21.コニーさんと魔法
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それから数時間後。
とうとう私の順番が回って来た。スタートから九番目のポイントの前で調査隊員が乗る駄獣の姿を待っていた。
砂埃を蒔き散らしながら先陣を切って走り込んで来たのは第五島の馬だった。ヘタリ切った馬に乗った馬獣人が同じく疲れ切った顔をして近付いて来た。すると白馬を連れて歩くブラッド氏が私に向かって話しかけて来たのだ。
「あら?貴女駄獣はどうしたの?まさか 用意出来なかった訳じゃないわよね?まあどんな動物であれ、わたくしのピッピちゃんには叶いませんけどね~ヒヒヒンッ」
そう、私は一人だった。もちろん護衛にダナンさんが後ろに控えてくれていたが、駄獣はまだ到着していない。
「……今連れに行ってますからご心配なく」
「フンッ!人間のくせにわたくしに口答えするとは…まあ、いいわ。このレースはわたくしと貴女の決闘でもあるけどもう一つ、貴女みたいな低血統の種族をこの国から排除する為でもあるのだから。そして最も尊いこの馬獣人であるわたくしがウィンダム様の最側近になり、朝から夜も常にお傍に──」
ブラッド氏がそう言いかけた時、キキッと金属が擦れる音が背後から微かに聞こえた。ハッとして後ろを振り向くと鬼の形相をしたダナンさんが腰の剣の柄に手を掛けブラッド氏を睨んでいたのだ。
「ヒッ」と声が出たと同時にダナンさんがブレッド氏に向かって低い声で怒りを吐き出す。
「貴様~我が主ウィンダム様に夜這いをかけ接近禁止の身でありながらのこのこシャシャリ出て来て奉納レースに参加した挙句、コリーン様を目の敵にするとは…たかだか馬を操るしか脳のない貴様が、何事にも優秀なコリーン様に取って代わると本気で思っているのか!最側近だと?ハッ!片腹痛いわ!!」
ひえぇぇ~~~!いやいやダナンさんやめて!ハードル上げないで~~っ!!などと心の中で叫ぶ私。
「ふ、ふふん!優秀?馬鹿馬鹿しい。どんな状況でも勝負は勝負よ。これに勝ちさえすればわたくしは…あ、もう着くわね、用意しなくちゃ。じゃあね、人間。ゴールで待ってるわよ?貴女の無様な姿を全国民に晒してやるから!」
ハンッと鼻息を荒くピッピと呼ばれた白馬に乗り上げ定位置にスタンバイするブレッド氏。到着地に辿り着いた前走駄獣と入れ替わり、華麗に土を跳ねながら走り出す白馬。あっという間に土埃の煙の中に駆けて消えて行った。
「まったく…愚かしい奴め。コリーン様大丈夫ですか?切り伏せても良かったのですが、この先の事もありますので…お?この気配はウィンダム様ですね。帰られたようです」
「え?気配?」
「上顎にあるヤコブソン器官で匂い粒子を分析したところ……ああほら、お越しになられた」
「ダナンさん、凄い…」
「いえ、俺だけじゃなく蛇獣人は臭気には敏感ですよ」
そう言ってニコッと美しい笑顔を向ける顔は、先程の憤怒の形相と同じ表情筋とは思えない眩しさだ。
「おーい、連れて来たぞ~」
声をかけてきたのはウィンダム王子。そしてその横を並んで歩く大きな身体。彼は私の駄獣を連れて来てくれたのだ。
「さあ!コリーン。君の勇姿を見せてやれ。今からは映像も特別仕様にしてやるからな」
次走者が次々と姿を現し、その中にコンパクト部隊の獣人を乗せたプロングホーンが見えた。
私はウィンダム王子に駄獣の背に乗せてもらいスタンバイ。両手に革紐をしっかりと巻き付け太い首にしがみつく。振り落とされない為に鐙に足を掛け挟み込んで準備完了。
「……では、行ってきます!」
「ああ、君に幸運を」
走り込んで来たプロングホーンと入れ替わりに駄獣の腹を軽く蹴り飛び出した。グンッと重力が掛かり風が耳を強く通り過ぎる。速い…五日間出来うる限り時間を取り練習したが、この速さには恐怖を感じる。景色がとんでもないスピードで流れていく。
私よりも十分早く出発したブレッド氏に追い付くのか正直不安は隠せないが、私はこの子を信じ落ちないようにしがみ付くだけだ。乗り心地は悪くはないがやはり慣れてないので、振動で身体の中も外も揺らされ気持ち悪くなるのだ。だから身体を両足でしっかり挟み少しお尻を浮かせたジョッキースタイルを保たなければならない。
「頑張ろうね」
『マカセテ~』
ダチョウの足を有し、狐の尻尾にウサギの顔。長い耳を垂らしてピンクのふわふわの体毛を風で揺らす。
そう、私が騎乗する駄獣は珍獣ミミルキー、コニーさんだ。
「マ───」
