22-(1) 開戦・序
先手を打ったのは皇国軍だった。
城砦外周からずらりと並び口を向けられた、無数の機械の大砲。
それらに兵らが次々と長大な砲弾を装填し終わると、この南正門に攻め寄せようとしてく
るレジスタンス──紛う事なき生命の群れへと、将校らの合図と共にそれらが一斉に撃ち出
される。
「防御ッ!」
しかし軍勢を率いるサジは、その動きを察知するとバッと手を挙げると叫んだ。
瞬間、隊伍の中衛から後衛にかけて配置された魔導師らが重ね合わせ、ドーム状にこしら
えた障壁が一同を包んでいた。
それとほぼタイミングを同じくして、雨霰と降り注いでは爆発をする砲弾。
少なからず衝撃は術者たちにも伝わってきていた。だが導力の瞬発力で以って力を合わせ
たマナの盾は確かに皇国軍からの第一波の砲撃を防いでいたのである。
「散開ッ! フェーズ開始!」
そして、これら砲撃の爆音が戦闘開始の合図となった。
濛々と上がる土煙、そっと一時的に解かれる大規模の障壁。その中で、サジは再び軍勢に
指示を飛ばした。
すると、それまで一箇所に集まり徒党を組んでいた面々が一斉にバラけ始める。
刀や槍を引っ下げた前衛、長銃を構えた中衛、そして魔導師とみられるローブ姿の後衛。
それらはそれぞれに役割分担された、多数の小隊という態だった。
「逃がすな! 撃てっ!」
とはいえ、外周上の皇国兵もおいそれと見逃すことはしない。
砲弾の再装填と併せ、銃剣を携えた兵士らが城砦の頭上からこの散開を始めるレジスタン
ス軍へと射撃を始めてゆく。
だが、この追撃に関してはさほど命中率が良い訳ではなかった。
相手が散開を始め、一箇所に固まらず城砦の左右へと広がり狙いを定め難くなったという
事もある。その点在化した方々から反撃──いや牽制的な銃弾が飛んで来て、あまり姿をみ
せて突っ立っていられないという状況の変遷もある。
だがそれ以上に、各小隊に追随する魔導師達がその都度、障壁を張って防御を固めてくる
という戦法を採られ始めたという側面が大きかった。
「……うぉっ!?」
「くっ。ちょこまかと……」
砲撃なら、まだ数人程度の障壁の束をぶち抜けたかもしれない。
「怯むな! 各自装備で応戦しろ!」
「砲科も装填を急げ! 数はこっちの方が上なんだ、引き寄せて確実に仕留めるんだ!」
しかし、一旦大きく互いに距離を開けて走り回り始めた彼らに、機動力に欠ける砲撃で応
じるのには無理が出始めていたのである。
「……妙ね」
城砦前の攻防を映像で見、随時の報告で耳にし、アズサはじっと目を細めて呟いていた。
そんな皇の言葉に、同じくこの軍議の場に列席する上級将校らもぽつぽつと同意の首肯を
みせている。
「はい。彼らの兵力は城砦内のそれの半分にも届いていません」
「なのに、わざわざ目の前でそれを分散させているとなると……」
「ええ……」
そして彼らの発言にアズサは頷きながら、そっと顎に手を当てて考え込んだ。
少なくとも合理的ではないのだ。
ただでさえ、レジスタンス軍の兵力はこちら側に比べて劣る。
仮に砲撃で一網打尽にされるのを怖れて散開体勢を取ったにしても、それでは城砦を突破
するという目的(である筈)からは遠退くだけではないか。
加えて今こちらは「防衛戦」を想定した配置──即ち、余剰兵力を城砦内に抱えた状態で
動いている。一度それらが解き放たれれば、自分達がその数に押されるであろうことぐらい
あの男には予想できている筈。
なのに……実際は敢えて散開するという選択を、彼らは採っている。
