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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-22.ソサウ城砦攻防戦(前編)
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22-(3) キサラギ父娘(おやこ)

「副団長。皆……」

 少々呆気に取られていたももの、ジークはややあって苦笑いを多分に含めながらもホッと

胸を撫で下ろしていた。

 とりあえず、助かった……。

 そう全身を奔っていったのは、理屈云々以前の懐かしさすらある安心感。

「大丈夫、ジーク?」

「お怪我はありませんでしたか?」

「ん? あ、あぁ……」

 そんな遠くに持っていかれ掛けた意識を、心底心配そうな様子のステラとレナの呼び声が

繋ぎ止めてくれる。

 ジークは思わず苦笑いで頷くくらいしかできなかった。

 確かに“この追いかけっこでは怪我はしていない”のだが。

「……」

 だがそんな友人らを横目に、ミアはじっと目を細めていた。

 そしてちらとダンと顔を見合わせ互いに頷き合うと、何を思ったかずいとジークの目の前ま

で近付いて行き。

「へっ──?」

 頭に疑問符を浮かべた彼の隙を突いて、一気にその服を裾を持ち上げる。

「おぉっ」「ひゃわっ、ミアちゃん!?」

 当然、一同の目の前には不意にジークの半裸が晒されることになる訳で。

 ステラは頬を赤くして目を見開き、レナは真っ赤にした顔を両手で覆い隠し(しかし指の

間からしっかりと覗き見ていたりする)て、友人の突然の行動に戸惑う。

 しかし、ミアは何も考えなしにこんな事をした訳ではなかった。

 服を捲られたジークの身体。

 そこには、ユイとの交戦で負った大怪我の跡が今も痛々しく残っていて……。

「嘘は、駄目」

「ったく、大ありじゃねぇかよ。どうにも動きが鈍いなとは思ったが……」

「……まぁちょっと、脱出する時にゴタゴタがあって」

 ミアやダン、仲間達からの視線を受けて、ジークはバツが悪そうに視線を逸らしていた。

 彼女がどいてくれるのを待ち、隠し直すように捲られた服を元に戻すと、ぶつぶつと言い

訳がましくそんな呟きを皆に返す。

「ふむ……。相打ち上等とは関心しないな」

「本当に。相変わらず無茶するんだから……」

「? 何でその事──」

「ま、積もる話は追々だ。それよりレナ、先生さん。何とか魔導で治してやれないか?」

 すると仲間達から返ってきたのは、そんなやんわりとした叱りや安堵のような声。

