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7.友達と選抜戦

 ***


 獣人には人間には無い魔力が備わっている。術として行使は出来ないが、ある程度訓練する事によって自らの身体の中に循環させ筋力を強化したり、傷の治りを早めたり走るスピードを上げたりと言った事は可能になる。特にバムダ王国では騎士隊に入りたての騎士見習いなどは魔力量は各々異なる為強弱はあるがこの訓練は必須の習得項目になっている。

 現在王国騎士隊には四つの能力別の部隊があり、飛行を得意とするファウル部隊、パワー系を主とするビースト部隊、地形を巧みに利用し撹乱を得意とするコンパクト部隊、そして毒を用いて敵対者の動きを封じるヴェノム部隊に分かれており、見回りや護衛に付く際の小隊時はそれぞれの部隊より能力の特性を活かした編成がされる。

 もちろん彼らを統括するのはウィンロードである。


 そしてこの彼等を対象にマサラヤマン島での特殊任務『固有種ミミルキー生態調査出向における獣人員選抜戦』が執り行われる事になった。


「任務内容は伝達の通りだ。この度王太子より要望があり君らの助力を借りる事になった。知っているとは思うがミミルキーは魔力を吸う珍獣だ。現在レンジャーを数名常駐させているが、調査に当たり騎士団より人員追加を補う事になった。魔力保有量も加味して選出する」 


 そう壇上にて言葉を発したのは騎士隊総隊長のウィンニャムだ。ウィンロードであり現国王の実子で第四王子である。とは言っても上の二人は自身と三つ子で髪や目の色は少しずつ違うが顔は同じ。歳は六歳離れているがウィンダムの実弟である。

 魔力量もそこそこ有り得意なのは天候系攻撃魔法でそれを活かした知略にも長けていた。因みに二番目の兄ウィンマムは外交、三番目の兄ウィントムは内政を担っている。

 彼の妻は黒ウサギ獣人で、いつも少しビクついているがウィンニャムの姿を見つけると顔を輝かせ長い艶のある黒髪を靡かせ跳ねながら一目散に飛び付いて来る。逆に怒らせると頬をプクッと膨らませ無言でダンダンッと地団駄を踏んだり酷い時は後ろ足蹴りをして来る(結構痛い)。…兎に角愛しい番だった。


 生涯の伴侶である番を早々に手に入れ順風満帆の彼だったが、懸念する事が一つあった。それは王太子であるウィンダムだ。ウィンロードである彼らが血筋を残す事は義務で必須だ。だが誰でも良い訳では無い。ウィンロードの伴侶は魔力耐性を備え尚且つ均衡している相手でないとならないのだが、こればかりは本人しか感じ得ない事であり、周りがどう足掻いてもどうする事も出来ないのだ。


 だが変化の兆しは突然訪れた。ウィンダムが一人の人間の娘を連れて帰って来たのだ。


「しかしあの人間の娘に魔力耐性があるとはな。兄様がわざわざ着飾らせ我々の晩餐にまで招いたのだ。しかも妖精かと背中に羽を探してしまったくらい姿も美しいではないか。しかもあの兄様が娘に向ける熱を帯びた目…ふうん?ただの人間では無い様だ。ならこの私が暴いてやらねばならないな。あの降って湧いた何処ぞの娘が詐術のピクシーか堕落の女神かを!」


 ***


「えぇ!選抜戦ですか?今回の調査隊の為に?」


 朝から図書室で大陸ではレアなオバジリ語訳の『世界の美しいトンネル百選記録集』を見つけて読んでいた私にウィンダム王子が爽やかに話しかけてきた。バムダ王国騎士団より人員を斡旋する話が決まったのだと言うのだ。しかも選抜戦?

