24-(3) 走馬灯
私には、双子の妹と一回りほど歳の離れた弟がいる。
名を妹の方はアカネ、弟の方はリオという。
一卵性双生児である私と妹は、顔立ちこそ似ていたが自身でも周囲の噂話からでも、その
内面は対照的であったとの思いが今も強い。弟に至っては……成長すると共に捻てしまい、
気付いた頃には居場所も何を考えているのかも、よく分からなくなってしまった。
だからこそと言うべきだったのか、或いは妹弟らがそうでなくとも同じだったのか。
私は幼い頃よりみっちりと家庭教師から、そして自身の自学自習で以って勉学に励んだ。
それは私が長子──ことこの女傑族の国という環境からも、女性が文官的地位を先んじて
有する気風が強かったのだ──だから、という点に尽きる。
行く行くは次の皇としてこの国を治める方になるだろう。……そんな周囲の大人達の算段
は、私の幼い頃から既に始まっていたのだから。
私は、当時から勤勉で通していた。
何も周囲の期待に応えたいという思いではない。学べば学ぶほど、この国が抱える腐敗を
知ってしまったからだ。……変えなければならないと強く思った。私なら、やれる。やって
みせるとの思いが歳月共に強くなっていた。
その為には、能力ある臣下が付いてくれる必要がある。
その為には、自分もまた能力を発揮し、確かな実績を残し続けていかなければならない。
努力は、怠らなかった筈だ。事実、相応しい評価と次なる皇としての期待の眼も注がれて
いた。なのに──。
『跡継ぎは、アカネとしようと思う』
ある日父は、王の間に主だった諸侯らを集めてそう宣言した。勿論、母や私達姉弟も出席
させてのことだ。
その時の私がそうであったように、少なからぬ面々が当惑していたのを今でもはっきりと
覚えている。漏れるざわめきの中に「何故アズサ様ではないんだ?」といった趣旨の言葉が
雑じっていたのも脳裏にこびり付いており、未だに折に触れては私の胸中を掻きむしる。
『……誰かのみが皇となる、ただ一人でなければならないという慣例は棄てよ。国という大
きな家族も、一人では成り立たん。互いに手を取り合うを第一とするのだ。よいな?』
戸惑いつつも、玉座の皇夫妻に跪き従順の意を。
私達姉弟三人は、玉座横に設けられた席でそんな様を見つめていた。
ちらと私は、それとなく目を遣ってみる。
指名された当人たるアズサは、目こそパチクリと瞬き驚いていたが、その重大さを本当に
呑み込めているかは怪しい──ある意味いつものマイペースなお花畑状態。
他方リオは、この頃既に武芸者としての修行に入っていたこともあり、顔つきは実年齢以
上に精悍なものに成長していた。ただその代償か、昔のように無邪気な笑顔はその静かな表
情の奥に押し込まれ、今はただ発表される宣旨──父の横顔をじっと見つめている。
『ま、待って下さい父上。何故、アカネなのですか? 学問なら私が』
『うむ。よく存じているぞ。だからこそ、お前にはアカネの補佐役をやって貰いたい』
『……補、佐?』
どうせこの場で追求する気概のある臣下はいないだろう。私は、二人をそう見遣ってすぐ
席から立ち上がり父に問うた。
すると返ってきたのは、そんな思いも寄らぬ……綺麗事で。
私が眉根を寄せるのを数拍見つめてから、父は私達姉弟に向かって言った。
『名目上、皇はアカネとする。確かにお前のように勉強ができるとは、言えんかもしれん。
だがこの子は優しい娘だ……民が信頼を寄せるに充分な皇となろう。アズサ、リオ。故にお
前達には文官・武官の長としてそれぞれこの子を支えてやって欲しいのだ。二人とも、各々
の得手にはきっと優秀な手腕を発揮してくれよう?』
『……。私は構いませんが、そうなるとアカネ姉様の世継ぎはどうしますか』
