20.始祖祭と奉納レース
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始祖祭一日目。
祭儀のメインは王城最上部にある王墓にて現王と次代、つまり王太子であるウィンダム王子が祈祷を行うのだという。実際には私達はそれを見られない。だが祭事の終わりには特別な魔法が国内にて見れるらしいのだが、なぜかそこは詳しく教えてくれなかった。
その祭儀はこの始祖祭二日目の祭り最終時刻に行うもので、それから数日は後夜祭なるものが島各地で行われるそう。かなり大々的に開かれるこの始祖祭、催し事も独特だ。幾つかあるのだが一日目のメインは十の各島の代表が思い思いの動物に乗り、大島を端から端まで縦断するリレー式のレースがある。優勝した島にはその後一年間大島にある特別優良地での滞在権利の他、王家より願い事が一つ叶えられるというのだ。
もちろん生死に関わる事は禁止。その他の島を焼き払うことや、敵対する他の種族を根絶やしにするなど極端な禁止事例(過去に実際要望があったらしい)以外で常識の範囲内に定められている。四年連続で馬獣人が乗る駿馬が優勝したらしく、第五島ゴーアリナの出身の馬獣人の地位と名誉は高いらしい。足の速い動物は沢山いるが、背に獣人を騎乗させ持続力を発揮したのは彼らだったとの事。
その馬獣人の取りまとめ役、第五島の長から私が倒れた日に私宛にレースでの決闘状が送られてきた。これは以前マサラヤマン島で何やら話していた事は覚えていたので、届いた時点でウィンダム王子から話があったのだ。
「なるほど…それで私にレースに出ろというのは?」
「おそらく牽制だろうな。王太子の俺の傍に獣人ではない種族の異なるコリーンを置いておきたくない。同時に魔力耐性のあるブレッドをサラの代わりに王宮で役職に就かせ馬獣人の地位を返り咲かせたいのかもな。無駄なんだけど…ああ、サラっていうのは俺の元婚約者候補だった女性なんだが…」
「……はい、でもなぜ婚約者にはならなかったのですか?」
「別に隠す事でも無いしな…彼女は確かに魔力耐性は確認できたんだが、結局俺の魔力を受け止められるほどではなかったんだ。例えば手を繋いだだけでも体調を崩してた」
「……え?手を繋いだだけで?」
「魔力耐性とは魔力や魔法の影響をほぼ受けない。だが強過ぎる魔力の前ではそんな体質でも影響を受けてしまう。……俺は彼女の容量を超える魔力量だった、それだけだ」
「…他の婚約者候補の方はいなかったのですか…?」
「何人かいたが皆同じだよ。婚約者候補なんて謳って募集してたのはだいぶ前だし。最近は面倒だから耐性のある相手にはまず握手をして確認するようにしている。おかげさまで結局俺はこの歳まで一人だ。これもウィンロードの宿命だと諦めたんだけど…」
「そう、ですか……でも…それがどうしてあの、えっとブレッド?さんと勝負するなんて事に?あの方は何なんですか?」
「あれは…サラの双子の兄だ」
「兄で…双子?」
「……あいつは…半年前サラと偽り…俺に夜這いをかけてきた」
「? え?よばい?」
「サラの魔力耐性が強化されたって触れ込みで王宮に滞在し始めた。以前は相性確認する試し期間に王太子妃の教育を数ヶ月受けていたサラは、客室だが専用の部屋が与えられていたんだ。奴が来た時俺は他国に数週間訪問してて、帰ってきたらそんな事になってて…で、その晩にあいつに襲われたってわけ。サラは大人しいと言うか引っ込み思案な女性だったし身元も分かっていたから警備も緩く襲われるとは思ってなくて…油断してた」
「あの…そのブレッドさんは、男の人ですよね?」
「ああ、男だ。心は女だ!とはほざいてはいるが間違いなく男だ」
「……心は…」
「昔から俺を懸想してたらしく抱きたかったからサラだと偽って特攻かけて来たって事らしい。実はあいつも魔力耐性保有体質だったそうだ」
「だ…抱き…っ??」
「魔力耐性があるなら自分にもその権利があるってな。…言っておくが別に同性愛者を批判するつもりはないぞ?俺は違うってだけだ。だがそれを他人に強要するのはお門違いだ。そう言った感性を持った相手を見つければ良い。俺と違って魔力耐性を持つ相手を探すより数は多いと思うしな」
「……はぁ…」
「まあ、そんなわけで奴には王太子の俺に危害を加えた傷害罪、サラと偽って近付いた偽称罪などで接近禁止と賠償金の支払いを言い渡し、大島での馬獣人の待遇を取り消し第五島へ撤退を命じたんだ」
王子は淡々と話して聞かせてくれたが、ウィンロード相手に、しかも王太子に対して夜這いを仕掛けるなんてどういう思考だったのだろう。受け入れられると思っていたのだろうか…?命があっただけでも良かったのでは?