「もしかしたら、奴は」
「ご、ご報告申し上げます!」
そんな時だった。軍議を開いている王の間に、伝令の兵士が一人駆けて来た。
期せずして皇の呟きを封じる格好になり、周囲の面々は眉根を寄せたが、アズサ本人はさ
して気に留める様子はない。ただついと顔を上げて「何かしら?」と報告を促してくる。
「せ、先刻より近隣守備隊詰め所との連絡が取れなくなっています。導話回線が何らかの原
因で遮断されてしまっているものかと思われます」
場の将校達、そしてアズサがサッと一斉に怪訝の表情を漏らした。
「回線が? それは一箇所だけではないのだな?」
「は、はい。現在確認中ですが、最寄の主要砦全てと連絡が取れず……」
「……ふむ?」
互いに、いや皇にちらと眼を向けて、アイコンタクトでの伺いを立てる。
そして彼女が小さく強く頷いてみせると、将校の内の一人が指示を飛ばした。
「大方レジスタンス側の妨害策だろう。すぐに魔導師を集めて精霊伝令を飛ばせ。状況を報
告するように伝えろ」
「はっ!」
ビシリと敬礼のポーズを取ってから、この兵士は再び慌てた様子で駆け出して行った。
戦いにおいて情報は大きなアドバンテージ、なくてはならない生命線だ。
それらが、しかも同時多発的に遮断されたとなれば、何らかの策略が働いた結果だと考え
るのが妥当だろう。
「……やはりと言うべきかしら。奴らは、真正面から攻めるつもりはないらしいわね」
兵士の足音が遠退き、遠くで防戦の砲撃が散発的に耳に届く中で、アズサは改めて脳裏を
掠めた推測が間違っていなかったらしいと小さく頷き、深く眉根を寄せる。
「では、奴らは既に何かしらの策を?」
「時間稼ぎ、でしょうか。守備隊の砦から増援を向けられれば挟み撃ちになりますからな」
「その目的もあるでしょうね。兵力差、不足は否が応にも実感している筈。それにも関わら
ず、奴らは攻め上がって来た……。この城砦を攻略する、その策を持たずしてそんな判断を
下すほど、あの男は馬鹿じゃない」
「……。随分と慎重だな」
すると、それまでじっと黙り込んでいた人物がふとそんな言葉を漏らしてみせた。
面々がはたと視線を向けた先。そこには柱に背を預け腕を組んでいたリオ──“剣聖”の
姿があった。
心なし不快さを示す表情や、畏れで強張る表情が方々に入り混じる。
それでもアズサだけは、実の姉だけは眉根を寄せたまま、動じた様子は見受けられない。
只々じっと、横目で自分を見てくるこの弟に暫し眼を遣ると言う。
「貴方も奴を甘くみない方がいいわ。何せ私を相手に、この二十年近い間、ずっと逃げ回っ
て来た男なんだから」
「だから今回も何かしら仕込んでいる筈だ、と」
「ええ。回線切断だってそう。そうした手を打ってまで待たなければならないものがあると
いうことは」
「……。増援か」
「でしょうね。敢えて散開しているのも、こちらの兵力密度を薄めておいた上で、その増援
と共に各個撃破する為の布石……と考えることもできる」
そんなアズサの先読みに、将校らが少なからずざわめいていた。
「で、ではすぐに外周の兵力を再編成せねば……!」
「しかし防備を空ければ、それこそその穴を突かれてしまいますぞ?」
「落ち着きなさい。ここで慌てたら、それこそ奴らの思う壺よ。状況はこちらが有利である
ことに変わりないわ」
それでも、アズサはピシャリとそう一言で面々を黙らせると、フッとリオから視線を外し
て再び考え込む。
──できる事ならば、リオを投入して一挙に殲滅させるという手も考えにはある。
