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18.耳輪のイヤリングと発端

 押し殺す様に放つ言葉。その途端、ブレッドさんが乗っていた白馬がプルプル痙攣しながらガクッと跪いてしまった。目は白目をむき口から泡が垂れている。正座していたブレッドさんがアワアワしながら畳んでいた足を伸ばした。その足は長く…ちょっと身体に対してアンバランスに思えるほどだった。


「ああ!ピッピちゃんが~っ!分かったわかりましたわよ~っ退散しますぅ~!」

「…今更無事に帰れると思っているのか?詫びとして足一本は…」

「え~?そんなぁ~~っ」

「……」


 スウッと無言で彼が右手で指を弾こうとした時


「マ───!」


 ミミルキーの優しいながら鋭い咆哮が聞こえた。


 ハッとして声のする方向に顔を向けると、ドッドッと今度はお馴染みの二足歩行の地を蹴る振動が。

 ふわんふわんとピンクの体毛を揺らしながら向かって来たのは…一際身体の大きいミミルキーの姿が。


「コニーさん…」


 何だか鼻の奥がツンとする。いきなり知らない馬獣人からの罵倒となぜか決闘の申し込み、それに対しウィンダム王子の怒りの様子。訳のわからない緊張状態の中ふわふわのコニーさんの姿を見た途端に物凄い安心感から「ふぇ…」と口から頼りない息が漏れ出て、その瞬間私の身体はコニーさんの方にヨロヨロと走り出していた。


「! コリーン!?」


 私の名を呼ぶハッとした様な声を後にして、無我夢中で走りコニーさんの傍まで辿り着く。速度を落として立って待つ彼に勢いよくしがみ付いた。


 ああ…ふっかふかだ。


「怖かった…」

「マー」


 コニーさんの胸の体毛に身体半分埋もれながらあの二人の動向が気になった。ピンクの毛の隙間からチラッと視線を移してみると、こちらをジッと見つめるウィンダム王子。

 そしてなぜか嬉しそうにいや、いやらしい顔を向け笑うブレッドさん。

 その目にゾクッとして再びコニーさんの胸に顔を埋めた。


 理由は分からない。だけどあの人はダメだ。悪意を感じる。きっと王子も分かってるはずだ。だからなんだと思うけど……怖い。嫌だ。


 怯えた私を慰める様に顔を近づけて来るコニーさん。長い耳には個別識別タグと…耳の先に小さな光る石が目に入る…これは耳輪だ。小さな耳輪が出来始めているのだ。そして私の耳にぶら下がる最近毎日着けているウィンダム王子からの贈り物。あの日もらったイヤリング。


「私達…お揃いだね…」


 何気なくそう呟いた。途端、頭の中にふわふわと虹色の光が浮かんできた。温かくて不思議な感覚にしばらく身体が固まってしまう。…なに?


『コリ─ン─ダ─ジョブ?』


 声!? 頭の中に…


 驚いてパッとふかふかのピンクの毛から顔を離す。今の何?


『アレ─ナニ?─キケ─ヨ』

「声が…どこから…」

『コリ──?』

「これ…まさかコニーさん?」


 顔を上げるとパチッとコニーさんと目が合った。濁りのないラベンダーピンクの瞳が綺麗だと感じた瞬間、ぐわんっと激しい目眩が私を襲った。


「……っ」

「コリーン!」


 ふらついて後ろに倒れかけた私を受け止めたのは転移動してきたウィンダム王子。


『コリーン?ドウシタ?』


 声と同時に首を傾げながら顔をくっ付けてきたコニーさん。やっぱり…


 今はっきりと聞こえた…間違いない。


「ああ…コニーさんの声が聞こえる…」

「え?」

「…の声…小さな子供みたいな声が…頭に直接──…っ」


 バムダ王国に辿り着くまでに船上で数回体験したあの船酔いした時に味わった地面が揺れている感じ。ぐらぐらした感覚に再び襲われ目を回し、身体も思うように動かせないまま私の視界はウィンダム王子の腕の中でプツンと真っ黒になった。


 ***


「彼女を護ると約束したのに…何やってるんだ俺は…」


 ウィンダムは自室にて長い長いため息を吐きながら自責の念で落ち込んでいた。

 未だ王太子妃の部屋で意識を失いベッドに沈むコリーンを思う。あれから丸一日が経っていた。


「なぜこうも上手くいかないんだろうな…どんなに魔法が使えたってこれでは意味がないじゃないか…」


 部屋の中をウロウロ歩きながらウィンダムは頭を抱えて唸る。

 彼は今人生初めて挫折に似た感覚を味わっているのだ。大した内容ではないのかもしれない。だが護ると決めた相手を二度も危険に曝したのだ。更に今回は怒りに任せたその姿でコリーンを怯えさせてしまった。コニーさんに向かって走り去る彼女の後ろ姿にショックを受けたのだ。