 ジークはそうした反応に思わず眉根を寄せたが、次の瞬間には時間が惜しいと言わんばか

りにダン遮られ、そうレナとリュカに問い──懇願が投げ掛けられる。

「そうですね。さっきの感じだと傷自体は塞がっていたみたいですから……」

「だ、だったら、私に任せて下さいっ」

 逸早く応えたのは、レナだった。

 リュカや面々が視線を向ける傍らで、一度大きく深呼吸をした彼女は指に嵌めた魔導具に

そっとマナを込める。

「──お願い、愛天使ラヴィリエル!」

 次の瞬間、中空にかざされた掌を中心として展開される金色の魔法陣。

 そこから同色の輝きを纏って現れたのは、巨大な天使型の使い魔だった。

 しかしその姿は、既に目にしてきた征天使ジャスティスとはまた違うらしい。

 背中の六枚の翼は同じだが、鎧ではなく純白のローブ姿。長く腰まで伸びる金髪が表情を

隠しおり、頭には茨の冠が添えられている。

 何よりも目に留まったのは、この天使が両手に抱える金色の三柱円架──先端の真球を下

向きな半弦と三本の直線が支える形の豪奢な杖で……。

「えっ。何を」

 するとどうだろう。ジークがこの法衣天使を見上げていると、ぐにゃりと熱で溶けるかの

ようにその杖が光を纏って変形し始めたのだ。

 そしてそのまま、変化を続ける錫杖は無数の輝く鎖となり、ジークに向かって一斉にその

刃先を飛ばしてくる。

 ジークは思わず逃げかけたが、話の流れからしてレナが自分に攻撃する訳でもない。

 結局そのままジークは飛んで来る鎖を受け入れていた。

 ……そして何故か、輝く鎖は彼の身体を傷付けるどころか、溶けるように体表面に波紋を

残して深く“沈んで”ゆく。

「大丈夫ですよ。ちょっとじっとしていて下さいね?」

 レナが微笑んでいた。

 だからなのか、それともふと脳裏を掠めた違和感なのか、ジークは返事もできずにただ成

されるがままになっている。

 そして変化は、それからすぐにやって来た。

 じわじわと、だが確実に、ずっと身体が上げていた悲鳴が──ダメージが和らぎ遠退いて

いくのを感じたからからだった。

 それはまるで、痛み自体をこの輝く鎖を経由して抜き取って貰っているかのようで。

「……はい。これで大丈夫な筈、です。どう……ですか?」

「あ、ああ……。すげぇ楽になった。なった、けど」

 やがて輝く鎖が抜けてゆき、再び法衣天使の手に錫杖として収まり直っていく。

 レナがこれで治療完了と言わんばかりに微笑み掛けてくると、ジークは戸惑いながらも確

かなその治癒能力に太鼓判を押していた。

 ──レナ。お前まさか、このデカブツを使うとお前にも反動が来るんじゃ……?

