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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-21.其の剣は何がために
109/434

21-(2) 俎上の想いは

 魔導と機巧技術。

 今日のセカイを支えるこの二大技術は、互いに補い合い、実に様々な場面で私達に恩恵を

与えてくれる。

 時は前後して、ソサウ城砦内の医務室。

 その一角に設置された治癒液房ヒーリングカプセルの回復液の中に裸の全身を預け、ユイはじっと、ジークと

の交戦で深手を負った身体の治療を受けていた。

 目元口元を覆うマスクとシュノーケル状の器具、カプセル内の四方八方で輝いている金色

の魔法陣。回復魔導の力と光をいっぱいに受けた回復液は静かに装置内部で循環を繰り返し

ながら、傷付いた身体をゆっくりと、温かな熱を帯びつつ再生させてゆく。

「…………」

 そうして回復液の中に浮かんだまま、ユイはぼうっと先の交戦を振り返っていた。

 間違いなくあの青年は、あいつを知っている。

 なのに居場所を吐かなかった。吐かせようとしたが結局それは果たせず、今に至る。

 レジスタンス側からの投降者だと、自分は聞いていた。

 にも拘わらず、彼当人はそれを否定して──加えてあいつに否定的な素振りまでみせてい

たように、自分には思えた。

『そんなに……っ、あのおっさんが憎いってのか』

 それなのに。それなのに、ふと気付けばまるで彼はあいつを庇うように……いや、まるで

自分を含めた私達を“説教”しようとしていた。それが、何より癪に障った。

『平等に、ねえ……。要は態よく使われてるだけじゃねぇか』

 ぎりっと、シュノーケルを含んだ口の中、悔しさや怒りを思い出して歯を食いしばる。

 目の前をボコボコと気泡が上がっていった。ぼうっとしていた思考が徐々にはっきりとし

始めるのが分かる。

(……貴様に、一体私達の何が分かる?)

 身体を覆う浮遊感とはある意味真逆の、ズシリと内面を覆う重み。苦痛の思い出達。

 ユイは、あの場で叫んだ言葉をもう一度、心の中で繰り返す。

 ──アズサ皇の政権が誕生したあの日、自分はまだ幼い子供でしかなかった。

 母も、軍人の妻という肩書き以外はごく普通の女性であったと記憶している。

 あいつも分かっていた筈だ。いや分からない理由などない。

 “負けた”時点で、もう私達は「官軍」ではないのだ。

 なのにあいつは家族を見捨ててまで『先代への忠義を貫く』と言い、文字通り「朝敵」へ

と堕ちていった。

 その妻子である自分達がその後、自身の選択によりどんな辱めに遭うのか?

