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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-25.凶宴(うたげ)の先に在るもの
132/434

25-(1) 狂い咲く刃

 咆哮、二つ。

 次の瞬間、真っ先に飛び出していたのは二人分の影だった。

 一方は“結社”の使徒が一人・戦鬼ヴェルセーク──その試作体プロトタイプ

 一方は妖刀“告紫斬華”の力に呑まれ、正気を失ったアズサ皇。

 先ず、その両者の衝突があった。

 ヴェルセークは漆黒の装甲、その鋭く波打つ突起がマナの滾りと共に変質して巨大な鉈状

を形成した腕を突き出し、アズサ(いや斬華)はこの黒騎士を“獲物”だと認識したのか、

ニマリと狂気を宿した口元の弧と共に、マナの推進力な爆風を纏って突撃する。

「──チッ」

 次いで僅かな舌打ちをし、ジーヴァが地面を蹴った。

 激突し、互いの力で弾かれあった両者の中へと抉るように飛び込むと、彼は鈍色の剣撃を

斬華へと放つ。

 今度は彼と斬華の間で激しい火花が散り、鍔迫り合い。

 三人を囲んでいた、祭壇に続く通路を形作る壁は、彼らの放つ威力で徐々に圧迫され砕か

れメキメキッと押し広げられ始めていた。

 加えて、数拍だけよろめいたヴェルセークがすぐさま体勢を整え、再び咆哮と共に大鉈の

腕を振り下ろすと、三者は轟音と共に瓦礫や土埃の中に隠れてしまう。

「ッ!?」「……」

 ジークが、リオが中空を見上げ、目を細めた。

 ややあって最初に濛々とした土埃から弾き飛ばされていたのは、斬華アズサ

 次いで横倒しに剣を握ったジーヴァ、もう片方の腕も大鉈状に変えたヴェルセークがそれ

ぞれ飛び出し、跳び掛かり、ぐるんと中空で体勢を整え着地した斬華と再度激突。二対一の

構図で王の間の破壊に拍車を掛けつつ、ジーク達の横向かいを繰り返す剣戟と共に駆け抜け

てゆく。

「ど、どうなってんだ? 奴らが斬華と戦って、る……?」

「戦うというよりは鎮圧、だな。お前にも分かるだろう? 今姉者は斬華の力に呑まれてし

まっている。……暴走してしまっている状態だ」

 思わず目を瞬いてその場に立ち尽くすジークに、リオは唇を静かに結んで応えていた。

 一瞥を寄越してきたその眼を、すぐに段上にいる残りの使徒──フェニリアとルギスに向

けて彼は警戒を維持しながら続ける。

「奴らの目的が斬華でも、あんな状態では手にすることも叶うまい。先ずは力ずくでも斬華

を押さえ込み“宿主が消耗する”のを待っているのだろう」

「消、耗……」

 一言目の時点でジークは、ならこのまま連中が潰されればと思考を過ぎらせた。

 だが続いた彼の二言目によって、その考えが意味を成さないとすぐに悟る。

 生贄。奴らは悪びれもなく白状したように、アズサおばを斬華入手の為の踏み台にする気

なのだ。

 同じく聖浄器──六華を使ってきた自分なら分かる。

 自分でもいざ解放・発動する際の消耗度合いは相当なものなのだ。それを、おそらく六華

よりも強力──いや凶悪な代物を、彼女という武芸の素人が使っている。その力に呑まれて

使われてしまっている。

「……くっ!」

 理屈を飛び越えてやってくる、直感。

 このまま彼女を放置してしまえば……その生命いのちが危ない。