だが彼自身をあくまで秘密裏にしている以上、世界の注目が向いているこの戦場に出して
しまうのは拙かろう。
だからこそ城砦にではなく、こうして近衛部門に配置させているのだ。
(始めから、無策で攻めて来るようなことはないだろうとは思っていたけれど……)
正直言って、策を断定するにはまだ材料が少な過ぎた。
勿論、向こうもこちらの読みを警戒して“奥の手”はギリギリまで隠しているであろうこ
とは推測できる。
しかし少なくとも、このまま討ちあぐねて時間だけが経っていけば、奴らの待っている何
かしら──味方の増援、或いは奥の手的な策がエンドマークに至るのは確かなのだ。
「……潰すわよ。その策を出してくる前に」
だからこそ。
アズサは瞑っていた目を開け、ついっと顔を上げて将校達を見渡した。
「いくつか外に部隊を出しなさい。兵力は……相手の三倍もあれば充分でしょう。散開する
奴らを囲って狭めて、一気に叩き潰しなさい」
「はっ……!」
「仰せのままに」
その勅命で以って、将校達は動いた。
待機していた部下らを経由して、伝令がすぐさま城砦防衛の現場に伝わってゆく。
(……怖れなんてないわ。この国の皇は、この私なのよ)
先刻の、弟の冷たい皮肉の眼差しを脳裏から振り払うように。
この配下一同の様子を見遣りながら、アズサはこの絶対有利な筈の戦いに決着を望む。
散開するという作戦は、やはり当たりだった。
予想通り、皇国軍は城砦外周上からの砲撃・射撃で以って自分達を沈めようとしている。
「走り回れ! 止まったら的になっちまうぞ!」
多数の小隊に分かれたレジスタンスの面々に叫びながらも、ダンもまた、ミアや同じ班の
面子と共に城砦前の緩やかな丘陵をジグザグと駆けてゆく。
「班の隊伍を乱すな! 障壁は城砦側に集中させて、導力は極力温存するんだ!」
そして時に交わり、時に併走しながら、サジとリンファの班もまたそれに倣い、南正門の
左右へと散らばってゆく面々に随時指示を飛ばしている。
散発的に銃弾が、長めのタイムラグを挟んで時折砲弾が飛んで来ては地面を抉っていた。
しかしダン達は小回りの効くこの体勢を活かしてそれらを交わし、或いは術者の障壁で防
御すると、お返しとばかりに外周上の兵と銃撃を放ってゆく。
「……ッ! 危なっ」
「くそっ、チマチマと……!」
皇国兵らも外周の塀に繰り返し身を隠し、タイミングを図って銃撃の応戦を続ける。
故に、戦況は城砦の外周部上下を挟んだ銃撃戦となっていた。
「盟約の下、我に示せ──」
『硬石の盾!』
加えて見下ろせていた筈の地面に、次々と魔導によって巨大な石壁──その場ごしらえの
防御壁までもが造られてゆく。
「猪口才な……。砲撃、用意!」
一方は多くの兵力を持つが、あくまで城砦の「防衛」として応戦しようとする皇国軍。
一方は兵力でこそ劣るが、稼動域が限られているという彼らの状態を逆手に取って巧みに
その迎撃を交わしつつ、何度となくチクチクと射撃を加えるレジスタンス軍。
「てぇーッ!!」
だがその最前線の“心理戦”は、確実に後者の側に傾きつつあったのだ。
(……よ~し。上手いことバラけて来てるな)
次の瞬間、砲撃で砕け散る石壁達。
それらを背後に再び駆け出しつつ、ダンはちらりと肩越しに城砦の様子を確認していた。
確かに、自分達はただでさえ劣る兵力を散開させている。
勿論、このまま逃げ続けるだけでは城砦を“攻略”することはできない。だが──。
(そろそろ、痺れを切らし来てもいい頃だと思うんだがなぁ……?)
