蟻
鍵を開けると、そこには宗教の勧誘に来た人間がいた。
「今幸せですか?」
「幸せですかと聞かれれば、まぁ…あまり幸せではないです。」
自分でも驚くほどしどろもどろで曖昧な回答が口に出た。
「そうですよね!そんなにやつれた顔してたら嫌でも分かりますよ!」
「何でちょっと食い気味なんすか」
そんなにやつれた顔してるかな、と少し不安になった後、怒りが込み上げてきた。何だよそうですよね!って。失礼にもほどがあるだろ。
学校生活で疲れてはいるけど、そこまでやつれた顔はしてない。
「もう結構です。間に合ってます。」
先にこれを言っておけば良かった。
「ま、待ってください!話を聞いてくだされば、確実に幸せになれます!」
それを聞いて、少し遊んでやろうという意地悪い衝動が自分を襲った。日々のストレスの発散に、この人間を使ってやろうという最低な考えだ。が、今はストレス発散の衝動が抑えられなかった。奥底にある自己嫌悪を忘れるほどに。
「幸せ?幸せって何ですか?」
「え?」
そんな事聞かれると思ってなかったようだ。目の前に居る初老の女性の顔に焦りが見えた。
「幸せは、皆平等なことですよ。ね?皆の生命が平等であり、神から与えられた権利を享受出来ることです!」
後半から、明らかに自信が出てきていた。顔にも自信満々の笑顔が張り付いている。多分、毎回こんな事を言ってるんだろうなと思って少し滑稽だった。
「蟻を踏んだ事はありますか?」
「え?」
「だから、蟻を踏んだことはありますかって」
先ほどとは打って変わって、怪訝な顔をし始めた。
「そんなの分からないですよ。踏んだか分でないかなんて分かるはずがないです。」
「皆の生命が平等であれば、蟻も殺さないように慎重になるはずですよね?」
「いや、それは…」
明らかに焦り始めた目の前の女性を見て、非常に満足した。
「それは仕方がないでしょう!?気付かず踏んでしまっていたとしても、神は平等に赦してくださいます!…いえ、その話は置いておいて、取り敢えず皆の生命は平等なのです!蟻も、人間も!神は、平等の権利を全てに与えて下さっています!」
それを聞いて、自分の中で琴線が切れた。
「ありがとうございます。救われました。後日、いや、明後日入信の手続きをさせて下さい。」
「え?」
女性は、少しの間意味が分からないというような表情で立ち尽くしていたが、状況を理解するとすぐに笑顔になって話しかけて来た。
「ありがとうございます!では、後ほどまた会いましょうね!」
『速報です。先日未明、16歳の少年がクラスメイト15人を殺害しました。死体は鈍器のようなもので潰されており、少年は明確な悪意を持って殺害したと見られています。少年は容疑を認めていますが、「生命は皆平等である。」などと供述しています。検察は、少年がいじめられており、その報復で殺害したであろうと見立てを立てています。』
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