↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

unityとギター

掲載日:2026/06/26

放課後の教室は、夕日で机の角だけがオレンジ色に光っていた。窓の外では運動部の掛け声が遠くに揺れている。その中で、カズマは机の上にノートPCを開き、もう一人はギターを抱えて座っていた。

「それ、またやってるのか」

ギターを持つユウトが、弦を軽く鳴らしながら言った。カズマは画面を見たままうなずく。

「Unity。ゲーム作るやつ」

画面の中では、四角いキャラクターがジャンプして、トラップに当たるたびに消えていた。まだ完成とは程遠い、何度も失敗するだけの箱庭だった。

ユウトはギターの弦を一本だけ弾いた。

「俺のギターと同じだな」

「どこが」

「最初、全然音出ないし。指も痛いし。意味わかんねぇし」

カズマは少しだけ笑った。

「それはギターでしょ。俺のはゲーム」

「一緒だよ」

ユウトはそう言って、コードを押さえようとして指をずらした。ジャーン、と濁った音が鳴る。

「ほらな。今の、ただのノイズ」

カズマは画面を止めた。

「でもそれ、練習したら曲になるんだろ」

「なる」

ユウトは即答した。

「じゃあUnityも同じだよ。今はキャラが死ぬだけだけど、作れるようになったらゲームになる」

ユウトは少し黙ってから、ギターのネックを軽く叩いた。

「でもさ、どっちも途中でやめるやつ多いよな」

その言葉に、カズマは画面の中の“ゲームオーバー”の文字を見つめた。

確かに、ただ死ぬだけの画面を何十回も見ていると、意味が分からなくなる瞬間がある。何が面白いのか分からないまま、同じエラーを直し続ける時間。

「俺さ」

ユウトがぽつりと言った。

「昨日やっとコード押さえて、CとGだけで音鳴ったんだよ。たったそれだけなのに、ちょっと曲っぽくなってさ」

「それ、すごいの?」

「すごいとかじゃなくてさ。なんか、“できた”って感じ」

カズマはその言葉を聞いて、少しだけキーボードに手を置いた。

Unityの画面を開き直す。キャラクターを置く。重力を設定する。ジャンプさせる。

今度は落ちないように、床を少し広げてみた。

キャラは落ちなかった。ただ、ちゃんと立っていた。

ユウトがそれを見て笑う。

「ほら、今のちょっとゲームっぽいじゃん」

「まだ全然だよ」

「でも一歩目だろ」

ギターの弦がまた鳴る。今度はさっきより少しだけまともな音だった。

夕日はさらに傾いて、教室の影が長く伸びる。

カズマは画面を見ながら思う。Unityもギターも、最初はただのノイズだ。意味のない動きと、意味のない音。

でも、そのノイズが少しずつ形になっていく。

ユウトが言った。

「どっちもさ、才能より“続けるやつが勝つ世界”だよな」

カズマはキーボードをもう一度叩いた。

画面のキャラがジャンプする。

今度は、ちゃんと戻ってきた。




放課後の教室は、昨日と同じ夕方の色をしていた。ただ違うのは、机の上にあったノートPCとギターが、少しだけ“慣れた距離”で並んでいることだった。

「昨日さ」

ユウトがギターをケースから出しながら言った。

「家帰ってからもずっとCとGやってたわ」

「それだけ?」

カズマはUnityのプロジェクトを開きながら聞いた。

「それだけ。けど、昨日よりマシな音になった」

ユウトは弦を押さえて、ゆっくり鳴らす。昨日より少しだけ丸い音がした。

カズマは画面を見たまま、キャラをジャンプさせる。昨日は落ちていた穴を、今はギリギリで越えられるようになっていた。

「俺もさ」

カズマが言った。

「トラップの当たり判定、ちょっとだけマシになった」

「何それ」

「当たった瞬間に死ぬやつ。昨日は変なとこで死んでたけど、今はちゃんと当たった時だけ死ぬ」

ユウトは吹き出した。

「それ改善なん?」

「ゲーム的には重要」

ユウトはギターを膝に乗せたまま、少し考えた。

「なあ、これさ。どっちもさ」

「うん」

「昨日と今日で、ほとんど同じことやってるのに、ちょっとだけ変わってるよな」

カズマは少し黙った。

