22-(5) 正義を引き寄せて
「──ジーク。君は決して独りなんかじゃないんだ」
唖然と。リュカが持ち込んで来ていた携行端末を仲間達と囲い、これらの証拠映像を観て
いたジークに、ふとリンファはそう静かに優しく語り掛けていた。
その声にようやく我に返り、皇子は彼女へとおもむろに顔を上げる。
「君達一家を、ずっと見守ってくれていたんだ。婿殿は勿論、その相棒であるセド──エイ
ルフィード伯やサウル殿──フォンテイン侯、アイナの夫婦。ハルトにサラ、クラウス殿、
それに……私もね。かつて殿下に救いの手を差し伸べてくれた者達は、ずっと悔やんでいた
んだ。あの日、謀反を跳ね返し、殿下を故郷へ帰してやれなかったことに」
それはきっと、静かな告白で。
二十年前から今に至る軌跡。それが今日までかつての仲間達を中心に連綿と続いてきたと
いうことを。
「……それでも、殿下は徒に王位に就くことは望まなかった。民がどんな王の下であれ、幸
せに暮らせるのならば、自分はこのままいち降嫁の母として一生を終えても構わない。そう
常々仰っていた」
その話は、ジークもアルスやエトナと共に聞かされたことだった。
だからこそ自分は、そんな母の想いを無碍にしてまで戦い続けるレジスタンス──サジ達
を受け入れられなくて。
「でも、ついさっき母さんは……」
「ああ……。それでも大事な息子にまで危害が及ぶのなら、もう一度闘う。そう決めたんだ
そうだ。エイルフィード伯と一緒にイセルナ達に会いに来た席で、そう言ったんだとよ」
「……ッ」
それは、母にとってどんなに苦悩の末の決意だっただろう。
全く同じ心地を背負ってはあげられない。しかしその辛さはジークにも痛い程分かった。
想像するに余りあった。
「そうして、シノブさんとかつての仲間達は動き出したの。それまでずっと、いつか彼女を国
に帰してあげられるようにと密かに監視し続けていた、トナンとアズサ皇についての大量の
情報を武器にね」
「加えて、サウル殿はかねてよりリオ様との繋がりも持っていた。国を出奔して以来、リオ
様もご自身なりに六華の行方を捜していたらしい。その旅路の中での出会いだったそうだ」
「……」
目を瞬き仲間達を見る。
その視界の中で、サフレだけが何処か不機嫌そうに見える。
「リオって……“剣聖”のことだよな? そっか、それであの時俺達を……」
「? 何だよ、本人から聞いてなかったのか?」
「聞くもなにも。王宮の中で脱出口を教えてくれただけッスけど……?」
「あ? いや、そうじゃなくってよぉ……」
「……剣聖リオの本名はリオ・スメラギ。アズサ皇の実の弟」
「つまり、ジークさんにとっては母方の大叔父様、ということになりますね」
「はぁっ!?」
流石にジークはつい大声を出して驚いてしまっていた。
あの寡黙な剣豪が本当に“味方”で、よもやこの国の皇族──自分の血縁者だったとは。
リュカからリンファ、マーフィ父娘からレナと、さながらリレーの如く告げられる真実。
「私達も一度、リオ様と出くわしたことがあるんだ。そしてその時、こっそりと耳打ちされ
た言葉を信じてみれば……そこにはリオ様に従う者達がいた。リオ様が“充分に証拠が集ま
った。時は満ちた”と、その旨を私に伝えようとしてくれたんだ」
ということは、今現在進行中で流れるこの映像──証拠の多くはかの剣聖が秘密裏に集め
てきたものということになる。
なるほど。敢えて敵の懐に潜入していた。だから一匹狼で有名な筈の彼が王宮に出入りし
ていたのだろう。
「……そっか。皆が、母さんの為に」
何とも心強いことか。
しかし同時に、ジークの心の中にはもやもやと無視し難い感情が渦巻いてゆく。
それは──偽ることのできない己の拙さだった。
ずっと見守られ、こうして救いの手を惜しまれずにいるというのに、自分はただ一人で全
てを終わらせようと息を巻いた。そして……失敗した。
「……。誰かを頼ることは、恥ずかしいことじゃない」
