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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-3.ルーキー達の学び舎
13/434

3-(3) 主席と次席

「なるほど。大体の事情は分かりました。入学早々、騒がしいイベントでしたね」

 学院長室に連行されたアルスとシンシアは、デスクに陣取ったミレーユの前で事情説明を

求められていた。

「す、すみませんでした……」

「申し訳、ありませんですわ……」

 両肘をついて手を組み、ちらりと微笑の隙間から二人を覗き見る確かな威厳。

 アルスもシンシアも、その静かな緊張感の下、ただ頭を深々と下げることしかできない。

「全く……前代未聞です。入学式当日に主席と次席が私闘など」

 その様をミレーユの傍らでエマが厳しい眼差しに見遣っていた。

 くいっと眼鏡のブリッジを押さえ、憤りを嘆息に込めて言う。

「次席? えっと、もしかしてシンシアさんがですか?」

「ええそうです。シンシア・エイルフィードは貴方の次に高い成績を収めています」

「……というより、あの場でカルヴィンが話したではありませんか」

「でもその点差の間に誰か他に食い込んでたかもしれないじゃん。ね~、アルス?」

「むきぃ~! そんな事あり得ませんわ、私を差し置いてこれ以上……!」

「お、落ち着いて下さいよ……。エトナも、火に油を注ぐようなこと言わないでってば」

 だが相変わらずシンシアとエトナの相性の悪さは健在のようだった。

 故意にそう言ってみせるエトナに、シンシアはくわっと声を荒げて食ってかかる。この場

がお説教の場であることも理由だったが、アルスは慌てて両者を治めようとする。

「とにかく。厳正な処分が必要です。……学院長、ご決断を」

 それらを結果的に鎮めたのは、コホンとわざとらしく強い音で咳払いをしたエマだった。

 まるで条件反射のように姿勢を正し直すアルス達。

 エマは小さくため息をついてから、その厳しい眼差しで面々を見渡し、そうミレーユに訴

えかける。

「そうねぇ……。でもまぁ、今回は別にいいんじゃない?」

 だがこの学院長は彼女とは対照的に、朗らかに微笑んでいた。

「な、何を仰っているのですか。これだけの騒ぎを起こしたのですよ? 何も処分を下さな

いとなれば学院としての面目が……」

 当然ながら、エマは驚いていた。

 元よりマイペース、底の知れない上司ではあったが、流石に今回はすぐに承諾はできずに

彼女は食い下がろうとする。

「ユーディ先生。学院の面目と生徒達、どちらが大切ですか? 規律を正す事は確かに必要

です。ですがそれによって入学早々生徒達を陰鬱にさせてしまうのは、教育者として如何な

ものかと思いますよ。……いいではないですか。幸い、物的損害程度で済んだのです。大事

なことは、もっと別な筈でしょう?」

「……それが学院長判断であるのなら。私どもは、従うまでです」

 しかしミレーユは変わらず鷹揚としていた。

 その彼女の判断に、本心では不服のように見えたが、エマは渋々と了解を示す。

「ですが、今後このような私闘を起こされては困ります。当学院内には演習場アリーナもあります。

事前に事務局に申請し、許可が下りれば、講義以外でも利用が可能です。もし貴方達が互い

の実力を図りたいというのなら、そうした模擬戦で以って行いなさい。……分かりましたね?」

「は、はい」

「……承知致しましたわ」

 そして実際的な処分は下されることなく、二人には厳重注意という態で。

 アルスとシンシアは、エマのその言葉に改めて姿勢を正して頷き、応える。


(──何だか、釈然としませんわ)

 それから暫くの時間が経ち、シンシアはキャンパスの一角に居た。滑らかな質感の石材で

造られたベンチの一つに腰掛け、むすっと無言の不機嫌顔を浮かべている。

 入学式が終われば、所属ラボを決める為の見学が始まる。

 だがこんな事になった(起こした)手前、少なくとも今日はとてもではないがそんな気分

ではなかった。実際、時折近くを通り掛かる学生がこちらを見遣っていた。傍に控えさせた

キースが眼を光らせている事もあり、特に絡まれたりといった事態は起きていないが。

「いつまでむくれてるんです? 厳重注意で済んだだけでも儲けものでしょうに」

「うるさいわね。黙ってて」

 気だるげに口を挟んできた従者に短くそう言い返して、息を一つ。足を組み替える。

 こうもムシャクシャ──いや、モヤモヤとするのは何も足元を見られ、敢えて寛大な処分

で事が済まされたからではない。

(……アルス・レノヴィン)

