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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-23.ソサウ城砦攻防戦(後編)
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23-(0) 今に繋がる日々

 私達の祖国は、かの志士十二聖の一人“剣帝シキ”を先祖にもっている。

 即断即決の偉丈夫にして、無類の戦好きであった当代最強──いや最狂の剣豪皇。

 故に、彼の者を輩出した我々女傑族アマゾネスは、古くより広く武芸に長けた黒髪・黒瞳の民として

認識されていた。

 だが私は、そうした認知が何も武芸の優秀さ“だけ”に起因しているとは考えない。

 冷静になってみれば当然の事だ。私達は古くより積極的に戦場いくさばに赴いてはその武芸を

売り込み、戦うことで稼ぎを得てきたではないか。

 我々が──その大半が女性で占められるという種族の特性もあって──こうした各地への

“出稼ぎ”を「伴侶探しも兼ねているらしい」と揶揄されるのも、そうした歴史的な経緯が

大きい筈なのだ。つまり、武芸を知らしめる場を常に開拓してきたという歴史である。

 しかし、そこまでして先人が駆り立てられたのは単に功名心だけだとは考えない。

 生計の為だ。我々は武芸こそ長けていたものの、国家としては弱小であった。

 故に稼がねばならない。内に産業が育っていない、育てていない以上、パイは外に求める他

あるまい。……何という事はない。ただ豊かになりたかっただけなのだ。

 なのに──今日の我が国の有り様はどうだ?