そんな曇る戦友の心情を察したのだろうか。
ふとミアが、そうぽつりと言葉を漏らした。
「お父さんも言った。ボク達クランは、こういう時の為にあるんだって」
「そ、そうですよ。私は皆さんみたいに戦えません。でも……大切な人の怪我を治す事なら
できます」
「私も、できることと言えばマスターのお世話やハープの演奏ぐらいですからね~」
「……逆に僕は戦ってばかりだな。君と、似ているのかもしれない」
仲間達が追随して口にする。
そこに後ろめたさはない。あるのは、強くジークに印象付けられるのは、お互いを信じて
いるということ。
「そういうこった。それぞれができる事を精一杯やる。んで、お互いにその仕事を信じて前
に進む。それでいいじゃねぇか。一より十、十より百、百より千。戦いは数だろ?」
「勿論、知略もね。こうしてアズサ皇への“逆転”を打つことは皆さんの悲願だった訳だけ
ど、この作戦をここまで綿密に詰めてくれたのはアルスのお蔭なんだから」
「え? アルスが……?」
「うん。今、イセルナさん達と一緒に共同軍にいる。最初はボク達が心配で飛び出してきた
そうなんだけど、その途中でサウルさんの所に流れ着いたらしくて」
「……。あの、馬鹿ちん……」
思わずジークは頭を抱えて、ガシガシと髪を掻き毟っていた。
団長達が加勢してくれているのはともかく、無茶をしやがる……。
「ま、結果オーライって奴だ。少なくとも運はこっちに向いて来てるぜ?」
するとダンが再びその大きな掌でジークの頭を包んだ。
わしゃわしゃと、このむくれかけた、無鉄砲だが放っておけない団員の髪を掻き雑ぜてやる。
「……さぁ行こうか。俺達の手で、この争いを終わらせるぞ」
しかしフッと、次の瞬間にはその表情は、再び真剣な、クランを率いる経験豊かな戦士と
してのそれになっていて。
「ええ……。勿論です」
そっと離された手とその横顔を見上げ、ジークは深く頷いた。
仲間達も、ついて来ているレジスタンスのメンバーらも、同じく彼の者をぐるりと護るよ
うにして立っている。
「アズサ皇をとっ捕まえて六華を取り戻します。……これ以上、母さんや皆を泣かせる訳に
はいかねぇッスから」
そして──。
時を前後し、ある意味今回の作戦のキーマンとも言える一行が、この混戦続く城砦の眼前
へと到着を果たしていた。
「ふむ……。思いの外善戦しているようだの」
「ですが、兵力差は明らかです。切欠一つで崩れますよ」
「ええ。早速私達も“仕事”に掛からないと」
「だぁな。正直裏方は性に合わないんだが……仕方ねぇ、これも依頼の内だ」
姿を見せたのは、七星に名を連ねる四人。
バークス、セイオン、シャルロット、グラムベルと彼らに従う傘下の傭兵達の大軍勢。
その近付いて来た大群を目にし、それまで交戦を続けていたレジスタンス軍と皇国軍がは
たと戦の手を止めてこちらを見遣っているのが分かった。
一方は待ちかねたと言わんばかりの安堵を。一方は畏れを多分に含んだ驚きを。
フッと一見すると微笑のままの表情で、バークスは他の七星や傘下の兵達に合図する。
「では始めようかの。打ち合わせ通り、三方から進入するぞ」
その一声で七星軍は大きく動いた。
三方。西城門へ向かってゆくのはグラムベルを中心とした軍勢。東城門へ向かってゆくの
はシャルロットを中心とした軍勢。そしてその場、南正門にはバークスとセイオンの軍勢が
それぞれ展開する。
「──レジスタンス、おめーらは下がってろ。城門は俺達がぶち破ってやっからよぉ!」
西城門では、皇都の内外を隔てる堀を墳魔導──大地の隆起で埋めて足場とし、レジスタ
ンスの小軍勢が防衛線を重ねる皇国軍に苦戦を強いられていた。
グラムベルの手勢はその横っ腹から駆けつけると、そのまま両者を引き離すように猛然と
して一斉に突撃を始める。
「ぐぁっ!?」「まさか……“獅子王”の!?」
途端、千切っては投げられるかのように、防御に出て来ていた皇国側の軍勢が崩れた。
