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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-3.ルーキー達の学び舎
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3-(0) 幼き彼の瞳

「いるもん! 皆はいるもん!」

 それはまだ少年が、その瞳に映る世界が必ずしも他人と同一でないと理解していなかった

頃の話だ。幼い彼は涙目になって訴えていた。

 場所は近所の森の中。

 村の遊び仲間達を前にそう力説する。それが、少年にとっての現実だったから。

「いねーよ! どこにいるんだよ~」

「オレ達には見えないぞ。この嘘つき!」

「い、いるよ! 今だって……ほら!」

 しかしこの他の子供達は一向に信じてはくれなかった。

 ぐっと堪えて、少年はびしりと一同の中空を指差した。

 彼の瞳には、確かにそこには頭に疑問符を浮かべてこちらを見てくる千差万別の姿をした

御遣い──精霊たちがふよふよと漂っている。

「……何もねぇぞ?」

「ほら~、やっぱり嘘つきだ~」

 しかしその世界は他の子供達とは共有できていなかった。

 再び幼さ故の容赦ない批判が待っていた。皆から連呼される「嘘つき」のコール。

「違……。ほ、本当にいる、もん……」

 そして少年の涙目が限界を迎えようとしていた、その時だった。

「こらー! お前らアルスに何やってんだー!」

「げっ。ジークだ」

「逃げろ~」

 同じく子供の、だが確かに叱り付ける声色が飛んで来たのだ。

 少年──アルスも含めた面々がその少し年上の少年の姿を見遣ると、子供達はとてとてと

散り散りになって逃げ出し始めた。

「あ。こら、待て!」

 少し年上の少年──ジークが睨みを効かせたが、相手は散開した複数人だ。とてもではな

いが捕捉できない。ジークの動きに隙ができたのをいい事に、彼らはそのまま森の出口、村

の方へと走り去って行ってしまう。

「あんにゃろ。帰ったら一発シメとかねーとな。……大丈夫か、アルス?」

「ぅん……。ありがと」

 駆け付けてくれた兄に、アルスはついに涙を零していた。

 少し遅かったか? ジークは弟の涙を見て内心かなり狼狽している。

「ねぇ、兄さん。兄さんは見えるよね? ここにいる皆のこと」

「えっ?」

 だから次の瞬間、まるで懇願するかのようにアルスに言われ、ジークは困り果ててしまう

こととなった。

(それって例の森の“トモダチ”の事、だよな……)

 弟が村、特にこの森の中でたくさんの何かを見ているらしい事は前々から知っていた。

 だがジークもまた、他の子供達、いや多くの村の大人達と同様にその姿を知覚できてはい

ない。だからといって嘘つきだとは思わないが、少なくとも弟の期待に応えられる自分では

なかった。

「あ~……」

 アルスが懇願の眼差しで指差す中空。だが、やはりどんなに目を凝らしてもそのトモダチ

とやらを見つける事はできない。

(うぅ。俺にどーしろってんだよぉ……)

 兄として、ジークは大いにその返答に迷っていた。

「──それは精霊よ」

 だがそんな時、助け舟が来た。

 二人が振り返ると、村の方向から一人の女性が近付いて来ていた。

 サラリとしたセミロングの濃紺の髪。そのうなじには宝石状の器官“竜石”が髪の間から

垣間見えている。

 リュカ・ヴァレンティノ。村の教練場で子供達に勉強を教えているドラグネスの女性だ。

「せーれい? 何だよそれ」

 ジークは聞き慣れない言葉に眉根を上げていた。

 その隣でアルスは優等生よろしく、フッと微笑んで言う。

「マナにとても近い、魔導の御使い様……ですよね」

「ええ、そうよ。よくできました」

 リュカは二人の傍まで歩いてきた。そして教え子を慈しむように微笑みながら、模範解答

をみせたアルスの頭をポンと撫でてくる。

「精霊はね、魔導を勉強した人でないと目には見えないの。彼ら自身が姿を現してくれない

限りはね。だからあの子達やジークが見えていなくても仕方ないのよ?」

「そうなんですか……。じゃあ、兄さんは」

 優しく諭すようなその言葉。

 その包容力にアルスの泣きべそが止んでいく。

 だがそれと同時に、アルスはふと兄が実は見えていなかった事に気付きかけるが、

「あ、いや……そ、それじゃあ先生。何でアルスにはそのせーれいが見えてるんだ? その

話だと、まどーってのを勉強しないと見えないんだろ?」

 その不満な視線を振り払うように、今度はジークが質問を投げ返していた。

「そうね……。ちゃんと検査しないと確かなことは言えないけれど」

 リュカは微笑の中に何処か複雑な感情を湛えていた。

 もう一度、そっとアルスの頭を撫でる。彼のその無垢な幼い瞳が彼女を見上げている。

「……アルスは間違いなく素質があるわ」

 リュカはきょとんとする兄弟を見下ろしながら、静かに呟いていた。

「魔導師の、それも天賦の才に近いような素質が……ね」

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