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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-21.其の剣は何がために
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21-(0) 逆転への布石

 人は、三人も集まれば対立するものだと云う。

 話し合いの場というものは、本来そういった事態への“調整”を期待して設けられるもの

だが、往々にしてこうした試みは、彼らの利害対立の二次会と化すだけの末路となる場合が

多いと言ってしまっていいと思われる。

 そしてそれは、サウルも出席するこの場──レスズ都市連合評議会でも変わらなかった。

 “結社”による飛行艇爆破テロから、既に数日が経っている。

 だが出席している諸侯達は今も尚、都市連合全体としての態度を決めあぐねていた。

「一刻も早く、我々もこの戦いに加わるべきです!」

「しかし……相手はあの“結社”なのだぞ? 下手に関わって皇国あちら以上の損害を出してしま

えばどうする気なのだ? 領民の理解が得られるのか?」

「さりとて、このまま沈黙を続けていれば東の盟主としての沽券にも関わるぞ? 既にレギ

オンは“七星”らを召集し、待機させているそうではないか」

「で、ですが、正規の手続きやトナン側からの了承なしでは内政干渉に──」

 要するに、及び腰だったのである。

 アズサ皇が記者会見で公にしているように、相手にするとなればそれは即ち“結社”との

対決──文字通りの軍事攻防を意味する。

 たとえ自分達が一国を、いち領土を治める存在であっても、彼らの悪名高さは長年の行い

から周知徹底されている節がある。

 少なくとも、敵対することで得られるメリットよりも受けるデメリットの方が多い筈。

 しかしこのまま沈黙していれば、たとえ皇国トナンが都市連合の一員ではないにしても、消極的

な屈服を内外に示すことにもなる……。

 だからこそ、諸侯らはどっちつかずな心境と算段のまま、只々結論の出ない会議を連日繰

り返しているのであった。

「……」

 しかし、それはあくまで“表向き”の方便だとサウルは知っていた。

 喧々諤々──というよりも今や烏合の衆に近いのかもしれないこの眼前の集団を眺めなが

ら、サウルはそっと顎を撫でながら目を細める。

 自分だけではない筈だ。

 他の諸侯達とではその内容・動機は違うのだが、皇国トナンへの秘密裏なアプローチはここにい

る者達は多かれ少なかれ行っているのだ。自分達の為にも、そういった動きの裏は密かに

取ってある。

 ある者は勢いを増すトナンに結ぶ付いて利益を得ようと(或いは既に得ているか)。

 またある者は力をつけるトナンを警戒し、裏でその抑止の為に暗躍して──例えばトナン

国内の反皇勢力レジスタンスの支援者となって──いるのだろう。

 皆、自分達の利益の為に動いていた。

 とりわけこの東方は都市国家が林立しており、他の地域に比べて独立独歩の気風が強い。

 少しでも自分が有利に立てるように。

 少しでも自分が他より抜きん出るように。

 諸侯らを取り仕切るこの評議会でさえ、結局はそうした利害をテーブルの下で蹴り合って

いるだけなのだ。……机上では、あくまで互いに「友好」を装いながら。

(相も変わらずというべきなのだろうが……。もどかしいな)

 サウルは人知れず、口の中で嘆息を噛み殺していた。

 こうして長々と譲らない議論を──折り合いを知らず、只々自分が有利な状況を作ろうと

するだけの空間にいた所で、一体何が「良く」なるというのだろう?

 それでも時間は確実に過ぎてゆく。

 かつて……いや、今も尚苦しみに身を振るわせる仲間ともが、その血を引く子らが、今この

瞬間も運命の荒波にもがいているというのに。

「議長」

 そしてサウルは意を決したように、この停滞を断ち切るように挙手をした。

 自然と、議場の方々で議論を交わしていた諸侯らがこちらを見遣ってくる。

 だがそれでも構わない。彼はついと視線を壇上の最奥──現評議会議長・ウォルターへと

向けた。

「何かね、フォンテイン候?」

 ウォルター議長はそんな彼の真面目な眼差しを、何処か舐め回すように見下ろしていた。

 恰幅のよい──もとい贅肉をたっぷりとまとった、都市連合きっての大富豪の姿。

 発言を許されたサウルは、改めてこちらを見ている諸侯らに振り返ると語り始める。

「皆々方、立場やご意見もありましょう。ですが私としては今回の戦闘に加わるべきだと考

えております」

「おおっ! 貴公も同じ意見であるか!」

「し、しかしだな。相手はあの“結社”だぞ……?」

「ええ。分かっています」

 分かり易いほどに諸侯らの意見は割れていた。

 自分達や組織の体面を優先し、決して正義感ではなく私利的動機で以って好戦的な者。

 いざ“結社”と敵対関係になった場合のデメリットを頭の中で弾き出して及び腰な者。

「アズサ皇の会見もあります。何より“結社”自身からの犯行声明もあります。我々なりの

裏付け調査でも件のテロが彼らの犯行であることは間違いありません」

 それは、会議が始まる前から分かり切っていたことだ。

 サウルは方々から飛んできた諸侯らの声に一度は深く頷いてみせ、それでも言うべきこと

は届けようとする。

「……皆さん。今我々がここで交わすべき議論は“彼らと戦うか否か”なのでしょうか? 