その明らかに次元の違う威力の群れ。その大き過ぎる力量差を否が応にも文字通り叩き込
まれる格好となり、彼らの表情は一様に引き攣っていた。
多くの場合、軍の大将というものはその中列以降で指示を飛ばしているものなのだが、こ
の荒ぶる獅子の獣人はその例には当て嵌まらないらしい。
隆々とした体躯、四肢。
右手には鎖鉄球を繋げ振り回す手斧を、左手には分厚い鋼の丸盾を構え、グラムベルは自
身の軍勢の最前列でその強烈な一撃で以って彼ら皇国兵らを一薙ぎにし、鋭い犬歯をみせて
吼えている。
「頭、今回はあくまで……」
「ああ。分かって──」
そんな中だった。突然、彼の横っ面にバチンッと何かがぶつかったのは。
場の面々が一斉にその方向を、射出された物の出元を向いた。
「……ぁ、あ、ぅぁ……」
もうっと硝煙を上げる長銃をガチガチと震える手で握り、全身を畏れで染め上げていたの
は、一人のまだ年若い皇国兵だった。
面々はその瞬間を見ていなかったが、おそらく恐怖の中で錯乱して引き金をひいてしまっ
たのだろう。他の皇国兵達も、レジスタンスの軍勢も、恐る恐るとその撃たれた筈のグラム
ベルへと再び視線を向け直してみる。
「……痛ってーな、オイ」
しかし、当の本人には全くと言っていいほどダメージは無かった。それらしい怪我すらも
無かったのだ。
銃撃の威力で少々首を曲げていたものの、すぐにゆらりと顔を向け直し、それだけ人が殺
せそうな眼でこの青年兵を睨み返す。
よく目を凝らせば、彼の身体の周りをぼんやりとマナの光が覆っていた。
即ち、錬氣。つまり彼は、まるで鎧のようにマナを全身に張り巡らせることで、銃撃すら
もものともしない術を呼吸するが如く行っていたのである。
「ま、命拾いしたな。今回の依頼内容じゃなけりゃあ、とっくにてめぇの頭は吹っ飛んでる
頃ろうからなぁ?」
ドスンと、手斧の柄先に繋がっている鉄球が地面に落ちた。
まるでその衝撃、地面を窪ませたその重量に脅えるように皇国兵達は身を竦ませる。
「さて……。死にたくなきゃさっさと道を開けな。俺はシャルロットやセイオンみたく甘く
はねぇんだからよ」
一方、東城門は既に半開き状態だった。
加えてそこから、散発的に家財を抱えた市民らしき人々が飛び出してくるのも見える。
「長。これは一体……?」
「断定はできないけど……既に内側から開門されているみたいね。こうして戦になって、彼
らも不安で仕方なかったんでしょう」
やって来たシャルロットの軍勢は少なからず怪訝な反応を漏らしていたが、彼女はあくま
でお淑やかに唇をそっと撫でて呟いている。
「く、くそっ……」「待て、勝手な行動をするんじゃない!」
すると今度は、軍服姿の一団がこの市民達を追い掛けるように現れた。
混乱の中押し寄せたとみえる市民達に比べれば少数だったが、武装している一個部隊では
その危険性の有無は雲泥の差の筈だ。
そしてその懸念が過ぎったのとほぼ同じく、制止の声を聞かぬ兵士の何人かが遂に目を血
走らせて手にする銃剣を構え出したのだ。
銃口と目を凝らす先に、我先にと都の外に広がる緩やかな丘陵を目指して下ろされた跳ね
橋を駆けてゆく人々の姿が映る。
『──ッ!?』
そんな兵士達を遮るように、彼らの足元へ無数の投擲槍や矢が刺さったのはほぼ同時の事
だった。
思わず驚き、はたと顔を上げる皇国兵達。
そんな彼らと人々を結ぶ直線上に割って入るかのようにシャルロットらは立ちはだかる。
「貴様らは……」
「初めまして、でいいのかしら。トナンの兵士さん達? 私の名前はシャルロット・ブルー
ネル。七星連合で看板役の一人をを務めています」
その名乗りを受け、兵士達は、背後の市民達は目を見開いていた。
まさか七星? シャルロット──“海皇”の? そんなざわつきの声が聞こえてくる。
「そんなに脅えないで? 私達は貴方達を助けに来たのよ」
「さぁ、ここは我々に任せて早く行くといい」
