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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-20.今繋がる過去と現在(いま)
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20-(2) 摂理の見届く先

 転移魔導に包まれたアルスとエトナが送られた先は、まさにセカイの楔の只中だった。

 仄暗くも、遥か天上へと底知れぬ深淵へと互いに何度となく曲線を描く、ゆっくりと虹色

の変遷を続ける魔流ストリームの束。

 消えゆく魔導の光と引き換えに、やがて二人はストンと円形のガラス質な足場の上に落ち

着いていた。

「……ここが、世界樹ユグドラシィルの中」

 その圧倒的なスケールに、アルスは暫し果ての見えない辺り一帯をぐるりと見渡し、静か

な驚いている。

 厳密には世界樹ユグドラシィルの本流ではないのかもしれない。

 だが少なくとも、辿ってゆけばそこへと繋がってゆくストリームの中に今自分達は立って

いるのだ。

 一介の魔導師見習いとして、魔流ストリーム力学を専攻する学生として、その実物を目の当たりに

できることはアルスにとって非常に知的好奇心を刺激されるものであった。

「何だろう? すごく懐かしい感じがする。まるでお母さんに中にいる、みたいな」

「……あ~」

 その隣で、エトナはこの場に満ち満ちるマナを堪能するかのように、両手を広げて何度も

深呼吸をしていた。

 そうした相棒の横顔はほっこりと嬉しそうで、穏やかで。

 アルスは言いかけた言葉を引っ込め、小さく頷き返すだけに留める。

 精霊族は、マナに最も近しい存在と云われている。

 実際マナの影響を、良きにつけ悪しきにつけ受け易い性質もあるのがその一例か。

 アルス自身は、目の前の光景にただ静かに佇む“父”を連想したが、彼女の場合はもっと

違った感慨──“母”を連想する懐かしさ──を抱いているらしい。

「……で? トナンにはどう行けばいいの?」

「うん。それなんだけど……」

 そして一通り深呼吸を終えて目を開いたエトナが訊ねてきて、アルスはフッと苦笑を漏ら

して視線を前方へと向け直した。

 二人の、遥か向こう側まで広がっているのは──点在するガラス質な足場。

 それがある程度一本道ならよかった。

 しかしその足場達が結ぶルートが、無尽蔵に枝分かれしていたのである。

 更にその様に迷っている間にも、ポウッと次から次へと、アルスが視線を遣るのに合わせ

るかのように、新たな足場が現れてはその選択肢をやたらめったらに増やしている。

「……。どの方向ルートなんだろ?」

「それはこっちが聞きたいよ……」

 ジト目になってそんな状況を見ているエトナに、アルスは苦笑いをこぼしながらポリポリ

と頬を掻いていた。

 まさか、この現れている足場全てがトナンに続いてるとも思えないのだが……。

「とりあえず、進んでみよっか。少なくとも何処かには繋がっている筈だし」

「ん~。それしかない、か……」

 しかし物怖じしたままでもいられない。

 アルスは言うと、トンとストリームの中空に浮かぶ足場に一歩を踏み出した。

 そんな相棒の歩みに、エトナもゆらりふわりと浮かびつつ付き従う。

『……少年よ』

 ただ虹色の光の束が仄暗さを照らす、天地の果ても知れない静謐なる空間を。

 飛び石のように点在し、こうしている間にも静かに増殖と分岐を続ける道を。 

『その心のままに己を委ねよ。さすれば道は自ずと作られる』

 アルスは導きの塔にてガディア達に向けられた言葉を思い返しながら──それはまるで彼

らに導かれているように、はたとした直感が示す方向に身を任せ、進んでみることにする。


「──……ッ」

 辿り着いた先で、視界が開けると同時に強い眩しさが満ちた。

 思わずアルスは目を細め手で庇を作ると、オゥスの出口へとその一歩を踏み出す。

「……? んぅ?」

