27.決別と楽園(本編最終話)
侯爵一行は恐怖に慄き空を見上げたまま腰を抜かし座り込む。折角連れてきた護衛兼コリーン捕縛要員もガタガタ震え大量の冷や汗をかきながら身を低くし蹲っている。
コリーンもあまりの風圧にウィンダムにしがみついていた。
「小侯爵。俺からコリーンを奪い返せると言うのなら全力で勝負してやる。ドラゴンは六体出せるからな。どうだ?貴様の四肢に頭部、最後は心臓を均等に喰わせてやろうな」
ウィンダムが指先をパチンと弾くと雲の中からドラゴンがぬらっと体をくねらせズズズ…と徐々にバレリオ目掛け近づいてくる。
「わっぁ…ひっぃやめ…っく、来るな!ぁぁ~っ!」
ゴハァ~~と生臭い息を吐きながら迫り来るドラゴンに腰を抜かしたバレリオはただただ至るところから液体を垂れ流してブルブルと怯えるだけだった。
「コリーンが寝る間を惜しみ稼いだ金を、湯水のように使うだけの無能なヒモ野郎に二度と彼女の髪一本も触れさせない。俺の伴侶になる彼女を貶めた事、きっちり落とし前つけてもらうからな!さあ!かかって来い!それとも降参するか?はっきり言わねばこのまま鋭い牙に貫かれるぞ!!」
「は!…はひっ…はい、降参しまひゅ…っ」
「ふん、ヘナチョコ野郎。いいだろう承諾した。これにより決闘の勝敗はバムダ王国第一王子であるウィンダムの勝利とする。二度とコリーンに近付くな。でなければ次は六つに引き裂いてやる」
そう言うと再び指先をパチンと鳴らすウィンダム。その途端渦巻く雲が動きを緩め一瞬にして風が止み、ドラゴンが静かに天に向かって霧散していく。厚い雲は徐々に白く流れ空は少し光を取り戻していた。そして後からふわりふわりと毛手鞠になったミミルキーの抜け毛がピンクの雨のようにポフポフと落ちて転がる。
「コリーン。奴に言いたい事があるなら今言ってやれ」
そう言ってウィンダムはコリーンの腰から手を離した。
圧倒的な力の差を見せ付けバレリオの精神を砕いたウィンダム。小物ゆえに反撃する気力もすでに無かった。
コリーンは一度ウィンダムの顔を見上げ、そしてバレリオがへたり込む方へ意を決して少しずつ歩み寄り彼の背後に辿り着いて一間空け、静かにこう告げた。
「……バレリオ。私貴方が好きだったわ。貴方の優しさが心の支えだった。でも段々放っておかれて…疲れてしまったの。妻にもなれずお金を稼ぐだけの忙しい生活も貴方達からの扱いも全部嫌だった。結局貴方は私に夢見る事しか許してくれなかった。だからもう貴方の元には戻らない……貴方の愛は信用出来ない」
どこで間違ってしまったのか。
二人で過ごす時間が嬉しくて安らかでそれだけで幸せだった。決して短くない年月を一緒に生きて来たのに頑張れば頑張るほどいつの間にか辛くて苦しくて…あの日裏切られてからは命を落とした方がましだとまで思い詰めた。侯爵家から逃げる途中不発ではあったが船の上から身を投げようとした事もあった。でも大人になりきれず無垢で淡い愛にすがって生きた十代の時間はもう捨てた。
「私はもう従わない。周りの大人ではなく貴方でもない。私の未来は私が選んで私が決めるわ。だから……さよなら、バレリオ」
へたったまま振り向きもせず無言で泣き続けるバレリオを残し、踵を返してウィンダムのほうへ走るコリーン。
(あの日あの時逃げ出して本当に良かった。でなければ…)
「ウィンダム!」
(貴方の胸に辿り着けなかったから)
ウィンダムの胸の中に飛び込むコリーン。
「─っ! コリーン!やっぱり君は世界一可愛いなぁ~君から抱きついてくれるなんて嬉しくてピンクの羽が生えそう!」
「…なんでピンクなんですか。あ、それで一つ思い出した事があります」
「え?ピンクのウエディングドレスにする?絶対似合うよ!フリフリにしよう!」
「ふふっ嫌です。どこまで頭お花畑なんですか。そうじゃなくて、私は四年間侯爵家で事業を受け持っていたのですが…その…以前の失敗した事業内容を調べていた事があって。その中に…おそらくミミルキーの事が書かれていたんです。だから私いつかこの島を訪れたいと思ってて…」
「…うん、それで?」
「書類には『ミミルキー』とは明言して書かれてなくてマサラヤマン島にて珍獣捕獲五十頭とありました。どんな動物なのか分からず、サッと読んだだけだったので気付かなかったのですが…確か…毛皮の事が書かれていました。保存の状態が悪く縮んでカビが生えて廃棄したとあり、かなりの損害を受けた旨が書かれていたと思います」
