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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-24.古の刃と虚ろいの楼閣
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24-(5) 七本目の狂気

 赤黒い光はアズサをすっぽりと覆い包むと速やかに肥大を続け、やがて弾けて周囲に土埃

を伴う衝撃波を撒き散らした。

 そんな強い風圧をまともに受け、倒され残っていた傀儡兵らと共に、ジークはまとめて弾

き出されるが如く乱暴に後方へと吹き飛ばされる。

 玉座中段のリオも「遅かった……」と言わんばかりに奥歯を噛み締めており、肩越しにこ

の祭壇のさまを見遣ったフェニリアの口元の弧とは対照さを示す。

「ぬ、っつぅ……」

 強かに玉座の段から転げ落ち、ジークは頭を抱えながらむくりと身体を起こした。

「ジーク、大丈夫か」

「ああ……。な、何ともねぇよ」

 だがそれよりも。

 ジークは声を掛けてくる側方のリオに生返事を寄越すも、その警戒の視線は既に前方奥の

祭壇へと向いていた。

「……ァ、ァア……」

 そこには、ひとりでに──いや、明らかに暗い魔導の力が作用し、中空に浮かぶ護皇六華

とその六振りに包囲されるように血塗れのアズサが在る。

 だがそんな彼女の意識は飛びかけ、口からは赤い筋を垂らしながら白目を剥いている。


『──お前は考えたことがあるか? “六華が六本でなければならなかった”その理由を』

 ジークは寒気を感じながら思い出してた。

 確かに路を拓こうとしていたあの時、リオは自分にそんな問いを投げ掛けてきた。

『理由って……。そりゃあ魔導具は基本、一個につき術一つなんだろ? 色々揃えようと思

えば、本数を増やすしかないんじゃ……?』

『それは技術的な面だろう。俺が言っているのはもっと根本的なことだ。何故六華はこの国

で、そして何故わざわざ六本一組の王器でなければならなかったのか』

『謂れまでは知らねぇよ……。さっきも言ったろ? 俺があれの正体を知ったのはごく最近

のことだって』

 思えば、あれは元より自分に答えさせる意図ではなかったのだろう。

 実際、自分が怪訝な横目を投げると、彼は一度小さく頷いて語り始めたのだから。

『だろうな。俺すらも、昔父上や将軍達から聞いた話やあちこちの文献を漁ってようやく確

かめたことだったからな』

『……。つまり、何が言いたいんだよ?』

『結論から言おう。六華は“表”の王器に過ぎなかったんだ。そして結社れんちゅうの狙いも、その隠

された“裏”側にこそあった──』

 皇族の身分を棄て放浪の旅の中にあっても、叔父は故郷までは見捨てられなかった。

 そしてやがて耳にした、アズサに忍び寄るけっしゃ

 彼は慌てて舞い戻るよりも先ず、その目的を知ろうとした。

 奴らの狙いさえ分かればいい。故郷をこれ以上権謀で荒らされなければいい。

 当時はまだそれだけを思っていたらしい。

『“告紫斬華こくしざんげ”──かの剣豪皇“剣帝シキ”が大戦の折、愛刀として振るっていた聖浄器の

一つだ。六華は、この斬華を封じ込める為の媒体も果たしていたんだ』

『封じる? 何でまた……? 確かにセージョーキってのは貴重な代物らしいが……』

『……聖浄器は特異な魔導具だ。それ自体が意思を持ち、使い手と共に魔性を狩る。その為

ならば、ヒトの倫理すらも時に超越してみせる』

 だが独自に調査を続ける中で、そのある意味での楽観視は打ち砕かれてしまった。

 シキ・スメラギ──先祖の振るった大刀、告紫斬華。

『剣帝シキは常に戦の中に愉悦を求めた戦闘狂だった。故に、彼が選び授けられた聖浄器も

また狂気を強く宿していた』

 その折、実際に確かめた訳ではない。

 だが大戦の後、斬華はその力を危険視され厳重に封じられたのだという。

 何せその対象が聖浄器なのだ。その力を押さえ込むには、同じく聖浄器が──それも六本

もの数を必要とした。それが表の王器・護皇六華の誕生だったのである。

『……ジーク。斬華を解放してはならない。あれは狂気の剣だ。解き放つことにすら生贄を

要求するほどに、血に飢えている妖刀なのだから』

『生贄って……まさか』

『ああ……。だから俺が何とか路を拓く。お前だけでも先に行け。何としても止めるんだ。

姉者を、何としてでも助けるんだ……!』

 彼が渾身の飛ぶ斬撃を放ち、フェニリアの頭上を穿ったのはそのすぐ後のことだった。

 てっきり狙いを外したかと思った彼女の、その落ちてくる瓦礫を焼き除ける隙を突いて、

剣聖はだんと地面を蹴り肉薄していったのである。

 こいつは俺が押さえ込む。早く姉者を!

