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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-20.今繋がる過去と現在(いま)
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20-(0) 女皇(おう)の掌上

 深夜のトナン王宮は、今まさに混乱の最中にあった。

 地下牢からの集団脱獄発生に加え、つい先刻、皇都を護るソサウ城砦の程近くにてレジス

タンスの小隊とみられる一団が発見されたのだ。

 内と外、双方向からのインパクトとでもいうべきか。

 城内で警備に当たっている兵士らは皆が皆、現在進行形で慌しく各所へと鎮圧・迎撃の為

に駆り出され始めている。

「このまま大人しく始末されてくれるとは思っていなかったけど。……無茶苦茶するわね」

 そんな城内の廊下を、アズサは執務室から出て歩んでいた。

 きびきびとした足取りで進み、引っ掛けた外套を揺らす彼女の周りでは、ひっきりなしに

臣下達が駆けて来てはその早足に合わせながら現在の状況を報告してくる。アズサはそれら

を聞き、即断即決に指示を飛ばす。

 王の間には、既に主だった臣下達が集合を完了していた。

 低頭する彼らに迎えられるようにして、アズサはその左右の中、絨毯の上を歩くと王座に

腰掛け、ついっとこの面々を見渡して言う。

「大体の話は途中で聞いたわ。詳しい現状報告をなさい」

「はっ。では先ず私めから。レジスタンスより投降をした冒険者ジーク・レノヴィンが地下

牢にて他の囚人達を伴い脱走。どうやら、魔導具を隠し持っていたようでして……」

「……そう。あくまで相手が剣士だからと油断した訳ね。事が済んだら身体検査を担当した

者を調べなさい。内規に基づいて──減給とでもしましょうか」

 王座の前に設えられた組立式デスク。そこに置かれていた報告書類をに目を通しながら、

アズサはそう最初に報告をしてきた臣下に命じた。

 この臣下は「畏まりました」と再び低頭の姿勢をみせる。

 ぬかったとは情けない。だが一方で無理もないかと思った。

 レノヴィンが六華を持っていたこと、何よりシノの息子であることはごくごく一部の臣下

にしか知らせていないのだ。末端の兵にそこまで気を回すことを強いるのは酷だろう。

(ジーヴァ達に、というのも……宜しくないわね。あまり彼らを表立って使う訳にはいかな

いわ。遠回しに小言を向けられるのがオチでしょうし……)

 だが冒険者なら魔導具が使えてもおかしくない。落ち度は落ち度だ。表向きの処罰は要る

だろう。

「現在、脱獄者達は西棟第三武器庫にいるようです」 

「西? 東では? 魔導攻撃と思われる破壊の跡も……」

「……。西棟にいるという情報は確かなのかしら?」

「間違いありません。先刻、キサラギ小隊との交戦が始まったとの報告が上がっています」

「キサラギ……。そう」

 王座の肘掛に片肘をついて、アズサは心持ち小首を傾げてみせた。

 口にこそ出さなかったが、何とも数奇なことか。

 自身、曖昧な運命論などまるで信用していないが、それでもその交戦、組み合わせは因縁

じみた性格を伴っていると俯瞰できる。

 かたやこの国を乱す敗残者──その血族。

 かたや乱された怨嗟を糧に剣を振るう者。

 ならば好都合だ。このまま彼女達には、存分に奮闘して貰うとしよう……。

「だとしたら、それは東方向へ私達の注意を向ける囮と考えるべきね。すぐに東棟の兵力を

現場へ振り分け直しなさい。但し東西双方に充分に兵力を温存しておくこと」

「はっ。すぐに手配致します」

 衛兵が二、三人ほどその臣下に促されて伝令に走ってゆく。

 アズサも含め、場の面々に「取り逃がすかもしれない」という想定は優先順位の中でもか

なり下位にあった。

 ここは自分達の本陣。たとえ少人数で暴れていても兵力の差はそう用意に埋められる筈も

ない。所詮は……悪足掻き。いずれは城内の兵によって鎮圧されるだろうと。

「それで? 城砦の方そとはどうなっているのかしら?」

 それよりも、面々にとって──対外的な今後を考えると厄介ではと思っていたのは、城砦

近郊で始まった小競り合いだった。

 王の間を小走りで出て行った伝令役の兵らの姿を王座から見送りつつアズサが訊ねると、

今度はまた別の臣下が答えた。

「現在、警備担当の部隊を五隊ほど出撃させ確保に当たらせています。ただどうやら相手の

兵力は少人数との報告があり、おそらく偵察目的で現れたと思われます」

「そう……。リオが出ているとも聞いているのだけど?」

「はい。最初に発見なさったのがリオ様だったそうで。既に先行しておられます」

「……珍しいわね」

 アズサはそっと口元に手を当てて眉根を寄せていた。

 普段から口数も少ない一匹狼だが、一応“仕事”をしてくれているのか。それとも……。

「まぁいいわ」

 口に当てていた手を除け、アズサは言う。

「小勢相手に深追いはしないよう兵たちに通達しなさい。兵力はこちらが圧倒的優位よ。私

達はどっしりと守りを固めていればいいわ。攻勢なら、第二陣の用意が出来次第、纏めて刈

り取ればいい。でしょう?」

 ソサウ城砦──この皇都が直接狙われていることに不安げな臣下達だったが、彼女のその

一言で、彼らは一様に低頭をして拝承の意を示した。

 再び伝令が現場へと飛んでゆく。臣下達が引き続き報告を上げてくる。

 アズサはそれらに耳を傾けながら、王座に片肘・頬杖をつき、口元に余裕と不敵な弧を漏

らしている。

 抵抗する者が出ることなど、とうに想定していたことだ。

 だが、私は排除する。この国の強さの為に……私はずっと尽力してきたのだ。

(恐れることなどないわ。私には最強の助っ人リオだっているのだから……)

 静かに、より一層に。

 苛烈なる女皇おうはただ己が信じる道をゆく。

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