 だが、叔母を引っ張り出そうと思わず駆け出そうするジークの行く手を遮ったのは、再び

のフェニリアの炎だった。

 ゴウッと、襲い掛かってくる火の使い魔達。

 咄嗟に割って入ったリオによる太刀の一閃で初撃は免れたものの、ジークとリオは改めて

彼女の妖火の包囲網の中に抑え込まれる格好となる。

「──行っていいなんて、誰が言ったかしら?」

 小首を傾げてみせ、フェニリアが“あくまで上”であることを誇示して哂う。

 火の壁の向こう、柱の一つにもたれ掛かっていたリュウゼンも、掌に光球を浮かべながら

気だるく欠伸をしつつ、ちらと肩越しから二人に一瞥を遣っている。

「ア──……ア、ァァァァァーッ!!」

「……」

 その間も、アズサを乗っ取った告紫斬華の暴走は止まらない。

 何度目かの咆哮。血を求める叫び。だが宿主アズサ当人の身体は、既に重症の域だ。

 停戦を拒絶した直後ジーヴァに斬られ、胸元からざっくりと抉られた傷。

 その後、祭壇の下で六華を用いて磔にされていた間の四肢と両肩の傷。

 加えて今こうして斬華の力に呑まれ──無理やりにマナを、生命力を消耗させられている

が故に、時折口や傷口から漏れているのは吐血・流血。

 傍目からも、常人ならばとっくに事切れていてもおかしくなかった。

 それでも、斬華はまだ足りぬと叫んでいた。

 血塗れの宿主という贄を以ってもまだ、封印ねむらされていた間の渇きが満たせぬと咆えていた。

 鍔迫り合いで一旦弾き合い、後退って彼の者と向き合い直すジーヴァ。

 改めて正眼に剣を構え直すその表情には、淡々としながらも何故か“慶び”らしき気色が

入り混じっている。

 片手首を引いて刀身を傾け、ぐっと地面を踏み込み、もう一度斬華と切り結ぼうと──。

「オォォォォォッ!!」

 だがジーヴァが剣を薙ごうとしたその寸前、ヴェルセークが割って入るように横から飛び

込んで来ると床もろとも斬華を叩いた。

 咄嗟に急ブレーキ。目の前で立ち上る土埃と、そこから飛び出したかと思えばスマートさ

の欠片もない撃ち合いを始める両者。

 流石に、ジーヴァは眉根を寄せて不快感を示していた。

 この両者を割くようにもう一度地面を蹴り、鋭い一閃を振り下ろすと、叫ぶ。

「ルギス、この暴れ馬をもっと御せるようにしておけ! 戦闘力は申し分ない……が、これ

では肝心の任務遂行には向かんぞ!」

「ふぅむ……そのようだねェ。今回はいくら相手が“仇”だとはいえ、どうやら想定以上に

狂化霊装ヴェルセーク”が効いてしまっているようだァよ。これは一度制御式を組み直す必要があり

そうだねェ……」

 段上にいるままのルギスは、そう彼の言葉にやれやれとため息をついてみせていた。

 だがそれは、思い通りにならぬ苛立ちというより、造り出した者さくひんの挙動を興味深く見

遣っている研究者──いや、狂った親マッドサイエンティストの反応に近い。

 彼は腕の手甲型端末を操作し、改めて忙しなく無数の数式を走らせながら、遠巻きに彼ら

三者の剣戟模様を「観察」し続けている。

「ぬぅ……っ! こん、のぉっ!!」

 そんな様を、ジークとリオは炎の壁の向こう側から何度となく一瞥を寄越し、だが次の瞬

間には断続的に襲い掛かってくる火の使い魔らへの対応に追われていた。

 ジークはやはり、この魔導の輩に有効な剣撃を与えられず。