 その叫びに、ジークは玉座の段を駆け上った。まるで火に油を注がれたような焦りが胸の

奥を焼く。

 何て事だ。つまり奴らの狙いは六華ではなく……。


「──アズサ皇おばさんは、端っからてめぇらの犠牲になる予定だった……!」

 もそっと立ち上がり、ジークは二刀を握り締めて呟いていた。

 だがジーヴァは、ルギスは、そして白目を剥いたアズサはその声には応えない。

 代わりに彼女の眼前で起こった変化は、濃い紫色。

 魔法陣の中央へ、六華からマナが逆流してゆき、やがて一振りの大刀を出現させる。

 間違いようもなかった。

 濃紫の刀身を持った聖浄器、退魔と狂気の一振り・告紫斬華。

 そして斬華は、まるで待ち侘びていたかのように重低音の唸りを響かせると、自身から漏

れる粘糸のような大量マナを、眼前のアズサに纏わり付かせてゆく。

「ォ……、オァァァァァーッ!!」

 叫び。いや咆哮。

 無理やり引き寄せられるように、斬華を握らされたアズサが、吼えた。

 もうその眼には当人たる正気は無い。

 替わって光る双眸の色は金色。その身は今まさに、斬華に乗っ取られたことを示す。

「……そうだが? 元よりにえだ。封印を解くにはシキの血筋が必要だったからな」

 そんなアズサを眺めてから、ジーヴァは肩越しに振り向くと「それがどうした?」と肯定

の言葉を紡いでいた。

 ようやく。いや、彼女の命やこの国の人々の苦しみを何だと……。

 ジークは今にも彼へ飛び掛りそうな程に、自分の中で怒りの炎が燃え上がるのを感じた。

 本当に“結社こいつら”は、目的の為ならどんな犠牲も厭わない──。

「別にこの国自体はどうでも良い。私はずっと、ただ“彼”との再戦を望んできた」

 再び視線を祭壇、アズサと斬華へとジーヴァは戻す。

 気のせいだったのだろうか。

 ジークにはその時、彼のその横顔がまるで救いを得かけているかのような……。

「……。それだけだ」

 しかしそんな疑問は今、瑣末だった。

 鈍色の剣を持ち上げ水平上段に、彼はたっぷりの間合いを置いて斬華くるったアズサ

と対峙する。

 それを見てフェニリアは炎の渦と共に空間転移し、彼の傍へ。空間結界の中にいたフェイ

アンら三人や柱に背を預けたままのリュウゼンも、それぞれに不敵な笑みを浮かべて視線を

向けてきている。

「イッツア・ショータイム、だろうかネェ? 出番だ。来い、戦鬼ヴェルセーク!!」

 更に祭壇側にいたルギスも電流らしきものを伴った空間転移でフェニリアの横に移動し、

ひっひっと引き攣った笑いで肩を震わせると、そう叫んでパチンと指を鳴らす。

「──……!」

 するとジーヴァの隣、その床に魔法陣が展開し、そこからどす黒い鎧騎士の巨躯がせり上

がってくる。

 思わずジークは目を更に丸くした。

 まだ連中にこんな仲間がいたのか……。最初はそんな印象で。

「ォ……」

 そうしていると、この鎧騎士──ヴェルセークはふとフルフェイスの顔を上げ、じっと前

方を見ていた。当然ながら、そこに居るのは斬華を握らされたアズサ皇の姿。

「ヴ、オォォォォォーッ!!」

 またしてもの、咆哮だった。この黒い騎士もまた狂気の徒であるとみえる。

 するとルギスは、まるでこの反応を予見していたかのように笑い、左腕のガントレットが

映し出す端末画面とそこに走ってゆく無数の数値の流れに目を遣り始める。

「さて。回収しあげだ」

 自分とヴェルセークを先頭に、ジーヴァはそう静かに言った。

 共同軍対“結社”ではなく、これは“結社”対斬華ではないのか?

 端っからひょうてきではない。そう背中で語られているかのようで、ジークは後ろから駆け寄って

くるリオの気配を感じながら悔しさを思う。

「……一体、何がどうなってやがる……」

 だがそんなジークの苛立ちと焦りも、また歯牙に掛けられることはなく。

 凶宴うたげは、今まさに最悪の頂クライマックスを迎えた。

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