23-(3) すれ違いの先へ
──狂気は、一度伝染したら止まらない。
サジの脳裏にはたと、そんなフレーズが過ぎる。
眼前、いやこの南門内部の周囲三六〇度で進行しているのは、生存本能に揺さ振られ突き
動かされ、戦い続ける皇国軍の兵士達。そして彼らのそんな鬼気迫る勢いに苦心を隠せず、
なし崩し的に応戦せざるを得なくなっている仲間達の姿だった。
(こんな、筈では……)
自身にも向かってくる皇国兵らの突撃を槍の腹でいなしつつ、サジはぎゅっと唇を結びな
がらこの無理強いされた混戦を憂う。
つい先程までは、まだ自分達父娘同士が潰し合うのを、彼らは待つように静観していた。
しかし今ではその背後から迫る黒衣の一団──確か交換した情報では“結社”の使役する
オートマタ兵らしい──により、彼らもまた戦うことを強いられていた。
少なくとも、今この場で相手の残存兵力が全て動かれるのは拙い。
それに……何よりも。
「はぁぁぁッ!」
「──ッ!?」
瞬間、自分に向かって飛んでくる殺気と気合の声。
同時、反射的に突き出した槍の腹が防いだ見えざる斬撃。
それは間違いなく娘だった。全身に怒気をみなぎらせ、両手に握った見えざる太刀を軋む
ほどに強く押し付けてくる。
サジは思わず顔を顰めていた。踏ん張った両足が、そのあまりの気迫から来る威力に悲鳴
を上げているのが分かる。
狂気──ではない。これは紛う事なき、怒りだ。
歯を食い縛って、サジは掛けられる力を全身をバネのように利用すると彼女のからの一撃
を弾き返した。その動きに、彼女は勿論、サジ自身も大きくよろめき互いに後退りする。
「これが、お前達のやり方か」
「……?」
ざりっと、土埃の舞う地面をすり足に、ユイは呟いていた。
その姿勢は今にも飛び掛りそうに前屈気味になり、ゆらゆらと奥底からの怒気を反映する
ように、髪や軍服を揺らしてはその表情を隠している。
「お前は終わらせるといったな。確かに、これで陛下の信用は地に落ちることになる」
握った剣に込める力を強くして。ギリッと歯を食い縛って。
「お前達は陛下を“狂わせた”訳だ。……心の側から殺そうとした」
ユイは叫んだ。同時にごうっと、体内のマナをそれまで以上のペースで一気に解放する。
「……流石は外道だよ。お前は私達を“二度も賊軍”にした訳だッ!!」
「ッ!? ま、待て。私は」
「黙れッ!!」
その言葉に、サジはハッと目を見開いていた。
違うんだ。そう応えようとする。でもその言葉は他ならぬ彼女の、マナを利用した爆発的
な推進力による突撃によって遮られていて。
「お前は、私達を二度も“裏切り者”にするというのかッ!!」
涙を含んだ怒号。
再び、両者の剣と槍は激しくぶつかっていた。
先は悲鳴を上げたサジの両脚。
それに加え、今度は突撃された勢いのままどんどん後ろに押されているのが分かった。
「また……、またお前は、私の“居場所”を奪うのか……!?」
火花が眼前で激しく散っている。彼女の不可視の魔導が及ぶ部分が、その太刀だけにでは
なく──おそらくあまりの激昂で制御が乱れているのであろう──両手から肩、胸元、顔へ
と伝染し始めている。
(……!?)