 一方でリオが、そんな甥をフォローしながら次々に湧いてくる使い魔らを捌き続ける。

 しかし今度はフェニリアも油断をみせなくなっていた。

 天井崩しおなじてはもう通用しないだろう。

 何より彼女とその使い魔らが、この剣聖が放つ業を警戒し、その準備動作を許さぬ連撃を

絶やそうとしなかったのだ。

「ジーク」

「だ、大丈夫だよっ。それよりも……」

 それでも、リオはこの使い魔らを次々に滅しながら、自身の背後で防御一辺倒になってい

るジークを気に留めてくれていた。

 ──申し訳ない。

 だからせめて、口だけはそう強気を装いつつ。

 焦りや悔しさで胸の中が綯い交ぜになる中、ジークはもう一度ジーヴァ達の方を見遣る。

「オ……アァァァァァーッ!!」

 いや、厳密に言えばジーヴァではない。斬華でもない。

 戦鬼ヴェルセーク。そう奴らが呼んでいたあの黒騎士だ。

 今も彼(で、いいのだろうか)は、何度も雄叫びを上げながら執拗に斬華を破ろうとして

いるかのように見える。

 振り下ろされるその大鉈の両腕が、斬華を握らされたままのアズサ皇を打ち倒そうと何度

となく鈍い轟音を上げている。

「くっ……」

 このままでは、彼女をみすみす見殺しにしてしまう。

 母が古傷と向き合う覚悟の下、必死に和解を望んだその相手を、失わせてしまう。

「……面倒臭ぇ。何でまだそうまでして抵抗しやがるかねぇ?」

 すると、そんなジークとリオを横目にしながらふと呟いてきたのは、リュウゼンだった。

「さっき剣聖も認めてたろうが。あのババアはもう長くもたねぇよ」

 だがその声は、あくまで気だるくて。

 ジーク達の心情などまるで理解していない、しようとしない姿を見せ付けるかのようで。

「斬華にマナを搾り取られて干乾びるか、ジーヴァやヴェルセークに殺られるか……。そも

そもてめぇにとっちゃ、あのババアは母親の仇だろうがよ。放っとけばあいつらが始末して

くれるんだぜ? 何を今更ジタバタする必要があんだよ……」

「うるせぇ! 大体てめぇらの所為で──」

 当然、ジークは怒り露わに声を荒げていた。

 加えてリオもまた、言葉こそ口に出さなかったものの、視線を向けてきたその瞳の奥に確

かな怒りの火を燃やしているのがみえる。

「都合が悪けりゃ全部結社わるものの所為、ねぇ……。まぁもう慣れたからいいけど」

 しかしリュウゼンはまるで意に介する様子はなく、再びの欠伸と共に視線を掌の光球へと

戻してしまっていた。

「……そうやって“俺達は何も悪くない”って信じ込むのが一番の悪だと思うんだがなぁ」

 散々人々みんなを虐殺してきた奴らが何を……。

 火の使い魔らに耐えつ返しつ、リオにフォローして貰いつつ。ジークは強い不快感を露わ

にして、そんな呟きを吐いてくる彼を肩越しに睨み付ける。

 だが──その一方で、彼の言葉でより引っ掛かるものは強くなった。

 それは違和感、とでも言うべきか。

 あの白髪剣士(確かジーヴァといったか)が白状していたように、奴らの狙いは斬華だ。

アズサ皇はあくまでその為の生贄ツールでしかない。そう語っていた筈だ。

 では何故、あの黒騎士はああまで執拗に彼女を殺そうとしているのだろう?

 聖浄器の消耗の大きさは自分も知る所だ。実際、このままでは彼女は消耗の末に帰らぬ人

となってしまう。凌いでおけば、自滅するのだ。

 なのに……何故?

