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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-22.ソサウ城砦攻防戦(前編)
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22-(4) 開戦・破急

「報告致します! アトス・レスズ両軍が到着しました。直ちに加勢すべく皇都近隣への停

泊を希望するとのことです!」

 王の間にそんな伝令が入ったのは、サジらがはたと空を見上げたその少し前に遡る。

 報告を受けた時、場の上級将校らは少なからず色めき立っていた。

 この時既に、城砦の南正門が破られたとの情報が伝わっていたからである。

 現状、兵らは防衛線の維持を続けているが、それに先んじて少数名ながら城下へ侵入した

手勢がいるとも聞く。

 当然、その対応の為に余剰兵力を向けさせているが、物理的に城門が破壊されてしまった

となれば今後その数が増えるとも限らない。

 そうした状況での両国共同軍──援軍の到着は、余裕ぶっていた体面に傷がつくことにな

るとはいえ、正直歓迎すべきタイミングであったと言えよう。

「……此度の援軍、感謝致します。我が都のすぐ北に隣接した発着場がありますので、先ず

はそこに陣を敷いて下さい」

『了解致しました』『誘導、有難う御座います』

 ややあって通信回線がコールされ、一同が囲む足元の機器からホログラムが光り出した。

 その中に映し出されたのは、誘導指示を請う両軍将校からの映像と音声。

 面々が自分を見遣ってくる中、アズサは一度深く頷くと、そう淡々ながらも丁寧な口調で

返答をした。それに併せて、各部下達も彼らを出迎えるべく迅速に行動を開始する。

(これで、邪魔者レジスタンス連中も一気に始末できる……)