それでも、サジは確かに目に焼き付けていた。
憎悪のままに剣を向けてくる彼女の頬に、ぼろぼろと大粒の涙が零れていた。
身体が危険の赤信号を鳴らし続けている。
だが、そんなシグナルすら感覚の遠くにあるかのようにサジには思えた。
何も分かっていなかったのだ。私は、何一つこの子の……。
『──ッ!?』
そんな時だった。両者の間に割って入るように、恐ろしく鋭い一閃が描かれたのは。
咄嗟にサジも、ユイも、互いの鍔迫り合いを中断して大きくバックステップ。
すると同時、そんな二人の間に身を滑り込ませたのは、長剣を振りぬいた一人の青年で。
「セイオン、殿……」
思わず口にしていたのはサジの方だった。
今回の作戦の打ち合わせの折、何度かディスプレイの向こうに姿を見せていたかの七星が
一角。人呼んで“青龍公”の異名持をつ、気高き竜族の貴公子──。
「随分と足止めを喰らっているようですね。お怪我は?」
「はい……。私なら、大丈夫です」
サジに背を向けたまま、セイオンは肩越しにそう気遣いの言葉を掛けてくれた。
とはいえ、その表情は生真面目な仏頂面であり、むしろ言葉の裏には「何故、貴方がまだ
ここにいるのです?」というメッセージが強く込められているように感じられる。
「ふむ? ブルートバードの片割れと一緒だと思うたのだが、姿が見えぬの」
続いて現れたのは“仏”のバークス。壮年の巨人族にして、世界最強の男。
「は、はい。ダン殿達にはこちらの手勢を幾らか加えた上で先に進んで貰っています。今頃
は城下への進入を果たしているかと」
「……なるほど。要はお主がその殿をやっとる訳だな」
身体は勿論、その存在感も尋常ではないこの巨漢に、サジは少々まごつきながら答えた。
目の前にはセイオン、傍らにはバークス。
そんな中でも断続的に自棄っぱちに攻めて来る皇国兵を、彼らやその部下達は当て身など
でいなしながら次々と戦闘不能に“落として”いく。
「キサラギ殿、我々も加勢しましょうか? 貴方も本来なら突入班の要、その一人だ。ここ
で足止めを食らっているままではいけない」
そしてセイオンは、そうサジに背を向けたまま言ってきた。
ほんのりと蒼さを帯びた刀身を揺らし、視線の先で正眼の構えを取り直すユイをじっと鋭
い眼付きで見つめている。
「……いえ。御両人こそ先を急いで下さい」
だが、サジは首を縦には振らなかった。
数拍の間。しかし次の瞬間紡いだその返答は、確かに怪訝に肩越しから視線を向け直して
くる彼の向こう、娘の姿を捉えていて……。
「あの子は、私の娘なのです。だからこそ、私自身がけじめをつけなくてはなりません」
「……キサラギ殿」
「ん。よかろう」
私情に流されるべきではありません。きっとそう窘めようとしたのだろう。
だがセイオンのそんな言葉は、重なるように快活に放たれたバークスの承諾と共に霧散し
ていた。
思わず若き竜の将は眉根を寄せていたが、対する世界最強の偉丈夫はサジのその返答で大
よその事情を察したらしい。カツンと地面に立てた大矛を片手に呵々と笑うと、その得物を
一度大きく振り回し(そしてついでに迫っていた皇国兵や傀儡兵も一緒くたに吹き飛ばし)
ながら大きく白い歯を見せて言う。
「すぐに追いついて来るがいい。儂らは先に城下にして“仕事”に掛かっておく」
「……はい。ありがとうございます」
行くぞと一声を上げて、バークスは自らの手勢と共に駆け出していった。
セイオンも内心はこの“非効率”を嘆いていたようだったが、結局それ以上の諌めを口に
することはなく、少しばかり遅れて彼の軍勢の再進行に倣ってゆく。
『……』
猛者両軍の通り過ぎた跡は、皇国兵も傀儡兵もすっかり“掃除”されていた。
(ユイ……)
そんな戦禍累々の中で。
サジはぐるんと槍を中段で構え直すと、改めて娘と一対一に向き合う。
「こん、のぉ……ッ!」
何度目ともなく、ジークは二刀を振るっていた。
回復した身体への安堵などすぐに吹き飛んでしまっていた。
何故なら、アズサ皇がディスプレイの向こう側で怨嗟の叫びを放った直後、自分達のいる
この城下の広場にも“結社”の傀儡兵らに押されるようにして、四方八方から皇国兵が沸い
