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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-20.今繋がる過去と現在(いま)
106/434

20-(5) 終焉の願望者

「──相打ち?」

 トナン王宮内の廊下を往きながら、リオは駆け寄ってくる兵達からのその報告にちらと目

を遣っていた。

「はい。西棟第三武器庫にて駆けつけたキサラギ小隊と交戦、キサラギ少尉と相打ちになり

ながらもこれを撃破した模様です」

「先刻別の隊も到着したのですが既に肝心の脱獄者一同の姿はなく、キサラギ小隊の面々に

よって応急処置を受けている重症の少尉が発見されました」

 どうやら外の鼠を相手にしている間に、王宮内こちらでは随分と大騒ぎになっていたらしい。

 ざっくりと、現在起きている状況について兵達から説明を受けながら、リオは上着を揺ら

しつつその足を王の間へと急がせる。

 当事者たる小隊の面々からの情報なら、間違いはないだろう。

 だとすれば、今彼ら脱獄者一同は深手のジーク・レノヴィンを抱えてこの王宮内の何処か

に潜んでいることになる。

 寄せ集めの集団とはいえ、中にはレジスタンスのメンバーなども混じっていると聞く。

 今のこの状況がどれだけ彼らにとり不利か、分かっていないとも思えない。

「……報告ご苦労。お前達も捜索に加わってやれ。俺は一度、陛下に面会してくる」

「はっ!」

「了解致しました!」

 ビシリと敬礼をして、報告に来ていた兵達が小走りに走り去って行った。

 今この王宮内にいる警備兵の数からしても、ジーク・レノヴィン達が見つかるのは時間の

問題だと思われた。

「──やっと戻って来たわね。こっちは大変なことになっているのに」

 そして王座の前に足を運ぶと、座していたアズサは開口一番、そうリオに向かって棘のあ

る言葉を投げてきた。

 しかしリオは、何ともないと言った感じで彼女の真正面に突っ立っていた。

 ちらと周りの臣下らを見る。持ち込んできたデスクの上でデータを処理しつつも、やはり

自分へ向ける視線は逸らし気味だ。

「らしいな。大体の状況は兵達から聞いてきた。……キサラギ小隊が破られたらしいが?」

「ええ。使えないわ。何故、追跡する兵力を割かなかったのかしら……。職務怠慢よ」

「……」

 アズサがぽつと零すその言葉に、リオは黙っていた。

 司令官としてなら、当然の思考なのかもしれない。

 味方の救護よりも、優先すべきはこの王宮の治安回復ではないか? 採るべき優先順位が

違うだろう? 彼女はそう言っている。

 そして彼女はこういうじんぶつなのだと、改めて確認できる。

「……まぁいいわ。それよりもリオ、貴方にも捜索に回って貰うわ。早くこの城内の騒ぎを

鎮めて来なさい。但し脱獄者達は生かして捕らえること。多少痛めつけておいても文句は言

わないけれど」

 予想していた内容だった。

 要はジーク・レノヴィン──予定していた“粛清”の素材を、この混乱の中で死なせてし

まうと後々都合が悪いのだろう。

 六華を手に入れ今度こそ真の皇となること。

 姉者アカネの血脈を今度こそ断つこと。

 今目の前の姉は皇は、その執念と共にあるのだと、リオは改めて思った。

「ん……。分かった」

 愛想なく頷いて、リオはバサリと上着と踵を返して歩き出そうとした。

 本来、一国の王を前にこんな態度でいれば斬首されそうなものだが、リオ自身がアズサ皇

の実弟であることは臣下一同も周知の通りだ。

 たとえ彼女が彼を一介の“傭兵”として雇っている態を採っていても、その事実は変えよ

うがない。

 故に元々の寡黙さも相まって、リオは王宮内にあっても周囲の者達とは距離を取り、取ら

れて久しかったのである。

「リオ。一ついい?」

 しかしそんな彼の歩みを、ふと王座の上のアズサが呼び止めていた。

 立ち止まり、リオは肩越しにちらとこの姉を見上げて「何だ?」との眼を向ける。

「さっきは何故外の小勢に打って出たの? 普段の貴方は腰の重い傭兵だというのに」

「……偶々夜風に当たっていたら見かけただけだ。それで様子を見に行ってみたら、巡回の

兵達が騒ぎを大きくしてしまっていた。それだけの話だ」

「ふぅん……? ならいいけど」

 含んだ言葉と見下ろす眼。

 リオとアズサはじっと暫く互いを見遣っていたが、またフッと、どちらからともなく関心

を切るかのように交わらせていた視線を解く。

 そして今度こそリオは、無言のままヤクランを翻し、王の間を後にしていってしまう。

 離れていった物理的な距離感が暗示するように、この姉弟の間にも、また何かしらの溝が

確かにあるようにみえる。

「……。頼りにしているわよ?」

 それから、どれだけの沈黙を挟んだろうか。

 忙しない役人らの奔走ぶりを眼下にアズサはたっぷりと間を置くと、

「“剣聖”……。いえ、我が弟リオ

 ふと誰にともなく、そんな小さな呟きを紡いでいて──。


「──着きました。此処です」

 ソサウ城砦前での交戦から一夜。

 辛くも危機を脱したダン達は一旦レジスタンスの仮アジトに戻り、パトロン達との交渉を

続けるサジらとの合流を果たしていた。

 そしてその場で、改めて話し合われて明らかにされたのは以下の三つに集約される。

 一つは、予想以上にパトロン達の萎縮が進み、兵力の再確保が一層難しくなったこと。

 二つは、ダン達の偵察した限りでは、ソサウ城砦を現状の兵力で攻めるのは難しいこと。

 そして何よりも、アズサ皇の側のかの“剣聖”がいるという悪い報せであった。

 正直、絶望的状況に近かった。

 城砦を皇都を、ひいてはアズサ皇を押さえられるだけの兵力が揃わないばかりか、このま

までは囚われたジークの身が益々危うくなってしまう。

 それだけは、何としても避けたい。

 少なくともそれは全員一致の意思だった。


『皆。実は、話しておかないといけないことがある』

 しかし報せは、何も一つだけではなかったのである。

 打開策を見出せぬまま押し黙っていた面々に、ふとリンファがある事実を告げたのだ。


 ──リカウへ向かえ。そこの者達に、俺が行動を開始しろと言っていたと伝えろ。

 