 中継映像の向こうで、両軍の飛行艇が次々に王宮内北の発着場ポートに着地してゆくのが見える。

その様を眺めながら、アズサは内心ほくそ笑んでいた。

 先のさそいには、悔しいが引っ掛かってしまった。

 だがここで焦りを傾けてはならない。依然、世界が認める“正義”はこちらにあるのだ。

 それだけは、絶対に──。

『なっ……!? い、一体何のつも──がはっ!』

 しかし、違ったのである。

 突如として映像の向こうで戸惑い、そして昏倒させられる鈍い音が響いた。

 ハッと我に返り、アズサ達王の間の面々が思わず目を凝らす。

 ──そこには、飛行艇から降りてきたアトス・レスズ両軍の兵士らが、降り立つまま一気

になだれ込むようにして出迎えの皇国兵達に襲い掛かっている光景が映っていたのである。

「な……何? どうしたの!?」

 アズサはガタッと玉座から立ち上がって叫んでいた。

 その間にも、映像の向こうでは場の圧倒的大多数の援軍──だった筈の両国の軍勢が次々

と発着場を始めとして周囲を制圧してゆく。

 銃声は、聞こえなかった。

 ここからではちゃんと確認できないが、どうやらあくまで兵達を行動不能にするという趣

旨で相手方は動いているらしい。

『た、大変ですっ! か、管制塔にも彼らが』

 するとそう叫びかけて映像の一つが砂嵐になった。

 いや、それだけではない。向こうとのやり取りのため中空に展開していた映像達が、戸惑

う暇すら許さずに次から次へとダウンし始めていたのだ。

「──……ふむ」

 反応を失った発着場の管制塔。

 その窓ガラスを突き破って、複数のマナの矢が管制官らを射抜いていた。

 機器やデスクの上に書類が散らばり、白い目を剥いて気絶した彼らの胸元からやがてスッ

と輝く矢が効力を失って消え去ってゆく。それとほぼ同時に、共同軍の兵士らが突入してく

るのが見える。

「あっちは、もう制圧できるね」

 そんな、凄まじく遠い距離にある筈の様子を、一隻の飛行艇の甲板から易々と視認して呟

く者がいた。

 色白の肌に尖った耳。全体的に柔らかい物腰を印象付ける、妖精族エルフとしては珍しい部類に

入るであろう青年。

 その姿は他ならぬ、冒険者クラン・ブルートバード随一の射手、シフォン・ユーティリア

その人であった。

 ルーンを刻んだ不思議な金属質の長弓。

 その得物を片手にふぅと小さく一息をつくと、

「そっちはどうだい? イセルナ、ハロルド」

 彼は、傍らを漂う精霊達を媒介にして仲間達に呼び掛ける。

「──ちょうど奥よ。今ちょうど、片がついた所」

「発着場近辺はもう大丈夫だろう。今度は城砦の方を頼むよ」

 コンタクトの先は、発着場内の兵舎の中。

 応えたのは、そこに突入していたイセルナとハロルド、そしてブルートバードの面々や共

同軍の兵士達だった。

 宙に浮いているブルートや漂う精霊らを媒介にして、彼女達は至ってゆったりと、しかし

表情は真剣そのものに目の前の光景──冷気で凍らされて一網打尽に動けなくなった皇国兵

らを見渡している。

「了解。じゃあ……もう一仕事といきますか」

 精霊伝いの会話を一旦打ち切ると、シフォンは弓を構え直し、別の方向に静かに目を凝ら

し始めた。

 遥か遠くに見えるのは、ソサウ城砦の西砦本丸。更に振り向けば、東砦本丸。

 常人なら霞んで見えるか見えないか程度の遠景でしかないが、この腕利きの射手にとって

はこなれた“間合い”であった。

 じっと目を凝らし、同時に矢を握る側の中指に嵌めた魔導具の指輪が力を帯び始める。

 次の瞬間、その手先に形成されたのはアイスグリーンの光をしたマナの矢だった。

「……」

 シフォンの瞳の中には、砦内でこの襲撃に慌てふためている皇国兵らの姿が見える。

 シフォンが握るマナの矢は、彼の手の中でより強く大きく輝き、無数の矢へと分裂する。

「──流星、掃射」

 そして放たれた矢は、確かに星々のように光る軌跡を描きながら飛んでいった。

 直前、その光が視覚に届く寸前まで兵達は気付かない。気付いた時には既に雨の如きマナ

の矢は窓や塀を貫き飛び越え、寸分狂わぬ狙いの下、彼らに命中して昏倒させてゆく。

「こ、今度は何だ!?」

「矢……矢です! 誰かがこちらに射掛けてぐぁッ!?」

「……ッう! くそっ、矢だと? そんな馬鹿な」

 西砦に続き、東砦も同じように。

 皇国兵らは大いに混乱に拍車を掛けられる格好となった。

 戸惑う中でも次々と倒れてゆく同僚達。その中でも何とか我先に逃げ出した者には、よう

やくこの突然の射撃が放たれている大元を、その輝きの集まりで以って知るのだが。

「……嘘、だろ?」

「本当にあんな距離から? 大砲でだって届かないぞ……」

「……マナだ。誰かは知らないが、ストリームに乗せて飛距離を伸ばしてるんだ……」

「に、逃げろぉ! ぼさっとしてたら俺達も的になるぞッ!」

 同時に、彼の者が放つその射的の正確無比ぶりに大いに驚愕することになる。

 皇国兵の一人が叫んでいた。

 しかし、何も彼らに奇襲を掛けていたのはシフォンだけではなく。

 射掛けられすっかり乱れた守備の隙を突き、次の瞬間にはとうとう発着場から城砦内に入

り込んでいた共同軍の一斉突入を受けてしまう。

「──……一体、何が……?」

 そんな様を、アズサら王の間の面々は呆然として目に映していた。

 この予想外の事態に、配下の者達も指示に困っていた。それでも、次々と制圧されてゆく

都の防衛線に比例するように慌てふためく報告の連続は絶えることはない。

「き、緊急事態ですッ!!」