 そう。今脳裏にあるのは、あの自分から主席の座を掻っ攫っていった少年である。

 実際に魔導を撃ち合い、その実力はある程度量ることはできたと思う。自分とは対照的と

でもいうべきか、パワーで押し切るよりも技巧でその場の局面に対応するタイプと見える。

 悔しいが、確かに主席に収まるだけの力は持っているようだった。

 だが……何よりも鼻につくのは、あの態度だ。

 状況的に彼は「正当防衛」を主張できた側だった。なのに学院長らに説教を受けていた時

も、彼は一貫してそんなことを話さなかったのである。ただ私闘を演じたことを侘び、頭を

下げていた。自身を正当化しようとは微塵もしなかったのだ。

 ──同情? ふざけないで。

 シンシアはギリッと奥歯を食い縛っていた。

 主席の座を掻っ攫い、自分の攻撃もしのぎ切り、加えてあくまで「優等生」であろうとす

るその姿。

 屈辱だった。まるで……あたかも自分が全て悪いと言われているような気がして。

「……」

 確かに、客観的に見ても自分が勝負を仕掛けたのは事実ではある。

 それ自体を恨んでも仕方ないことは流石に分かっている。だがやはり釈然としない。決着

だってついて──いや、あのままなら撃ち勝っていた。あのルソナの女や野蛮剣士の邪魔さ

え入っていなければ自分の方が強いのだと示せていたのに。

「待たせたの」

「おいっす。どうでした、庭園げんばの方は?」

 そうしていると、先刻から別行動を取っていたゲドが戻って来た。

 キースが軽く手を挙げつつ訊ねると、彼は巨躯を揺らして大らかに笑う。

「私が着いた折には元通りになっておったよ。流石は魔導師の学校だの。ああも綺麗に草花

を咲かせ直すとは」

「そりゃそうでしょう。いくらお咎めなしとはいえ、お嬢が魔導をぶっ放して暴れた事実は

消えない訳ですし。早い段階で後始末をするのは何も不思議な事じゃない」

「ちょっと待ちなさい。魔導を撃ったのはアルス・レノヴィンも同じでしょう? 何をこっ

そり私一人のせいにしようと……」

「しかし仕掛けたのは我らが先だぞ?」

「うっ……」

「ガハハ! 反論できませぬなぁ」

 従者二人や、加えて自身の持ち霊にすらそう突っ込まれて、シンシアはぐうの音も出ずに

黙り込むしかなかった。

 何だかこれもこれで屈辱だわ。

 むすっとふくれっ面をしたまま、彼女は釈然としないモヤモヤを抱えつつも立ち上がる。

「と、とにかく今日の所は帰りますわよ! この汚れた服も替えなければ……」

 そして半ばムキになって言いながら踵を返し、建物の曲がり角に差しかかろうとした。

 ちょうど、そんな時だった。

「──待っててくれたの、兄さん?」

「ッ!?」

 ふと進行方向から聞こえてきたのは、アルスの声。

 シンシアは殆ど反射的に目を開いて立ち止まり、サッと身を返してその物陰に隠れる。

「どうかなされたか? シンシア様」

「……? あ~、鉢合わせっすね」

 次いでゲドとキースの二人も、彼女に追いつくと各々の反応を示して同じく物陰へ。

「もう……。ゴタゴタするだろうし、先に帰っててって言ったのに」

「あぁ。団長とリンさんには帰って貰ったよ。でもお前を一人放って帰ったままって訳にも

いかねぇだろ」

 シンシア達三人が物陰から覗いた先には、向かい合って立つレノヴィン兄弟の姿。

 どうやら兄が弟のやって来るのを待っていたらしい。穏やかに苦笑しながら見上げてくる

アルスに、ジークは気だるい感じを保ちつつも応えながら、そう手にした何かを差し出す。

 それは畳まれた服らしかった。

 一瞬、目を瞬くアルスにジークは口を閉じたまま小さなため息をつくと、

「あれから一回部屋に戻ってお前の服、取って来た。そのままのボロくなった格好で街中を

歩かせるのもなんだろ?」

「あ……。うんっ、ありがとう」

 満面の笑みでそれを受け取る弟の姿を、逸らし気味の視線の中に捉えている。

「良き兄弟のようだな」

「そうっすね。あの時のキレ具合もこれで納得できます」

「……遠回しに私を批難してないかしら?」

「はは。気のせいっすよ」「……」

 微笑ましく、それでいてこちらも主従が主従なのか怪しいやり取りを。

 シンシア達は暫しその場を彼らの様子を窺っている。

「で? お前はさっきまで何してたんだよ? ラボ見学か?」

「はは……まさか。こんな事になったすぐ後に見学しようにも、周りの目があるもん」

「私は別にいいじゃんって言ったんだけどね~。非があるのはあの金髪女の方でしょ?」

 傍らで尚もむくれているエトナを穏やかに宥めつつ、アルスは苦笑していた。

 兄の質問に、少しばかり恥ずかしそうな戸惑いを見せつつも答える。

「えっとね。庭園を直してたんだ」

「庭園って……あのタカビー女が喧嘩売ってきた所か?」

