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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-23.ソサウ城砦攻防戦(後編)
123/434

23-(4) 父娘(おやこ)の往く末

 ──真に守るべきものは、きっと私のすぐ傍に在ったのだ。

 斬撃の一発一発を受け止めいなしながら、サジの脳裏にはそう遠くで呟くもう一人の自分

が映る。そんな頭の中で、俯き加減な自分と眼前現実に剣を振るってくる娘を重ね合わせ、

サジは槍を握る手にぎゅっと強い悔恨を込めていた。

 拘泥すべきだったのは、きっと「誰」が治めるかよりも「如何」治めるかということ。

 守備隊の砦で再開した時、皇子かれは憤っていた。

 あの時は只々戸惑いにばかり心を囚われてしまっていたが、今ならあの方が──いや殿下

が自分に向けてきた意思、その意図する所が分かるような気がする。

 捉える眼が、違っていたのだろう。

 自分達かつての臣下は、国という大枠でしか人を見ていなかったのだ。

 しかし殿下は、ジーク様は違った。あの方達は市井に溶け込み、その人々の直の声を心身

に焼け付けながら、この二十年という歳月を過ごしてきた。

 故にその眼差しはもっときめ細かく、屋台骨くにではない個人──そしてその最小限の集まり

である“家族”へと向いていて……。

(国が人を安寧にさせるのではない。先ず彼ら自身がそれらを求める“希望”を持たなくて

は……何も)

 皇への忠節が国を支える。それがひいては人々を支えることになる、と。

 だが長く私の骨身に染み込んだ道徳は、もしかせずとも“高慢”であったのだ。

 「支えてやる」ではなく「支えたい」と寄り添う。何よりもか弱き守るべき者達へ。それ

だけで、よかったのではないか。

「はぁぁぁァッ!」

「ぬぅ……っ!」

 こうして刃を交えている、自分達父娘おやこも例外ではなかった筈なのではないか。

 しゅくんへの忠節。

 その一言で自分は、最も近しい同胞かぞくへの眼差しを彼の君に丸投げしていただけなのではない

のか──?

(ユイ……、レイカ……)

 コマ送りになるようなセカイの中で、サジは心の内に妻子の名を呼んでいた。

 自身の槍とかのじょの太刀。その両方が幾度となく衝突し、火花を散らしては互いを持ち主ごと

弾き飛ばす力のベクトル。

 頬を汗が伝っている。飛び退き間合いを取った身体がバクバクと心音を強く打っている。

 今からでも──やり直せるのだろうか? 拗れた糸を戻すことはできるのだろうか?

 もう、こんな戦いなどせずともに。

「……」

 思いながら願いながら、ぎゅんと槍を回して半身を前へ、握る得物は背けた側の腰元へ。

「サ、ジぃぃぃ!」

 対峙するユイを覆うマナがより一層強くなった。

 彼女自身の制御を超え、既に身体中までを不可視に変え始めていた魔導具。その効力はや

やあって、この時遂に彼女の姿を完全に見えなくしてしまっていた。

 強く激しく地面を蹴る音がした。ぐんと、怒気に任せた殺気が見えないその姿と共に迫っ

てくるのが辛うじて分かる。

「──ッ」

 気持ち大きめに身体をよじって回避を。だがそれでも彼女の完全な無色透明の強襲には対

応し切れず、サジの脇腹にはざくりと赤い斬撃跡。

「……ぬっ!?」

 しかし異変が起きていたのは何も彼一方ではなかった。

 切り結んだと同時、ユイにもまた起こる変化。

 ほんの数秒だけ、不可視が部分的に解け驚いた表情を見せる彼女のその脇腹にもまた、彼

が放った一薙ぎの跡が走っていたのである。

 そして何よりも……その傷口から“焼印”が押されるように、ジュッと熱を帯びた文様が

刻まれ始めていて。

 互いにふらついて一歩二歩。それでも気を確かに引き寄せ、踵を返して向き直る。

 サジの目には、再び不可視化に呑まれながらも薙ぎ払いの構えで地面を蹴るユイの姿が映

っていた。

 やはり目視では捕捉不能。だが彼は取り乱すことなく、

「……本当は、これを使いたくはなかったんだがな」

 そう呟くとその槍に大量のマナを込め……それまで柄全体にきつく巻かれていた文様付き

厚布ふういんを解き放つ。

「──結べ、印導の槍スティグマランスッ!」

 次の瞬間だった。

 戒めを解かれた朱塗りの槍は一層鮮やかに輝き出し、主に命じられ投擲されると、まるで

生きているかのように猛スピードで唸り、ユイへと襲い掛かったのである。

 見えない筈。その思考は片隅にこそあった。

 だがそれでも、サジの放った魔導の槍は標的を見落とさない。

 横薙ぎを振り出すそのワンテンポ前。

 そんな格好の時点で彼女を食い止めるように、朱色の槍先は確かに彼女を──つい先程、

奇妙な文様を焼き付けた脇腹を刺し貫いていたのだった。

「がッ……!?」

 ユイは目を見開き、思わず前屈姿勢になっていた。

 ボタボタと脇腹から流れ落ちる自身の血。そしてその刺突の衝撃により思わず太刀が手か

ら滑り落ちたことで、それまで隠れていた彼女の姿がスーッと露わになる。

「……。こんな隠し玉がっ、あった……なんて……」

 がくりと。

 槍に貫かれたまま膝を折った娘に、サジは哀しげに眉を潜めて歩み寄っていた。

 そっと、しかし確かにがしりと再び得物を握り直した彼は、虚ろな眼になり始めてた彼女

に向かって呟く。

「普段は、私自身このものの力を解放する事は殆どしない。……何故だかはもう分かるだろう? 

この印導の槍スティグマランスの特性は“二撃必中”──その身に一度刻印が刻まれれば、放たれた槍先は

寸分違わず“刺し貫いた結果”へと突き進むんだ」

 即ちそれは、使い方次第ではほぼ確実に相手の息の根を止めるのも可能だということ。

 そしてその力の大きさが故に、持ち主であるサジ自身も多用を控えている程の魔槍である

ということ。

 ユイが聞こえているのかいないのか、大きく肩で息をしている。

 勝敗は、彼が殺る気やるきになればとうに決着していたのである。

 だがそれでも、彼はギリギリまで使わなかった。使いたらがなかった。

 全ては彼自身がこの戦いの中で抱き膨らませてきた、自身を含めたこれまでの十数年への

疑心と贖罪の思いに他ならず……。

「──すまなかった」

 自身も血塗れになってしまう。だがもう、そんな事はどうでもよかった。

 そっと彼女の前に屈み込み、そして悔恨に表情を滲ませながら、サジはぎゅっと我が子を

抱き締める。

「すまなかった……ユイ」

 やがて涙が彼の頬に伝ってゆく。忠節の対象当人らから返されて以降、ずっと自身の中で

抱いてきた迷いの天秤が、今はっきりと逆側に振れていた。

 だがしかし。

 当のかのじょの意識は、既に遠く途絶えていて──。

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