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9.急襲と悪食

 *


 観戦していて特に驚いたのが彼らが身体の一部を変身出来る事を知った事だった。出てきた時は大きくてもちゃんと人の顔で耳が頭にちょこんと乗った熊獣人の騎士が、後半で腕だけ毛むくじゃらに変化させ巨大になった鋭い爪で攻撃し始めたり、ガゼル獣人の騎士は突如跳ねながらブーツを脱ぎ捨て裸足になったかと思ったら距離を詰められない様跳躍して走り回り相手を撹乱したりと、人とは違う獣人の戦い方を目の当たりにした。


「どうだ?コリーンからしたら彼らの変化した姿は恐ろしく感じるかもしれないな。獣人は様々な種の祖先がいる唯一の種族だ。しかも俺が知る限りこのバムダの島でしか獣人は生まれていない。詳しい理由はまだ解明出来ていないがこの一帯の島周辺だけが魔素が異常に濃かったんだ。その魔素が生物の身体の中で魔力に変わり変化を遂げ定着した結果獣人への進化が起こったと言われている。俺とコリーンは人の姿としては似ているのに別の起源の種族なんだ…でもこうやって隣に立っている。不思議だらけだな、世界は」

「はい、全くです。こうして同じ言語で会話して同じ食事をしている事は実は凄い事なんですよね…ウィンダム王子、私この国に来て良かった。狭い世界で生きて来たから見るもの全てが驚きでいっぱいです。バムダには知らなかった事が多過ぎて学びたくて…悩んでいる時間が勿体無いと思える程」

「そうか嬉しいよ。しかも君はこれから我が国最大の謎、珍獣ミミルキーの秘密を暴く調査隊のメンバーなんだ。この先も楽しみだなコリーン」

「はい!」


 私達が昼食を取り終わり模擬戦もとうとう最後の四人のリーダー候補が出揃ったと報告が来た。つまり試合はここで終了だ。珍しい戦いを観戦出来て本当に良かったとホクホクしていた何処からかオーキッドの髪とスカイブルーの瞳を持つ人型の人物がウィンダム王子目がけて空中を駆けて飛んで来るのが目に入った。その背中には見覚えのある青い翼がユラユラと薄い水が小さく波打つ様に揺らめいていた。彼もウィンロードだ。


「兄様!」


 そう話し掛けて来たのは最初の晩餐会で会ったあの弟王子のお一人だ。名前は確かウィンニャム様。三人は三つ子で顔はそっくり。でもウィンダム王子とは似ていないのよね。三人は王妃様似でウィンダム王子は王様に似ている。王様も鮮やかなグリーンの瞳だったはずだ。

 私はスカートの裾を持ち軽く膝を折って挨拶をした。


「ごきげんよう、ウィンニャム王子様」


 だが彼はニヤッと笑い挨拶を返すのではなくウィンダム王子に話し掛けた。


「兄様、模擬戦にてお申し出の調査隊の人員と小隊リーダーを…」


 そう話を続ける彼。あれ?無視された?


「…ウィンニャム、どうした?」

「え?何がですか?…ああ、コリーン嬢だったな。しばらくぶり。それでですね…」

「………」

「お時間があれば私と少しお手合わせをお願い出来ますか?最近城を離れていらっしゃったのでなかなか会えなかったですし…騎士隊員も集まってますから良い機会だと思うのです。ぜひお見本に兄様の勇姿を見せてやってください!」


 ニコニコと嬉しそうにウィンダム王子の手を取り何か誘っている様だ。仲の良い兄弟なんだな。


 だけど先ほどウィンニャム王子に一瞬感じたあの感覚…私の勘違いだろうか…?


「……そうか。分かった良いぞ。久しぶりに指導してやろう…可愛い弟の為だからな」


 ***


「ねぇバレリオ~」

「何だいハニー?」

「わたしもぉ飛行船に乗りたいわぁ~どうしてもだめぇ~?」

「うーん、今回はダメなんだよハニー。コリーンを連れて帰らないといけないからね。彼女が居ないと侯爵家が困ってしまうんだ。第一夫人の君が一緒だとコリーンもヤキモチを焼いてしまうかも知れないって言われてしまってね…あ、大丈夫だよ?コリーンには今まで通り離れに住んでもらうから君は何も心配する事は無いからね」

「ふぅ~ん?どうしてもその女が必要なのぉ?どうしてぇ~?」

「えーっと、今ある事業の全てはコリーンが一人で管理してたんだ。それが彼女が居なくなってしまって更新出来なくなったりお金が入って来なくなったり…まあ、またすぐに元通りになるよ。なぜならコリーンは僕を愛しているからね」