 冷静な、現実的な先人の苦労を省みることもなく、ただ積み上げられてきた武名の上に胡

坐をかいては伝統だの格式だのといった腹の膨れぬ奇麗事ばかりを戦わせている。

 ずっと私は、違和感を拭えなかった。

 幼き日より勉学に勤しむほど、皇族としての立ち振る舞いを指南されるほど、私の中では

その違和感──この無価値な装飾への強い反感が高まっていた。

 弟のように、多くの一族の中にあってさほど武芸に才能を見出せなかったからという個人

的な理由もある(ただそれは何も私だけに限った事ではない。双子の妹もそうだ)。

 しかしだからこそ、私は当時から強くこの胡坐をかいた大人達を疎み、そしてこの国の将

来を憂いていた。

 旧態依然の柵に囚われたこの国を救う。

 先人達が苦心した歴史を繰り返すことなく、この国をきっと“強き国”にしてみせる。

 それが、成長してゆく中で私の中に芽吹いた、皇族としての使命感だった。

 ただ漫然と血筋だけを続けさせるなど……私にはどうしても許せなかったのだ。


「──扉が破れました!」

「突入しなさい。いよいよ、大詰めよ」

 あの日、私は同じく凝り固まった祖国を憂いた有志らと共に王宮に攻め入っていた。

 目指すのは玉座。勿論、相手側──当時の皇とその取り巻きは強く抵抗した。

 だがそれだけで挫けるほど私達は柔ではない。

 策は存分に練っていた。こちら側に付く者達は貴賎に関わらず、その能力に応じて仕事を

与えた。正直、私が思っていた以上に彼らは働いた。

 ことこの武芸の国において、安穏と日々を享受すること自体、彼らには少なからず窮屈で

あったのかもしれない。

 迎え撃ってくる王宮内の警備兵らを片っ端から殲滅して、私達は王の間に続く扉を力ずく

でぶち破った。

 突破用の大きな丸太を抱えた有志らが何度も叩き付け、粉々になった封鎖の先を勢いのま

ま猛進する。あちこちに火の手が上がっていた。今頃旧態依然たる者どもは、存分に同志達

の刀の錆となっていることだろう。

「……ッ!」

 まだ、室内には四・五人ほどの警備兵──いや近衛兵が残っているようだった。

 リーダー格は、ゴテゴテした布巻きの槍を構えた中年男性。

 確か近衛隊長のサジ・キサラギだったか。私は向けられたその焦りや戸惑いの眼を軽く受

け流すと、そうサッと記憶を辿って把握する。残りの面々は……やはり同じく隊士だ。

義姉あね上……」

「姉、さん……」

 そんな残り僅かの隊士らに庇われるように玉座の前に立っていたのは、皇夫妻──妹とそ

の婿養子だった。

 周囲は既に灼けるように赤くなっている。

 攻め寄せる熱で空気は揺らぎ、気のせいか、いや事実として奴らの姿はぼんやりと視界に

映っている。

「逃げなかったのね。まぁ好都合だけど」

 私はしっかりと銃剣を構えた面々と共に、一歩また一歩と妹達に近づいて行った。

 それでもキサラギ達の、文字通りの人垣である程度の間合いまで来ると、私達は自然とお

互いに対峙する格好となる。

「どうして、こんな真似を……」

 馬鹿馬鹿しくも問うてきた。今更かと、私は鼻で哂っていた。

 こんな時になっても、あの緩やかな衰退をとこしえの平和だと信じている馬鹿がいた。

「分からない? 全てはこの国を“強き国”にする為よ。貴女達じゃあ……生温過ぎるの」

 言って、私はヒュッと立てた親指の先で自身の首筋を横撫でするポーズを取った。

 妹と義弟は顔をくしゃりと、泣きそうに顰めて──。

「がっ!?」

 次の瞬間、隊士の一人がおとうとを振り向きざまに貫いていた。

 しっかりと、事前の指示の通りに心の臓を確実に貫いて一刺し。

 背中から彼の血で染まった太刀が飛び出し、ややあって引き抜かれる。

 キサラギ達も、突然の事に目を丸くしていた。

 無理もない。皇を護る役職にある者が、いざというこの場で直接刃を向けたのだ。

「ぁ……?」

 どうっと、皇は──いや前の皇はこうして倒れた。

 力なく仰向けに倒れた身体。その礼装用ヤクランからは、周りの熱に混じってしまうかの

ような赤が急速に広がって池を作ってゆく。

「くっ、お前──!」

 最初に動いたのは、目が点になって呆然としていた妹ではなく、キサラギだった。

 一瞬で沸騰した怒りのまま、奴は槍を握り締めてこの隊士──いや、彼らにとってはもう

裏切り者──を取り押さえようとする。

 だが、複数の銃声。

 キサラギが飛び込むよりも早く、私の左右に控えていた者達が次の瞬間、銃撃をこの凶刃

を向けた元・隊士に撃ち込んでいたのだ。

 当然、蜂の巣にされた彼は、私達に背を向けていた足運びの上での遅れもありかわすこと

などできる筈もなく、義弟に引き続いて倒れ伏し、血の海を作り始める。

「……。アズサ、殿? まさか貴女は」

「当然でしょう? 金に釣られた人間が次に誰かに同じように釣られない保証なんてない。

それに、元から実行者を生かしておくつもりなどなかったもの」

「貴女と、いう人は……ッ」

 キサラギは強く奥歯を噛み締めていた。

 可笑しな話だ。仮にもこれが“謀反”というものであることぐらい、私達も分かっている

のだ。そこに余計な情など掛けてどうする。……この進撃は、あくまで目的を達成する為の

手段でしかないというのに。

「どう、して……」

 そこでようやく、妹は事態を飲み込め始めたようだった。

 わなわなと身体中を震わせ、おずおずと夫の亡骸へと屈んで涙を流す。

 この天然娘も、夫の死というものくらいは理解できたらしい。

「どうして。どうしてなの、姉さん……。どうしてこんなことっ!」

 またそうやって同じことを訊く。時間の無駄だと、分からないのか。

 私の中にあるのは、もう憎悪だけだった。

 そう──憎悪だ。

 何故私にではなく、この武芸にも学問にも長じぬ凡人を父は跡継ぎに選んだのか。

 所詮は愛嬌だというのか。皇など、今や飾りでしかないのだと、そう言いたかったのか。

「馬鹿ね。さっきも言ったのに」

 パチンと、私は指を鳴らして次の段階への指示を出した。

 瞬間、わっと左右背後に控えていた有志たちが制圧に掛かる。

 近衛隊長キサラギがいるとはいえ、向こうはたったのあと四人。

 五百人強の手勢を連れてきた私を、私達の“改革”を、もう奴らには止められない。

「私達はこの国を変えるの。価値のない拘りなんて捨てて、強い国に生まれ変わらせるの」

 彼らが残党の始末をする間に、私は三人ほどを伴って妹の傍へと歩いて行った。

「そんな……そんな事の為にシュウエイを? 皆を? そんなの、間違ってるわ……!」

「……」

 涙腺を緩め、泣き腫らしたその顔。その様を見るだけで憎々しさがこみ上げてくる。

 何も努力せず、ただ蝶よ花よと育てられただけの箱入り娘に──。

「黙れ。この役立たずが」

 私は懐から銃を取り出していた。

 西方──機巧技術の最先端から取り入れた拳銃という代物だ。同志達ほどではないが、こ

の至近距離なら私でも間違いなく撃ち抜ける。

 小さく舌打ちをしたのは、殆ど生理的は反応だったと記憶している。

 そして同時に銃口を、ピタリと床にへたり込んでいたアカネの額に押し当てて。

「よーく自分の胸に手を当てて考えてみるがいいわ。あの世むこうでね──」

 答えてやるものか。そんな義理なんてない。

 私は貴女達を越えてゆく。私達がこの腐った国を立て直すの。

 嫌とは言わせないわ。

 どれだけ、あんた達抵抗勢力じゃまものが喚き散らそうとも。

 国を豊かさに導けない皇など──要らないのだから。

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