「……成る程。侯爵家が五年前の密猟に関わっていたって事か。早速侯爵家に保存されている証拠を押さえる手筈をする。罪状が確定すれば奴らはこれで終わりだ。…まあ、本当に引き裂いても良かったんだがな」
「もう、物騒な事言わないで下さい。でももし本当なら…私も許せません。可愛いミミルキーが犠牲になったのだと思うと…悔しい」
ウィンダムの胸の中でグッと目を閉じる。こんな奴らに、そう思うと沸々と怒りが湧き上がった。懲らしめてやりたい。過去の自分とミミルキーの分を…
その時ハッと侯爵達が何故ここまで追い掛けて来たのか、その理由を思い出した。
首に掛けていた革紐を手繰り寄せ胸元から引きずり出したのは小さな布で出来た巾着だ。コリーンがそれを開くと中から硬質の木で作られた小さな印章が顔を出した。
そう。コリーンの印章だ。
「これは?」
ウィンダムが不思議そうに覗き込む。
「…これは、私が手に入れた私の存在を知らしめる唯一の方法だったんです。決算の書類や事業提携確定時の書類なんかには必ず捺しました。小さくても五カ国語で”コリーン”と彫られています。いつもこうやって首から下げていたので持ってきていたんですが…」
「それどうするんだ?」
「海に捨てましょうか。これが無いと事業継続や報酬が受け取り出来ない事になってるんです。マルクドーさんの入れ知恵です。彼らはこれが欲しくて私を追って来たのだと思います」
「へぇ…成る程。じゃあ、俺が有効活用してやろう。ミロ、来い」
そう呼び掛けるとどこからともなく一羽のカラスが飛んで来てウィンダムの肩に足を付く。
「コレを見せびらかしてあいつらを船着場まで誘導してくれ。浜辺に落としてレンジャーの前で奴に拾わせろ。出来るな?」
「カア!」
カラスのミロが一言鳴き、コリーンの印章を咥えるとウィンダムの肩から飛び立ち侯爵達の前で一度ポロッと口から落とす。足でコロコロと転がしたり掴んでは落としを繰り返ししていると、それに気付いた侯爵がハッとして急いで印章を掴んだ。
「こ、これは…コリーンの印章だ!間違いない!これがあれば金が入るぞ!!」
涙と鼻水でグシャグシャの男が小さな印章を掲げ歓喜している。だがその瞬間カラスの嘴が印章を持つ手にザクッとめり込んだ。
「ギャァ!」
痛みで思わず手を離してしまった隙にパクリと口で印章をキャッチしたミロはサッと羽をはためかせ飛び上がる。三回ほど侯爵の頭上を旋回した後ゆっくりと海岸の方に飛んで行った。
「な、な、何だあいつは~!印章は?私の印章…あのカラスが?おい!オモチャじゃないんだぞ返せ!!待てぇ待ってくれ~!」
そう大声で叫びながらもつれる足取りでカラスを追いかける侯爵と我に返ったバレリオ。そして護衛の二人は慌ててその後を追いかける。
「うちのレンジャー達に捕縛するよう伝えるよ。本島に回収しなきゃな。とりあえず窃盗の罪で牢にぶち込んで拷…じゃなくて事情聴取だな。なんせコリーンの名前が入った次期王太子妃の 印璽を盗んだんだから」
そう言うと両手を前に掲げるウィンダム。開いた手の中に小さな白い鳥が二羽現れた。手のひらをツンツンと嘴でついばんだ小鳥はそれぞれ違う方向に飛び立つ。
「連絡はしておいた。さて、怯えたミミルキーの様子を見てから王宮に帰ろうか。やあ、驚かせてしまったなぁ」
事もなげにはははと笑うウィンダム。
(有効活用ってそういう意味?確かに私の名前が彫られた印章だから私のなんだけど…けど…)
「ふっ…ふふふっ、あはははっ」
「わぁコリーンが声を出して笑った!初めて見たかも!やっぱり可愛いなぁ~」
「もう、王子の癖に悪知恵が過ぎますよ」
「悪い奴はやり返されるもんだ。そして良い魔法使いにはご褒美をあげなきゃな、コリーン?」
そう言って自分の頬をツンツンと指で叩く。労いのキスの催促のようである。
「ふふ、ええそうですね。ありがとうウィンダム王子。貴方に出逢えて本当に良かった。私の窮地を救ってくれた。文字通り貴方は私の王子様ね!」
そう言いながら彼女は頬ではなく彼の唇にそっとキスをした。
大人とは、自分で決めて自分で行動する。責任と覚悟も必要だ。
あの日侯爵家から逃げ出したコリーンはもう使われるだけの少女ではなく大人に成るべく飛び出した美しい鳥になった。辿り着いた先には憂いを払い、受け止めてくれる番と可愛い姿の珍獣が迎えてくれた。この出会いも全て彼女が起こした奇跡。
彼女はもう立派な大人に成長したのだ。
*
