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8.戯れと誤解

 ***


「遅いな…何かあったのか?」


 そう呟いたのは近衛で側近のキングコブラ獣人のダナンだ。

 大修練場での選抜戦を珍しく観覧するとの事でスケジュールを組んでいたのだが本人が一向に姿を見せない。

 ウィンロードの気質なのか人を引き連れて歩くのが嫌いな王族は基本『待ち合わせ』を選ぶ。現地集合現地解散だ。その代わり遅れたり議会や公務を放置したりなどは一切ない。ウィンダムなど執務は(魔法を使って)常人の何倍もの速さで終えてしまう為、空いた時間はマサラヤマン島でガイドをしたり、ふらりと島を見回ったり他国を観光してきたりと何をしているのか判りづらい王太子であった。勿論緊急時は連絡する手段があるのであまり困らない。相手は神にも近い魔法使い。最悪な事態《《自体》》が皆無なのである。

 そんな彼が予定していた時刻を大幅に遅れ、連絡もない。こんな事は初めてで近衛達は会場から離れ捜索に出ようか、緊急の連絡を取ろうかと相談し始めていた。


 ここに集まっているのはウィンダムとウィンニャムの近衛側近の騎士達。そして今回の主役の平均より魔力量の多い騎士の獣人達だ。それぞれの項目をクリアし最終的に残った二十人程の精鋭達が模擬戦を行い、力量を確認されリーダー役を選出、小隊編成後調査隊として投入される予定だ。

 結果は魔力体力共に高いオールマイティなビースト獣人が多く残っている様で現在各々で模擬戦を繰り広げていた。

 そんな中ダナンがウィンダムを探して上へ下へキョロキョロと周りの様子を見ていると、ララを先頭に犬とバクの獣人侍女達が何かを持って王宮の渡り廊下からこちらに向かって来るのが見えた。


「ラ、ララ!?」


 スルスルと石畳を移動するララは背に茶器セットを。他の侍女は大きなバスケットとテーブルと椅子を運んでいる。

 ダナンはララに向かい急いで蛇行しながら近づいて話し掛ける。


「ララ、どうしてここに?それにこの…えっと、ピクニックでもするのか?」

「いえ、こちらにコリーン様がいらっしゃると王太子より伝達を受け昼食をお持ち致しました」

「え?ウィンダム様から?コリーン様と言うのは…あの例の?」


 コリーンが王宮に移り住んで既に一ヶ月は経っているのだが、ダナンはコリーンの姿を見た事が無かった。理由はコリーンが城の中を探索もせず自室と第六執務室と図書室のみにしか足を運ばず、使用人や騎士の使う食堂も利用していない為である。

 この件に関してコリーンからしてみればバムダでは客人扱いをされており至れり尽くせりで、侯爵家でも自室で一人ひっそりと食事を取っていた為別段おかしな事でも無い。外に出る事は禁止されてはいなかったが、本を読むのに夢中で若干引きこもりになっていただけだ。元の生活が四年間軟禁されていた状況だった為外への興味が薄く、自ら出掛けて行く理由も喜びも思いつかなくなっていたのは致し方無かった。彼女は狭い範囲での生活に慣れ切っていた。

 件の人間の娘が王宮に留まっていると噂程度に聞いていたダナンは、とうとうその姿を見られるのだと少しワクワクした。何せあの気まぐれなのか理由があるのか未だ正体の掴めない自分の主ウィンダムがわざわざ連れ帰ってきた娘なのだ。


「…ん?では王太子は何処に…」


 そう言い終わるかどうかの間際、ヒュッと風が縦に吹き、白地に深緑の刺繍の装飾が入ったシャツを着たウィンダムが左手にコリーンを抱えた姿で突如修練場の入り口に現れた。だが何故かコリーンだけが髪から雫が垂れるほどグッショリ濡れていてプクッと頬を膨らませたままウィンダムを睨んでいる。


「コリーン悪かったって!貝魚が水を噴射してくるとは思わなかったんだ」

「だったらなんで私だけ濡れるんですか!しかも私を盾にして自分だけ避けましたよね?」

「えーそんな訳ないじゃないか…ぷふっ」

「そもそも刺激しないでって言ったのに全方向から攻撃されるまで散々煽って…やるなら一人の時にして下さいよ!」

「ごめんごめん。コリーンが怯えながら大騒ぎしてるのが楽しくて…フッ、水を掛けられた時のあの顔…ハハハハッ」

「ちょっ!最低────っ!!」


 ウィンダムの肩をペチペチ叩き怒っているコリーンとカラカラ笑うウィンダムの姿にポカンと口を開け固まる近衛騎士達。すかさずララが進み寄りペコリと頭を垂れた。


「濡れたコリーン様のお召し物はどうされますか?」

「ん?ああ、大丈夫」


 そう言うとウィンダムはパチンッと指を鳴らす。その瞬間ふわっと暖かい空気が小花が可愛いレースの襟が付いた彼女の白く薄いブラウスの周りを滑り、髪の先まで到達すると水分は全て抜けサラッと乾いてしまった。