「え~やだぁ~!わたしの方が身分も高いし可愛いし~愛してるのにぃ~浮気はだめよ~!」

「浮気じゃないよハニー。僕の心は君のものさ。だけどコリーンはずっと僕のものだったんだ。僕は彼女を愛しているし彼女も僕を愛している。愛し合っている二人が離れてしまうなんて間違ってるだろう?ああ、勿論君も愛しているよ?ふふっ愛は一つじゃないのさ。大丈夫、平等に君達に分け与えるから安心して?」

「んー?どう言う事ぉ?何だかよくわからなくなっちゃった。難しい事言わないで~っ」

「ははっハニーは本当に可愛いなぁ。君にはちょっと難しかったかな?」


 と、言う様な可笑しな会話を高位貴族御用達の高級ドレスサロンでイチャイチャしながら語る未来の侯爵とその第一夫人。その異次元のバレリオの倫理観にサロンの販売員達は閉口し黙々と作業を続けている。もはやその堂々とした態度に心の中で笑うしかなかった。

 何にせよこの二人が新しいドレスをオーダーしてくれる上客である事に変わりはない。ただのドレスでは無い。宝石やオートクチュールのレース、刺繍の入ったリボンなど職人が手間暇を掛け作り上げた最高級な素材をふんだんに使った大陸の王妃でさえ簡単には手に入らない一着だ。それをどこぞのお茶会用だとか夜会用だとかで毎週の様に注文しに来るのだ。もちろんドレスだけでは無い。豪華で希少な装飾品を何点も買い漁った為、合わせるとその総額はこの数ヶ月で既に以前の侯爵家の負債総額に匹敵するまでに膨れ上がっていた。


「そうだ。せっかくだからコリーンにも何か買って行こうかな。前は何をあげたっけ……ん~…どこかのお茶会で取って来たクッキーだったっけ?まあ良いや。彼女は美しい銀の髪をしているから髪飾りでも贈ろうかな。僕からのプレゼントならなんでも喜んで受け取るだろうしね。そうだこのドレスに使ってある紫のリボンなんてどうだろう?綺麗な髪に良く映えるんじゃないかな~…ん?何だか前にも同じ事があった様な…」


 バレリオがコリーンにリボンを贈ったのはもう二年も前の事だった。しかも店で買った物では無い。夜会に参加した際、酒を飲み過ぎ涼みがてらバラの庭園を歩いていた時にドレスに枝が引っ掛かった為外れてしまった誰かのリボンを見つけそのまま懐に仕舞い持ち帰り、後日拾った物を罪悪感など無くさも贈り物の様に婚約者の髪に結んでいたのだ。


「全くコリーンは仕方が無いなぁ。こんなに僕が心を痛めているのに勝手に出て行って連絡もして来ないなんて。仕事ばかりしているから人の気持ちが分からなくなってしまったのかな?連れ帰ったらしっかり鍵付きの部屋に閉じ込めておかなくちゃ。こんなに手間を掛けさせて本当に第一夫人にしなくて良かったよ」


 ***


 バムダ王国は獣人の国。人間はこの国に移住する事は今でも出来ないらしい。観光事業が受け入れられたのはこの五十年程でそれまでは一般的には全くの未開の地。野蛮な別種の住まう島だと言う認識があった。しかし蓋を開けてみれば人間とそう変わりのない古い歴史文化、規律のある社会が確立されていたのだ。

 それはひとえにウィンロードという絶対的な指導者と世界に散らばる情報提供源が居たからだとチャロ先生に教わった。


「情報提供…源?とは?」

「それは今は秘密じゃ。ウィンロードは世界を見渡す。まあ、魔法を使えるのは彼らだけじゃからのう。察してくれ」

「…なるほど?」


 魔法を使って情報を得ているって事で良いのだろう。その辺りは部外者なので知る必要は無いと言う事だ。致し方ない。世界的にも特異な存在、それがウィンロードだ。

 その彼らが今から模擬戦をするという。これは期待するなという方が可笑しい!でもその前に…


「ララさん、ここはお化粧室ってありますか?」


 貝魚に水を掛けられたからか、少しお腹が冷えたみたい。


「ご案内致します」


 始まる前に急いで行ってこなくちゃ…

 私達は物見席を離れ、ララさんと侍女さん達を連れ立って化粧室へと向かった。先程まで観ていた模擬戦の獣人騎士の戦い方を褒めたり驚いた事を伝えると、少し控えめながらも自身の戦闘スタイルを話してくれる。やはり犬獣人の彼女は噛み付きが主流らしく、パカッと口を空けて太い犬歯を見せた。バク獣人の彼女は体当たりと頭突きだと頭を上下に振るジェスチャーをする。


「…鼻は使わないの?」

「鼻は息を吸ったり吐いたりするところですバオ」

「…だよね」


 動物のバクの鼻は象の様に長い訳ではないのだから当たり前か。ちなみに夢を食べたりする特殊能力は無いそうである。そうこうしているうちに化粧室に着いた私達は用を済ませ物見席に戻る為また歩き出す。


「じゃあ、当然ララさんは──」


 先程の話の続きでそう話し掛けた私の前に滑るように進むララさんの動きが止まり、スッと目の前に腕が差し出された。


「わっ!え?」

「……どなたですか?」


 そう問い掛ける先にはいつの間にか赤い髪の獣人男性が立っていた。彼は下半身がララさんやダナンさんと同じだ。彼も…蛇の獣人?