 それが、先刻から戦鬼ヴェルセークを見て抱く違和感だった。

 まるで奴らの策謀以上に、彼という個人は強烈な“憎悪”が故に彼女を攻撃している。

 そのように、ジークには思えてならなくて──。

「──オ、アァ……ッ」

 異変があったのは、ちょうどそんな時だった。

 何度目とも知れなくなった、互いを弾き返しての後退り。そこから再び刃を構えて地を蹴

るジーヴァとヴェルセーク。

 だがこの時、対する斬華はスッと腰を落とし、刀身を引き寄せたのだ。

 そして起こったのは、どす黒いという域に達する紫のオーラ。

 それらが滾るように彼女やどぬしを巻き込んで溢れ、構えた斬華の刃に纏わり渦巻いてゆく。

「……!」

 そして放たれたのは、間違いなく必殺を意図した一撃だった。

 その動作に危険を感じたジーヴァは、逸早く突撃を休止。ブレーキを掛けた両脚のバネを

そのまま横っ飛びに繋げ、次の瞬間飛んできた紫紺の斬撃を大きく回避する。

 だが、一方のヴェルセークにそんな冷静な判断能力はなかった。

 斬撃は彼の寸前まで襲い掛かり、ようやく本能的に身を捩った時には、遅かった。

 フルフェイスの左頬と肩、そして鉈状の先端三分の一程が紫色の衝撃と共に激しく砕け、

その巨体と姿勢を大きく崩させる。

 土煙の塊が上がり、そして四散していった。

 先程よりは大人しくなったものの、斬華が纏う紫のオーラは依然其処にあり、側方からの

ジーヴァの凝視を受けている。

「ガッ、アァ……」

 だがしかし、ヴェルセークの狂気は止まってはいなかった。

 破損した左半身。そこから見える「人間」。

 ジークがリオが、炎の向こう側からそれぞれに驚いたように目を見開いていた。

 戦鬼ヴェルセークには──生身ほんたいがある。

「見たか、ジーク。あれが告紫斬華の特性だ。破滅の斬撃──癒える事のない傷を与える、

一種の呪いのようなものだ。治癒の魔導も薬も効かない。回復するには、傷を与えた当代の

使用者を殺すしかない」

「……」

 まさに魔性を屠ることに特化し、その目的の為に狂ったリスクすら背負う一振り。

 ジークは大きく目を見開いたまま、その瞳をぐらぐらと動揺で揺るがし、じっと押し黙っ

てしまっている。

「……ほう? 知っていたか」

「流石は散々嗅ぎ回っていただけのことはあるわねぇ」

「だけどもォ。どうやら我が“狂化霊装ヴェルセーク”の方が上手のようだねェ……」

 しかしジーヴァやフェニリアは、リオの事前調査に皮肉を紡ぐだけだった。

 加えて段上のルギスが、それまで傍観していた中でふとそんな事を口にする。

「? まさか……」

 次の瞬間、今度はリオが目を見開いて驚いていた。

 読み解いてきた文献の中では、確かに斬華は「癒えない斬撃」を放つ聖浄器だった筈だ。

 なのに、今まさにあの黒騎士は──その装甲が修復されようとしているではないか。

「ひっひっひっ。知っているのは君だけかと思っていたのかねェ? 斬華の能力ならこちら

も把握済みだァよ。それを織り込んでの、この自動修復機能オートリバースさァ!!」

 砕け破損した部位を補修するように、淡いマナを纏った漆黒の装甲がヴェルセークの受け

たダメージを復旧させていた。

 ややあって露出していた装甲は完全に塞がり直り、ヴェルセークは再び咆哮を上げる。

 切断された腕先の大鉈も、先程よりも一層巨大で禍々しい刃へと再構築され、ギラリと鈍

い煌きを返している。

「フェニリア、もう暫しそこの二人と遊んでやっていろ。……俺が、終わらせる」

 改めて、ジーヴァが剣を構えて地面を蹴った。ヴェルセークも両脚にぐぐっと力を込めて

跳び上がり、斬華──を握ったアズサ皇だった者へと襲い掛かろうとする。

「……ッ。姉者、ジーク!」

 そして再びジークとリオに向かって来るのは、火の使い魔らの雨霰。

 尚も立ち尽くしたままのジークへとリオは叫び、また剣を迎撃に振るわざるを得ない。

「……嘘、だろ?」

 だがしかし。そんな中、ジークはリオの呼び掛けにも応じられなかった。

「何でだよ? 何で、こんな所に」

 火が降って来る。その熱も爆音も分かっていた。 

 だけどあの黒騎士の素顔を目にした瞬間、そんな眼前の脅威すらも、彼にはサァッと意識

の遠くに往ってしまったかのようで。

「──父さん」

 今は亡き筈の、それも“憎悪”に染まり上がった鬼気たる父の顔を、ジークは確かにかの

鎧の下より目撃していて……。

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