「え…凄い!乾いてる?これも魔法?」

「透けた服のままのコリーンを他の男に見せる訳にはいかないからな、乾かしてあげたよ」

「なっ!イャ──ッ!変態!?」


 今度はウィンダムの額をペチペチ叩き出すコリーンに周りの近衛だけでなく騎士達や模擬戦中の獣人も手を止め、更にはウィンニャムも顔色を失い棒立ちになって二人を見つめている。


「い、いや、大丈夫っ痛っ…ちゃんとは見て、イタっ!無いからっ」

「ちょっとは見たんですねやらしい!次やったらぶっ飛ばしますよ!!」


 そう言いながらグンッとウィンダムの胸を押し、ピョンッと腕から飛び降りてララの後ろに隠れるコリーン。


「まあまあ、コリーン様大丈夫でしたか?昼食をお持ちしましたので少々お待ち下さいませ」

「え!もうお昼ですか?ちょっと!ウィンダム王子の所為で選抜戦の見学全然出来なかったじゃないですか!」

「いや~楽しかったねコリーン」

「目的が違います!私達は湖に遊びに行った訳じゃないんですよ!」

「じゃあ、今から見ようか。ララ、昼食と観覧の用意を」

「畏まりました」


 ララと侍女達はサッとその場から離れ修練場の観覧席の一段高くなっている王族専用のスペースに移動し、椅子とテーブルが運ばれ、バスケットからはサクサクのクロワッサンにチーズやハム、新鮮なレタスとローストビーフが挟んであるサンドイッチやスコーン、様々な野菜を鳥肉と炒めた物を中に詰めた甘塩っぱい具沢山のチキンボールにさっぱりとした冷製トマトスープなどを次々と並べる。


「整いました」


 そうララが静かに頭を下げるとそれを遠く入り口付近で何事かと見上げていたコリーンの手をウィンダムがスッと掴み一瞬にして場を移動し、あわあわしている彼女を席に座らせる。ここまでたった三分程の出来事だった。


 目線の先から人が消え失せハッと我に返ったウィンニャムがウィンダムの移動した方へ顔を上げると、物見席よりニコニコしながらこちらに向かい手を振っているオレンジの髪が見える。ウィンダムが近衛ごと瞬間移動をしたのだ。だがウィンニャムはそれどころではない、それどころではないのだ。先程の信じられない光景が彼の頭を支配していた。


「なんて女だ…!我が国の王太子に手を上げるなど…あれは善なる妖精なんかじゃない!魔物だ!悪辣の…魔女め!!」


 *


 ヴェノム部隊のコブラ科タイパン獣人のイゼルが水牛獣人との模擬戦で勝利を収めたのはこの少し前。

 彼は第三島サーシュナ出身の野心猛々しい男だった。濃い褐色の肌に所々に虹彩が入った赤い髪。性格は荒く獰猛な気質だ。だが比例して冷静な面もあり悪巧みに長けていて、相手の弱みや急所を確実かつ執拗に狙い追い詰める。

 戦闘は長い尾に毒液付きのナイフを握りつつ両手に剣を持つスリーソードスタイル。模擬戦では木剣を用い噛み付きとこのナイフは禁止されているのだが、密かに毒を塗布した数本の針を長手袋に隠し持ち針先を出した状態で対戦相手を貫いていたのだ。

 タイパンの毒は主成分が強力な神経毒で手足の痺れ、視力の低下、その他行動障害が起こったり最悪気管が機能しなくなり窒息する事態に陥るのだ。濃度百%であれば出血毒や溶解毒を含む混合毒でキングコブラの五十倍の威力を持つ。

 つまり掠っただけでも危険なのだが、イゼルは針を使う事で毒の威力を軽減し素早く連続で攻撃する事で刺されて痺れている相手をあたかも技で押していると見せかけ勝利してきたのである。