 聞くと魔力量、運動能力を始め、協調性、連携、傾聴力、調整力など、調査隊全体の状況を把握し適切な行動を取れるかどうかのチェック科目を競い一定レベル以上の者を採用する…との事。


「種族によっては気が荒かったり協調性の無い者も確かに多いんだが、騎士隊に入る見習い時にそのあたりはある程度矯正されてるから問題は無い。しかし小隊として動くといざという時個々の能力が邪魔になる時があるんだ。今回みたいな戦闘目的ではないイレギュラーな状況下ではチームを優先出来る事が大事なんだ」

「そうなんですね。私、魔力量が多い獣人の方を選ぶだけだと思ってました」

「まあ、騎士にとっても今回は良い経験になると思うよ。ミミルキーに接触すればどうやったって魔力を吸われるし体力を削られる。能力ばかりに頼らずそれをどう克服していくのかによって成長する事も出来るだろう」


 なかなかどうして、かなり大事になって来ている気がする。でもそうか。初めて本格的にミミルキーの生態調査に着手するのだから不測の事態はなるべく回避しなければならないだろう。統率の取れた騎士隊の騎士達ならば安心だ。それに王子はウィンロードだから魔法が使えるし…

 あれ?そう言えば王子が飛行以外どんな魔法が使えるのか知らないな。


「と、言う訳でコリーン。その選抜戦の様子を覗きに行かないか?模擬戦もするんだ」

「え!良いのですか?」

「ああ、本を読むのも良いが部屋に閉じ籠もってばかりじゃ身体に悪いぞ?折角だから見学しに行こうか。俺も見ておきたいからな」

「はい、是非!」

「じゃあ抱っこしよう」

「ん?」

「もう始まってる。急ぐぞ、ほら」


 そう言ってウィンダム王子が両手を広げてスタンバイ。この姿…既視感が…


「えっとそれは…空を飛ぶって事ですよね?ここ図書室ですよ?」

「問題ないよ」

「いや、ありありですよ!天井の明かり取りははめ殺し窓ですしどこから出るんですか?まさかあれを破って出るなんて事ないですよね…?」

「ん?ああそうか。君は魔法をあまり知らないんだったな。大丈夫そんな事はしないさ。最速かつ安全に連れて行くから」


 ニコニコと笑いながら私に手を伸ばして迫ってくる魔法使い。くっ…丁度いい!ならばその魔法見せてもらおうじゃないか!


「分かりました分かりましたっ。じゃあお願いしますぅ」


 そう言うと私は背の高いウィンダム王子の肩に手を添えた。相変わらずガッシリしてるなぁ、などと思いながら抱っこされるのを待つ。


「…? 王子?」

「一月前…」

「? はい?」

「どうなる事だろうと思ったが…」

「……」

「やっぱり良いな…」

「良い?」


 何の事?


「君と居ると楽しいよ」


 衝撃だった。

 突然そんな事を言われてどう反応して良いのか分からなかった。言葉も出なかった。ハクッと空気だけが口から漏れた。

 だってそんな言葉誰にも言われた事が無かったから。バレリオにさえ言われた事が無い…きっと他の人からしてみれば何の気なしの言葉だったとしても絵を描く事も花を育てる事も一緒に食事しながらお喋りする事も、子供が楽しいと思われる事はいつの間にか誰も私とは楽しんではくれなくなった。


 私に求められるのはいつだって数値だったから。


 この人は私の胸の奥を突いてくる。

 切り離した固まった感情に触ってくる。


 …いや、落ち着こう。これはそう、友達だからだ。友達だから優しい言葉をくれているのだ。友達だから…なら私はこう答えるべきだろうか…


「私も…ここの生活を楽しんでますよ王子。一月前この国に辿り着いて良かったです」

「そうか…良かった。さあ、行こうか」


 きっとこれが正解だった。私はふぅっと息を吐く。ふわっと彼の胸に抱えられる一瞬の浮遊感。痺れているかの様にボンヤリとする頭。


「手を首に回して」


 そう耳元で呟かれ、おずおずと言われるがままにオレンジ色の髪の下へ緩く手を回した。

 初めて彼に抱っこされ空を飛んだ時と何かが違った。服越しに接した身体の部分。抱えられた力強い腕。胸が波打つと同時に何かがじわりと染み込み、ひりつく喉。


 どうにも友達と言うものは距離感が難しいものらしい。


 パチンッ


 と、王子の指が鳴らされた瞬間目の前の本棚が一斉に消えた。


「!!?」


 次に目に入って来たのは湖面の上から遠くに見える石の外壁だった。あまりの景色の違いに脳が反応せずしばらくポカンとそれを眺めていた。ジワジワと可笑しな事が起こっている事に気付きキョロキョロと周りを見渡す。足の下では陽の光を浴びた湖面がキラキラと光を放っていた。


