23.表彰と褒美
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駄獣と共に三位から表彰され、とうとう私の番になった。
このレースは本来始祖への奉納の為の戦いだ。始祖とはウィンロードの始まりの者。つまりその子孫達が、切磋琢磨し努力する国民の姿を見て満足した上で、今年一年間国を護る事を約束し、一片のご褒美を勝者に与えるというものである。
二位で走り切ったブレッド氏とピッピちゃんは出場取り消し扱いで抹消され、繰り上げされた他島の順位が持ち上がったようだ。
レースに出場していた駄馬や騎乗していた者達は第五島のガランデ家が仕切っていた為仕方が無い。今後ガランデ家が出場する事はないだろう。
そして私から五メートル程先に椅子に座しているのは、晩餐会以来お会いするこのバムダ王国の王、王太子、そして王妃に弟王子達二人…とデライエ様の横にオーキッド色のウサギ一匹。
最近よくウィンダム王子が調査の時などで肩に乗せて連れ歩いているあの珍しい毛色のウサギが末席の豪華な椅子の赤いベルベットの座面にちょこんと座っていた。
「……ウサちゃん?やっぱり王族のペットなのかな?」
『ウーン…違ウカナ~?』
隣にいたコニーさんはコテッと頭を傾げながらそう言った。
「違うの?」
『何カニ魔法ガカカッテルミタイダヨ?ソレ以上ハワカラナイケド』
「そう…」
何かに魔法を掛けたものがウサギになるの?元は違う生き物って事?
頭の中はハテナだらけだったが、まあその内ウィンダム王子に聞いてみよう。
「第百六十五回、始祖奉納レースの優勝を勝ち取ったのは──新星コンビ!今大会初参戦!第十二島マサラヤマン島代表──未知の珍獣ミミルキーとバムダ王国王家賓客であるコリーン嬢です!!」
とうとう司会進行のチョウゲンボウ獣人に私の名が呼ばれたので震える足を何とか抑え、コニーさんを引き連れ一歩一歩壇上に上がり前に出る。生唾を飲み込みつつ跪き深く一礼をしてから顔を上げた。
「コリーン嬢、此度の貴殿の活躍大変驚いたぞ。王太子の話によれば我が国の固有種ミミルキーと心を通じ合わせられると聞いたが…嘘ではなかったようだな」
「全てはミミルキーの特異な性質と潜在能力によるものです。今回大変ありがたい事に積極的に参加を承諾してくれましたのでお願い致しました」
「調査は順調かね?」
「はい。これからミミルキーについて新たな発見が多数明らかになる事かと思います。そして確実にミミルキーは後世バムダの星となり得る存在です」
「そうか。以後も励んでくれ」
「有難きお言葉恐悦至極にございます」
「……すらすらと出るその言葉の言い回し、貴女は貴族なんだな?」
「──っ」
そう聞かれ思わず黙り込んでしまった。
貴族ではあったがそれから逃げ出した私は、もう貴族とは言えないのではないだろうか…
確かに子爵家からの除籍の手続きを行っていない。だが、所詮は閉じ込められ社交界にも出た事のない放って置かれたしがない子爵子女。隠していたわけではないが少し言い淀んでしまう。
すると王は顔をウィンダム王子に向け何事か会話をし始めた。少し驚いた顔で面影の似た父王と話す彼の姿は緊張もしておらず恐れもしていない。本当に仲の良い親子のものだと分かった。
これが本来の家族なのだろうと何だか羨ましい気持ちになる。
私はあの国から出奔し、とうとう正真正銘天涯孤独に成り果てたのだ。元々家族だった人達。家族になる予定だった人達。全てを捨てて来た事に後悔はしていないが、少しの寂しさでチクリと胸が痛む。もう二度と帰らない…二度と会う事もない、そう決めたから。
そうこうするうちに話が済んだのか王が司会へと合図を出したようだ。私達の前にウィンダム王子が進み出て来て「おめでとう」と言いながら優勝の証の赤い宝石とタッセルの付いたバッジを付けてくれた。
「聞き忘れていたが、王に一つ願い事ができるのは知ってるよな?決まってる?」
「…はい」
「そうか。なら俺と共に前に進んで王の近くへ」
ウィンダム王子に促されるまま王の座る上座に向かい一歩一歩前に進む。ある程度行った所で王子がピタリと止まるので私も横に並んだ。
「……何を褒美に望む?」
王が真っ直ぐに私を見つめてそう問うた。私が欲しいもの。それは……
「私を、マサラヤマン島での王家公認の常駐ガイドに任命していただけませんか?」
