25.覚悟と解放
なんて事…確かに簡単に魔法を使っているなとは思っていた。魔力も高いし自分しか使えない魔法があるとも言っていた。でも…そこまでとは思っていなかった。それどころか国王様よりは、なんて軽く考えていた。
「ウィンダム様はその高い魔力量の為、長い間見合う魔力耐性を持つ女性に出会えませんでしたなも…それは誰もがウィルドルド王と同じ未来を予想していましたなも」
シンバ君はそう言って私に顔を向けた。
「だから僕のおじいちゃんは契約魔法で永久原獣化を選びましたなも。ウィンダム様を一人にしないように…終生共に付き従える為に自ら志願し従魔獣に姿を変えたんですなも」
「……じゅう、まじゅう?」
「僕もなりたかったんですけどね、ウィンダム様に断られちゃって…まあ、まだ僕も今より弱っちい頃だったし、おじいちゃんは強かったけど老い先短いからって言い切られて、渋々でしたけど、なも」
強い風が吹いた後、獣人達は各々の目的地へと列を成して去っていく。ドラゴンはバムダの上空をしばらく自由に飛んだ後、霧散して消えていくのだとか。
始祖祭はこれで一応の終わりを遂げた。その後は各島ごとで何かしらの行事が行われていると聞いている。
私は…
とても辛くてそれこそ涙が出てしまうのではないかと、私の心とは不似合いのキラキラとたくさんの星の輝く夜空を見上げる事しか出来ないでいた。
彼は…
もしかしたらその強過ぎる力の代償に、一生誰も娶る事が出来ないかも知れない。
力の強い王よりも魔力量が多いウィンダム王子はどうなるのだろう…
周りには愛されていると思う。家族や付き従う者もいる。でも彼が愛する人は触れれば体調を崩し、子を孕む事もできすに亡くなるのだ。
きっと彼は愛する人の手を放すだろう。自分の為に誰かを不幸にする事を選ばないはずだ。孤独なウィルドルド王のように…
「ウィンダム…王子…」
「うん?何だ?」
「……ん?」
「ここにいたんだなコリーン。祭儀が終わったから今からコニーさんを戻しにマサラヤマン島に行くぞ。一緒に行くだろ?」
「…え?あ、え!」
ドラゴンを見送ってさして時間は経ってはいない。のに、なぜウィンダム王子がここに…?突然私の横に出現した彼に固まるほど驚いた。
彼の姿は祭儀の為と思われるの白地に鮮やかな光沢を放つ深い小豆色の長い袈裟に金の豪華な刺繍が入った装束を着ていた。重そうな金の装飾品が額と腕と腰巻きに付いたままだ。
「あの、祭儀…はもう良いのですか?後処理とか」
「奉納は終わったよ。この後とくに俺は必要ないからな」
「えっと…体調とかは崩してませんか?あれほどのドラゴンを何体も出したんですよね?魔力が尽きたりしていませんか?」
「ん~少し眠気があるかな。父は魔力切れで倒れてたけどいつもの事だから。準備万端だからそこは心配いらないよ」
「は、はぁ…えっと私も行っても大丈夫なんですか?」
「ああ、疲れてなければ行こう。祭中だし大目に見てもらえるだろ?折角だから夜のパニパリリ草を見ないか?」
そう言ってクルリと身体を護衛達に向けると
「ここからの事はララには内緒にしといてくれ。バレると容赦なく締め上げられるからな。後、コリーンを護ってくれて助かった、ありがとうな」
そう言いながらシンバ君の頭を撫でている。
「それじゃあ行こうかコリーン」
そう言っていつもの両腕を広げてスタンバイ。この人は…人の気も知らないで変わらず通常営業だ。
私は思わずフッと息を吐き笑った。同情とも哀れみとも違う複雑な気持ちをグッと押し込め、一間空けて思い切って彼に近づき、太い首に腕を回した。
「夜で暗いからって落とさないで下さいね」
*
夜のマサラヤマン島はコテージの軒先に吊られているランプ以外真っ黒闇だった。元々観光の時間は日がある内だけだった。コテージの前にある調理場でバーベキューなどが楽しめるが森林への柵の入り口には夜になると魔法の錠が掛けられる。これは五年前の密猟事件の後に作られたそうだ。
この仕掛けがある事により、ミミルキーの生息地へ誰も入る事は出来なくなる。
まあ、作ったのがウィンダム王子なので私達は弾かれずに済むのだけれど。
「着いたぞ。ああ、真っ暗だな。ちょっと待ってな」
パチンッと指を鳴らす音がして途端大きな白く柔らかい光の球体がふわっと頭の上に浮かび上がった。
「マ──」