確かにそうだった。キャラをジャンプさせる。弦を押さえる。ただそれだけの繰り返し。でも昨日と同じではない。

「それが上達ってやつじゃね」

カズマが言うと、ユウトはうなずいた。

「でもさ、たまに思うんだよ」

ギターの弦を軽く弾く。

「これ、いつ“曲”になるんだろって」

カズマはUnityの画面を見た。まだ完成していないステージ。まだ敵もいない。まだゲームと呼ぶには弱いもの。

「俺も同じ」

「ゲームになる前に飽きるやついるよな」

「多分それが一番多い」

ユウトは天井を見た。

「でもさ、昨日よりちょっとマシってのが続くと、やめるタイミングなくなるんだよな」

カズマは少しだけ笑った。

「それ、罠じゃん」

「いい罠だろ」

ギターがまた鳴る。昨日よりほんの少しだけ音が安定している。

カズマはキャラを動かす。昨日よりほんの少しだけ正確にジャンプする。

窓の外では、部活の掛け声が少しずつ遠くなる。

「なあ」

ユウトが言った。

「これさ、いつか“ちゃんとしたゲーム”と“ちゃんとした曲”になる日くると思う?」

カズマは画面から目を離さずに答えた。

「来るかは知らん。でも今は、昨日よりマシだろ」

ユウトは笑って、もう一度弦を押さえた。

その音は、昨日より少しだけ“曲に近かった”。




教室はもう、あの頃のままじゃなかった。机も椅子も変わっていないのに、そこにいたはずの“放課後の空気”だけが、きれいに抜け落ちている。

窓の外は社会人の街だった。スーツ姿の人間が駅へ急ぎ、夕焼けはもう「帰る時間」ではなく「終わらせる時間」に見える。

カズマはノートPCを開いたまま、モニターの前に座っていた。画面にはUnityで作られた小さなゲームのタイトル画面が映っている。派手ではない。むしろ地味だ。でも「開始ボタン」がちゃんと存在していた。

その横で、ユウトはギターケースを床に置いた。

「結局さ」

ユウトが言った。

「お前ほんとにゲーム作る側行ったな」

カズマは少しだけ笑った。

「お前もギターやめてないじゃん」

ユウトは肩をすくめる。

「やめる理由なかっただけ」

ギターを取り出す。もう昔みたいに毎日練習しているわけじゃない。それでも、手はちゃんと覚えていた。

弦を鳴らす。

音は、あの頃のノイズじゃない。

「でさ」

ユウトは言う。

「これ、売れんの?」

カズマは少し黙った。

「分からん。でも出した」

画面のゲームは、シンプルな2Dアクション。昔ここで作っていた“死ぬだけのキャラ”はもういない。ちゃんと敵がいて、ちゃんとクリアがある。

ユウトは笑った。

「昔さ、俺らここで“いつか曲になるのかな”とか言ってたよな」

カズマはうなずく。

「言ってたな」

ユウトは軽くギターを鳴らす。

「曲にはなったわ。ちゃんと」

カズマはモニターから目を離した。

「ゲームもなった」

少しの沈黙。

窓の外では、あの頃とは違う時間が流れているのに、教室の中だけは不思議とあの頃と同じ“途中の匂い”が残っていた。

ユウトはギターをケースに戻しながら言った。

「でもさ、結局わかったことあるわ」

「何」

「ギターもUnityも、“才能あるやつが始めるもん”じゃなくてさ」

少し笑って続ける。

「“やめなかったやつが勝つもん”だった」

カズマは小さくうなずいた。

「それ、最初から気づいてたら楽だったな」

「気づいててもやめてたと思うけどな」

二人は同時に笑った。

外はもう完全に夜だった。

カズマはPCを閉じた。もう開かないわけじゃない。ただ、今日は閉じるタイミングだっただけだ。

ユウトはギターケースを肩にかけた。

「じゃあな」

「おう」

扉の前でユウトは一度だけ振り返る。

「なあ」

「ん?」

「これさ、終わったんじゃなくね?」

カズマは少し考えてから答えた。

「たぶん、続いてるだけ」

ユウトはそれを聞いて、軽く笑った。

「だよな」

扉が閉まる。

残った教室には、もうギターもUnityもない。でも、確かに“何かを作っていた時間”だけが、まだそこに残っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。