 しかしどうしても心からは笑えなかった。

 何故なら目の前の彼女が、明らかに先程よりも辛そうに笑顔を繕って立っていたから。

 ちらっと、彼女の親友ミア魔導の専門家リュカを見遣ってみる。

 するとどうやら彼女達も同じような見立て、既知であったようで、レナに気付かれない程

度の小さな首肯だけを返してくる。

「……ありがとよ、助かった」

「はい」

 だから、ジークは喉まで出かけた言葉をぐっと呑み込み、礼だけをレナに述べていた。

 にこりと。穏やかに優しい彼女の微笑み。

 だがそれは、ステラやマルタがそっと傍らでいつでも支えられるよう控えながらの、脆さ

に類する印象を拭い切れない彼女の献身であるように、ジークには思えてならなくて……。

「……すまねぇ。迷惑を掛けた」

「ふん。分かってりゃあいい」

 すると、そうして改めて呟いたジークの頭に、ダンがぼふっと自身の掌を乗せてきた。

 わしゃっと少々力強過ぎる握力で以って、あたかも“子供”をあやすような撫で回しで彼

は言う。

「一人で抱え込むな。その為の、仲間クランだろ」

「……」

 ダンはジークに目を合わせている訳ではなかった。視線自体は、遠く向こうの王宮へと向

けられている。

 ジークは俯き加減に小さく、ほんの僅かにだが頷いていた。

 結局皆の手を煩わせてしまった。その妙な悔しさやら、ちりちりと熱を持ったくすぐった

さやら。色んな感情が胸の中を掻き乱しては走り去ってゆく。

「……そうだ。サフレ」

「ん?」

 そしてそのもやもやを誤魔化すかのように、ジークはふと思い出して上着のポケットを探

ると、サフレに向けてひょいっと指輪を投げ返す。

 彼から借り受けていた、召喚系・石鱗の怪蛇ファヴニールの魔導具だ。

「返しとくよ。こいつのおかげで牢屋からも出られた」

「……そう、か」

 こういう無茶の為に渡した訳ではないんだがな……。

 彼のそんな呟きも聞こえてきたが、ジークはさっくりと無視することにした。

 それよりも、今は。

「やっぱ、レジスタンスと一緒に攻めて来たんスね」

「ああ。今サジさん達が追っ手を食い止めてくれてる。俺達はこのまま王宮にぶっ込むぞ。

六華とアズサ皇を押さえる。この争いを……止ねぇとな」

「……ええ」

 正直、ジークは仲間達が彼らと組んで戦い始めたことに不満だったが、単身乗り込むとい

う目論みに失敗した自分が言える立場でもないのだろう。

 何よりも既に戦いは始まってしまっている。……後戻りは、できる筈もない。

「だけど、どうするんです? 俺が言うのもなんですけど、この人数で攻めて行ったとして

も落とせるとは……」

 だからこそ、ジークはこれから先の事について言葉を投げ掛けていた。

 牢屋からの寄せ集めとある種戦闘のプロ達とでは質は違うだろうが、今この場にいる十数

名程度の兵力で王宮を攻略するには、どだい無理があるように──自分が一度挑戦したから

こそ──思える。

「まぁな」

 しかしダンら仲間達は、表情こそは気を引き締めつつも、何処か余裕を持っているかのよ

うな素振りだった。

「だけど、俺達は何の考えもなしに王都攻めドンパチを仕掛けたんじゃないんだぜ?」

 そしてジークの頭に乗せていた掌を退け、ダンは皆を代表するかのようにそうニッと口元

に弧を描く。


 もう何度目かも分からない、見えざる斬撃が襲ってきた。

「……ッ!」

 握り締めた槍を斜めに構え、ぐっと両脚を踏ん張ると、サジは振り下ろされるその一撃を

激しく散る火花や金属音と共に受け止める。

 ダン達を先行させてからの後、レジスタンス軍は一度は破った城門を中心として一進一退

の乱戦を続けていた。

 少人数とはいえ、城砦の守りを突破された焦り。

 ここぞと振り向けてくる物理的な兵力差というもの。

 一度は策に引っ掛かった皇国兵達だったが、今や彼らは文字通りの死に物狂いなさまで、

この城攻めの軍勢に猛攻を繰り返している。

「はあぁぁぁッ!」

 ユイもまた、そんな内の一人だった。いや……とりわけ目を血走らせていた。

 彼女は魔導具により不可視の剣と化したその得物を振るい、元皇国近衛隊長たるサジを、

一見して防戦一方にせしめている。

「ぬぅっ……!」

 厳密には槍と剣、そのリーチの差。それがこの間合いの見えない剣に対して牽制を与える

事ができているということだった。

 大は小を兼ねると云う。

 彼女の得物が見えないのなら、極力自分の懐に近付かせないようにすればいい。

 リーチを活かしてその踏み込みを抑える。故に防戦と傍目には映る。

(ユイ……)