 ばしゃっと、足元が冷たく濡れるのが分かった。

 それもただの水溜りにという訳ではない。回復してゆく視覚と視線をぐるりと回してみる

と、そこには──噴水。

 いや、むしろ自分がちょうどその噴水の中に立っていたのである。

「あちゃ~、ずぶ濡れじゃない」

「……う、うん。そうだね」

 深さは、ざっと膝くらいまで。

 アルスは背後から覗き込んでくるエトナに苦笑を横目に返しつつ、ぐっしょりと濡れてし

まったローブとズボンをくいと引っ張り、水気で重くなった衣類を検める。

 何となくぼんやりと、視線をエトナと共に自分達の背後へ。

 石造りの壁。そこに立つ石像が掲げる壷の注ぎ口から、絶え間なく水が流れ落ちているの

が見えた。

「ひっ……!?」

「な、何が起き──」

「て……、敵襲だーッ!!」

 だが、状況はそんなにのんびりとしていられる場合ではなかったのである。

 次の瞬間、突如何処からともなく現れた(ように見えた)二人の姿に、噴水の周りにいた

人々が一斉にパニックに陥ってしまったのだ。

 腰掛けていた縁から飛び退いたり、転げ落ちたり。

 或いは突然の光景に目を丸くし、何よりも誰からとも知れぬ悲鳴が引き金となって。

「ちょ!? ちょっと皆さ」

 アルスは慌てて彼らを落ち着かせようとしたが、誰も聞く耳を持っていなかった。

 てんでバラバラに、しかし緊急事態だとの叫びが方々に飛びながら、それまで噴水の周り

や往来にいた人々が大慌てで逃げ去ってゆく。

 引き止めようと伸ばしかけたアルスの手だけが、虚しく中空を掴んでいる。

 ぱちくりと目を瞬かせる彼の傍で、ふよっとエトナが浮かびつつごちた。

「……何で逃げる訳? アルスは悪者なんかじゃないのに」

「あはは。多分だけど、ビックリしたんじゃないかな? そりゃあ、いきなり何にもない所

から人が出てきたら驚くよ」

 ぶらんと手を下げ、アルスは苦笑いを漏らした。

 空間転移の魔導はある。

 だがその技術は、一般的に相応の設備がある場所同士であるからこそ可能だというのが、

魔導師の如何を問わない「常識」なのだ。

 ──実は導きの塔を使ったんです。

 そう説明できていれば違ったのかもしれないが、必ずしも全員に理解して貰えないのだろ

うなともアルスは思った。

 知識として導きの塔からの転移は一方通行である──出口が必ずしも設えられた“門”と

いう訳ではない──ことは知っていたが、まさか普通の市街地のど真ん中に出るとは、自身

も正直言って予想していなかったのだから。

「ここ、何処だろう?」

「うーん……。少なくともアウルベルツに戻っちゃったって訳ではなさそうだよね。空気も

全然違うし」

 とりあえず、ぐっしょり濡れたズボンを摘みがら噴水から出る。

 先程の悲鳴の所為で変に人気が抜け落ちてしまった周囲を見渡しながら、ぽつりとアルス

が問うと、エトナはまるで目に見えない何かを嗅ぎ取るように目を細めてから、そう答えて

うんうんと頷く。

(何が何なんだか……)

 濡れてしまった服の分も加えて、嘆息を一つ。

「とりあえず情報を集めよう? 先ずは今僕らが何処に出たのかを確かめないと」

「そうだねぇ。あと、アルスの服を乾かせる場所も探さなくっちゃ」

 しかし嘆いてばかりもいられない。

 気を取り直して、改めて本来の目的の為に一歩を踏み出そうとする。

「──いたぞ、あそこだ!」

 だがちょうどそんな時、ふと険しい声色と複数の足音が届いてきて。

 二人が何事かと振り向くと、通りの向こうから銃剣を携えた兵士らが数名、こちらに向か

って駆けて来るのが見えた。

 格好からして……この街の守備隊員だろうか。

 そんな思考が頭を過ぎる間に、彼らは二人の所までやって来るといきなりその銃口と剣先

をしっかりとこちらに向けて取り囲んでくると、言い放ったのである。

「お前達が通報のあった侵入者だな?」

「無駄な抵抗はするな? 我々と一緒に来て貰うぞ」

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