 そんなことぐらい、予想できていた筈なのに、だ。

 結局、程なくして母は失意のままにこの世を去った。残された自分は“敗残者の子”とし

て長らく陽の目を浴びることはなかった。

『キサラギ……? 関係ないわ。貴女は試験に通った。それだけの実力があると私達に示す

ことができた。私が貴女を拒む理由が何処にあるというの?』

 一時はあいつ同じく、政権を引っくり返したアズサ皇を恨んだこともあった。

 あいつをこの手で討つ。そして母さんの無念を晴らす──。

 だけど、その為に皇国軍への仕官に臨んだあの日、そのアズサ皇は自分があいつの娘だと

書類に目を通して知っても尚、そう平然と言い放ったのだ。

 不幸中の幸い。

 あの時ほどこの言い回しを痛感したことはない。

 皇は自分と同じだったのだ。

 陰湿な柵を嫌い、ひたすらに実直に強い国となることを、人が育ってゆくことを願ってい

る人だったのだ。

 だからこそ、私は今まで頑張ることができた。

 血筋など関係ない。肝心なのは、私が何を成すのか。その一点だと信じることができた。

『──やっぱ、お前らは父娘おやこだよ』

 なのに……。なのに、あの青年は決め付けるように言った。

 自分があいつと同じ? 馬鹿を言うなと思った。

 だから聞く耳など持たず、この脱走者を捕らえる──そして知っているであろう、あいつ

の居場所も聞き出すつもり……だったのに。

「……」

 何故、自分はあの時、彼の言葉を真に受けてしまったのだろう。

 部外者の戯言。人の悪意を知らぬ奇麗事。

 そう断じようとしたのに、あの時私は怒りに火を灯してしまっていた。結果、あいつの思

わぬ気迫に隙をみせてしまった。

『……お前の“守りたいもの”ってのは、所詮そんなもんなのかよ!?』

 ゴポッと気泡が上っていく。また思い起こされて眉間に皺が寄る。

(守りたい、もの……)

 あの時はただ怒りに──そう、私怨に任せて奴を仕留めようとしていた。

 元より彼はレジスタンスの関係者。あの場で逃がす訳にはいかないと結論付けてもいた。

 だけど……この胸の中の揺らぎは一体何なのだろう?