 それは、城砦前で“剣聖”と刃を交えていた真っ只中、彼女へと密かに告げられた彼から

の謎めいたメッセージだった。

 勿論、当初ダン達はその真意を量りかね、アズサ皇側の罠ではないかと懸念を示した。

 だがそれでも、リンファだけは最後までその可能性に頷くことはなかった。

『リオ様ほどの実力の持ち主であれば、あの場で私達を壊滅させることは容易だった筈だ。

なのに……あの方はそうしなかった。まるで、私達を試していたかのような……。だから私

には、あの時リオ様が姿を見せたのはただ迎え撃つ以外の、もっと別な意図があったからだ

と思えてならないんだ……』

 ダン達の怪訝は消えなかったが、それでも結局、一方でその“可能性”にも手を伸ばして

みようという決断が下された。

 打つ手が中々見つからない中での、足掻きでもあったのだろう。

 故に、引き続きダンやサジ達が皇都への侵入方法を模索する中、リンファやリュカ、ミア

と十数人程度のレジスタンスのメンバーという別働隊が結成されることになったのである。


「……。廃墟」

「そうですね。以前は自分達がアジトの一つに使っていたんですが、十年位前に皇国軍から

攻撃を受けて放棄した場所なんですよ」

「まぁ廃墟になったのは、それよりもずっと昔の事らしいんですけどね」

 レジスタンスのメンバー達に案内された小村・リカウは、文字通りの廃墟だった。

 時折吹く風に、カラカラと瓦礫や土煙が舞っている。

 ミアやリュカらが目を細め、それぞれに辺りの様子を眺めている。

「とりあえず一通り見て回ってみよう。場所はここで間違いないんだろう? きっと何かが

ある筈だ」

 ざっと見渡した限りは、何も無い。自分達以外の人気もない。

 それでも一行は暫しの間、レジスタンスの面々からそんな補足説明を受けつつ、注意深く

この廃墟の中を探索して回ってみることにする。

「……」

 それから、どれくらい時間が経った頃だろうか。

 皆が何人か毎に分かれて村内調べて回っている中にあって、リュカはただ一人、この廃墟

の中心に位置する場所でじっと何かに耳を傾けていた。

「……。リュカ先生?」

 そんな彼女の様子に、やがてミアや皆々も気付き始める。

 何だろうと近寄ってくる仲間達。

 するとリュカは、フッと微笑みを返すとこちらを見返してきた。

 その手には、仮アジトから借りてきた携行型の端末が一つ。

 中空にディスプレイが展開され、何やら小難しい数式の羅列が延々と流れている。

 加えてよくよく目を凝らしてみると、彼女の周りに確認できたのは……点々と瞬いては消

えてを繰り返す光──弱く顕現している精霊達の姿で。

「何をなさってるんですか?」

「というか、いつの間にうちの端末を……」

 気付けばリンファもミアも、面々全員が集まっていた。

 その中で、レジスタンスのメンバーが何人か、皆を代表するように訊ねている。

「勿論、調べていたのよ。魔導師は魔導師らしい方法でね」

 言って、リュカは再度端末を操作した。

 するとややあって、それまでディスプレイ上に流れていた羅列がはたと止み、一つの完結

した構築式を表示する。

「……見~つけた」

 リュカはぺろっと唇を舐めて呟いていた。

 暗算なのだろうか。彼女はその式を数秒見つめると、空いた方の指先で何やら空中にメモ

を取るような仕草をする。

 ふわふわと、決して強くはない光を纏う精霊達が彼女の周りを漂っていた。

(こんな寂れた場所にも……精霊はいるのだな)

