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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-24.古の刃と虚ろいの楼閣
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24-(4) 儀式が始まる

「────ッ!?」

 酷く乱暴に意識を揺さぶられるかのように、高速で遠ざかってゆく記憶の頁を前にして、

ハッと目を覚ましたアズサは力んだそのままに目を見開いていた。

 一体何が……?

 嗚呼、そうだ。確かあの直後、振り向いたジーヴァにいきなり斬り捨てられて……。

 だがそんな数拍の記憶の再生も、すぐに身体の内外を掻き回す熱さと断続的な剣戟の音が

遮ってくる。

「こんっ……のぉッ!!」

 すると声が聞こえてきた。間違いない、レノヴィンの声だ。

 その時ジークは、先んじて段上を駆け上がり玉座の横を通り過ぎると、開かれた隠し祭壇

へ突入しようとしていた。

 だがそんな追い縋る抵抗も、その入り口付近で剣を片手に下げて佇んでいたジーヴァ──

いや、その背後寸前で新たに出現した傀儡兵の一個中隊によって、無慈悲にも払い除けられ

るかの如き対応を受けてしまう。

 しかし、そんな必死に二刀を振るいこの妨害者を突破しようとするジークの姿を、アズサ

は目にすることができないでいた。

「ぐっ……、がッ!?」

 理由は実にシンプル──動けなかったのだ。

 目を覚ました時の体勢は、床にどうっと背中を預けた仰向け。

 その状態で、アズサはまるでその場に磔にされたかのように身を、腕一つを満足に動かす

ことができないでいたのだ。

 いや……まるで、ではない。

 恐る恐ると、視線だけを横に向けてみる。

 するとどうだろう。次の瞬間、アズサの目には確かに実際物理的に自分の両手足・両肩を

磔にして突き立てられている刀剣──護皇六華が映ったのである。

 そして自分の真下、床に描かれているのは……自分の血で描かれたらしい魔法陣か。

 加えて実際に目にして意識に上ったからか、やや遅れて身体中で悲鳴を上げたのは我が身

を刺し抜く熱を帯びた激痛。

 アズサは思わず口から血を吐き、くぐもりながらも悲痛な叫びを天井へと放っていた。

「姉者!」

 その叫びに逸早く応えたのは、玉座の中段にいたリオだった。

 彼は最初の立ち位置をフェニリアと入れ替え、その近距離へ迫り、剣状の炎を握る彼女と

鍔迫り合いを繰り広げていた。更にそんな二人の足元には、何処かが大きく崩れ落ちた跡ら

しい無数の瓦礫が転がっている。

「姉者、早くそこから逃げてくれッ! 早く……ッ、姉様!!」

(……!? リ、オ……?)

 この妖火の魔導師を食い止めなければ。だがそれ以上にじぶんを呼ぶ弟の叫び。

 アズサは喉に絡まる血で言葉にすることこそできなかったが、不意に彼が必死さの中で発

したその呼び名に、思わずはたと胸を打たれる思いがした。

 姉様。自分にもアカネにも、分け隔てなく親愛を注ぎ笑ってくれたあの頃の──。

「お篤い所悪いのだがねェ? そろそろ、準備は整ったのだよォ」

 だが、不意に近くまで戻ってきたように感じられたかつての日々は、他ならぬ“結社”ら

の手によって妨げられた。

 アズサのすぐ傍で、ヒッヒッと小気味悪い引き笑いがする。

 そして直後、彼女の顔を覗き込むように身を乗り出してきたのは、褪せた金髪を撫で付け

た白衣眼鏡の痩せ男──使徒の一人“博士”ルギス。

 その左腕にはガントレット型の端末が装備されており、今も何やら複雑な計算を走らせて

いる。加えて右の掌の中で転がされていたものに、アズサは少なからず目を見開いた。

 指輪だ。王冠代わりの皇の指輪。

 妹から王位をもぎ取ったあの蜂起の際、その指から抜き取った代物……。

「予想していた以上に封印ロックは厳重だったがねェ。しかァし! 私の手の掛かればこの通りッ」

 そして彼ののたまう通り、その指輪には平素とは違った変化が起きていた。

 周りに浮かび上がり、環を形成する何やらルーンを纏った紫色の光。

 この男も(状況からして間違いなくジーヴァの仲間なのだろうが)この指輪も、語りこそ

しなかったが、アズサには自然とそれが“開封済み”な状態あると知れた。

『──がぁっ!』

「ッ!? アルス、母さん、皆!」

 そんな兆しを見せ付けられたのと、王の間中空に浮かぶ映像ビジョンの中から重なる悲鳴が響いて

きたのは、ほぼ時を同じくした頃だった。

 映像──空間結界の中。

 一度はアルスを中心に一斉に反転攻勢に出た共同軍らだったが、その結集した力ですらも

使徒らには及ばす、今や逆に、状況は本気を出した彼らの反撃により壊滅の三歩手前。

 強力無比なそれら威力ズタボロにされ、多数の血みどろの犠牲者を踏みのけて、禍々しい

姿を纏う三人は共同軍の崩された残り一層の陣形へと迫ろうとしている。

 アルスやセドらが、残った兵力が何とか寄り集まってシノを護ろうと苦痛を抱えながらも

息を荒げている。

 ジークは目の前の傀儡兵じゃまもの達を二刀で薙ぎ倒しつつも、思わず肩越しに振り返り叫んでいた。

そしてその隙を彼らに狙われ、また一進一退が再開される。

 リオもまた、深く眉間に皺を寄せてシノの名を呟いていたが、こちらも同じくフェニリアと

の鍔迫り合いに終わりが見えず、黒刃と炎剣が激しく火花を散らし続けている。

「……邪魔立てをするな。“久しぶりの再会”でもあるのに」

 ジークを遮る傀儡兵らの向こうで、ジーヴァが背を向けたままぽつりと呟いていた。

 手には鈍色の長剣。半ば無意識に彼が握り直したその力の込め方に、刀身はギラリと光を

反射して応えるかのようだ。

「ルギス、始めろ。こちらは準備できている」

「うむ。了解したのだァね」

 そして彼に促され、向かい合うルギスが指輪を掴んだ手をアズサの頭上の伸ばし、何やら

魔導の詠唱を開始する。

 どす黒く輝きを放ち始めたのは、そんな彼女を囲む血で描かれた魔法陣。

 リオが何事かを叫んでいる。

 だがもう、すぐ真下で巨大な力が湧き上がり出したアズサにはその声は届くことがなく。

「さぁ。儀式を始めよウ」

 ルギスの手からパッと指輪が離れた。

 重力に従い、その開封された代物かぎは真っ直ぐにアズサの胸元に落ち、

「──ガァッ……!?」

 瞬間、魔法陣とアズサの全身が、より強く禍々しい赤黒の奔流に包まれた。

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