「……女性への経験値不足が災いしたな。そもそも人間のコリーンにあんな暴力的な姿を見せるなんて配慮が足りなさすぎた」


 自分一人ならどうとでもしてきた。王族と言えども家族仲も悪くはない。やるべき事はやってきたし失敗した経験も殆ど皆無だった。早くから決められた王太子と言う立場も王族としてウィンロードの勤めも難なくこなしてきた。気に入らなければ遠ざけ押さえ付けて来た事もある。何よりウィンロードは獣人にとって崇められる種族である。

 その為驕りもあった。些細ないざこざは適当に罰を与え見逃していた。力が強い者はそうでない者への配慮がおろそかになる。何に恐れ怯えるのか気付かない。そしてそれは周りもそうだった。

 彼らの不満は力の無いコリーンに矛先を向けている事に気付かなければならなかった。


「発端はウィンニャムの勘違いの上の暴走だが、その後は俺の根回しの不備だ。力で何とかするものではない……小さく囲うだけでは本当の意味で護れないと言う事だな。なら早いうちに周囲を納得させる何か方法が必要という事か」


 (もう気持ちは決めている。出逢った時から分かっていた)


「おかしなものだ…この想いの止め方が分からない…本当にこれが俺なのか?」


 (…あの力の強い王(ウィルドルド)は大事なものに気付いてしまった時どうするのだろうか)


「…いや、分かる。きっと足掻くだろうな…何もかもを手に入れる為に。なら俺も躊躇わない。後手に回るのはあれが最後だ」


 冷静に沈着に

 先手を取り黙らせる


 全ての動物、獣人は彼の目だ。


「どうやら俺は少し舐められているようだしな…久々にウィンロードである事を活用しようじゃないか…なあミロ?」


 呼びかける先には今し方まで誰も居なかったはずの空間に一羽のカラスが止まり木の上に羽を閉じ静かに佇んでいた。


「カァ」


 ***


 頭の中で響くのは可愛い声。


『コリーン、ダイジョウブ?』


 可愛い……優しい声音。


『ボクネ、シッテイルヨ。コリーンガボクノコエヲキケルコト。ダッテ──デツナガッタカラ』

「…つな、がった…?」

『アブナイヨ──カラハナレナイデネ』


 フッと目覚めるといつもの天蓋の掛かるいつもの豪華なベッドの上だった。白いレースが美しい何重にも重ねられたドレープがしっかりと閉じられている。

 記憶は、マサラヤマン島から途切れている。つまり…


「また気を失ったって事?」


 はぁ…と思わず溜め息を吐く。私、身体弱過ぎない?いやちょっと違うか。

 モゾモゾとシーツの上でもがいた後ガバッと上半身を起こした。ボンヤリする頭で倒れる直前の記憶をかき集める。額に手を当てて目を閉じた。あの時確かコニーさんに抱き付いて…頭に声が響いて…


「ああ…声が聞こえたんだった」


 まさか、と思った。でもどこかで確信してる。


「きっとあのイヤリングだ…」


 ハッとして両耳に手を当てる。付いているはずのイヤリングが…


「ある!良かった…」


 耳にぶら下がるそれを確認したその時寝室の扉をノックする音と共にバク侍女が部屋に入ってきた。


「! コリーン様!お目覚めになりましたか!良かったバオ!」


 わあ!と両手を合わせ喜ぶバク侍女。すると続いて犬侍女が扉からひょっこり顔を出し、パァと笑顔で喜びながら「王太子に報告して参りますワンッ!」と走り去って行った。

 ああ、あの様子ではまたウィンダム王子に迷惑をかけてしまったんだろうな…と反省するしかない。でもあの時は頭の中でコニーさんの声が響いてクラクラしたのだ。

 それまで一度としてミミルキーに対しあのような感覚になった事などなかった。なのに何故突然…

 だからその理由は私の持つ耳輪がトリガーではないかと推測したのだ。

 一週間前に贈られたイヤリングはその日から着けていた。が、前回島に訪れた時は夕方までのタグ付けで西側の林に陣取っていたのでたまたまコニーさんに会っていなかった。


「もしそうならこれは凄い事じゃない?ウィンダム王子にも伝えないと…!」


 耳輪があればミミルキー、全てではなくともコニーさんとは意思疎通が出来るかもしれないのだ。フツフツと高揚に似た喜びにドキドキと胸が躍る。推理解明前のワクワクに意気込んでいたところで再びノックの音が響いた。