「うん。僕達が魔導を撃ち合ったせいで、草木が皆ボロボロに荒れちゃったから……。あそ

こは他の精霊達みんなも気に入ってるみたいだったし、早く元通りにしてあげたいなって思って」

「何せ私は樹木の精霊だからね~。植物みんなを元気にするのは大得意だよ」

 穏やかに笑いながら言うアルスと、その中空でそう胸を張るエトナ。

 だが、対するジークはその返答を聞くや否やあからさまに大きな嘆息をつくと、掌でそっ

と自身の顔を覆っていた。

「あのなぁ……。そういう後始末は加害側がやるもんだろ。お前らがやってどーすんだよ」

「でも、僕だって魔導を撃ち返したんだし……」

「だからさ~お前はお人好し過ぎるんだっての。あの後、野次馬をとっ捕まえて聞いたが、

何でもあの女、お前に主席を取られたからって喧嘩を売ってきたらしいじゃねぇか。逆恨み

もいいところだぜ? そんな相手にそこまで情をかけてんなって」

「あはは。その点は私もジークに賛成だね」

「う~ん……。でもそれって、多分表面的な理由なように思うんだよね……」

「あん?」「表面って……?」

 それでもアルスの態度はあくまでのんびり穏やか、マイペースだった。

 彼が口にするその言葉。ジーク、そしてエトナも頭に疑問符を浮かべてその思案顔を見遣

ってくる。二人に迫るように見られたからなのか、アルスは少々もじもじと恥ずかしそうに

しながらも、

「うん……。えっとね? これは僕の推測、なんだけど」

 ゆっくりと自身の思考を整理するようにしながら、口を開き始める。

「あの人──シンシアさんには、もっと深い理由がある気がするんだよ。戦っている途中で

精霊達みんながこそこそ伝えてきてくれたのもあるんだけど、何ていうのかな……彼女

の魔導からは、何だろう。必死さ……みたいなものを感じたんだ。すごく真っ直ぐで、だけ

ど迷いも一緒に吹き飛ばそうとしているみたいな。辛そう、とも言い換えられるのかもしれ

ないけど……。だから僕は、躊躇ってた。このまま本当に戦って、ただ打ち負かし合うだけ

でいいのかなって……」

 訥々としたアルスのその紡いでゆく言葉。

 それを、当のシンシアはじっと聞いていた。いやもっと言えば射抜かれたように硬直して

いたと表現する方が正確だっただろう。

 その様子にはたと気付き、従者二人が声を掛けてみようとするが、彼女は上の空だった。

 それはジークやエトナも少なからず似た反応であり、眉間に皺を寄せたり、あの一戦での

記憶を辿ったりして耳を傾けている。

「だからね。この件が落ち着いたらシンシアさんに謝ろうと思う。……多分、あの時のそう

いった躊躇いも、彼女には侮辱と取られたかもしれないから」

 アルスはフッと苦笑していた。

 エトナだけではない。その周りにはふよふよと何時の間にか精霊達が集まっていた。

 穏やかな表情かおで彼らをそっと掌で迎えながらも、アルスは静かに自分の中の心苦

しさを呑み込もうとしている。

「……やっぱお前、筋金入りのお人好しだわ。自分に剣を向けてきた奴に情をかけ過ぎだっ

つーの」

「そうかなぁ? というか、剣を向けていたのはむしろ兄さんじゃ……」

「ぬぅ。そ、それは言葉の綾って奴で……あ~、もういい! 分かったよ! お前が怒って

ないならそれでいいよもう……。ほら帰るぞ? 団長達も心配してたんだぜ?」

「う、うん……」

 そんな弟のマイペースぶりにジークは頭を抱えたが、結局それ以上追求しない事にしたよ

うだった。ぽやっと小首を傾げるアルスに半分やけくそ気味なると、彼はくると踵を返して

正門のある方向へと歩き始める。

 くすくすと笑うエトナと、その眼下で頭に疑問符を浮かべているアルス。

 そんな先を行こうとする彼の後を、二人はとてとてとついてゆく。

「……良かったっすね。相手が寛大で」

「少々掛け違いがあるようにも思えるが……。ふふ、面白い者だの」

 そしてキースとゲドはそんな彼らを物陰から見つめつつ、静かに微笑ましく呟いていた。

「……ふん」

 しかし、ただ一人シンシアだけはその微笑ましさの波には乗らなかった。

 やや俯き加減になった前髪に表情を隠し、短く鼻で哂うようにすると、二人を余所に立ち

上がりジーク達とは逆方向へと踵を返す。

「興が削げましたわ。帰りますわよ。ゲド、キース」

 数拍、従者二人はその反応に呆気に取られていた。

 だがそれも束の間。彼らは互いに顔を見合わせると、

「うい~っす」「承知した」

 彼女に気付かれぬようニカッと笑い合い、いそいそとその後に従ってゆく。

(全く……。何なんですのよ……)

 お嬢と従者達と兄弟と。

 二手に分かれた両者はそれぞれに帰宅の路に就いていった。

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