 だが、そんな実践上の駆け引きだけが理由ではない。

 むしろ、こちらが理由だった。

 サジにとって、その槍を振るうに躊躇する原因だった。

 言うまでもないだろう。今戦っている自分達は……血の繋がった父娘おやこなのだ。

 できる事なら戦いたくない。こんな形で再会したくは、なかった。

 そう言ってしまうと、身勝手な父だと更に罵られるのであろうが……。

「……」

 ちらりと横目に周囲を窺ってみる。

 仲間達と娘の隊士らは、先程から激しく得物を交えて鍔迫り合いを繰り返している。

 しかし……その周りで加勢に入れる筈の他の皇国兵らは、しんと静まり返ったように無言

で、この自分達の戦いを傍観していたのだ。

 理由は、多分間違いないだろうと思う。

 ──このまま“反逆者”同士で潰し合えばいい。

 そんな、彼女ら小隊を見下す差別意識。

 実際、多数で囲まれ撃ち掛けられれば一溜まりもなく、こうして彼らが戦闘に加わってい

ない状況は、攻略側としては歓迎すべきなのかもしれない。

 だがその動機が彼女むすめ達への侮蔑から来ているものである以上、やはり手放しで喜べる筈も

ない。

「……っ。止めるんだ、ユイ! 私はお前と戦う理由など……」

「黙れ! 裏切り者がいけしゃあしゃあと!」

 ギリッ奥歯を噛んで悔しさを抑え込み、サジは堪らず叫ぶ。

 だがユイにその言葉は届かなかった。むしろ彼女を一層憎悪と共に激昂させるだけで、再び

だんっと踏み込んでの斬撃が飛んでくる。

「お前は先皇の忠誠心だと言って、人々や──私や母さんを散々に振り回してきた!」

 左からの横薙ぎ。それを槍の腹で防いでいなしたと思えば、今度は反動を利用して右から

もう一発。慌てて持ち手と穂先・石突を入れ換えてその衝撃に顔を歪める。

 ぐっと再度力を込めて石突を弾き引き離そうとするが、彼女はひらりと半身を返しながら

跳躍すると、今度は中空からの袈裟切りを振り下ろしてくる。

「……そうだ。あの青年だって。貴様は、身代わりまでこしらえて……ッ!」

 咄嗟に槍を水平に構え直し、直後激しく互いの得物が火花を散らした。

 ち、違う。あの方は──。

 サジは叫ぼうとしたが、その声も思いも、全てはぐぐっと見えざる剣圧を強めてくる目の

前の実娘によって遮られていた。

『結局てめぇらは、母さんを自分達の“言い訳”に使ってきただけじゃねぇか!!』

 いつかの、皇子かれの言葉が脳裏に蘇る。

 私は……間違っていたのか? 主への忠節を尽くすこと。簒奪された玉座を清めること。

それは“正しい”と、ずっと自分に言い聞かせていた筈なのに。

(……殿下。私は──)

 眉間に皺を寄せ、サジは短く気合の声を上げると石突を振り出していた。

 ぐらりと剣と共に前のめりになっていたユイが弾かれ、その足が地面に着くか否かの頃合

にぶんと振り替えた穂先を大振りのモーションで振り下ろす。

 しかしユイは、冷静にその一撃をかわしていた。

 着地したそのままの足で、剣を盾のように構えつつ大きくバックステップ。彼の槍が空を

描く中で彼女はトンと降り立つと、再び正眼の構えで不可視の得物を握り直す。

「サジさん!」

「……大丈夫だ」

 横薙ぎの時の剣圧からか、ふと気付くとサジの左頬にはざっくりと赤い筋が走っていた。

 その一部始終を目にしていたレジスタンスの仲間らが交戦の合間を縫って叫んでいたが、

当のサジ本人は短くそう答えるだけで気にも留めず、ぎゅんと槍を手元で回すと小脇に抱え

直している。

 暫しの間、この父娘ふたりは互いに見つめ合っていた。或いは、睨んでいた。

 一方は忠節が故に少なからずの辛酸を舐め、一方は忠節が故に娘の信頼すら失っていて。

「……そうだな」

 そしてぽつりと、眉間に皺を寄せたまま、

「私もお前も、誰かを“信奉”するあまり争いを生み続けてきたのかもしれない」

 サジは何処か遠くに置いてきた何かを彼女に見るように、そう小さく言葉を漏らす。

「そろそろ終わりにしないか。あの方達も、それを望んでおられる」

「? 何を──」

 奴の雰囲気が変わった?

 ユイは正眼の構えこそ崩さなかったものの、彼のそのフッと溶け変わるような様子に思わ

ず怪訝の表情かおをみせる。

 ちょうど、そんな時だった。

 不意に自分達を大きな影が差していた。

 聞こえてくるのは、上空からの無数のエンジン音。

 ユイも、他の皇国兵らも、そして交戦を続けていたレジスタンス軍の面々も、つられるよ

うににわかに暗くなった空を見上げる。

 そこに在ったのは、この南正門上空を抜け、王宮へ向けて飛んでゆく無数の軍用飛行艇。

 ──アトス連邦朝とレスズ都市連合。その共同軍の一行だった。

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