「よう!ララ嬢じゃねーか。久しぶりだなぁ~覚えてるか?俺だよ、イゼルだ」

「……ええ、覚えております。それで何かご用でしょうか」


 相変わらず静かに、でも少し前のめりに姿勢を正すララさんに私は不穏な雰囲気を感じ取る。同じ蛇同士でも仲は良くないのかもしれない。


「そう邪険にするなよ。分かってるだろ俺はアンタに惚れてんだぜ?そろそろ発情期に入る頃だ。アンタだって良い遺伝子を残す方が良いはずだろ遠慮するなよララ嬢。このイゼル様が嫁に貰ってやるって言ってんだ。俺のこのぶっ太い『キャ──────!!?』で子作りっってうるせぇなぁ」


 突如彼の話を遮り悲鳴を上げるバク侍女。そしてキャンキャン吠える犬侍女二人に身体を抱き締められた私。


「乙女に向かって破廉恥ですワン!」

「ふしだらバオ!最低バオ!」


 どうやらこのイゼルという蛇獣人は以前ララさんに求婚したらしい。うわぁ~ララさん美人だしモテるんだなぁ。でもララさんのお顔…能面みたいに固まったままだ。で…ぶっ太いって何が?


「……ご用はそれだけですか?」

「つれないねぇ。もちろんそれだけさ」

「……ならその隠し切れない殺気は何ですか?それとも消すつもりもありませんか?」

「え?殺気?」


 するとバク侍女がグッと私を背後に移動させ、犬侍女が前に出る。


「……うん…なるほどなぁ。流石はララ嬢。簡単じゃねぇなぁ…いや、何、用があるのは本当なんだわ。まあ、確かにアンタらを待ってたんだけどな。いや、違うな…うん…」


 辺りはシン…と静まり返り、緊張感に包まれる。するとララさんが無言で長い尾の先をクリクリさせ始める。同時にイゼルと名乗った蛇獣人が上半身をぬらりと揺らしながら左手の長手袋から何かを引き出し、こちらに向かって振り抜いたのが見えた。「キャンッ」と一言鳴いた犬侍女がグルルッと苦しそうに低い声で唸りながら、左手にあった大きく開いた柱と柱の間からヨタつきながら下へ落ちてしまったのだ。


「キャ─────!!」


 そう叫んで走り寄ろうとするが、バク侍女にガバッと身体を抱き抱えられ、また背後に囲われてしまう。今攻撃された?何で?何で攻撃されたの!?


「これは明確な敵対行為です。……貴方が狙っているのは……わたくしではありませんね?」

「え?狙ってる?ララさんじゃないなら…」


 どうして…っ!私?


「ん~…なんかさ、その人間嫌われたみたいよ?ははっ。まあ良いじゃん。大人しく渡してくんないか?大丈夫大丈夫丸呑みにして証拠は残さないいから。どっかに逃げたって言っときゃ怒られないだろ?昔村の村長が言ってたんだけどさ、人間って美味いらしいのよ…一度食べてみたかっ──」


 ヒュッと私の口から息を引く音が漏れる。その瞬間ビュルっと空気が鳴り次いでドカンッと言う大きな振動と風が渡り廊下を吹き抜けた。ララさんが尾を振り上げ前方に向け攻撃した様だった。飛び退いてそれを躱し顔を顰める赤い髪の男。


「黙りなさい。もうそれ以上お喋りは必要ありません。タイパン獣人イゼル殿。騎士に有るまじき心根の悪しき、いえ…悪食(あくじき)の屑め。王太子ウィンダム様の命によりコリーン様のお心を傷付ける貴方をわたくしは許しません」


 その時のララさんの後ろ姿は一匹の黒い大蛇に見えた。実際にはそうでは無い。黒い艶のある髪がブワッと丸く膨らみユラユラ揺れているだけだ。


 どうしてなのか。何故命を狙われるのか。全く何も分からず突然過ぎて思考が追い付かない。

 だがこれだけは分かる。

 ブラックマンバとタイパンの蛇獣人同士が今私の目の前で私の生死を巡り闘おうとしていた。

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