 敵を敵を思うことがそんなにいけない事だと、貴様は主張するつもりだとでもいうのか。

 私が、守りたかったもの。取り戻したかったもの。

 ならこの剣は。私は、一体──。


「はい。終了で~す!」

 そんな時だった。はたと聴覚にビーッと鳴り響くアラーム音と、それまでカプセルの傍で

装置を操作していた医務室の係員が声を掛けてくるのが聞こえてきた。

 ハッと、ユイはそれまでの思考を寸断されるように我に返った。

 じわじわと見えなかったものが形を成そうする、その直前でそれらは再び霧散してゆく。

そんな感覚が、あたかも目の前で映し出されるような錯覚がした。

「それでは、回復液を抜きますね。アームに背を預けて下さ~い」

 それまでカプセル内を照らしていた金色の魔法陣──聖魔導の術式が消え、回復液も本来

の無色透明な色となりつつ、ゆっくりと配管を通って外へと流れてゆく。

 背後のアームに支えられながら、ユイはそっと、浮力を失ったカプセル内に立っていた。

「お疲れさまです~。具合は如何ですか?」

「……随分楽になったわ。ありがとう」

 係員の操作でカプセルが開き、ユイはその足でマットの敷かれた外に出た。

 白衣に身を包んだ、おっとりしたこの女性係員の声掛けに(正直余裕がなく)素っ気無い

態度で答えると、そのまま近くの棚に置いてあった着替えとバスタオルに手を伸ばす。

 返答自体は間違ってはいない。

 あれだけ彼に斬り伏せられた筈の傷は、跡こそまだ残っているもののしっかりと塞がれて

おり、まだ強いて身体が感じているのは急ピッチで治療したが故の反動──妙な疲労感くら

いなものなのだから。……魔導と機巧技術の融合、さまさまである。

「皆は?」

「外でお待ちです。皆さん少尉のこと、大層心配しておられましたよ?」

「……。そう」

 そんな状況把握を二、三挟みながらユイは手早く濡れた身体を拭い、替えの軍服に袖を通

していた。直前までの思考もある。彼女からの報告もある。表情は自然と引き締まった。

「──隊長!」

 医務室のドアを開け、待合スペースの廊下に出ると、不意にざわっと隊の面々が顔を上げ

てきた。一様に見られるのは安堵の色。彼女の言っていた通り、確かに心配してくれていた

らしいことが否が応にも分かる態度。

「ご、ご無事ですか?」

「傷の程は……?」

「もう大丈夫よ。それより」

 近付いてゆくと隊士らは立ち上がり、一斉に負傷の如何を訊ねてくる。

 しかしそれでもあくまでユイは“冷静”だった。

 少々面倒臭いといった素振りを見せつつ、彼らの一人から預かって貰っていた得物を受け

取ると言い放つ。

「……どうして脱獄者達を追いかけなかったの?」

「えっ」「それ、は……」

「確かに、医務室ここに運ばれなかったらどうなっていたか分からないわね。それに関しては礼

を言っておくわ。でも、それは全員でやるべきことだった? せめて半分は逃げる彼らの追

撃に割くべきだったんじゃない?」

 隊士らは黙り込んでしまっていた。

 隊長の無事を知った安堵から一転して、その彼女自身から受ける叱責に小さくなる。

「いい? 私達は結果を出さないといけないの。他のどの隊よりも確実に。……それは貴方

達だってよく分かっている筈だけれど」

「……はい」

「す、すみません……」

 気持ちは分からないでもない。

 自分達は国の同胞より敗残者として除け者にされてきた“同士”ではある。

 だがしかし……今自分達の属する此処は、その傷を舐め合う為の場所ではないのだ。

「……。ともかく、すぐに私達も他の隊と合流するわよ。まだ奴らは城内にいるわよね?」

「は、はいっ!」

「出入り口は既に封鎖が完了していますので、現在警備兵総員で手分けをして捜索網を狭め

ている段階です」

「分かったわ。……行きましょう」

 次の瞬間、隊士らの返事が綺麗に重なった。

 そんな面々を引き連れ、腰に差し直した得物──その柄に巻きつけたネックレス型の魔導

具をナチュラルに発動させると、その全形を不可視にする。

 正直を言えば、まだ身体は疲れが残っていた。

 だけどそんな甘い事は言っていられない。取り逃がしたその分を、埋め合わせなければ。

(次はないわよ。……反分子レジスタンス

 それは宣言でもあり、自分自身への鼓舞でもあった。

 自分達“反分子の血”たる者に許された居場所など……そう多くはないのだから。


「んっ、しょっ……と」

 リオの言葉に偽りはなかった。

 指示された通りに中庭の奥に並ぶ石像の首を回してみると、ゴゴッと音を立て、すぐ傍に

地下へと続く隠し通路が口を開けたのである。

 互いに顔を見合わせてから、面々はえいやと一歩を踏み出し、暫くの間、足元が水気でぬ

めりと湿った薄暗い通路を往く。

 やがて行き着いた先は、鉄格子の付いた巨大な排水溝の出口らしかった。

 だが古びていた為か、水で錆びていた為か、格子自体はぐぐっと力を込めてやると思いの

外簡単に外すことができた。

「……外に出られた、のか?」

「ああ。多分な」

 先に何人かが出口から軽い段差を飛び降り、周囲を見渡してみる。

 只々視界に映るのはあばら屋の立ち並ぶ、高い石壁で遮られた軒の低い町並みだ。

 どうやら、脱出口となっていることに間違いはないらしい。

 それを確認すると、彼らはジークを担いでいる者らを含めた背後の仲間達にオーケーのサ

インを出し、後に倣わせる。

「……何処なんだ、此処は?」

「う~ん。多分王宮の外、城下の何処かだとは思うんだけど」

「……。スラムだよ」

 浅く浅く濁った水の流れる排水路を通り、近場の梯子から町並みの中へと。

 彼らに担がれたまま、そうジークがそんな周囲の景色を見渡しながら呟いていると、ふと

面々の内の一人が何処か顔を顰めた。

「スラム? 皇都にそんな場所があるのかよ」

「現に此処がそれだ。それに……むしろ都だからこそ、こういった場所が出来てくるとも言

えるんだよ」

「まぁな。とりあえず都に出てくれば……ってのはあるし」

 なるほど。確かにこれなら脱出先の隠れ蓑にもなる。

 そうジークは小さく頷き納得しつつも、一方で内心、胸糞悪さも感じていた。

 以前道中で、街に出て行ったままの息子を亡くしたあの老夫婦のことを思い出す。

 加えて今こうして目の当たりにする、物理的な──そして多分、精神的な──“壁”が酷

く人を分断しているかのようにも思えて。

(結局、都だろうが他の街だろうが、こういうのは変わらねぇってことなのか……)