ては襲い掛かってきていたからだ。
「落ち着けっ、落ち着くんだ! アズサ皇も認めただろ!? もう俺達が戦う理由なんて
ねぇんだって!」
「ぬ、うぅ……っ」
「そんな事、言われたって……!」
これが単に正当防衛であれば──。
だがそう眉間に皺を寄せて仮定を紡いでも、目の前の現実は変わらなくて。
ジークは数人掛りの銃剣を二刀で受け止めつつ叫んだが、皇国兵らもここであっさり退い
てしまえば背後の“結社”から生死を隔てる一刺しが来ると──既に少なからぬ、躊躇った
りし損じた仲間達がそうなってしまっていると──分かっているがために、中々こちらの言
葉を行動で以って聞き入れてくれる様子は見られない。
「……なら。寝てろ!」
理性的判断力よりも、生存本能の衝動が彼らの天秤を傾かせている。
ややあってジークは舌打ちをし彼らの刀身を弾き返すと、だんっと軸足を踏み込み、刀の
柄先を彼らの鳩尾や首筋に叩き込んでいた。
白目を剥いて、ぐらりと昏倒してゆく皇国兵達。
そしてすかさず、ジークはそんな倒れ伏す彼らを庇うように交差して前に躍り出ると、こ
の“失敗”に死の制裁を下さんと襲い掛かってくる傀儡兵へ、今度こそは容赦一切なしの横
薙ぎを放って斬り伏せる。
「ジーク、あまり前に出過ぎるなよ!」
「分かってますって!」
アズサ皇の怨嗟、そして“結社”達の出現から、ジーク達は円の陣形を以ってこの襲撃に
対応していた。
即ち四方八方から現れ──そして傀儡兵らに脅されるがまま──攻撃を仕掛けてくる皇国
兵達を、極力傷付けぬように当て身などで気絶させて後方に回し、同時に迫ってくる傀儡兵
らを自分達が身体を張って食い止め、迎撃するという戦法だ。
加えて何よりも、ダウンないし説得に応じてジークら前衛メンバーの後方──円陣の中心
に回された皇国兵達は、リュカを始めとした後衛メンバーらの(重ね合わせた障壁という)
保護下に入る。
「だけど、こいつらを何とかしないと……犠牲ばかりが増えちまう!」
それは身勝手な保身だと、皇国兵を責める気にはなれなかった。
代わりにジークの奥底から湧いてくるのは、ねちっこい嫌悪感だった。
ここまで人を弄ぶ“結社”のやり口。単に抵抗された、仲間達が苦心して組み立ててきた
作戦を崩してくる、そんなタクティカルな事実よりも、ジークにとってはこの目の前で強い
られようとする“要らない筈の戦闘”に対する悔しさの方がずっと強かったのだ。
「とにかく、可能な限り彼らをこちら側に引っ張り込む。連中を叩くのはその次だ!」
リンファが言った。激しく黒髪を揺らし、峰打ちを叩くその手を返した刃で、次々と流れ
るように傀儡兵を斬り伏せてゆく。
「──三猫」
一方で、ミアはサッと片手を添えた握り拳を引くと、そんな小さな呟きを一つ。
その動作で一拍。次いで瞬間、爆発的に集中させたマナを拳に蓄えて二拍。
「必殺」
そして三拍目。勢いよく突き出された彼女の拳を中心に、巨大な氣の塊が傀儡兵らを巻き
込みながら飛び出していた。
凝縮されたそのマナの塊は巨大な拳から、猫のような獣の顔面へと形を変え──あたかも
巨大な猫が獲物を丸呑みにするような光景を残して──ごっそりと倒すべき相手を戦闘不能
にする。
そんな様を、直前後方に肘鉄で送られた皇国兵らも目を点にしながら見遣っていて……。
「マーフィさん! 数が、多過ぎます!」
「んな事ったぁ分かってる! でもやらなきゃあ皆オシャカだ!」
それでも、兵力数の差はどだい如何ともし難かった。
倒せども倒せども皇国兵は方々からやって来るし、何よりもそんな彼らを脅しながら背中
を押す傀儡兵らの数は膨らむばかり。
同行していたレジスタンスメンバーらも、流石にこの数の劣勢に焦りを訴え始めている。
炎のようなマナを全身に滾らせ、ダンは戦斧で傀儡兵らを薙ぎ倒しながらそう気炎を吐い
ていたが、彼もまた一人の歴戦の戦士である。彼らの言うように、内心ではその主張を否定
できない冷静な状況判断の眼もまた、同時に持ち合わせていた。
(マズイな……。切欠一つで押し切られるぞ)
(くそっ! 王宮はあの向こうに見えてるってのに……!)