そんな事を考えていたからか、ウィンダム王子がフッと笑いながらこう続けた。
「……まあ、正直奴の血で部屋が汚れるのも腹が立つから窓から汽水湖に放り投げてやったんだ。貝魚に尻を突かれて悲鳴上げてたのが面白くて…軽い罪に抑えてやっただけ。本来なら終身懲罰刑も已む無しだったんだがな……甘かったみたいだ」
「だから私を負かしたらミミルキーの調査を私からブレッド氏へと交代する要望が書かれていたんですね」
そう。決闘状に書いてあった内容は、私をミミルキーの調査隊から除籍、ブラッド氏を交代要員にとの要求をする旨が書いてあった。なるほど、ブラッド氏自体に魔力耐性があるからだったのか…
「接近禁止令がある以上俺に近づけない。だが優勝すれば一つ望みが叶う。奴は本当に俺をどうにかしたいらしいな…ウィンニャムの番とは交流があったらしく情報を引き出していたんだろう。君の情報は準王族である彼女なら十分手に入るからな。……末弟への罰は君には軽いものと思われると思うが…彼女にとっては耐え難いのかもしれない」
「いえ、私はあの日のその時の記憶を無くしたままですので…それにウィンニャム王子も反省してくれてると思っています」
どうにかしたいらしいって…良いの?まあ、圧倒的にウィンダム王子が強いだろうけど…何だか寛容だなぁ…
などと私自身も簡単に考えていた時があった。だってこの決闘って私は承諾したわけでもなくて、勝手に言って来てるだけだし…なんて。でもそうもいかなくなってしまったのだ。あちらはやる気満々だったみたいで、返信を待たずに本島の城下町はおろか各島の町や村にまでビラをばら撒いたらしく、私の名前まで記載されていた為、この『決闘』と言う名の催しを撤回出来なくしてしまったのだ。
私がこれを知ったのが丁度ウィンダム王子に睡眠を取るように叱られた次の朝。寝耳に水状態で唖然としたのを覚えている。今から撤回内容を含む抗議文及び決闘を受諾しない連絡をしても状況は好転しない。なぜなら不戦敗となりうるからだ。
正直やられたと思う。私は馬になんて乗った事など無かったしもちろんそれ以外でも騎乗経験など皆無だ。いくらリレー方式であったとしても何十キロも単身で動物を操り乗れるとは到底思えなかった。
…でも勝たなければ私はミミルキーの調査隊から外される。そういう賭けだ。心底どうしたら良いのか分からない。馬に勝てる動物がいるのか、今から練習して乗れるようになるのかなど悩んでいた時、ウィンダム王子が思いついたという感じで顔を上げた。
「じゃあいつものように俺が運べば良いんじゃない?」
「……それは何か違うんじゃ?ウィンロードが出たら八百長ですよ」
「え~?でもそれしか方法ないんじゃないか?」
「……ちょっと何だか楽しそうですね?王子」
「俺はコリーンに乗られるの歓迎するよ?絶対勝つし。あ、出来れば仰向けで頼むな」
「? なんですかその図。どうして仰向けなんですか?」
「それはほら、振り落とされないように凹凸を繋「マ──────ッ」だろ?って何だ?」
「あ!コニーさんだ」
その日はミミルキー調査の日だった為コロニーの一角で幼体の育成状況の記録を付けていたのだが、遠くから鳴き声と共にコニーさんがこちらに走って来るのが見えた。後ろには数匹の若いミミルキーが追走している。
「あらふふ、友達と遊んでたのかな?仲良さそう…て、あ…ああ!あーっ!そうだ私大事なことを王子に伝え忘れてました!!」
「ん?」
バタバタしていてすっかり忘れていた!