 ジークは思わずギュッと悔しさに唇を噛む。

「……ッ。皆、構えろ」

 ちょうど、そんな時だった。

 ふと全身を刺しだした気配──いや、殺気や憎悪に近い感触。

 面々が得物に手を掛け始めたのとほぼタイミングを同じくして、ざっと三十人近くいるで

あろう、如何にもアウトローという風体な男達があちこちの物陰から姿をみせたのだ。

『……』

 相手側の得物は木や金属の棍棒、ボロボロの古びた剣といった粗末なもの。

 武装だけでみれば劣りはしなかったが、何分此処は間違いなく相手のテリトリー。何より

どう見ても民間人の彼らにいきなり武力を振るうのは抵抗がある。

 暫くの間、取り囲む側と囲まれた側、双方は言葉少なく睨み合っていた。

 それでも相手の方はやる気満々らしく、じりじりっと、少しずつ得物を揺らして距離を詰

めようとしている。

 どうする? いや駄目だ。

 面々は互いに目配せをしていたが、やはり積極的な防衛に先んじるのを躊躇っていて。

「──止めんか。お前ら」

 だが、救いの手は思わぬ方向からやって来たのだった。

 ピシャリと、しゃがれながらも矍鑠かくしゃくとした老年の声。

 一同がその声のした方を見遣ると、そこには杖を突いた、如何にも気の強そうな老婆と彼

女をフォローするように男女が数人立っていた。

御婆おばば……何で?」

「こ、こいつらはッ」

「落ち着かんか。いきなり襲い掛かってどうするね」

 どうやらこの老婆は彼らのリーダー格でもあるらしい。

 アウトロー風の男達は沸々っと戸惑い気味に叫びかけるが、彼女は再び制するように言い

放つと、サッとこの事態に目を瞬かせている面々──服を出血の赤で汚したままのジークへ

と視線を向けて数拍、目を細めていた。

「……さてと。話なら家でゆっくり訊くとしようか。どうやらそっちには中々の怪我人も交

じっているようだしねぇ?」

 そして彼女は供の者達を伴いゆっくり背を向けて歩き出すと、肩越しにジーク達を見遣り

ながら、そう有無を言わさぬ促しを向けてくる。


 試しに百体の傀儡兵を差し向けたのだが、その内半数以上が戦闘開始前に、残りはものの

一瞬の一太刀の下に倒され、滅していた。

「……こいつあ、予想してた以上だな」

 暗がりの中に浮かぶ魔導の光球。その中に“剣聖”がこちらからの刺客をあっという間に

殲滅する様が映し出されていた。

 ジーヴァら“結社”の面々がその一部始終を監視している中、ひゅうと小さく口笛を吹い

て、それでもバトナスは荒々しく笑いながら呟いている。

「伊達に現役の七星というだけはあるねェ。これは中々の支障になりそうだよォ?」

「うーん……。大丈夫かなぁ?」

「……はぁ。面倒臭ぇな」

「何。別に彼を倒すことが目的じゃないんだ。ちょっと遠ざけておければそれでいいさ」

 面々はそれぞれに懸念や嘆息、楽観を口にしていたが、それもすぐにはたと止まる。

 映像ビジョンの向こう──夜闇の中庭で、一太刀の下に傀儡兵らを滅ぼしたリオがふいっと、間違

いなくこちらへとその細めた覇気の眼を向けてきたのである。

 思わず、バトナスとフェイアンが眉根を寄せた。

 その横で、先刻から光球を出していたフェニリアがふぅと息をつくと、手早くその遠隔視

の魔導を中断する。フッと光球が消え失せると同時に、辺りの暗闇が静かに濃くなる。

「……勘付いていたみたいね」

「元より牽制のつもりだ。特に問題はない」

 彼女はやれやれと呟いていたが、一同の中心であるジーヴァは全くといっていい程に動じ

ていなかった。

「まぁそうだろうけどよ……。いいのか、トナン皇に伝えなくて? これであいつは俺達に

とって邪魔者だと確定した訳だが」

「その必要はない。もうあの女の役目は残り僅かだ」

 代わりに彼はバサリと着込んだ黒コートを翻すと、言ったのである。

「……贄と六振りは揃ったじゅんびはととのった。始めるとしよう」

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