「はえ?ここってアリスカーラ女史が落ちた…汽水湖?は…へ?ええ?」

「うん、あそこに見えているのが騎士隊の選抜戦の会場になっている大修練場だ」

「ウィ、ウィンダム王子!これってもしかして…」

「ん?」

「瞬間転移動ってやつですか!?」

「そうだぞ。俺は魔法陣を構築しなくても魔法が使えるんだ。便利だろ?まあ、発動条件はあるんだが、どう?驚いたコリーン?」


 本日二度目の衝撃!

 え!待って…でもそれって…


「じゃあ、あの日マサラヤマン島からわざわざ空を飛ばなくても移動出来たって事ですか?」

「……ぁ。いやえっと、俺だけなら何処でも行けるけど、ほら…人を運んだのは初めてで慎重にしないとって飛ぶ事にしたんだ…」

「へぇ、今は慎重じゃなかったんですね?」

「めちゃくちゃ慎重だよ!大事な君に何かあったらっ」

「大事?」

「…もちろん、大事だ。君は特別だよコリーン」


 それは…


「俺達は…友達、だろ?」


 ああ、そう言う意味だよね?そうよね?


「ふふっウィンダム王子のお友達ってお得ですね」


 すると彼はカラカラ笑い「そうだろう?」と言いながら外壁に向かってゆっくりと飛び始めた。

 なるほど。これが友達という関係なのか。私が知らなかっただけで思っていたより大事にされるものなんだな。しかも王子で魔法使いの友達になるなんて凄い事なのでは?

 そんな事をグルグル考えながらも彼の魔法に高揚している自分に笑える。


 「飛行と瞬間転移動って最強じゃないですか?直ぐに何処にでも行けるって事ですよね。おとぎ話よりも面白い!私の友達凄い!!」

「…うん…警戒心を解く為に友達を強調してしまったのはしくじったな。まあ焦らず、だ…」

「え?何ですか?聞こえませんでした」

「ふふ、いや、楽しそうで良かったと思って。ほらコリーン、貝魚が跳ねてるぞ。あれもこの湖の固有種なんだ、綺麗だろ?」

「わっ!大きい!凄く赤いし光ってますよ!しかも棒状に長い…でも帯びれがある…あれ本当に貝?」

「そうだ。貝殻の部分は透明でな、赤いのは中身だ。しかも螺旋状にバネの様な内臓が入ってて、時折ああやって湖面から飛び出て来るんだ。そう言えばアリスカーラ女史も貝魚に陸まで吹き飛ばされて回収出来たんだってな」

「え?吹き飛ばされ…?」

「貝魚は共生する魚人以外、縄張りに侵入したものを力泳の推進力とバネで 蝦蛄(シャコ)の様に弾き飛ばして排除する為に独自に進化した巨貝変種。だが立派な魚類だ」

「え?謎過ぎ怖っ…この湖では決して泳げませんね…」

「俺は泳げるぞ?それに吹き飛ばされるのも楽しいし、やる?」

「断固遠慮します」 

「このまま湖に少しでも足が浸かれば直ぐに寄って来るよ」

「ヒャ────ッッ!駄目です駄目ですよ!?」


 結局、大修練場に急いで行く筈が、湖面に足先を浸けるとプュポンッと水から飛び上がり襲って来る貝魚にキャーキャー怯える私をよそに、赤い槍の様なそれをヒョイヒョイと躱しながらカラカラ笑って楽しむ王子の悪戯の所為で、到着したのは昼前の模擬戦の最中になってしまっていた。






 

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