 だがそんな見せかけの技がいつまでも通用するはずがない。イゼルの対戦相手が軒並み痺れを訴えたり体調が戻らなかったりと不可解な事が続いていたからだ。


「馬鹿な男だ…」


 近衛から渡された模擬戦の報告書に目を通したウィンニャムはフンっと鼻を鳴らした。


「不正を行えば後々軽くない懲罰が待っていると言うのに…いや、だが使えるな…」


 ギラリと横目で視線を送る先では、


「兄様には悪いが我が国を害する不穏な芽を刈り取るのが騎士団を率いる私の仕事だ。傍若無礼なあの女には早々に消えて頂こう。…おい、イゼルを秘密裏に私のもとへ」


 銀の長い髪を持つ華奢な人間の娘が昼食のサンドウィッチを美味しそうに頬張っていた。


 ***


「コリーン様、お初にお目にかかります。王太子付き近衛騎士のダナンと申します。以後お見知りおき下さいませ。こちらの者達も同じく近衛ですので顔を覚えてやって下さい。…コリーン様はその…ウィンダム様とはもう既に…?」

「? こちらこそよろしくお願いします。ん?既に何ですか?」

「え…いや、とても仲睦ましくいらっしゃったので…その、恋仲なのかと…」

「え!違います違います!私はミミルキーの生態調査の一員で…えっと、ウィンダム王子とはお友達になったんですよ」

「友達、ですか?…はあ、それは…」


 そう呟きながらウィンダム王子の方をチラッと見るダナンさん。なぜか無言の笑顔で答えるオレンジの王子。

 …ん?友達って仲睦まじいものよね?

 それよりダナンさんも蛇の獣人なんだな~ブラックマンバじゃなさそうだけど何の蛇なのかな?

 ララさんも背が高いけれどダナンさんはそれよりもっと大きくて筋肉隆々だし、お顔も優しそうなのに逞しくて整っている。これは人間にもモテそうだなとつらつら考えているとララさんがスルッと私の横に来て教えてくれた。


「彼はキングコブラ獣人です。わたくしとは遠い親戚になります。後ろに控えている近衛は右からチンパンジー、ベンガルトラ、カバ、オオカミ。そして…今は不在ですがカラスがおります」


 

「そうなんですね。皆さん よろしくお願いします。私はコリーン、人間です」


 そう挨拶したが好意的に感じたのはダナンさんだけだった。無表情でこちらに目線を向けたが無言でまた正面を向いてしまう。


 あ…この空気…これ私知ってる。侯爵家で使用人達から味わっていた好まない相手に向けるあの雰囲気…


 私はハッとした。


 ここに来て今日改めて思う事はウィンロードは姿形は人間に似ているけれどやっぱりこの国では高貴な存在なのだと実感する。

 彼はその中でも騎士が付き従う王太子なのだ。近衛の彼らにとって私はきっと信頼出来ない異質な存在のはずだ。

 友達になったからとは言え先ほども感情に任せて彼らの主にあまりに気安い態度を取ってしまったのではないか。やっぱりあれがいけなかったのかな。誤解を生んでしまった様だし…これからはちゃんと線を引いて接しなくては…出来れば種族が違っても良好な関係を築きたいと思ってたのだけど…気付かず調子に乗って初めから失敗したみたい。私は何だか居たたまれなくて目線を手元に落とした。


「コリーン。君はありのままで良い」


 そう静かに声を発したのはウィンダム王子。


「…なぁ?俺の近衛ならわかるはずだがな。違うのか?」


 抑揚のない声に一瞬ピリッとした空気がその場を覆った。ウィンダム王子は表情も感情も豊かだと思っていたがこんな話し方もするのかと私も思わず固まる。


「彼女を連れて来たのは俺だと知っているな。必要だからではない。とても大事だからだ…」


 すると今まで無表情だった数人の騎士達が震えながらガクンッと揃って床に膝を突き、苦悶の表情を浮かべ始めた。立っていたのはダナンさんだけ。何があったのか分からずアタフタしてウィンダム王子に視線を投げると

 

「…余計な気を使わせてすまないなコリーン。これからは周知させるから。だから今まで通りで頼むな」


 そう言ってふふっといつもの笑顔を私にくれる。跪いていた騎士達もフラつきながら立ち上がり胸の前に腕を掲げ頭を下げて謝罪して来たので気にしていないとそれを受け入れる。


 …きっと王子が何かしたのだ。


 ああ……何故彼には解るんだろう。


 この時この人は私の味方なんだと強く感じる出来事だった。


 

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