「!?」
「ほう?……つまり我が国での永住を望むと?」
「はい。私はこの国で生きていきたいと思います」
「! コリーン」
と、嬉しそうに私の名を呼ぶウィンダム王子。人間は永住権が無いこの国で許可が下りるのはこのような場しか無い。だからもし優勝できたらこの事をお願いしようと決めていたのだ。
「ふむ…確かに現在人間の永住権は認められていない。だがそれは我が国で人が暮らすには生きづらい環境であり、魔素の影響もあって獣人に比べ身体的に適合出来ない事例があるからだ。……貴女が単身で生きていけるほど穏やかな環境ではないぞ?」
「そうかもしれません。ですが適応出来るような対策を考える事、提案する事をお許しください。きっと手がかりは先人の積み重ねられた知識と日常の気付きにあるはずです。マサラヤマン島で暮らしガイドをしながらバムダ王国を巡り、何年かかってもその方法を探したいのです」
すると黙って聞いていたウィンダム王子が
「…う…?ん?え?ちょっと待ってコリーン。まさかそれマサラヤマン島で暮らすって事か?」
と怪訝な顔をしながら不思議そうに聞いてくる。もちろん私はそのつもりだった。
「はい。コテージを一室貸して頂ければ…一番小さなお部屋で構いません。…ダメですか?お金は払います」
「は?いやいや、そうじゃなくて…確かにマサラヤマン島には凶暴な動物はいないけれど、それだけじゃない。女性が一人で暮らすなんて危険過ぎるし俺は反対だ」
「……じゃあ街に部屋を借りて通いにします」
「いや、危険なのは同じだから。むしろ街でなんて誰が君を無視できるんだ。絶対無事でいられないぞ?自覚がないようだから言っておくが、君は可愛いく美しいし獣人から見てもかなり目立つんだ。銀の髪に艶やかなイチゴのような赤い潤んだ瞳。主張しない鼻にふっくら小さめな可愛いピンクの唇。どれを取っても男を引き寄せる。今の君は島に来た時のやつれた姿と全く違うんだ。小さな妖精だった君は今じゃ神々しい女神なんだ!」
「…ふぇ…ぇ??」
「だから俺の傍から離れて暮らすなんて……君に何かあったらと思うと心配でおかしくなる…っ」
自分の顔がカーッと熱を帯び赤くなるのが分かる。これほど容姿を褒められては逆に恥ずかしい。相変わらず妖精とか女神とかバムダの褒め言葉は大袈裟だ…
でも、彼の目に私が多少なりとも良く見えているのかもしれない。だったら嬉しいな…
「聞いてるのかコリーン?」
「えっと…はい、でも大袈裟ですよ。夜は出歩かないようにしますし、ちゃんと鍵も掛けます。怪しい人にはついて行きません」
「ああぁ…違うそうじゃないんだよコリーン。何度も俺の所為で危ない目に遭わせてる自分が言うのも何だけど……いや、じゃあいっその事俺もマサラヤマン島に住もう。それで解決だ」
「何言ってるんですか?心配して下さるのは分かりますが貴方は王太子ですよ?ガイドが本職じゃないんだから許されません。大丈夫です、気をつけますし一人で暮らせます!」
「ダメだ。君を一人で住まわせるなんて出来る訳がないだろ?今まで通り警備の万全な今の部屋から通えば良いじゃないか」
「そうはいきません!あの部屋は王太子妃のお部屋なんですからいつまでも私が使っていいわけないじゃないですか」
「うっ…い、いや…良いんだよ」
「良くないです!だから私マサラヤマン島に居住を移し「くっ…くくっ…ぶわっはっはっ!」て…え?」
ハタッとその大きな笑い声にびっくりしてその後の言葉を飲み込む。
笑っているのは…王だった。
王妃や周りの王族も王の方を向いて驚き固まっている。だがそんな彼らを尻目に腹を抱えて大笑いしている王をポカンと見つめる私と、コホンッと咳払いしながら顎に手を当てそっぽを向くウィンダム王子。
「は~…そうかそうか。なるほどなぁ。……分かった。今年度奉納レースの優勝者コリーン嬢に我が国の永住権を許可する。それに伴いマサラヤマン島でのガイドの任も授けよう」
「! あ、ありがとうございます!」
「…但し、マサラヤマン島や城下各島に居住を移すのは安全性から推奨は出来ない。貴女は現在王家の賓客だ。しばらくは城から通いなさい。それに王太子も思うところがあるだろうしな。……それと」
そう言って王が椅子から立ち上がりゆっくりと歩いて私に近付いて来る。
「え?」
ザワザワと周りが騒ぎ出すが王が手をサッと上げるとピタリと喧騒が鎮まる。しばらく私をじっと見下ろすと少し眉を下げこう言った。