『うむ……。まだ構想の段階だが、見合いを何度か設けて婿を決めておこうと思っている。
勿論、アカネ自身に好きな男ができればまた話も変わってこようがの』
父がつらつらっとそんな“三頭政治”な構想を答え、一方でリオはその意向に従う意思を
示していた。
再び諸侯らがざわつく。今度は……間違いなく淀んだ喜々を交わらせて。
つまり妹の婿を決める段階での権力ゲーム、そこで子息を婿にすることができれば、今後
の権力基盤は磐石なものとなるであろうと、各々が算段を巡らせていたのだった。
母が(現在の国家元首であるにも拘わらず)この席で反対表明をしなかった理由はここに
あった訳だ。
娘がより良家の子息と結ばれるなら本望ですわ──。大方、そんな判断があったのだろう。
……或いは、単に勉強に勤しみ風流を疎む自分より、愛嬌があり自分に懐いてくれる妹の方
が可愛かっただけなのか。
『よいな、皆の者?』
それぞれの諸侯の思惑を乗せて。自分達姉弟の思いを遠巻きにして。父は再度念を押すよ
うに皆を見渡して言った。ざわめきは静まり、今度こそ「御意」の大合唱が王の間にこだま
する。父は安堵と苦笑を混じらせて頷き、母は「よきに計らえや」と言わんばかりに悠々と
微笑んでいる。
……だが、結論から言おう。
元を辿れば、この日が権力争いの始まりだったのだ。
その水面下の駆け引きは、数年後、両親が病で逝ってしまった直後から少しずつ露わに、
激しくなっていった。
一方は両親──先皇の遺志を護り、迎えた婿とアカネの新国王夫妻を支えるべきだと主張
し、ひいてはその下での“甘い汁”を目論む者。
もう一方は私、長子アズサこそ正統で有能な血脈だとし、王位譲渡を主張する勢力。
当時私もこの争いに終止符を打つべく動いていたこともあったが、間違いなくこの頃から
既に国内は私と妹、両派閥に割れていたであろうと思う。
そしてそんな世の動きは、リオが突然皇族の身分(爵位)を統務院へと返上申請し、受理
された──王宮から出て行ってしまったことでより鮮明になった。
後々耳にしていった話なのだが、弟は辟易していたのだそうだ。
姉らのどちらが皇になるのか、そんな瑣末なことで国が争いの中に陥る。しかし武人とし
ての日々を過ごしてきた自分には、武芸はあっても政治的な力はなく、絶望したのだと。
まさか、二十年先にああなるとは予想外だったが、少なくとも当時の私にはまだポジティ
ブな材料だったと言える。
当時から弟の剣技は相当のものだった。
万が一私達が蜂起したあの時、彼がアカネ側に残り付いていたとしたら……受けた損害は
十中八九、両手足の指で数えても収まり切らなかった筈だ。
『──……』
時勢、戦況があの日私に味方した。正義は、私にあると信じることができた。
最期まで姉の名を呼ぼうとして息絶えた妹を見下ろしながら、私は硝煙の上ってゆく拳銃
を片手に、暫くこの死しても寄り添って倒れる国王(いや、もう前国王か)夫妻を眺めた。
『……ッ』
不意に胸の奥が不快でざわめき、足蹴りでシュウエイを妹から引き離していた。
感情的だなとは思った。だが多分今までもずっと思っていたのだろう。
愚妹とはいえ、ただ由緒ある家柄というだけでその傍に立つことを許された優男。
正直私には、まるで半身を寝取られたかのような、気味悪い感覚が拭えなかったのだ。
『私は、貴女達を越えてゆくの。……邪魔しないで』
炎が、紅く紅く燃え盛っていた。
やがてこの因習がこびり付いた王宮は焼け落ちるだろう。となると、やはり最初にすべき
工事は一時的な仮屋としても執務スペースの再建からだろうか。
蜂起の同志らが口々に勝鬨を上げている。
しかし私はさっさと踵を翻し、早々に後始末して撤収するよう面々に命じた。
安堵するには、まだまだ早過ぎる。
私達の改革は、此処から始まったばかりなのだから──。