは部下達と共にそっと彼に振り向く。バークス、シャル

ロット、グラムベルの他の七星らも、この共闘者の嘆声を聞きつけ、そっと近付いて来るの

が見える。

「私は……こんな、つもりは……」

 四人の強き者らに囲まれ、見上げたサジの表情かお

 だがそこに、以前の反政府指導者としての断固たる気色はすっかり色を失っていた。

 在るのは色褪せて衰えようとする心の色。

 信じた正義・忠節が詮無いことだと突き付けられ、ただ一人の娘に憎まれながら槍を放た

なければならかった末路。それら全てが、今まさに彼を灰色に燃え尽かそうとしている。

「……“違う”も何もあるかよ」

 最初に応じたのはグラムベルだった。

 ガチャリと重鎧を纏った身体を揺らし、鎖鉄球を垂らした手斧の柄の中程をトントンと肩

に乗せながら、彼は嘆息を突き返すようにして言う。

「守りたいだの救いたいだの、それは守らない救わないことと裏表だろ? どっちの側に立

つのか。その時点で俺達は取捨選択をしてる。……そこでウジウジ悩んでるようじゃ、戦士

失格だぞ? 迷いっ放しじゃあ、守りたいものもろくに守れやしねぇよ」

「だけど……私はキサラギさんのように、悩んでくれるリーダーの方が好感が持てるわね。

己を信じて突き進むのも一つの姿ではあるけど、一緒にに悩んで闘ってくれるリーダーの方

がずっとヒトらしいじゃない?」

 グラムベルはあくまで傭兵──戦士としての覚悟を理由に眉を顰めていたが、その一方で

シャルロットは頬に片手を当てながら微笑み、慰める。

「……確かに“力”は争いの火種になるだろう。だがそれを鎮めるのも、また“力”である

ことに変わりはない。力なき者らのできぬことを、力ある者が臆してはならない筈だ」

 そんなやり取りをじっと眺めていたセイオンは淡々と。

 向けていた視線を僅かにサジ本人から仰向けのユイに落とし、彼は私情をぐっと押し込め

るように“持つ者の義務”を語る。

「ふふふ……。なぁに、大いに悩めば良いではないかキサラギ殿。……確かに、答えはすぐ

には出ぬかもしれん。しかし儂らのこの歩みが、未来の子らが為の礎と成るのであれば本望

であろうよ」

 更にバークスは、静かに笑い掛けながら──“仏”の異名に相応しい穏やかさでごちた。

 大矛を肩に担いで、サワサワと鳴る風の下に空を見上げる。セイオン達も、サジもつられ

てその視線を同じくした。

 吹き往く風は、血生臭さを少しずつ溶かそうとしているかのようだ。

 だがしかし、見上げた空の向こう──王宮上空には先刻から澱んだ紫の曇天が広がってお

り、否応なくあの場で何か不吉なことが起こっているのだと見る者に想像させる。

「……ふむ。随分ときな臭くなっとるのう」

「だな。親近感があるような……でもそれ以上に、不気味で嫌な予感がするぜ」

「あちらには“剣聖”がいる。そう易々とやられるとは考え難いが……」

「心配ね。シノ殿下や御子息達も一緒なのでしょう?」

 互いに口にせずとも、事前の作戦会議で知りえていたこと。

 もしかしなくとも、この異変は告紫斬華が解き放たれたが故のものではないのか。

 だとすれば、玉の間では今まさに最後の攻防が繰り広げられている筈……。

「儂らも加勢に往こう。此方もようやく片付いたことだしな」

 故に、場の面々の次なる行動は決まっていて。

 バークスが大矛を地面に立てて振り返ると、傘下の軍勢らは「応ッ!」と快諾と鬨の声を

上げる。

 ぼうっとユイを抱いたまま、この強き者らを見上げているサジ。

 そんな彼に、セイオンとシャルロットは振り向き、それぞれにそっと手を差し伸べた。

「さぁ、キサラギさん」

「行きましょう。……貴方自身の答えを、出す為にも」

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