間の抜けた可愛い鳴き声が辺りに響くと、沿道の獣人達がザザッと後退する。彼らにとってミミルキーは魔力を吸って体調を壊す接触不可な動物であり、王家が管理するマサラヤマン島の固有種。そして生態系の問題から島外不出の存在だった。
だが今回私達は第十二島マサラヤマン島の代表だ。ミミルキー無しには語れない。そして今、彼に乗れるのは私だけだ。
耳輪のイヤリングの話をウィンダム王子に告げた日、島で作業をしていた調査隊全員で検証をした。その結果、耳輪の効果、つまりミミルキーと意思疎通が出来るのは私だけだった。
もちろん私が虚言を吐いている可能性も加味され、様々な検証をしてみた。
私のお願いでコニーさんにジャンプしてもらったり、三回鳴いてと頼んだり、伏せやお回り等々…犬にする様な指示を始め、ミミルキーにしか分かり得ない情報も少し聞けた(頭の中で)
『ボクハコノ島ノ王ダヨ。王ハカラダガ大キク目ノイロガチガウノ。イツノマニカ変ワッテタ』
コニーさんはマサラヤマン島のミミルキーの現王だと言うのだ。目の色が他のミミルキーと違うのはそういう事らしい。前王とは血縁関係は無いそうだ。
『前ノ王ハミナヲマモッテ戦ッタケドタクサンノ敵ニマケテ皮ヲハガサレタ。ボクガ王ニナッタノハソノアト』
皮を剥がされた、と言うのは五年前の密猟の事だろう。そして最後…
『耳ノ固イノキレイデショ?オトコノコハ耳ニ、オンナノコハオ腹ニデキルノ』
「…雄は耳に、雌は腹部に耳輪が出来るらしいです」
「腹?」
ウィンダム王子が大人の雌のミミルキーを捕まえてお腹のモコモコの毛をかき分けると、四つの乳首の下の方にポツンと光る小さな石が付いている。
「本当だ!……耳輪は耳に出来るから耳輪なんだけどなぁ…はは、雄だけに出来るわけじゃなかったのか。…知らなかった」
ミミルキーについて分からない事は色々あるけれど、これなら早期にミミルキーの秘密が明かされる日も近いかもしれない!もちろん彼らにすら分からない事は調査していく必要はあるだろうが…
例えばなぜ体毛が派手なピンクなのかとか、耳輪の有無は分かるがなぜ雌雄で出来る場所が違うのかとか、何の為に出来るのかとか…知りたい事は山ほどあるけれど、コニーさんも分からない事はたくさんあるようだ。
「コリーン…君はやはりこのマサラヤマン島に、バムダに…いや、俺に必要な人だと確信している」
「え?」
「……あの決闘状にあった始祖祭のレース。反故にせずコニーさんと出てみないか?意思疎通ができるならばこれほどの強みは無いと思う。ミミルキーの脚力はダチョウより強く、長距離も期待できる。きっと絆を深めるのにも役に立つと思うぞ?」
その言葉になぜだかサアッと道が開けた気がしたのだ。
コニーさんの背に乗り練習をした五日間。あまりの速さに振り落とされた時もあったが傍にはいつもウィンダム王子がいて助けてくれた。駄獣に乗るコツや体勢、息の仕方まで短い間に私に詰め込んでくれた。
コニーさんはコニーさんで、背に何かを乗せる経験など無かったはずなのに、嫌がらずいつも楽しそうだった。それが私に安心をくれていたのだ。嫌な事は嫌だと怒るし、疲れたら疲れたと言ってくれる。言葉も日を追うごとにハッキリ聞こえるようになっていき、意思疎通が出来るという強みを私は手に入れた。
調査隊の選ばれたコンパクト部隊の仲間と距離は短いがリレーの練習をしたり、声を掛け合い励まし合った。
他の調査隊の騎士達に私の日程を代わりに入ってもらったり、ヘタレた私のお世話を侍女達がしてくれて、この数日は練習の時間以外寝ていた(食事も入浴もあまり覚えていないが食べさせてくれたり洗ってくれたりしたらしい)そうだ。
周りに迷惑をかけ、協力を得て今このレースに参戦している。
「負けられないよ…」
『マケナイヨー♪ボク速イモン~』
「コニーさんってば、ふふっ!」
真っ直ぐに伸びる土道は白く土煙が舞っている。私達は三番手を走っているのだ。少し前に走っているのは大きな黒い水牛だった。背に乗るのは猫獣人の小さな女の子みたいで尻尾がふらふら揺れている。
『ウーン、マエガ見ニクイシ邪魔ダカラアレ抜カスネ~』
頭の中でそう言葉が響いた瞬間、グンッとスピードが上がり、風の勢いが増す。私はただコニーさんの首にしがみ付くだけだ。あっという間に水牛の脇を擦り抜けそのままのスピードで走り去るコニーさん。
『アー、スッキリシタ~。ア!ホラ、モウ見エテキタヨ。アレハコノ間ミタ白イヤツダヨネ?』
片目を開けて何とか前を見ると確かにまだ遠いが、白い馬のお尻がチラチラ砂煙の隙間から見えていた。