確かに各々の立場もあります。存じております。ですが、此処はレスズ都市連合という我々

全体としての態度を決めるべき場なのではありませんか?」

 正論。だが所詮は──理想論。

 諸侯らは一様に手痛い所を突かれたように黙っているようにも見えたが、おそらくは少な

からぬ面々が内心では「何を今更甘い事を」等と哂っていることだろう。

 だからこそ、サウルはじっとそんな独立独歩の徒らを見渡すと、言った。

「仮に、このままあくまで今回の件を“トナンの内戦”として手を出さない。そんな方針を

採るとしましょう。確かにその場合“結社”の矛先はこちらに向きません。ですが……今回

の件で介入を模索しているのは、何も我々都市連合だけではありません」

『……』

「我々に加盟していない諸侯達も然り、実際に飛行艇を落とされた北のアトスも然り。或い

は“結社”との戦いとして西のヴァルドー、政権の実績作りの為に南のサムトリアも動きを

見せ始めています。……既に、調査で明らかになっている所ですね?」

 会議の場の、諸侯らがざわめいていた。

 確かに、表立ってトナンの軍事作戦に共同歩調を採る表明は未だどの国も出していない。

 しかしそれは、すぐさまイコール他の国々・諸勢力が動かない理由ともならない。

 そんな、お互いを思案顔で見遣る諸侯らを見て、サウルは手応えを掴みつつあった。

「確かに皇国かのくには都市連合に与する勢力ではない。むしろ、昨今アズサ皇に代を変えてからは

我々に並ぶ強国へと成長を遂げています。……もしそんな国が、先んじた我々以外の大国せいりょく

影響下に落ちれば」

「……次なる食指は我々に、か」

「ご明察」

 そして、老練の諸侯の一人が両手を組んでぽつりと継いだ言葉に、サウルは頷き、議場の

面々はより一層迷いの色を濃くしていた。

 何も彼らだけの話ではない。

 往々にして、政で義を語るだけでは「口説け」ない。

 ──義ではなく、利で釣る。

 それは交易で生業を立てている者が大半を占めるこの地では、特に有効に働いているよう

に思えた。

 何よりもこの場所──水都フォンレーテ自体が、長らく周辺各国に狙われ続けてきた苦い

歴史を持った都市でもあるのだ。

 現在はレギオンが後ろ盾となっているとはいえ、サウルが口にした、大国勢のトナンへの

協力かいにゅうを足掛かりに自分たち都市国家群へと食指を伸ばされるというシナリオは、場の諸侯ら

の脳裏に粘つくような重さと切迫感を与えるには充分だった。

「確か、既にアトスが打診を始めているという話だったな?」

「そうです。先日、閣僚同士が導話会談を設けたと……」

「……まさかとは思うが、警戒するに越したことはないな」

 諸侯らがざわついている。

 既に自分達が集めてきた各国の動静情報も相まって、サウルの口にした“自分達に不利な

シナリオ”は否が応にも意識されてしまう。

 流れが、傾こうとしていた。

「……しかしフォンテイン候よ。果たしてアズサ皇がアトスや我々の共同戦線を認めると思

うかね? 彼女とてそう容易く他国の軍を迎えるとも思わないが……」

 それでも、ウォルター議長ら重鎮組はあくまで慎重だった。

 利で多くの者は釣れる。

 だが、かといって──せめて表向きは──それだけでは駄目なのだ。

 オブラートに、自分達の行いを包む隠すことのできる義。それもまた必要なのである。

「ええ。抜かりはありません。……むしろ、これからが本題です」

『……?』

 サウルは生真面目な表情かおを、改めてウォルターに向けた。

 しかしその内心は“真っ直ぐ”ではないのだろう。

 自分を哂いたかった。しかし、こうでもしなければ救えない仲間ともがいる──。

「議長。こちらから提出したいものがあります。許可を願えますでしょうか」

「……いいだろう。その提出、許可する」

 彼から許可を取り付け、サウルは「ありがとうございます」と貴族の礼を示した。

 そしてすぐに、議場に控えていた使いの者にその代物を運んでくるように指示を飛ばす。

 使いの者はきゅっと唇を結び、最大限の敬礼と共に議場を駆け出して行った。

 信頼のおける部下の一人だ。想いは同じ。今の自分の心境も、きっと分かってくれている

からこその真摯さなのだと思う。

「……」

 彼が、大きなドアを開けて議場を出てゆく。

(さぁ……。正念場だ)

 その後ろ姿をじっと見送りながら、サウルは一人静かに、己の魂により一層の強い炎を灯

していたのだった。

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