「最寄の守備隊砦に避難しなさい。既に私達の仲間が各所を制圧している。長の名と事情を
話せば保護してくれる筈だ」
肩越しに優しく微笑む魚人の美女と、その配下の各種水棲種族を中心とした面々。
人々は少々呆気に取られていたが、彼女達に敵意が無いことや現に皇国兵から庇って貰っ
ているこの状況を察すると次々に頷き、緊張しながらも礼を述べると再び避難の為に駆け出
して行った。
そんな後姿を見送って、シャルロット達は改めて皇国兵らと対峙する。
「チィ……。七星がこっちにも回ってくるとは」
「おい、兵を回すように伝えて来るんだ! 門も急いで閉じろ!」
「お、臆するな! 相手は大半が魚人みたいだ、陸の上じゃあ本領は発揮できない筈……」
「そうね。確かに私達のホームグラウンドは海だけど──」
それでも、彼らは立ち向かおうとした。
兵の内の一人が叫んだように、たとえ相手が世界最強の海の傭兵団とはいえここは陸上。
何とかなると、自分達の武芸に慢心していたのかもしれない。
「じゃあ“呼べばいい”じゃない?」
だが……そんな楽観視はすぐに粉微塵にされることになった。
兵士達が銃剣を構え直そうとするその直前、シャルロットははたと懐からコバルトブルー
の宝玉を一つ取り出すと、そうにこっと小首を傾げて言ったのだ。
「──海皇珠」
その瞬間、海の色の光が弾けた。
それと同時にこの宝珠の中から怒涛の勢いで溢れ出したのは……膨大な水。いや、まるで
呼び出された“海”そのものであった。
しかもそれはただの水ではない。それ自体が魔力を宿しているかのように、彼女の掲げる
宝珠を中心にして生きているかのように蠢き、巨大ながらも一塊の水として存在している。
高く高く見上げるほど現出されたこの“海”に、皇国兵らは一様に唖然としていた。
そんな魔力を湛える水の中を、文字通り水を得た魚のように、シャルロット以下魚人の傭
兵達は自在に泳ぎ回りながら、一斉に投擲槍や手斧といった武器を構え出す。
「……さて。じゃあ早速“お掃除”といきましょうか」
そしてシャルロットもまた、魔導具の指輪から三叉の槍を取り出し、くるくると掌で回し
て握り直すと、蠢く水の天辺で足首だけを浸し立つ姿で、そう艶やかな微笑みを浮かべる。
「ふ~む? どうしたもんかのう……」
そして南正門前に残ったバークスとセイオンは、ガチガチと震えながらもその場を動こう
としない皇国兵らを前にぼんやりと立っていた。
彼らが怯えているのは、無理もない。
エドモンド・バークスこと“仏”のバークス。現在の七星筆頭にして、世界最強の傭兵。
それだけでも悪党という悪党が素足で逃げ出す程であるのに、加えてグラムベルやシャル
ロット、そしてセイオンという同じく七星の一員にして世界最強の陸・海・空の傭兵団まで
もが一堂に会しているのだ。
なのに、上層部──アズサ皇からの指示は未だ来ない。
上も混乱しているのだろうが、峻烈なかの皇の日頃を思えば、このまま逃げてしまっても
厳罰が待っていることが予想される。
前門の虎、後門の狼とでもいうべきなのだろうか。
だからこそ、いやこんな状況だからこそ、皇国兵達は冷静な判断を欠いてしまっていた。
恐怖で凝り固まってしまったが故の、持ち場への拘泥。消極的な逃避の表れ。
『今回、お主らには皇都市民の救出活動を最優先にして貰う。先方の意向は、あくまで戦い
を極力犠牲少なく終結させること。城砦の掌握はともかく、無闇な戦闘行為はくれぐれも自
重するようにな──』
故に、事前に今回の作戦のあらましを聞かされていたバークス達は下手に彼らを叩く訳に
もいかず、どうにも睨み合うような格好となっていたのである。
「道を空ければこれ以上危害は加えない!」
「悪い事は言わない。投降するんだ!」
何度となく一行は皇国兵らに呼び掛けていたが、彼らは動くことはなかった。
やはり怖いのだろう。自分が動けば、この均衡が崩れてしまう。そしてあの後何が起こる
か分からないと、背筋が凍る思いに強く釘を刺されて。