 返答があったのは、ぼんやりとリンファがそんなことを頭の片隅で思考していた、そんな

時だった。

 ウインクを一つ。彼女は面々に向かって言う。

「一ヶ所だけ、ストリームの流れが不自然な場所を見つけたわ。微弱だけど、誰かが人為的

に弄った──魔導を利用していた痕跡が残ってる」

 感嘆と驚き。

 リンファ達は思わず大きく目を見開いていた。

 次いでリュカが、ちらとその場所──廃屋の一つへと視線を遣る。

「探すぞ!」

 次の瞬間、面々は一斉にその廃屋へと駆けて出していた。

 最早半分野晒しになっている、辛うじて家屋だったと知れる程度のあばら屋。

 そこに残された、殆どが朽ちかけている家財道具や床・柱を、一同は手分けをして隈なく

調べてゆく。

「……皆、来て」

 そしてさほど大きくない廃屋の中で、それは見つかった。

 床に屈み込んでミアがふと何かに目を凝らすように身を乗り出すと、そう淡々と皆を呼ん

で言う。

 そこにあったのは……窪みだった。

 大きさは盾の形をした掌サイズといった所だろうか。

 何だろう? そう面々が互いの顔を見合わせていると、ややあってリンファがハッと何か

に気付いたように自身の懐を探る。

 取り出したのは──これと全く同じ輪郭を持った、皇国近衛隊の紋章エムブレム

「……なるほど。そういう事だったのか」

 エムブレムを握り締めたまま、リンファは皆の視線を浴びて呟いていた。

 顔見知りであったからこそ、リオ様は自分にあの言葉を投げ掛けてきたのだ。

 自分がかつて近衛隊の一員として、何より殿下の御側役として宮仕えをしていた、その過

去を知っておられたから。

 おそらく──いや、十中八九これは。

 場の面々は既に予想がついていた。

 リンファ自身もまた、この先に何かがあると確信を抱いていた。

 革のカバーの中からエムブレムの本体を取り出し、そっと窪みに嵌め込む。

 ……間違いない。ここだけ、全く埃が溜まっていない。

 すると次の瞬間、背後の戸棚がひとりでに音を立ててスライドした。

 そして姿を現すのは──薄暗い地下へと延びる階段。隠し通路の入口。

『…………』

 リンファ達は、誰ともからなくお互いの顔を見合わせていた。

「行こう」

 是非もなかった。

 ただリンファ達は、目の前の開けた道を進むだけで。


 地下は思っていた以上にしっかりとした造りのようだった。

 避難用だったのか。或いは何かしらの貯蔵庫の為だったのか。何れにしろ、人が身を隠す

には良好な物件といえるだろう。

 一同は戦闘にリンファとミアを、殿を得物を構えたレジスタンスのメンバー達を、そして

その両者で挟み守るように真ん中にリュカという並びで階段を降りて行った。

 不気味なまでに静かで、冷たい。

 暗がりはリュカが付近の精霊達を呼んで灯りとしてくれているとはいえ、足元が不安定で

あることに変わりはない。

「な、何があるんだろう?」

「さてな。確かめてみなきゃどうにも──」

「ッ……!」「下がれッ!」

 そんな時だった。

 不安げな言葉を漏らしかけていた面々に、突然最前列を行っていたリンファとミアが眉根

を寄せて叫んだのである。

 それでも、皆(リュカを除けば)は少なからぬ戦いを経験してきた者達だった。

 二人が叫んだ瞬間、後方の面子は反射的にリュカを囲むように各々の身体を前に出して剣

や短銃といった得物を暗闇に向ける。

 それと同時に響いたのは、リンファの長太刀とミアの両手甲にぶつかる多数の武器の音。

 ちょうど階段を降りきり、その先の小部屋に足を踏み入れようとした一行を、暗闇の中か

らの奇襲が迎えてきたのである。

「何だ何だ!? いきなり随分な歓迎じゃねぇかよ……!」