転移動で連れて帰られたコニーさんがそう一声鳴くと、森の中からヒョコッと数匹のミミルキーが顔を出す。
「ふふ、お迎えが来ましたねコニーさん」
『楽シカッタヨ。マタタクサンノ獣人ヲミレテ安心シタシ』
「……昔と変わりましたか?」
『綺麗ニナッテタヨ。人モ建物モ……ネエ、コリーン。マタ外ニ連レテ行ッテクレル?マダ見タイ所ガイッパイアルノ』
「そうですね、王子と交渉してみます」
『アリガトウ。ジャア、マタネ~』
「こちらこそ、ありがとうございました…」
走り去って行くコニーさんが仲間と合流して森の奥に入っていくのを見届ける。
「……なあ、コリーン。どうしてコニーさんに敬語を使い出したんだ?」
「え!?」
「今まで違っただろ?」
「あ……そ、そうでしたか?」
気が付かなかった。完全に無意識だったわ。まずいまずい。
「……まあ、いいか。ほら、パニパリリ草を見に行こう」
「あ、はい」
辺りに虫の音が響く中、サクサクと草を踏み締め歩く事五分ほどだろうか、パニパリリ草の群生するエリアに近づいて来た。彼はその間ずっと黙ったままで、私はというと彼の後ろ姿をずっと見ながら追い掛けていた。
いつも明るい内にしか来ることの無かったマサラヤマン島。大勢の調査隊と共に過ごした日々。その中で二人だけで歩くのは初めて会ったあの日だけだ。あれから三ヶ月近く…たったそれだけの間。
「ほら、見えてきた。灯りを消すぞ?良いか?」
「は、はい…」
足元のパニパリリ草を確認すると、ウィンダム王子は魔法で出した光球をサッと手を振って消した。その途端辺りは再び漆黒の闇に変わる。それは上下左右が分からなくなるほどの黒だった。足元がグラグラ揺れているような闇に不安になる。
「コリーン、手を繋ごうか?」
「あら、怖いんですか?」
「プッ…ふふ…そうだな、怖いから繋ごうか」
「ふふふっはい、良いですよ?怖いですからね」
「そうそう、怖いんだ」
そう言って私の右手にちょん、と指が触れ合ったと思ったらスルッと分厚い指に手が包まれた。
夜の風はサラリとしていて涼しくて、暗闇の中の恐怖は欠片も無く、彼の手のひらから伝わる熱が心地良い。同時に胸が痛いほど高鳴った。
「じゃあ魔力を掛けるぞ」
頭の上から彼の声が聞こえ次にパチンッと指を鳴らす音が聞こえた。すると足元のパニパリリ草からか細いが暖かな色をした光がボヤッと湧き上がり、それが徐々に広がって林を抜け点在している森の中にまで走っていく。
綺麗だった。昨日の降り頻るバラの花びらよりは地味かもしれない。でもまるで小さなロウソクが所狭しとゆらゆらと揺れているかのような、静かに生きる生命の輝き、淡い命に抱かれるように包まれる感覚。
私は声を失い、その光景をただただ見つめていた。それは数分か数十分か…
そんな私にふいにウィンダム王子が気遣い声を掛けてきた。
「…コリーン……その、体調は悪くないか?気持ち悪くなったり、頭痛がしたりは?」
「…体調は…別に」
「そうか…」
「……手、繋いでるからですか?」
「あ、うん…」
「ふふ、今更ですね」
言いたい事は分かっている。昨日の話を聞いてから不思議に思っていた。
「…本当はもうずっと前から分かっていた。それこそ出会ったあの日から…でも勘違いされたくなくて言えなかった」
「勘違い?」
「島に来たばかりの君は…婚約者に裏切られ、その…落ち込んでいただろうから。ウィンロードとしても逃したくなかったのは認める。でも付け入るような事をしたくはなかった。君の意思もちゃんと配慮するつもりで……」
そこまで言ってからウィンダム王子は、大きな溜息を一つ吐いて粗雑に髪をかき上げる。そして意を決したかのようにいつもより長舌に私を見つめこう言った。
「出会ったのは本当に偶然だ。でも心の中で運命だとも思った。十歳以上も離れてるし、種族も違うけど俺は君を可愛いと思うし愛しいと強く感じる。君と出会ってからずっと考えてた。こんな感情誰にも抱いた事が無かったし…俺はこの歳になってもそんな相手は現れないんだと思っていたから、逆にこの気持ちが信じられなくて…初めは少し戸惑ってしまって」
私は…
「だが、きっとこの想いは一生に一度だけなんだって気付いてもいた。国や家族を大事に想っていても、いつもどこか心は乾いていたのに君に出逢ったあの時からそれが消えたんだ。その…コリーンの心の傷が癒えるまでは言わないでおこうと思ってたんだが…当然いつまでも待つつもりで、この国に足留めして友達からゆっくり距離を縮めて行こうとしたんだけど」