 そして、更なる一打がやって来た。

 大慌てでやって来た兵士が数人、動揺の余り血走った眼で王の間に駆け込んで来て言う。

「精霊伝令より報告! 皇都近隣の砦・守備隊はほぼ壊滅状態、強襲を受け機能不全に陥っ

ています!」

「目撃情報によると、襲撃者は“七星”とその傘下の傭兵達──現在、皇都こちらに向けて進軍中

とのことです!」

 アズサ達はもう、驚愕が過ぎて丸くした目を引っ込めることもできない程に大きな衝撃を

受けていた。

 七星──七星連合レギオンの頭目衆。つまりは都市連合の回し者か。

 正直、信じたくはなかった。

 しかしそうだとすれば……この奇襲は、まさか──。

『トナン皇国、及び全世界の人々に告ぐ』

 すると、はたと聞こえてきたのは、まだ生きていた──共同軍から掛けられていた通信映

像からの声。

 問い詰めようにも人の姿は映っていないようだった。

 代わりにその黒画面にザザッと時折砂嵐が走り、次の瞬間、あるものが流れ始める。

『これから流す全てを、しっかりとその目に焼付けておいて欲しい。これは勇気ある有志に

より提供された、皇国このくににまつわる真実の記録である──』


 その日、アトス・レスズ共同軍は世界に向けてとあるアーカイブを公開した。

 曰くトナン皇国の真実。それらは大量の映像・音声記録から成っていた。

 一つは、二十年前にこの国で起こったクーデターのあらまし。そしてその謀反の戦火から

命辛々逃れた先の皇女シノ・スメラギの存命と彼女に託された王器・護皇六華の存在。

 一つは、それら──彼女の血族抹殺と六華奪還に執着してきたアズサ皇の姿で。

『どうして六華が三本だけなの? 任せておけと言ったのは貴方達でしょう?』

『……決まっているわ。当然、始末する。そして残りの六華もこの手にする』

『今度こそ、私が真の皇であることを証明してみせる!』

 何よりも人々を驚かせたのは、そんな彼女の皇への執着が故に“結社”と手を結んだ、そ

の決定的証拠の数々で。

 隠し撮りされたと思われるその映像は、人気のない暗がりの中、アズサ皇と怪しげな黒衣

の兵士──知る人ぞ知る結社“楽園エデンの眼”の手勢を従える使徒達との密会を幾度となく収め

ているものだった。

『我々は彼女に騙されていたのです。かの“結社”と手を結んでいるのはレジスタンスでは

ない……。他ならぬアズサ皇自身なのです』

 公開される情報と共に、ナレーションの声はそう強く呼び掛けていた。

 大小様々な端末画面の向こうで皇国兵が、王の間の将校達が、世界各地の人々がこの眼前

の証拠映像に目を見開き、固まっている。

『ここに、我々アトス連邦調・レスズ都市連合共同軍は表明します。……二十年前、世界が

見捨てるも同然にしたこの国を今度こそ救うのだと。かの“結社”から救うのだと』

『アズサ皇及びトナン皇国軍総員に告ぐ。直ちに降伏せよ。此度の我々の参戦は決して貴方

達を討ち取る為ではない、救い出す為なのだ』

 語られるのは、皇国軍へと向けた降伏要請。

 つまり、両軍は始めからこの証拠の山シナリオを予め用意した上で、皇国に乗り込んできたのだと

分かる。

 援軍と──見せかけた、同国への包囲網。

 全ては劣勢に陥ったレジスタンスらの立場を一挙にひっくり返し、戦いの“大義”を自分

達の側へと引き寄せる策略だったのである。

『──……えっと。皆さん聞こえますでしょうか? 初めまして。シノ・スメラギです』

 とはいえ、いきなり過ぎて信じられない者も少なくなかったかもしれない。

 それでもこれら苦節の当人が公に姿を見せたことで、その信憑性は高まったと言っていい

だろうと思われた。

 画面上に流されていたアーカイブ。

 それらが一通り終わると、次に切り替わった画面、記者会見のようなテーブルに着いてい

たのは、礼装用ヤクランに身を包んだシノブこと先の皇女シノその人。

 映像機(テレビカメラのようなもの)で映されているらしい彼女は、傍目から見ても緊張

しているようだった。

 期せずして、本人の意図することなく“逃亡生活の末に一人の母として暮らしていた姿”

が人々の印象に焼付けられる。

 ごくりと、大きく息を呑んで、真摯な瞳が画面の向こうの人々を捉えている。

『……先ずは皆さんに深くお詫びを申し上げます。仕方なかったとはいえ、私は今までずっ

と故郷から逃げてきました。旅の先で出会った主人や仲間、子供達、村の皆さんが向けて下

さる厚意に甘えて……今日までずっと、庶民を装ってきました』

 艶やかな黒髪、紛れもない女傑族アマゾネスの頭を垂れて開口一番、彼女は深く深く世界の人々に

謝罪をしていた。

『だけど、もう逃げる訳にはいきません。皇が誰であるかよりも、その国に暮らす人々が幸

せでいられるなら、私は一人の母のままでも良かった。でも……こうしてこの故郷は悲しい

争いを続けてしまっています。加えて息子達まで巻き込まれてしまって……』

 目にはたちまち溢れる涙。自分の想いが届かなかった、消極的だった自分への悔しさ。

 シノブはぎゅっと胸元を掻き抱いていた。

 皇国兵も、将校達も、世界中の人々も──そして無言で映像を見上げているアズサ皇も。

 皆は確かに聞いたのだ。次の瞬間、彼女から吐露された懇願を。

『伯母様、皆さん、お願いです。もう戦わないで下さい。この争いを……止めて下さい!』

 二十年前、実の伯母によって肉親を失った筈の当人からの、そんな心からの叫びを。

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