「はい、どうぞ」


 そう声をかけると、少し躊躇い気味にウィンダム王子が扉から顔を出した。


「コリーン…」

「はい、あの…私また倒れてしまって。すみませんでした…」

「いや良いんだ。…これは俺の所為だから。俺が…」

「え?違います違います!あの…あの時は──」

「……それで、この際だからちゃんと今回の発端の事を話しておこうと思う。君には、その…嫌な思いをすると思うんだが…とりあえず他の男は死んでもこの寝室に入れたくないから、体調が戻ったら改めて正式に時間が欲しいんだ」

「え…発端って?」

「君を護れなくてすまない…俺の不手際で…」

「え?あの、私元気です。良かったら直ぐにでも」

「……そうか、じゃあ食事の後に。あれから一日経ってるんだ腹も減っているだろう。おい、部屋に運んでやってくれ」

「かしこまりました」

「頼む。じゃあコリーンまた後で」


 そう言い残しウィンダム王子はスッと部屋から出て行ってしまった。何だか元気がないみたい…そう考えていると侍女さん達が食事のセッティングをしてくれた。


『発端』って言ってた。あの馬獣人が絡んできた事についてだよね?事件といえば、その前はウィンニャム王子の奥さんが土下座してきて…

 私がウィンニャム王子に会ったのって晩餐会とその後は…あの調査隊選抜戦の時くらいで…会話すらしていないけれど。だから理由が分からなくて…


 刻んだ野菜の入ったリゾットをすくい口に運ぶ。優しい塩加減で胃に染み渡る気がする。半熟スクランブルエッグにはとろみが付いた香草のジュレ。新鮮なサラダと薄切りにされた鶏肉のソテーは甘めのソースに風味のよいバターが香る。

 量は沢山食べられないのでこれくらいが丁度良い。侯爵家では朝も昼もだいたい薄い肉が二切れに硬いチーズの端っこが入ったパサついたサンドイッチしか渡されなかったから味を楽しむなどという感覚も衰えてしまっていたけれど、この国に来てからはソース一つでも多種ある事を知ったり、スープは塩味だけでない事や肉の種類がある事に驚いたり…もう二十になると言うのにこんなにも世間知らずで、同時に自分が不当な扱いを受け、見返りもないまま搾取され続けていた事に呆然とした。


 おいしい食事、美しい清潔な寝床に部屋。これは過度なくらいの高待遇だと思う。

 ……もしかして、これが何かの原因?


 私はミミルキーの調査隊として参加しているただの人間。獣人は人間に対してあまり好感的ではないのは知っている。


 そうか。ならやっぱりこの部屋は替えてもらって、なんなら客間じゃなくて使用人の住まいに移動させてもらおう。調査のない日は城の雑務をお手伝いさせてもらって居場所の恩返しをしてみようか。いや、ちょっと待って?


 そうだ!私…マサラヤマン島の常駐ガイドにしてもらえないかな?そうよ。それが一番良い!獣人が住み難いあの島なら迷惑にならないのでは…!ミミルキーと暮らせるしウィンダム王子だってたまにガイドもするって言ってたし、実際私の時もそうだったし…だから調査が終わっても話すくらいは出来るはず。


 近過ぎず遠過ぎず。友達ならこれくらいの距離許されるかな?大丈夫だよね?


 良い事を考えたとパクッと口に入れた新鮮なラディッシュ。カリコリと噛むと弾ける汁が舌を満たす。ピリッとした辛味に鼻がツンと痺れ涙がジワリと滲み出てしまった。


「……ああ…ふふ、(から)いな…」


 *


 食事の後、王族専用の数ある応接室の少し狭めの一室に集まったのはララさんとダナンさん。ウィンダム王子の近衛の獣人の方々。それとオーキッドの毛並みでライトブルーの瞳のあのウサギが一人掛けソファに座ったウィンダム王子に大人しく抱っこされていた。

 皆総じて両壁側面に整列していて、私と一緒に入室して来たバクと犬侍女も扉を閉じてからスッと移動していきララさんの隣に並ぶ。その圧迫感に思わず息を呑んだ。


「やあ、コリーンすまないな。さあ、ここに座ってくれ。彼らは…知ってるよな。俺の近衛だ」


 私はコクンと頷き促された王子の対面の二人掛けのソファに腰を下ろした。まさかこんな仰々しい場だとは思っていなかった。


「……初めに、君は何も悪くない。それだけは間違えないで欲しい。何があっても自分を責めたりしないでくれ。全ては俺が不甲斐ない所為だ」

「……それ、は…?」

「君は…記憶を失っている。その間の出来事だ」

「……私…何をしたんですか?」

「違うんだ…君は襲われた。…そのショックの為記憶を失ったんだ」

「…え…っ」


 ウィンダム王子はその後、神妙な面持ちで私にあの日起こった全貌を話して聞かせてくれた。








 


 









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