ダンが、ジークが、皆が、苦戦をその表情に漏らし始めていた。
遠くに映るのはトナン王宮。その玉座こそ、自分達が目指すべき場所だというのに──。
「盟約の下、我に示せ──」
ちょうどそんな時だった。
ふと剣戟の合間から聞こえてきたのは、滑らかな詠唱の声と「オォン……」と空気を震わ
せる余波のような微音。ジーク達ははたと、一瞬だけその戦いの手を止めていて。
「冷氷の擲槍!」
次の瞬間、円陣の左側面を射出された何かが、押し寄せる傀儡兵らを巻き込みながら飛ん
で行った。
気付いた時には遠くでぶつかったとみえる轟音。
ハッと眼前すれすれで通ったその跡をみるに、どうやら飛んでいったものは巨大な氷塊で
あったらしい。無数の分厚い氷の破片が、地面に散らばっているのが見える。
「何が……」
「起き、た……?」
加えて、右側に至っては眼前の“空間そのものが切り抜かれた”ようになっており、周囲
の石畳や家屋が、傀儡兵らごと真っ二つに裂かれて倒れ、濛々と土埃を上げている。
「ふむ。間に合ったかの」
「……クラン・ブルートバード副代表ダン・マーフィとジーク・レノヴィン達だな? もう
大丈夫だ。後は私達が引き受ける」
リンファやジークが、ダンやミアが、円陣を組んでいた面々全員が思わずそろ~っと視線
を遣った先には、七星セイオンとバークス、そして彼ら傘下の軍勢らが立っていた。
どうやら先の一撃は、彼らの魔導と“空断”であったらしい。
「あ、ああ……。ありがとう、助かった……です」
七星の加勢。ジーク達は安堵した。これほど心強い味方はそうそういないだろう。
実際こうしている間にも、事前の指示を受けた傘下の軍勢らは幾つかの奔流の如くに分か
れると、その質・量共に秀でた兵力で以って一気に傀儡兵──この場の“結社”らを押し返
し始めている。
「おうおうおう? やってるねぇ!」
「……長。どうやら」
「ええ。ここが城下の中心域に当たるようね」
加えて広場の左右──東西から、グラムベルとシャルロットの一団も姿を現してきた。
勇猛果敢なる獣人の大兵団と、魔力に満たされた「海」を駆る魚人の騎士団。
「お前達も来たか。ふむ。ちょうどいい」
これでこの場に集結した七星は四人になった。……いや、かの“剣聖”も含めれば五人。
少々呆気に取られていたジークを一瞥し、セイオンは鎧の上の衣を翻した。
既に先の二人によって下げられ守られた一行は息を呑み、目の前で繰り広げられている世
界最高レベルの戦闘力に只々感嘆の念を禁じ得ない。
「砦の制圧は分散させた隊に任せてあるな? 早速こちらは市民の救出に掛かろう。ただ見
ての通り“結社”の人形はごまんといる。バークス殿と“獅子王”が防衛を、私と“海皇”
で救出活動を担当するという形で……いいだろうか?」
「あぁそれでいいぜ。こちとらまだまだ暴れ足りねぇからよ」
「相変わらずの血の気ね……。でも妥当かしら。筆頭?」
「うむ。では早速、今回の“仕事”に移るとしよう」
言って、やがて四人は配下と共に動き出していた。
バークスとグラムベルの軍勢が再び押し寄せようとする傀儡兵らを鋭い斬り込みで弾き返
すと、セイオンとシャルロットはサッとジーク達の傍に近寄ってくる。
「これから我々は皇都市民の救出活動に移行する。既に王宮内へは共同軍本隊が突入を開始
している筈だ。君達は早く彼らと合流を果たし、アズサ皇の確保に当たってくれ」
「わ、分かった……。でもあいつらの先へどうやって──」
「大丈夫。路なら、作ってあげるから」
流石は数多の戦場を駆けてきた猛者揃いといった所か。彼らからの言葉、指示は冷静で的
確だった。
それでも残る皇国兵らを盾にしながら迫ってくる傀儡兵に、ジークが眉根を寄せて言葉を
濁していると、シャルロットは艶のある微笑みを寄越して掌の海皇珠をスッと中空に向ける
ようにして掲げる。
するとどうだろう。それまで個別の触手として傀儡兵らを撥ね退けていた魔力ある水の塊
が、その動きを合図とするようにして一挙に形を変えてみせたのである。