銃弾が飛んで来る。砲弾が飛んで来る。
それらをジグザグに駆けながら交わし、或いは術者らの障壁で防御しながら、ダンはちら
と距離を置いた同じく一見逃げ回っているサジらに目配せを送った。
「……」
すると彼から返ってきたのは、コクと小さく強い首肯。
戦況を観察し、タイミングを図っていたことはこのリーダーも同じであったらしい。
「フェーズ2だ!」
そしてサジが手信号と共にそう叫ぶと、この両班を中心に、城砦の左右翼に向けてバラけ
ていた小隊群の一部が南正門へと集まり始める。
「むっ……?」
「兵力を正面に回せ、来るぞ!」
勿論、外周上の皇国軍がそれに気付かない訳がなかった。
指揮を執る各配置の将官らが、仕掛けられたその変化に一瞬眉根を寄せるが、すぐに対応
して兵力を向けようとする。指示が飛び、銃剣を構えた兵士らが集まり出す。
しかし、その動きはダン達に比べて鈍いと言わざるを得なかったと言えるだろう。
それまで砦の両翼へと広がっていたレジスタンス軍。
彼らのその陣形に対応すべく、外周上の兵らも自然と広がっていたのだ。
「おい、早くしろ!」
「隊伍を急げ!」
しかし両者では圧倒的に違う部分がある。
そう、稼動域──駆け回れる物理的なスペースの差だ。
散開したレジスタンス軍の全てが集まり出した訳ではないということもあり、皇国兵らも
全てが動く訳には、防衛の穴を開ける訳にはいかなかった。
それでも城砦の外周上では、動き回る為の動線がどうしても限られてくる。迎撃の為に砲
台を設置して場所を取っていたことも、その意味ではネガティブに働いていた。
『硬石の盾!』
再び中空──外周上から掃射される銃撃。
しかしその攻撃も、再び魔導で生成された石壁や障壁によって防がれ、加えて真正面にそ
の防御壁が林立したことで、一瞬間、皇国軍からダン達の姿が遮断される格好となる。
「くそっ、またか!」
「これじゃあ埒が明かない……」
だからこそ、期を同じくして上層部から下された判断は、良い意味でも悪い意味でも彼ら
の転機となった。
「伝令~ッ! 軍議からの決定が下りたぞ。部隊を派遣し、直接敵に斬り込めとのお達しだ!」
まさに痺れが切れる寸前での許可。
渡りに船といった如く、前線の兵士・将校らはその旨を受けるとすぐに動き出した。
中隊クラスが三班、待ち侘びたかのように城砦内部から隊伍を整えて閉ざした門の前に並
び始める。
「砲撃の後に開門する。総員、両翼に開きながら敵軍を囲い込め!」
一斉に兵士らは銃剣を構えて踏み出す準備をした。それとほぼ同時に頭上の外周部からの
砲撃が飛び、再び造られていた石の防御壁を粉砕してゆく。
「突撃ィ!!」
そして正門が開いた。上げられていた橋が下り、堀と城砦の間を渡す。
南正門に集まったダン達の兵力よりもずっと多い、およそ八百人規模の群れ。
その直接の迎撃班がわぁっと、眼前の防壁を撃ち砕かれたダン達に襲い掛かろうとする。
「──掛かったな」
だが、ダン達は哂っていた。
土埃が立ちこめる中、各々に得物をしっかりと構え、突撃せんとする彼らを見遣りながら
ほくそ笑んでいた。
瞬間、世界がスローモーションになる。戦況が、この瞬間変わろうとしている。
「今だッ! 先生さん!」
ダンが叫んだ。その声に突撃しようとしていた兵士らの少なからずが眉を顰める。
しかし……もう遅かったのだ。
次の瞬間、現れたのはリュカとレナ、ステラ、サフレにマルタ。場所はちょうど兵士達が
躍り出て来ていた跳ね橋の先、その側面。
彼女達はそこに“突然現れて”いた。──あたかもじっと姿を隠していたかのように。
『なっ……!?』
魔導に知識のある者ならば分かっただろう。
藍色の魔法陣と共に突然現れてみせたその芸当。
それが紛れもなく、空間結界から出てきた瞬間だということを。