「コリーン嬢…末の愚息が申し訳なかった。浅慮で衝動的に貴女を害する事になってしまうとは。あれは素直で兄想いではあるが実に短絡的でな…後の対応は全て王太子に任せてあるがそれはそれ。貴女の心を傷付けてしまった。先程の事も我が国の古参であるガランデ家の陰謀に関係のない貴女を巻き込んだ。この借りは必ず返すと約束しよう」
「……は、はい。いえ、借りなんて…」
咄嗟にそう言って見上げた先にあったのはグリーンの瞳。ウィンダム王子と同じきらめき…でも彼より優しげだ。髪は少し白髪が混じっているが元々は濃い赤みのある茶金色なのだろう。唇の形がそっくりだ…引き締まった眉も顎ひげも…とても意志が強い印象を受ける、なんて思っていたら急に私の左手を取り、流れるように指先にキスを落とされた。
「──…へ?」
『「!!?」』
「……これは私からの借りの証だ。貴方は賢い女性のようだからな。息子とよく話し合ってくれ。私は歓迎するよ」
そして今度はコニーさんの傍に寄り、首の体毛をわしゃわしゃと撫で触れながらこう続けた。
「我が国民に告げよう。今年は例年にないほどの良き年になるだろう。驕り腐った根を断ち切り、新しい芽吹きが我が国に咲き誇る。そんな年になるよう尽力しよう」
王がコニーさんの優勝レイから一輪のピンクの薔薇を手に取り、前に掲げると息をフウッと吹き掛けた。その瞬間パッと薔薇は消えてしまう。が、空からひらひらとピンクの花びらが舞い散り、次第に小雨のように降り注ぐ。観衆からはワァッと歓声があがり皆が空へと手を伸ばした。
「凄い魔法ですね…」
「父はああ見えてロマンチストだからな。この手の魔法が大好きなんだよ」
「ふふ、素敵。王様のイメージ変わりました……って何してるんですか?」
なぜか私の左手指先を魔法で出した水で洗い、ハンカチで綺麗に拭いている無表情のウィンダム王子。汚れてたのかな?
「禊ぎだ……コリーンもこういった魔法好きなのか?」
「初めて見たので分かりませんが…とても綺麗で幻想的で幸せな気分になります」
「…そうか…覚えておく」
「結局私マサラヤマン島には住めないみたいですね…でもバムダ王国の国民になれそうです」
「ああ、君が国に残ってくれると決めたから…ようやく俺も先に進めるよ」
「?」
「……ああ綺麗だな…これミミルキーの色だ」
ハラハラハラと魔法で出来た重みのない花びらは、暫くバムダの空を優しいピンク色に染め上げていた。
***
「ようやくか!全くどれだけ時間をかければ気が済むんだ!」
「ちゃんと事前に期日はお伝えしました。あの後大口の出資を申し出て下さった所もありますから、侯爵家からの初期費用分は返済できますからね。まあ、でもそれも難しいでしょうなぁ。コリーン様もいらっしゃらない訳ですし…契約書にはちゃんとコリーン様の印章の捺印が無ければ売上金受け渡しも、契約更新も出来ないと記載してありますから。…だからこれは私共の最後の恩返しなんですよ。我々仕事にあぶれた技術者に職を与えてくれたコリーン様へのね。本当はコリーン様を乗せてあげたかった…決して侯爵家や貴方にじゃない」
「き、貴様ぁ~!」
「どうします?乗るのか乗らないのか」
「くっ!分かった。とにかくバムダ王国まで行ってくれ。そこにコリーンがいるはずなんだ。あいつを回収すれば元に戻る。もう何でも良いからすぐに飛んでくれ!」
「……分かりました。明日正午出発です。二時間前には荷物を搬入し終えますから今日中に倉庫へ。詳細はこちらの紙面で確認して下さい。くれぐれも遅れないように」
「ふん!分かっとる!」
バタンと扉を開け放ち前回と同じように帰って行く侯爵。とうとう飛行船のエンジンの修理が終わったのだ。
「本当にこれで良かったのだろうか…」
「もちろんだ」
そう返答するのはあの日別の扉から覗いていた男だ。
「すまないな、嫌な役をやらせて。…だが」
「分かってます。理由は置いておいて、これがコリーン様の為だという事であれば……折角逃げ出せたのに酷だとは思いますがね」
「……これが彼の方の望みなんだ。まあ、悪いようにはならないさ。ケジメだよ、何事もな」
灯りの灯らない部屋はいつまでも暗く、もう主人を迎える事のない部屋は荒れていずれ朽ちていくだろう。だがそれは別の場所への新たな旅立ちであっただけ。
「そうだろ?コリーン嬢…」