「本当だ!コニーさん凄い!もう追い付いてる!!」
『ボク速ヨー。スグニ抜イチャウヨー♪』
その時パッと眼前の青空に今まで見た事の無い大きな映像が現れた。その中にはミミルキーにしがみ付く私の姿が!ウィンダム王子の魔法だ。周りに沢山飛び交う大小の鳥達。チョウゲンボウ獣人の興奮した様な口調の実況が響いているが、走っている私には騒音で内容は聞こえない。
しかし驚いた。ミミルキーはこんなにも足が速いのか…
馬は二~三十分走れば十五分の休憩がなければ疲れてしまい、継続して走れなくなると聞いた。だがミミルキーは、いや…コニーさんは時間が経つにつれスピードを上げていくのだ。私は後ろに持っていかれないように前傾の姿勢のまま、しっかりと内股に力を込める。振動はそこまででないが、コニーさんが足を動かす度に筋肉が左右に揺れ動くので小刻みに揺すぶられる感じ。更に邪魔にならないように短めの鐙に足を掛けたまま足は伸ばせない状態だ。
ところが気がつくとこの揺れが気にならなくなっていた。まるで滑っているかのように滑らかな走行に変わっている。今までに感じた事の無いこの奇妙な感覚にふと顔を上げると、コニーさんの身体の周りに赤や緑、青や紫などの色が小さく弾けているのが目に見えた。
「え?何これ…」
音は聞こえないがパチンパチンと弾けるように消えていく色。七色の…これはまるで耳輪の中に閉じ込められた魔素のようだ。
この時私はハッとした。そうだ。ミミルキーは魔素を含むパニパリリ草を主食にしている。また普通の獣人はミミルキーに近付くと魔力を吸われるという。ならそれらから摂取した魔素や魔力はどうなるのだろう? 身体から放出される?それだけ?ミミルキーには耳輪が出来る。雄も雌も出来ると知ったばかりだ。
私の推測が正しければ、もしかして耳輪とは天然の魔法具なのではないだろうか。貯めた魔素、魔力を魔素に替え魔法を使えるように……は考え過ぎだろうか。
なら私には魔力は無いけれど魔法が効かない、効きにくい耐性があるのだといわれている。そんな私が耳輪を身に着けると
…どうなる?
仮定はいくらかできる。同時にミミルキーとは何なのか…その存在の起源、意義、理由、そして彼らの本来の力…は。
もしかしたら私はその深淵に無防備に触れようとしているのかもしれない。
『コリーン?不安ナノー?』
「え?不安?」
『ボクワカルンダヨ~コリーンノ気持チ。石デ繋ガッタカラネ。コワガッテルネ…デモネー大丈夫大丈夫~ボクハネ~──ナンダヨ』
「!!?」
『イマハ、ナイショネ?』
「…コニー…さん…」
『サア、アノ白イノヤッツケチャオウ…モチロン劇的ニネ!』
遠くに王城が小さく見えてきた。ゴールは汽水湖の手前だ。頭が混乱する。混乱し過ぎて一周した。なら今は信じて結果を出す。私のする事は決まっているのだ。
「コニーさん勝ちましょう!私達はこの国の新たに吹き込む風になるんです!!」
『マ───────ッ』
鳴き声と共に七色の光がパァッと鮮やかさを増す。耳輪が光ってる!
これはやはり…魔法だ!ミミルキーは魔素を魔力に作り替え、耳輪に込める事で魔法が使えるのだ。
「さあ、ゴールまで約二キロメートル!前走者までの間隔距離三百メートル強。マサラヤマン島チーム追い込みます!!」
そんな実況が前方から聞こえてくる。
『ヤッホー!ノッテキタヨ~♪』
グングン距離を詰めていくコニーさんの走りにいつしか沿道の人々の声も、爪で弾く土の香りも消えていき風の音だけが遠くに聞こえる。時速が幾ら出ているのかは分からないが、きっと誰も経験した事のないスピードだろう。私は目を開ける事が出来ず息も絶え絶えだ。もう身体もガチガチで、唯々必死にコニーさんにしがみ付くようにうずくまり、前からの圧に耐え忍んだ。
『ボクニ乗レルノハ君ダケダカラネ』
暖かい空気がふわりと私を包み息がしやすくなる。
パチパチと弾けては消える七色の世界は明るくて眩しくて…それがワクワクして嬉しくて。
いつの間にか目の前には白馬に跨がるブレッド氏の揺れる亜麻色の髪が。
来た!
『イクヨ───ッッ!』
「いけ───っっ!」
白馬の際を疾風を纏い駆け抜ける。眼前に映し出された映像には狙ったように上段、左右、前方からの連続ショットが大々的に映し出された。
「はっ?」
間抜けな声が後方で聞こえた気がしたが気のせいだろう。
眼前はオールクリア!真っ直ぐな線上。平坦でどこまでも続く道は、私の頭の靄を一気に吹き飛ばした。
ああ…
私はここで生きていく
それから私達は独走、歴代最速でゴールを決めたのだった。