「畜生め……。やっぱり罠だったのか」

 元より半信半疑だったレジスタンスのメンバー達は、にわかに戦闘態勢へと雪崩れ込もう

としていた。リュカを守るようにして狭い通路で陣形を組み直し、この奇襲攻撃を受け止め

たリンファとミアも、今にも加勢しようとする。

「落ち着け! ……まだそう決め付けるには早い」

 だがリンファはそんな後方の同盟者達に釘を差していた。

 握り締めた長太刀、その刃で振り下ろされてきた攻撃をじっと防いだまま、同じく両腕を

挙げた格好で暗がりの中に目を凝らしているミアを一瞥する。

「……私達は戦いに来た訳ではない。先日、リオ様より受けた伝言を伝えに来たんだ」

 するとどうだろう。心なしか押し付けられていた得物の感触が和らいだような気がした。

 やはりなのか。

 リンファはそんな微細な反応を刀越しに感じながら、あの時彼が渡してきた伝言をこの場

で紡ぎ直す。

「“行動を開始しろ”──リオ様は確かに私にそう言った」

 するとまた一層、得物の感触が遠退いていった。

 リンファとミアはそっと防御の構えを緩め、部屋の奥の暗がりに目を凝らす。

『お前は、何者だ?』

 そして次に飛んできたのは、誰何。

 ミアや後方の面々がちらりと自分を見遣ってくる。

 リンファは一度、気を取り直すように軽く咳払いをすると、

「私はホウ・リンファ。先代の頃の皇国軍で近衛隊士の一人だった者だ」

 先刻回収しておいた近衛隊のエムブレムを掲げながら、そう名乗りを上げた。

『……』

 するとどうだろう。その返答を投げ返した次の瞬間、視界が急に明るくなった。どうやら

部屋の照明──松明を焚いたらしい。

 そこに在ったのは石を積んでこしらえたとみえる小振りな地下室のエントランス。

 そして何よりも、刀や槍で武装した、ざっと五十人はいるであろう老若を問わぬ男達の姿

であったのだ。

「貴方達は……」

 これは、一応の警戒を解いてくれたと考えていいのだろうか?

 リンファは、ミアは、構えていた得物をだらりと下げると、言葉少なげにこの集団と対峙

する格好となった。

 後方のリュカとレジスタンスの面々も、少なからず驚きながらも向けていた得物を収めて

いた。そんな中、彼ら集団の老年格の面子がリンファを見、何やらコクと頷いていみると、

まるでそれを合図とするように彼らは一斉に構えていた武装を引っ込めたのである。

「失礼致した。リオ様の寄越された使いの方でありましたか」

「儂は覚えておりますぞ? シノ殿下の御側役を務めていた隊士殿でしたな」

 フッと向けられていた殺気は消え失せていた。

 代わりに見ることができたのは、非礼を詫びる言葉と深く下げられた頭。

 どうやら……もう大丈夫らしい。

 リンファが後ろの皆に肩越しに振り返り頷いてやると、ようやく一同全員がこの地下階の

エントランスに収まる格好となる。

 改めて、リンファ達とこの一見すると兵士でもなさそうな集団が相対していた。

「リオ様のお言葉、ありがとうございます」

「これで、我々も長年の願いを叶えられる……」

「いえ……礼には及びません。それよりも」

 だからこそ。

「一体、貴方達は何者なのです?」

 リンファはようやく──いや、改めて問うていて。

「そうですね……。先ずはこちらも名乗らなければ」

 そしてそんな誰何に、彼らは。

「言うなれば、我々は“皇弟派”とでも言いましょうか」

「この国の長い内乱たたかいに、終わりを望む者です」

 申し合わせるように互いの顔を見合わせると、そう確かに答えたのだった。

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