それはまるで、蠢く水の遊歩道。
王宮へと続く一本道。そこへ邪魔に入ろうとする一切の者を、魔力ある水全体がアーチ状
に変化して尽く阻んでいる。
「さぁ早く。城下の事は、私達に任せて?」
促すようにシャルロットが言った。
その言葉を受けジークは、促されるまま仲間達と共に駆け出そうとする。だが。
「……そうだ」
ふとジークだけは、途中で足を止めていた。
仲間達が訝しげに振り返っている。しかしそんな事を気にするよりもずっと、彼がはたと
思い出した光景は“切り捨てられない”もので……。
「七星! 皆を助けるってなら、あっち──スラムの連中も助けてくれ! あの壁の向こう
に集落が続いてる。俺はあそこの皆に匿って貰っていたんだ」
仲間達が、七星らが少しばかり驚いたようにジークを見ていた。
しかし当のジーク本人はそれを恥じることを知らない。いやむしろ、そんな意識など持ち
合わせる必要がないと、意識すらしていなかったのかもしれない。
「あいつら、皇都で戦争が始まっても“どうせ行く所なんてない”とか言ってまるで逃げ
ようとしねぇ。一応出てく前に釘は刺したんだが……多分まだ居残ってる」
手斧を傀儡兵らに叩きつけ、グラムベルが片眉を上げる。
バークスが微笑のままゆっくりとジークの方を見遣り、シャルロットも海の宝珠を片手に
したまま静かに目を瞬いている。
「頼む、助けてやってくれ。……ああいう連中こそ、本当は俺達が真っ先に救わなくっちゃ
いけない人間の筈なんだ。簡単に死なせちゃ、駄目な奴らなんだよ」
「……了解した。至急人員を遣ろう。おい」
「は、はい!」「すぐに向かいます!」
最初に動いたのはセイオンだった。
眉根を寄せた生真面目な表情。そのままついっと視線を部下らに向け、その数班かをその
懇願に対応させる。
彼らは駆け出すと、首元や胸元──体表面の“竜石”に指先を添えてそっと力を込めた。
するとどうだろう。彼らは次の瞬間、背中に大きな竜の翼と強靭な尾を現出させ、小走り
の勢いのまま一気に文字通り空へと飛んで行ったのである。
──竜人態。竜族がその本来の力と姿の一部を解放することで得られる、半人半竜の形態だ。
「さぁ、行け!」
流石に驚いて空を見上げていたジーク──そして同じく、だが何処か心苦しそうに空を仰
いでいるリュカら仲間達に、セイオンは再度言う。
ハッと我に返ってジークは再び仲間の下へと駆け出していった。不器用にカチコチの礼で
頭を下げると、そのまま彼らはどんどん水のアーチの遠景になっていく。
「……そういや、西側も途中に似たような壁があったな」
「ふむ? そうだの。何もスラムは東区画だけに限らんのだろう。セイオンよ」
「ええ、分かっています。総員、地上からだけでなく空からも捜せ! 私達の受けた依頼は
皇都市民の救出──抜かりは作るな!」
『了解!』
そして二度三度、また竜人態のドラグネス達が離陸していった。
強靭なる身体とマナの雲海さえ越える飛翔能力。
それこそが、かつて彼ら竜族という種族を空の──いや世界の覇者にした原動力でもある。
「彼らの見送りは済んだ。こちらはこちらの仕事を全うするとしよう」
「言われずともな! さぁさぁ、死にたい奴から掛かって来な!」
「あまり遊び過ぎないでよ“獅子王”? 救出が済んだら私達も本隊に合流しないと」
「なぁに大丈夫さ。強き意志ある限り、ああいう者らはそう容易く潰えはせんよ」
「…………」
他の七星と共に、セイオンは静かな思考の水面を脳裏に映していた。
波紋が拡がってゆく。そっと横向きに構えた長剣の刃との遠近法で見える先には、彼らが
駆けて行ったトナン王宮がある。
(あれが、シノ殿下のご子息……か)
去り際に見せたあの表情。貧しき人々を憂うその眼差し。
私見だが、きっとあの青年は──。
「……。行くぞ!」
しかしてそんな思考を振り払い、剣を握る手首を返せば体の向きと水平に。
セイオンはそっと目を細めて号令を発すると、率いる配下の者らと共に、迫り来る傀儡兵
らの群れへと地面を蹴った。




