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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-22.ソサウ城砦攻防戦(前編)
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22-(0) 空路の姫君

 皇都を巡る戦闘勃発の報は、国内に詰めていたマスコミや各国の間者らによって瞬く間に

世界中に広まっていった。

 以前より、アズサ皇と反皇勢力レジスタンスとの敵対自体は、知る人ぞ知る世界の紛争の一つではあっ

た。しかし……この争いはこれから先、世界中の不安の眼差しを一手に引き受ける話題にな

るであろうことは間違いない。

『た、ただいま交戦が始まった模様です! たった今、両軍の衝突が始まりました! 皇都

近隣の方々は一刻も早い避難を──』

『こちら皇都トナン郊外です。つい先程、レジスタンス軍がソサウ城砦への攻撃を開始しま

した! 現在、城砦から皇国軍の砲撃も──』

『戦闘がついに始まってしまいました。二十年もの間、燻り続けてきた内紛が今まさに大き

な火の手を上げようとしています。本日は急遽予定を変更し特別編成でお送りします──』

 そして続々と始まる、メディアの報道合戦。

 報道スタジオの面々と現地レポーター達が忙しくなくやり取りを交わしている。

 遠巻きからの撮影でもありありと窺えた。

 緩やかな丘陵、四方を囲む堀に護られ築かれたソサウ城砦──その内側の王宮の頭部分。

 そこへワァッとなだれ込んで行く、大地を覆う軍勢の人だかりへと、城砦の上方から灼け

る閃光を伴った砲撃が撃ち込まれ出す。

 そんな遠くの、或いはさほど遠くもないこの国の戦を、人々は不安や戸惑いの中、ディス

プレイ越しに見つめていた。

 財友館や街の集会場、酒場など。

 彼らは室内に設置された大型端末(そもそもに、庶民はこうした通信ツールを個人で持っ

ていない場合が殆どだ)をぐるりと囲み、魔導と機巧技術の融合が生んだこれら通信技術を

利用して、画面の向こうの、同じくそれら技術をふんだんに用いた“殺し合い”に何とも言

えない表情かおを並べて震えていた。

 一方で貴族や各国の要人らの大多数は、刻々と送られてくる報告と併せて今後の自分達の

“損益”を頭の中で弾き出そうとしながら、事態の風向きをじっと傍観しようとしていた。

 或いは……そうせざるを得なかった。そういった釈明をするのかもしれない。


「……」

 そんな画面越しの世界の混乱ぶりを、彼女もまた見つめていた。

 シノブ・レノヴィン──もとい亡き先皇夫妻の娘、シノ・スメラギである。

 場所は大型飛行艇内の一室。彼女に宛がわれたVIPルームだった。

 今、シノブは皇国トナンに向かっている。

 争いの渦中にある彼の国を止めるべく、何よりも巻き込まれた息子とその仲間達を助け出

すべく、そのひた隠しにしてきた己の身分を明らかにし、こうしてアトス・レスズ共同軍の

一行に加わって一路雲上の旅人となっていたのだ。

(始まって、しまった……)

 今回最も保護すべき要人として、自分は両軍にこんな豪奢な部屋と外で警戒する警護の兵

を宛がわれいる。

 だが、それがシノブにとってはどうにも哀しかった。

 自分が逃げても争い続けていた皇国そこく

 自分達親子を逃がしてくれなかった運命というもの。

 何よりも、再びそれらに抗おうと──争いの終止符と息子達の救出を望んでも、結局その

方法は同じく戦という形を採ってしまっている事実。

 だからこそ、自分だけがこんなVIPルームでぬくぬくと祖国へ向かっていることも、彼

女には拭い難いもどかしさを与えずにはいられなかった。

 ゴゥンゴゥンと飛行艇──軍用飛行艇の重低音なエンジンが遠くで鳴っている。

 しかしその音や振動すらも、この豪奢な部屋は遮ってしまっている。

 シノブは胸を掻き抱き、眉を下げた表情かおでそっと分厚い窓ガラスの外へと視線を向け直した。

 目に映る景色は今乗っているこの艦と同じく、群れを成している飛行艇の群れ。そして眼

前と眼下に確かに流れてゆくマナの雲海。

 空は、平等だった。

 何があろうとも変わらずセカイに無数の魔流ストリームを通じてマナを供給する。

 たとえこの雲の下、東の祖国で今大きな争いが起こっているとしても。

「…………」

 哀しかった。いや悔しかった。

 自分の所為で──あの日、目の前で起きた暴挙から逃げた、国の民を置き去りにして逃げ

たことで長く人々を苦しめてしまった。

 せめて伯母様が政治に手腕を振るって安定させてくれれば、それで皆が安心して暮らせる

のなら。そう言い聞かせた想いは所詮奇麗事に過ぎなかったのかもしれないと、後悔ばかり

が激しく胸の奥を責め立ててくるようで。

 止めたい。自分があの日逃げたが故に今も尚続くこの争いを。

 少なくとも、その思いだけは確かだった。

 息子達をも巻き込んでしまった、その自責の念故という面もあろう。

 しかし、もう顔を背けたままではいけないのだと思った。いられなかった。

 かつて自分は多くの民よりも、一人の夫コーダスを選んだ女ではある。

 でも、そんな自分でしかこの戦いを止められないというのなら、今度こそ自分は──。

(ジーク、リン、リュカちゃん、ダンさん、皆……)

 ぎゅっと薄く艶のある唇を横に結び、胸元を強く掻き抱いて。

(どうか……無事でいて)

 かつての姫君は、ある意味最悪の形でその帰郷を迎えようとしていた。

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