十中八九、戦闘が始まった頃からこっそりと門が開かれる時を待っていたのであろうことを。
「しまっ……」
当然、兵士達はスローモーションのような世界の中で顔を引き攣らせていた。
正面にはダンやサジ達、集結し始めたレジスタンスの軍勢。その虚を突く形で現れたこの
奇襲班。加えて、今自分達は左右に広がった──彼女達から見れば一直線上の陣形を取って
しまっている。
「貫け──」「盟約の下、我に示せ──」
サフレが槍を突き出そうと、ステラが詠唱を完成させようとしていた。
そして兵士らはその先制攻撃を防ぐ術はなく。
「一繋ぎの槍!」
「陰影の眷属!」
次の瞬間、悲鳴と共に彼らはその餌食となった。
サフレが突き出した槍は唸りを上げて延びると、直線的になっていた眼前の兵士達を一気
に弾き飛ばし、ステラが発動させた冥魔導は彼らだけでなく、外周上で目を見開く面々をも
巻き込みその混乱に拍車を掛ける。
「くぅ……っ!」
「小癪な真似を……!」
攻勢の為の一手の筈が、痛手にすり替えられていた。
それでも、何とか致命打を受けずに済んだ兵士らはそれぞれにリュカ達へと反撃の銃口を
向けようとする。
「無駄だ」
しかし、その乱射もまた痛手に替わることになる。
彼らが引き金を引く、その寸前でサフレはリュカ達の前に一歩躍り出ると、首に巻いたス
カーフ──反射の魔導具・楯なる外衣を拡げ、バサリと巨大化したその布地で彼らからの銃
撃をことごとく弾き返してみせたのだ。
当然ながら、その流れ弾は兵士達にも少なからず飛んでいき、
「冷静さを失った攻撃など……僕には通じない」
新たに倒れる兵士達の悲鳴と共に、その数をかさ上げする結果を引き寄せる。
「レナちゃん、今の内に」
「は、はい。……征天使っ!」
そしてこの隙を突き、今度はリュカに促されたレナが魔導具を発動させた。
金色の魔法陣から現れたのは、剣と盾、鎧に身を固めた巨大な天使型の使い魔。
すっかり隊伍を崩され出撃の出鼻を挫かれた彼らは勿論、城砦の外周の兵達もまた、その
巨体を思わず見上げて唖然と目を見開いている。
「さ……下がって下さーい!」
声自体は気弱な叫び声。
だが次の瞬間、バッとレナが横手を振り突撃の指示を与えると、この鎧天使は構えた剣を
振りかざして、目の前の開け放たれた城砦の門を轟音と共に粉砕したのである。
『──……ッ!?』
大地が、いや城砦全体がその衝撃で大きく揺れていた。
思わず近くの塀などにしがみつく兵士達。
そしておずおずとこの鎧天使が振りかざした斬撃の先に目を凝らすと、そこには無残にも
破壊された南正門──その鋼鉄製である筈の扉の残骸が、無数の巨大な金属塊となって地面
に転がっているのが見えて。
「も、門が破られた……!?」
「ま……まだだ! まだ外門が壊されただけだ!」
「急げっ! 早く内門を閉じ──」
再び兵士達は慌てた。
ようやく敵軍が何をしでかしたのかを把握し、急いで戦法の舵をもう一度「防衛」に切り
直そうとする。
だが、焦りは更なる粗を生むものだと、彼らは文字通り身体に叩き込まれることになる。
破壊された城門、防衛の要を破られかけていることに気を取られ過ぎた余り、出撃しよう
としていた兵士達も、外周に配置されていた兵士達も、土煙と石壁の残骸を隠れ蓑にして迫
ってくるレジスタンスの軍勢に気付くのが遅れてしまったのだ。
「ぼさっと、してんなよッ!」
しかし気付いた時には既に遅く、ダンの斬り込み隊長的な一撃で兵士が数人まとめて薙ぎ
倒されるのを合図として、レジスタンス軍はこのだだ開きになった城門内へと一挙に押し寄
せ始める。
「くそっ……! 何としてでも食い止めろ、これ以上侵入を許すな!」
そう。サジ達は、始めから馬鹿正直に“攻略”するつもりなどなかったのだ。
押して駄目なら引いてみる、とはよく云ったもので。