「……参りましたね。穏便に解決しようとしているのに」
バークスに肩を並べ、手勢を率いていたセイオンが眉根を寄せたままごちた。
そうは言いつつも、腰の剣には既に片手を掛けている。
応じなければ少々強引にでも進入路を拓くしかない。そう物語っているように。
「……。仕方ないのう」
すると、まるでその言葉の中の意図に頷いたかのように、バークスがのそりと動いた。
肩に乗せていた身長大の長矛──しかも彼自身が巨人族であるため、その全長は常人の
それを遥かに超えている代物だ──を静かに持ち上げると、彼は一人ゆっくりと隊伍の最前
列から離れ、城門の前へと近付いてゆく。
「お、おやっさん!?」
「一人で大丈夫ですか~い?」
「ああ……大丈夫だよ。お前さんらも、ちーぃと下がってな」
配下の傭兵達が少々慌てて呼び掛けてくる中、バークスはあくまで穏やかに答えていた。
皇国兵らも、何をする気だとすっかり怯えたまま一層その場に固まってしまっている。
「……」
スーッと。次の瞬間、バークスは大きく深呼吸をしていた。
同時に見せた構えは長矛を地面に対し水平に、逆手に握り直した、刀剣で言う抜刀術のそ
れに近い。
セイオンが、傭兵達が静かに目を見開いた。
皇国兵らの中にも、特に経験の豊富な年長の将校を中心に、ざわっと動揺が走り出すのが
遠巻きながらに確認できる。
「ま、まさか……」
「……ッ。マズい……!」
「さて……。悪いが少々強引にでも道を作らせて貰うぞい? 怪我をしたくなければ早ぅそ
こから逃げるとええ」
空気が揺れていた。気のせいか、長矛の周りに風が集まっているようにも見える。
『──!』
その刹那だった。
彼の巨体からは想像できない速さで斜め上に振り抜かれた長矛。その描く軌跡とその視線
の先にあった城砦の壁が──“切れて”いた。
あれほどレジスタンスの兵達が攻めあぐねていた筈の堅固な城壁が、まるで洋菓子にナイ
フを入れたかのように、サックリと斜め真っ二つに斬り裂かれていたのだ。
「な……っ!?」
「く、崩れるぞぉ! 退避、退避ぃ!!」
そしてそれまでの静寂を一気に巻き返すように、城壁はその一閃の下に轟音を立てて崩れ
出した。そこでようやく思考を取り戻し、慌てて皇国兵らが我先にへと逃げ惑い始める。
「ひゅ~……。やっぱいつ見てもすげぇな」
「ああ。おやっさんの十八番──“空断”」
それは、界の先天属性を備えるバークスが故の奥義。
物理的にではなく、空間ごと視界に捉えたものを切り裂く、彼の代名詞とも言える技。
配下の傭兵達も驚き、そして惜しみない賛辞を送りつつ、ガチャリと一斉に得物を構え始
めた。そしてバークスが、セイオンが、彼ら一同に振り返って告げる。
「さて待たせたのう。道は出来た。行くぞ?」
「打ち合わせ通り、対城砦班と救出班に分かれる。掛かれ!」
「──報告致します! つい先刻、七星の軍勢が攻撃を始めてきました! 確認できている
限りでは西城門に“獅子王”グラムベル、東城門に“海皇”シャルロット、そして南正門に
“仏”のバークスと“青龍公”セイオン! 特に正門は“仏”自らが城壁を破壊した模様。
各軍勢、現在進行形で侵入してきていますっ!」
何度も報告の者が王の間に駆け込んでくる。
しかし肝心の将校・重臣達は只々呆然とするばかり。
「…………」
アズサもまた、玉座から立ち上がったその格好のまま、石になってしまったかのように生
き残った中空の映像を見遣ったまま微動だにしなくなっている。
酷く嫌な風が吹いていた。見上げた後姿。しかしその表情はゆらゆらと揺らめく髪に遮ら
れて確かめることはできない。只々、かの皇は立ち尽くしているように見えた。
その間も、援軍と思っていた筈の軍勢は敵となり、四方八方からこの玉座を狙っている。
絶対と信じて疑うことのなかった“数の利”が覆されてしまっている。
そう。まさに今この時この瞬間。
二十年越しの逆転劇が──始まったのだ。