それから間もなく侯爵一行は準王族印章の窃盗罪で捕まり牢獄へ。公国公妃の姪は公国へ帰国後にバレリオと離婚が成立。ミミルキー密猟の証拠文書発見により侯爵にバムダ王国から正式に損害賠償請求。芋づる式に関連した密売組織を摘発。また賓客及び王族に対しての暴言による名誉毀損罪で本国に送還された侯爵は爵位剥奪の上奴隷堕ち。バレリオは事業の後始末に追われるも能なしの為処理出来ず全ての事業を放り出し逃走。以後生死は分からない。結果、領地領民事業共に大公家が引き継ぐ事になった。
侯爵家は没落したのである。
***
──エピローグ──
半年後、私達は無事婚姻式を迎えた。
その間、私とウィンダム王子は一つの可能性を成し遂げていた。
コロロコロンの効能を解き明かし、第七島ナルーナの研究機関と共同で、人間用の変身薬を開発したのだ。これはバムダに永住を希望する人間に対し処方されるもので、幾つかの条件をクリアする事で王家を通し魔法契約後、希望する獣人の姿に変えられるというものだ。
実はこれはコニーさんからもらった情報が元になっている。
『昔、コロロコロンハネ、「反転ノ実」ッテ呼バレテタンダヨ~。二色ノ実ヲ同時ニ四ツ食ベルトシバラク元ノ姿にモドラナクナルンダヨネ。四ツデ一ツの実ダカラ実ノ中デ魔法陣ガ完成シチャウミタイ』
だそうだ。マジックフルーツはそれ単体で魔法陣を作り出す魔法物だったのだ。中の実を少しずつ食べると効能は薄れ意図する動物ではなかったり、なぜか翻訳機能にすり替わってしまうが、全てを一気に食べると思い描いた動物に変身出来るというものだった。
そして今回、研究機関と作り出したのは、このコロロコロンの魔法陣を精査し何度も試作を重ね実験をしてとうとう出来上がったのがこの試薬だ。
「じゃあ、コリーンは猫ちゃんな?」
「私は魔力耐性があるのできちんとデータは取れませんから」
「まあまあ、いいからいいから。一粒だけ飲んでみて?」
「……何だかウィンダムの目がやらしいから嫌です」
「やらしくなんかないぞ?ちょっと、ほら、尻尾とか耳とか尻とか腹とか胸とか撫で撫でしたいだけだ!」
「いや、それ本気で言ってます?」
「俺はいつでも本気だ!」
こんな事を日々膝の上に座らされ強要されたりもするようになってしまったが…
「コリーン……綺麗だ」
そう言って私の額にキスを落とすウィンダム王子。
永遠を誓う今この時、私の生涯の伴侶は誰よりも逞しく誰よりも魔力を保持する大魔法使いだ。そして誰よりも私を愛してくれる人。
私は人間で彼は獣人。全く違う進化を辿って来た。違う生き物だ。
それでも同じ時を生き、同じ物を食し、同じように会話をして想い、愛し合える。
「君に出逢えた奇跡に感謝を…」
「貴方に出逢えたあの日に感謝を…」
この先きっとたくさんの困難が起こるだろう。でもそれがなんだって言うんだ。全部越えてみせる。今までだって楽な生き方ではなかった。でも今は…
「ウィンダム、もう私達寂しくはありませんね」
「……ああ、君にももう二度と寂しい思いはさせない。ずっと、死んでもな」
抱き合いながら笑い合い、足りない部分を補い埋める事ができる伴侶を得たのだから。
こうして私達は王族で異種婚初めての番になったのだった。
*
あれから数ヶ月。今日も変わらず私達は可愛い珍獣ミミルキーと共にマサラヤマン島で生態調査に勤しんでいる。
「ウィンダム!この幼体、体毛がまだらですよ!」
「凄い!水玉模様じゃないか!これは新種かも知れないっ」
「ピンクに水玉なんて可愛い~っ!あ、コニーさん!見て下さいこの子」
「マ───ッ」
ここには見た事のない生き物や植物。船を乗り継げば会える獣人が暮らす不思議な国。日々驚きと発見が目白押しだ。そして珍獣ミミルキーを愛でる事が出来る唯一の楽園。
全て捨てて逃げ出した私は、ここで新たな自分として生きていく
愛しい人と共にいつまでも……
fin
─【後記】─────────────
ここまで読んでくださった皆様、お疲れ様でした!!そしてありがとうございました!
最後はかなり短編に寄せて逸脱しないよう書いたつもりですが、まあ…正直伏線回収全部できてないのは本当すみません。匂わせで終わらせちゃったのが2つありますね。
各カップルのイチャも書きたいところですが…
(続けてぼちぼちとこぼれ話を投稿します)
何はともあれ本編はこれにて終了です!お付き合い頂きありがとうございました!
またお会い致します。
2026.2 平川