私は…
「ギブアップだ。全然ダメだった」
そう言ってウィンダム王子は私の手を取ったまま、ゆっくりと片膝を突いて柔らかくでも真っ直ぐに私を見上げる。
「勘違いされたくないのはウィンロードとしてではなく、ただの男として君に恋をした事だ。落ち着いてるようで慌て者だったり、達観してるかと思えば興味がある事には目を輝かせ知りたがったり、獣人に偏見を持たず受け入れミミルキーを可愛がる。何にでも一生懸命考え頑張ってて無茶をする事もあるけど…でもそんな君を毎日毎日一つ一つ好きになる。コリーン…どうか俺の伴侶となりこれからも変わらず傍にいて欲しい…君の一番傍にいたい。胸が潰れそうなほど愛しているんだ」
私達は…
種族が違う。立場も違う。
私は家族さえに見放され婚約者にも捨てられた…ただの何も持たない人間だ。
彼は王族で王太子で大魔法使いで全てを持つ頂点に座する資格を持った獣人。
だけど……私は彼が好きだ。自覚している。放さないで欲しいと心の奥で叫んでいる。離れたくないと手を伸ばしている。
「……私で、良いのですか?」
「君以外に誰もいない。こうして手を握り胸に抱く事が出来るのは君しかいない。だがウィンロードだからじゃない。俺が君が良い、そう願っているからなんだ」
「私…何も持ってない…いつも護られてばかりで…」
「君は君自身が光り輝く唯一なんだ。宝を護るのは当然だ」
「…大袈裟、ですね…」
「いいや、大袈裟なんかじゃない、足りないくらいだよ。どんなに言葉にしても表現できない。一生俺の腕の中で共に生きて欲しい。……俺と結婚してくれコリーン」
「──…っ」
もういい
もうどうなってもいい
どんな困難も乗り越えてみせる
貴方が私に愛をくれるなら
私も迷わず貴方を愛そう
私は彼の唯一触れ合える女だ
私は私を利用しよう
心の中の罪悪感も
利用され捨てられた記憶も
苦しくて悲しくてそれでも悔しくて泣けなかった自分も
そして今、初めてこの頬を伝う涙も
全部彼に差し出そう
「はい…私を…貴方の妻にして下さい」
震える唇から紡がれた言葉は
ようやく過去の私を全て解き放つ
まるで魔法のようだった
***
飛行船は乗船から十日後、無事にバムダ王国第四島ヨーグルナの離発着場に到着した。
本来であれば後二日は短縮出来た筈なのだが、呑気に観光をしたいとバレリオがわがままを言い出し、結局大幅に遅れ、無駄な日数を費やし、現地に着く。
大島や他の小島には更に船で移動が必要で、旅の間に散々散財してしまい所持金も少なく、歩き回ってようやく空いている安宿にたどり着いたのは夕方だった。一行は祭りの余韻に浸る島で観光を楽しむ事もなくその日は倒れるように就寝するだけだった。
***
羽音がして闇夜にコツコツと窓を嘴で叩く。それに気付いたウィンダムはツイッと魔法で窓を開けた。その隙間からトッと床に降り、トストスと歩いてソファに座る彼の膝に飛び乗る一羽のカラス。ブランデーの入ったグラスを片手に持つウィンダムにキョトっと小首を傾げる。
「ふふ、やあ、おかえりミロ。楽しかったか?」
「クワ」
「ん?」
「クワーッゲッゲッ」
「…へぇ」
羽を嘴で整えながらタシタシと膝の上で足踏みするミロ。
「ああ、分かってる。全て順調だが、憂いを残さず俺だけのものにするには完膚なきまでにあれらを排除する必要があるな」
ウィンダムがパチンと指を鳴らす。ゆらりと何も無い空間に映し出されたのは飛行船に乗る侯爵一行だ。カラスが見て来たものは全て共有出来る。いや、獣人の頂点に座するウィンロードは動物であれば全ての目を介する事ができるのは周知の事。この能力が発現して以来更に統治がし易くなり犯罪も激減した。
獣人達からすれば目をウィンロードに取られている、喰われていると表現する者も少なく無い。畏怖の対象でもあり尊信の対象でもある。
全てを知り尽くす目からの転用でいつしか『あなたの全てを自分のものにしたい』の意を含む言葉として浸透し獣人達の間では愛を囁く時に必ず相手にこの言葉を捧げるようになった。
「…予定より少しズレたが…これで良かったのかもな。ああ、俺の可愛いコリーン…早く全てを終わらせて君の瞳を食べたいよ