「耳輪!耳輪ですよウィンダム王子!!」
「ん?耳輪?」
*
「さあ~~~やって参りました!!本日のメインイベント!全島対抗!始祖様奉納大島縦断リレー合戦が始まります!」
司会のハヤブサ科チョウゲンボウ獣人が、派手な装いで出発地点上空をホバリングしながらレースの開始を告げる。
王城汽水湖手前にゴールが設けられ、沢山の獣人達が観覧の為に訪れていた。沿道にも多種多様な姿をした獣人が着飾り、自作の旗を振っている。
島自体は十二島あるが、このレースは一から十までの離島が各島で育成している動物の中から騎乗出来るものを選び、十あるポイントで交代しながらゴールを目指すという大々的な祭りイベントだ。
つまり十二ある島の一つは本島、あと一つはマサラヤマン島なのだが、この二つの島は王族が管理する島である為、歴代のレースには参加はしていなかった。
だが、今回私がレースに出されるに当たり、どこかの島のチームに入る必要がある訳なのだが…
「じゃあ、俺の所有管理者権限でマサラヤマン島の代表で出よう。十人で一チームだが、そうだな、大島出身の調査隊の騎士のコンパクト部隊から選出しようかな」
ウィンダム王子はそう言いながらニヤッと笑いすぐに人員を確保してくれた。
『コンパクト部隊』とは騎士隊の中の小さな獣人の部隊であり、モグラ、ネズミなど小型の動物を祖先に持つ者らしく、身長が比較的低く体重も軽い。走っても疲れ知らずで、地の中、木の上などにも難なく移動し、長時間潜伏出来るらしい。
「体重が軽く体幹のしっかりした者を選ぼう。駄獣(人や荷物を乗せる動物)は俺がしっかり見定めよう。いや~楽しくなって来たな、な?コリーン」
たぶん楽しいのはウィンダム王子だけだと確信していた。だが、もう何も言わなかった。もうこの時点で私はヘロヘロクタクタだ。
……私は勝たなければならないのだ。なのでこのレース前の五日間、王子のしごきを受け騎乗の練習を頑張ったのだ。優勝をもぎ取る為に!
「今回の目玉はもちろん!我が王国の騎士隊による初参加枠、第十二島マサラヤマンからの参戦です!これは期待できますよ~それでは参りましょう!!皆様カウントダウンをお願いします!五・四・三・二・一…スタートォォ───!」
横並びに一斉にスタートした。
駄獣は様々でキリンや牛、鹿にもちろん馬もいる。私達調査隊チームが乗るのはプロングホーンだ。プロングホーンとは牛や鹿の仲間で持久力が高く、単体なら最高十キロメートルほどを十分で走破できる。平均時は六十五キロ前後で走れる。
大陸の横断距離は約四百キロメートル。十人でリレーをするので一人四十キロメートルを走行しなくてはならない事になる。
一時間は六十分で、六十分で六十キロメートル進む訳だからこのレースは一人四十分を走り続ける計算だ。
だがどんなに持久力があろうと人を背に乗せるとなると話は別だろう。そして騎乗する者もかなりの体力と技量が必要だった。やはり総合して突出しているのは馬だが、私達は馬は使わない。それはこの選択が私の命運を変える選択だからだ。
「君の出番は最終走者である十番目。ブラッドと同じだな…どうだコリーン。駄獣との相性は?」
「もちろんバッチリです!」
「俺も本当に驚いてるよ…多分君しか成し得ない事だと思う。革命が起こる前触れ…君が起こす新しい風になるよ」
「そうなる事を期待します」
レースの状況はウィンロードの…いやウィンダム王子の魔法で空に大きく映像が映し出されていた。彼の力は破天荒だ。どういう原理なのかは分からないが、沢山の鳥類種獣人の空から見たレースの場面を繋ぎ合わせて視覚化していると言うのだ。それを飄々と手慣れた感じで指を弾くだけでやってのけるが普通ではない。底の見えないこの魔法使いが味方で良かったと心から安堵している。
さて、スタートしたこのレース、一番手を走るのはやはり馬だ。次にプロングホーン。後はキリンにトナカイや鹿、牛などが続いている。背に乗る獣人達は小型の者が多いみたいだ。出来るだけ負担をかけさせないようにしているのは皆同じだった。
「まあ、君の出番はまだまだ先だ。今から気負ってたら疲れてしまうぞ?部屋に飛んでやるから休憩しよう。勝負は胸は熱く且つ頭は冷静に保てる者が最後に勝つもんだ」
「……そうですね。そう思います」
「信じろ。君はやり遂げるよ。こんな理不尽な闘いに逃げずに懸命に向き合う度量の持ち主だ。きっといい風が吹く」
そう言ってウィンダム王子はまたニカッと笑う。この笑顔はいつも私に力をくれ、不安を取り除くのだ。
もちろん私の為でもある。そして私を信じてくれる彼の為に全力を尽くそう。
そう誰かを再び想えるようになった私は今幸せなのかも知れない。