採ったのはわざと相手を焦らし、向こうから門を開けてくるのを待つという戦法。
「ダン殿、今の内に!」
「ああ……。分かってる!」
そして何よりも、この城砦を突破し王宮に到達するのは、たとえそれが限られたメンバー
であっても構わないという『戦う為の戦い』ではなく『戦いを終わらせる為の戦い』を徹底
するその強い覚悟で……。
「レナ、もう一発頼むぜ!」
「フォローは、ボク達に任せて」
「う、うん……」
ダン達一中隊はサジとリンファの班、城門破壊に貢献してくれたリュカ達と合流し、外門
を突破して更に二重三重と設けられた内門を目指す。
(やっぱり、私には……慣れないよ)
ハの字に垂れた眉のまま、スーッと深く一度深呼吸。
左右上下から食い止めようと沸いてくる兵士達をダン達が迎撃し、守ってくれる中、レナ
が再び使い魔の使役に意識を集中させた。
するとこの鎧天使が城砦を飛び越え、風圧で外周の兵達を弾き飛ばしてやって来ると、緊
張やら怖さで目を瞑ったまま振りかざす彼女の手の合図と共に、内門もまた纏めて叩き斬る
事に成功する。
二度三度と、また轟音が鳴り響いた。剣撃の余波で、周囲の兵士達が吹き飛ばされる。
「……っ。開きました!」
「よくやった! 行くぞ!」
少なからずの疲労の息遣いと共に言ってきたレナに、ダンは肩越しで振り向き進軍を皆に
促した。
レナは一先ず征天使の召喚を解き、そんな彼女を両側からそっとリュカとステラが支える
と共に駆け出してゆく。そんな面々を護るようして、術者らの張る障壁が方々から飛んで来る
皇国兵からの銃撃を防いでいる。
一同はダンを先頭に内門を抜けようとしていた。だが──。
「ッ!?」
次の瞬間、サジははたと背後から迫ってきた殺気を感じると、振り返りざまに槍の腹でそ
の一撃を防いでいた。
バチバチと、その威力を物語る火花が目の前で散ってゆく。
「……」
その強襲の主は、一人の女性将校だった。
何かを握っているらしいが、目に見えないその得物。
そして何よりも、その一撃を辛くも受け止めたサジに向けられた苛烈なまでの敵意の眼。
「隊長っ!?」
「来るな、リンファ! お前は……ダン殿達と先に行け!」
「し、しかし……」
思わずその剣戟の音にリンファが、少し先を行こうとしたダン達もが振り返っていた。
だが当のサジは加勢に加わろうとするこの元同僚──部下を言葉で制し、そう肩越しに叫
んで彼女を先に行かせようとする。
「この戦の目的を忘れるな! 元より私達は“彼ら”の到着まで時間を稼がなければならな
いんだからな」
「……。分かり、ました」
リンファは躊躇っていたが、それでもサジの言葉を受けぎゅっと唇を結ぶと小さく頷いて
いた。去り際に「御武運を」と一言を残すと再びダン達と合流し、レナのお蔭でぶち抜かれ
た内門を抜けてそのまま城下方面へと走り去ってゆく。
「ふっ……!」
その遠くなる後ろ姿、気配をしっかり確認してから、サジは先程からの鍔迫り合いを打ち
切らせた。
ぐっと力を込めて、押してくる威力──間違いなく刀剣の感触を弾き返すと、お互いに大
きく飛び退いて間合いを取り直す。
「……。久しぶりだな、ユイ」
「罪人風情が気安く呼ぶな」
対峙するのは、不可視の刀を構える女性将校・ユイ。ジークと王宮内で一戦を交えた、小
隊を率いる皇国軍の尉官だった。
何とか先の城門破壊の中でも生き残ったらしい部下達もその背後に引き連れ、彼女はサジ
が自身に向けて発したその第一声に、そんな強い拒絶感を以って応じる。
『……』
まだ自分達の周囲で戦闘は続いていた。
だが不思議と、それらの轟音や剣戟は何処か遠くに感じられるような気がして。
「……サジ・キサラギ」
だがやがて、たっぷりの沈黙の後、ユイはその見えざる剣先を向けてくると、
「貴様を、国家反逆の罪にて──討つ」
この目の前の仇敵に向かって、そう言い放ったのだった。